第779話 屋敷

「君の気持ちはよく分かったよ。オイラもその覚悟に便乗させてもらうとしようかな。」


一頻ひとしきり笑った後、スカルべ様は私にそう告げる。


「覚悟は便乗するものではないと思いますが…」


「ハハ!良いのさ!オイラも命懸けでシンちゃんを助け出すってだけの話だからね!」


スカルべ様は、元々命懸けで助け出すつもりだった。それは話をしていれば何となく分かる。それでも、敢えて口にする事で、自身の退路を断ったようにも見える。多分、ここでご主人様に何かあれば、自身も死ぬつもりなのだと思う。それ程のという話。

最悪の場合、吸血鬼族は関係無く、個人的な恨みでこんな事をした…なんて言うつもりかもしれない。吸血鬼の始祖たるアリス様の側近がそれを言って信じてもらえるかは分からないけれど…


「……ご主人様は……いえ、何でもありません。早速情報を入手する作戦を考えましょう。」


ご主人様の無事を聞こうとしたけれど、私はスカルべ様を信じる事にして、その言葉を止めた。


ご主人様の状態は気になるけれど、私が気にしていてもご主人様の状況が好転するわけではない。そうさせる為には、私達がとにかく早く情報を集めるしかないのだから。


「オイラが調べた限り、問題となるのは情報が有るであろう場所は、かなり厳重に守られているという事だね。」


「スカルべ様でも入るのが難しいという事ですか?」


「そうだね。時間を掛ければ入れるだろうけど、そういうわけにもいかないからね。押し入るような無理な入り方も多分無理かな。かなり厳重に魔法で守られているからね。」


「なるほど…」


守られているという言葉から、ついつい人が沢山居て、警護に立っている想像をしていたけれど、魔女族なのだからその辺は全て魔法を使って行っているのは当然。人と違い、疲れたり見逃したりなんて心配も無いし、警備という観点から言えば人よりもずっと厄介である。

スカルべ様は吸血鬼族であり、戦争時代を生き抜いたという話だし、魔法についてもかなり詳しいはず。そのスカルべ様が難しいと言うのであれば、私に突破は不可能だと思う。


「だけど、もうそう言っていられない状況になったからね。出来る限り見付からないようにはするけど、強引にでも中に入って情報を手に入れないとね…」


「実行は今からですか?」


「うーん……今からだと警戒状態に入ったばかりで、皆緊張しているから入り込むのがかなり難しいと思う。緊張が解けるであろう夜が明ける前くらいが一番良いと思うな。」


「夜が明ける前…ですか…」


「言いたい事は分かるけど、情報が手に入らなかった…では、シンちゃんが捕まってくれた意味が無くなるからね。本来ならば数日は様子をみたいところだけど、シンちゃんの事を考えてのタイミングだよ。」


早くご主人様の元へ…と思うけれど、私達に任された役目を全うしようと思うと、スカルべ様の言うタイミングがベスト。それは分かっている。


「……はい。」


私は、何とか気持ちを落ち着かせ、スカルべ様の言葉に頷く。


そうして部屋に入ってから夜が明ける前まで、何とも落ち着かない時間を過ごす事になった。


私が落ち着けない事を分かっているからか、スカルべ様は、ウロウロする私に何も言わず、ただじっとその時を待っていた。


そして、やっとその時が来る。


夜が明ける一時間程前。一日の中で一番静かな暗闇の中、私とスカルべ様は静かに部屋を出る。


スカルべ様は隠密行動を得意とする吸血鬼族であるから良いけれど、私としては得意とは言えない分野。自分では静かに行動しているつもりだけれど、歩く足が立てる微かな物音がやけに大きく聞こえてしまう。


緊張を抱えながら、私達はメイドの寮を出て、パウンダ家の屋敷へと向かう。


メイドは夜時間の当番も居る為、寮と屋敷を行き来する者は何人かいる。その者達に見付からないように、ゆっくりと静かに、闇に紛れて進む。一応、スカルべ様が吸血鬼魔法を使って、より闇に溶け込めるようにしてくれてはいるものの気は抜けない。

純血種の吸血鬼魔法は、全く別物のような効果を持つけれど、決して別物ではなく、その効果は基本的に同じである。故に、超強力な魔法ではなく、特殊な魔法の域を出ない。それがスカルべ様が私に注意してくれた点である。要するに、吸血鬼魔法を信じ過ぎるなという事。勿論、スカルべ様が手を抜いたりしない事は分かっているけれど、吸血鬼魔法に頼り過ぎると、それが元で危機にさらされる可能性が有ると言いたいのだと思う。

元々、一人でもご主人様を助けに行こうとしていたのだから、スカルべ様の魔法に頼るという事は無いけれど…やはり、吸血鬼魔法というのは普通の魔法とは違って使い勝手が悪い分、特殊な効果が有ったりと局所的には普通の魔法よりずっと役に立つものが多い。生かすも殺すも使用者の判断というところが癖の強いところだけれど、スカルべ様のような方の使う吸血鬼魔法は、最早芸術的とも言える領域である。

それでも、ご主人様を助け出すには警戒を怠らずに行かねばならないのだから、パウンダ家の者達も相当な実力者が揃っていると言える。


「さてと……ここからは屋敷内だけど、やはり簡単には入れないね。」


スカルべ様が屋敷の窓に視線を向けて言う。

私には特に怪しい所の無い普通の窓に見えるけれど…


「何か魔法が仕掛けられているのですか?」


「そうだね。恐らくは窓に近付くと反応する警戒用の魔法と、もう一つ何かの魔法が掛けられているね。」


「何か見えるのですか?」


私達の見ている窓にのみ施されている魔法とは考え辛いし、全ての窓や扉に施されていると考えるならば、設置型の魔法と考えるより魔具を使った警報のような物と考えた方が良いはず。

しかし、普通はそれが魔具だと分からないように作られているし、実際に窓には特に魔具を思わせる物は見えない。


「オイラ達吸血鬼族は五感が鋭いからね。特に純血種と言われている者達は、かなりのものだから、何となく感じるんだよ。」


「そこまで鋭いのですね…」


魔力を見る…という事では無さそうだけれど、僅かな魔力の差を感じ取っているのだろうか…?


「全員が全員出来る芸当じゃないけど、オイラはこういうのも得意でね。」


スカルべ様は軽い口調が特徴だから忘れがちになるけれど、アリス様の側近であり、戦争を生き抜いてきた人。そういう昔のあれこれで身に付けた能力の一つなのだろう。


「解除は出来そうですか?」


「そうだね……可能だとは思うけど、少し時間が欲しいかな。」


「…分かりました。周囲の警戒は私がしておきます。」


「うん。頼んだよ。」


私に出来る事は無さそうだし、ここはスカルべ様に任せて私は警戒に専念しよう。

と言っても、屋敷の周囲に居るのはそれ程腕の良い者達ではない為、私達が見付かる事はまず無い。

スカルべ様の話では、私達が気を付けるべき相手は、屋敷の内部に居て、その者達には見付かる可能性が有るのだとか。


私はメイドとして何度か屋敷の内部には入っているし、そういう者を見掛けたならば覚えているはずなのだけれど、全く記憶に無い。その事もスカルべ様には話したけれど、どうやら普段は人目に付かないように過ごしている者達らしい。

パウンダ家が抱える特殊な部隊なのだろうか。

基本的には表に出て来ないという話ならば、少々きな臭い話に感じる。


「よし。これで大丈夫。」


そんな事を考えていると、スカルべ様が罠の解除に成功する。もっと掛かるかと思っていたのに、時間にして数分と言ったところ。私には感じ取る事さえ出来なかった罠を、これ程早く解除するなんて、やはり吸血鬼族の中でも純血種というのは別格の存在なのだろう。


「私はいつでも行けます。」


「うん。ここからは見付かったとしても強行突破するしかないだろうから、戦闘が起きるつもりでいた方が良いよ。

オイラも全ての罠が感じ取れるわけじゃないからね。」


「…分かりました。」


ご主人様の居ない状態だと、未だに不安が胸中に広がるけれど、それを取り除く為に動いているのだから弱気な事は言っていられない。

こうしている間にも、ご主人様は何者かに尋問という名の拷問を受けているに違いない。それを想像すると、お腹の奥底から熱くて黒い感情が湧き出てくる。


ご主人様に手を出した報いは、必ず受けさせる。


私とスカルべ様は、静かに窓から屋敷へと侵入する。


魔界内でも有力な種族である魔女族。その中でも屈指の名家ともなると、屋敷の大きさはかなりのもの。当然、その中に暮らす人数も多い。その為、誰かに出会ってしまう確率は高くなるし、その上で罠が満載の魔女族の屋敷。まるでダンジョンの中に迷い込んだような状況に思える。


「オイラ達は、パウンダ家のほんの一部分しか知らなかったみたいだね。」


屋敷の中に居た時は気が付かなかったけれど、こうして侵入しようとすると、パウンダ家の屋敷に設置されている罠の数に驚く。それこそ一つの窓、一つの扉を開けるだけで、数個の罠を解除しなければならない程。

しかし、それは逆を言えば絶対に誰にも入られたくないという意思の表れでもある。

つまり、この屋敷のどこかに、パウンダ家以外の者達には知られたくない何かが眠っているはず。それは間違いなく表沙汰には出来ないものだろうし、私達の想像以上にパウンダ家の裏の顔は大きいと推測出来る。


「そうですね…いよいよパウンダ家が関わっている可能性が高くなってきましたね。」


「うん。探すべきはその証拠になる何か…なんだけど、そういう物が格納されている部屋は簡単に入れないようになっているはずだよね。」


「私がパウンダ家の当主ならば、どこよりも強固な守りにすると思いますよ。」


「うん……そうなると、やっぱりあの扉の奥だよね。」


そう言ってスカルべ様が視線を向けたのは、屋敷の中心の方向。私達は西側の端から屋敷内に入った為、殆ど屋敷の半分を移動することになる。

しかし、スカルべ様の考えには、私も同意見である。


この屋敷には色々な部屋が在るけれど、その中でも特別厳重な扉がいくつか存在する。


盗まれたりしないようにしなければならない物は、大抵そういう部屋に保管されているのだけれど、私達メイドは勿論、その他の屋敷の者達も誰一人として入れない部屋が二部屋存在する。


一部屋は、パウンダ家当主の書斎。

ここにはメイド長でさえ入る事を許されておらず、その部屋には誰も入れないらしい。


そしてもう一部屋が、屋敷の中心。ど真ん中に在る大きな両開きの扉の奥。


私の顔くらいある大きな錠前が取り付けられており、更にはその錠前には魔法が掛けられており、その錠前自体と扉自体も魔具であると聞いた。


明らかに怪しいし、怪し過ぎるが故に囮として作られた部屋だろうかとも疑ったけれど、スカルベ様が探った限り、その部屋はどの部屋よりも厳重な守りになっているらしい。

どれだけ囮のように感じても、何も施されていない場所に隠すような真似はしないはず。ここは単純に考えて、その部屋に目的の何かが隠されていると考えて良いと思う。

当然、パウンダ家当主であるイェルム-パウンダの書斎に有る可能性は捨てきれないし、そのどちらかだろうとは考えている。ただ、そのどちらに隠されているかと考えた時、書斎よりも強固な守りで固められている部屋に隠しているだろうと考えたのである。


「そうですね…この屋敷は広いですから、気を付けて進まないと直ぐに見付かってしまいますね。」


「一応、オイラの吸血鬼魔法で簡単に視認はされないようにしているけど、この屋敷は色々と普通じゃなさそうだからね。極力人気は避けて進もうか。」


「はい。」


とにかく早く、そして速くやらねばならない事をやる。それしか私には出来ない。


スカルべ様の言葉通り、私達は急ぎつつ、極力人目につかないように動く。これ自体は気を付けてさえいればそれ程難しい事ではない。言ってしまえば、よくやる事だし、私も私なりにそういう動き方は学んできたつもりだから。

難しいのは、ここが屋敷の中であり、目的の部屋へと続く道は限られているという事。


どれだけ人気を避けて進んだとしても、必ず通らなければならない通路が有るし、それはここで働く人達全てに共通する。つまり、最も人通りの多くなる通路が有るということであり、私達はそこを通らなければ目的の部屋には辿り着けないということになる。

今から向かう部屋は、言うなればこの屋敷の金庫のような部屋。屋敷の中央に存在する部屋ながら、住人が皆そこへ立ち寄らなくても行きたい部屋へ行けるようになっており、皆基本的には近寄らない。

しかし、だからといって人通りが全く無いわけでもなく、その部屋へ向かうには誰かの顔を見る事になるのが通常。上手く造られた建物である。


「ここから先は、いつ見つかってもおかしくないからね。更に気を付けないと直ぐに戦闘になるよ。」


「…はい。」


ある程度屋敷内を進むと、人の通りが多くなり、自分達の直ぐ横を通るような状態になる。


スカルべ様の言っていた通り、吸血鬼魔法は完璧に私達を隠す事は出来ない。目を凝らして見てみると、私達の事を認識出来てしまうはず。何とかここまではそれでも見付からずに来れたけれど、そんなに上手く事が運んでいるのは奇跡に近い。


そして、私のその考えが正しい事は直ぐに証明された。


私達が通路を静かに進んでいると、面識の無い者が廊下を真っ直ぐにこちらへ向かって進んで来る。

体格的に男だからメイドではないし、服装的に執事というわけでもない。腰に直剣をぶら下げており、死んだ魚のような目をした男だ。覆面ようなものをしているのと、肌を全く出していない服装から、その男が何族かさえ分からない。

そんな者がこの屋敷に居るなんて聞いた事がない。となると、この者がパウンダ家が隠す私兵に違いない。


「………………」


私達はそれまでと同じく、息を潜めてその者が通り過ぎるのを待った。


しかし…


「……臭うな。」


私達から三メートル程離れた位置で立ち止まった男は、鼻をスンスンと鳴らしてそう言う。


「…くく。なるほど。これは……蝙蝠こうもり野郎の臭いか!」


シャッ!!


「っ?!」


私達の位置を把握していたのか、直剣を抜き放った男は、真っ直ぐにスカルべ様へ向けて直剣を突き出す。


スカルべ様はそれをヒラリと躱して後ろへ跳ぶ。


「…よく分かったね。」


既にバレてしまっているのだから、静かにする必要は無い。スカルべ様は男へ視線を向けて不敵に笑う。

私も蜂斬ほうざんを抜き、男へ向ける。蜂斬とアースドラゴンの小盾は自分で管理していた為手元に有る。それよりも、見付かってしまったのならば仕方が無い。ここからは力押しの勝負。


「俺は鼻が良いんでな。特に蝙蝠の臭いには敏感なんだ。」


直剣を構える姿に違和感を感じない。

近接戦闘に長けた者であるはず。この魔女族の街で、それでも剣を握っているという事は、つまり、腕前は確かという事。


「悪いけど、こっちも後が無いからね。無理矢理にでも通らせてもらうよ。」


スカルべ様がそう告げて戦闘が始まった。

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