第778話 尋問
地下室へと足を踏み入れた俺は、そのまましっかりとした造りの椅子へと誘導される。
抵抗し、ここを抜け出す事は直ぐにでも出来るだろう。戦闘という意味では、ここで俺達を凌ぐ実力の持ち主は居ない。それは既に確認済みだ。
しかし、それをしてしまうと、少なくとも俺はもう潜入は出来ないだろう。喋れないという制約が有る者がメイドに立候補する事も、その者がメイドよりも戦闘に特化している事もかなり珍しい事なのだから。
俺が捕らえられている間に、スー君とニルが何かしらの情報を得るか、俺への疑いをどうにかして消すか…このどちらかの方法を取るしかない。二人が情報を掴んでくれたならば、俺も捕まっている理由は無くなるし即座に離脱出来るが、俺が二人の様子を知る術は無い。二人が情報を掴んだという合図を俺に分かるよう送ってくれるまで、俺はとにかく否定を続けて疑いを晴らすよう頑張るしかない。
当然だが、拷問に対する訓練など受けてはいないし、どこまでやれるかは未知数だが…まあ、とにかくやってみるしかないだろう。自信などミリ単位ですら無いが…
「……………」
俺は口を閉じたまま椅子に座り、メイド長へ視線を向ける。
「……質問が有ると言いましたが、質問をするのは私ではありません。残念ですが…」
メイド長はここで何が起きるのかについてよく知っている様子だ。パウンダ家の裏の顔についてもある程度知っていると見ても良いだろう。流石に魔道具の事や魔王に関する事までは知らないだろうが、メイド長という立場的に、多少の黒い部分についても知らされているのだろう。
救いなのはメイド長自身が拷問を行うわけではないという事だろうか。
真面目過ぎる程に真面目でありながらも、メイド皆の事を見て守ろうとする姿勢をここへ来てからずっと見てきた。見た目はクールビューティなお姉さんだが、その実優しい人だと思っていたから、どこか救われた気分になった。
そして、メイド長がその部屋から出るのと同時に、俺の前には覆面をした何者かが入ってくる。
体型すら分からないような黒い布で覆われた姿のその者は、無言のまま俺に近寄ると、そのまま椅子に取り付けられている革のベルトをキツく締め上げる。
「……………」
拷問をするとなると、拷問する者に対しての憎しみはかなりのものだ。そして、ここに居るという事は、恐らくはパウンダ家で働く者の一人だろう。もし、ここで拷問を受けた後に生きていたりすると、拷問を行った者を憎み、復讐を考えるのは仕方の無い事だ。それを防止するものだろう。
「さて。今からする質問に答えてもらおう。」
まるで変声機を使っているかのような声。恐らくは風魔法辺りの魔具を使ったものだ。これでは男か女かすら本当に分からない。徹底している。
「…………」
俺は真っ直ぐにその者の目の辺りを見る。
正直に答えるのは無理だが、答えないとは言わない。ある程度は協力的に答える方が良いだろう。痛いのは嫌だし。ただ、ペラペラと簡単に喋ってしまっては、それが真実かどうかを怪しまれてしまう。逆の立場ならば、間違いなく疑うだろうし、そういう場面は今までに何度か有ったから分かる。上手く相手の満足する答えと、それを出すタイミングを考えて答えなければならない。なかなかに厄介である。
「まず聞くが、お前が外へ出ていたのは何故だ?パウンダ家の情報を外へ流す為か?」
「………」
俺は首を横へ振る。
「……嘘は止めておけ。痛い思いは嫌だろう?」
そう言って、その者は近くの台を自分の近くへと引き寄せる。
その上には、何とも色々な道具が置いてある。この部屋に入る時から目に入っていたし、それが何に使われる物なのかは見ていれば大体分かる。想像したく無い道具だ。中には何かの魔具であろう物も有る。
「……………」
「こちらが何も情報を持っていないのに、お前が帰るのを待ち伏せていたと本当に思うのか?何の根拠も無いのに、外に出ていたからという理由でいきなり捕まえるわけがないだろう。そもそも、外へ出る事は禁止されていないからな。
しかし、パウンダ家の情報を他へ流すのは許していない。つまり、お前が情報を流していた事は知っている。そうだな?」
「…………………」
俺は少しだけ間を置いて首を横へ振る。
「強情な奴だ。まあ良い。そのうち嫌でも正直になるだろうからな。」
カチャッ…
拷問官は、台の上に有る道具を一つ手に取る。
「まずはこれからいくとしようか。」
拷問官が手に持ったのは細く長い針。
「………………」
心臓の脈打つスピードが早くなっているのを感じる。
「始めよう。」
拷問官が俺の左手をガシッと掴むと、爪と指の間にその針を向ける。
ザクッ!!
「っっっ!!!!」
痛みに叫びそうになるが、歯を食いしばり、声を殺す。少しでも声が出れば、俺が男だとバレてしまう。勿論、声だけではなく、俺に触れている拷問官が、魔法で化けているだけの状態である俺の体に違和感を覚えてもアウトだ。幸いなのは拷問官が手袋をしている事だけ。直接触れていなければ、触感でバレる事は無い。
そうなる前に、何とか……
「こちらにはいくらでも時間が有る。早めに認めた方がお前の為にもなるんだぞ。」
ザクッ!
「っっっ!!!」
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
シンヤが捕まった時、ニルとスー君は……
「離してください!!」
「そうはいかないよ。」
「ご主人様が捕まったのですよ?!助けると言っていたあれは嘘だったのですか?!」
「そうじゃないよ。助けたいのはオイラだって一緒さ。でも、シンちゃんが逃げるでも戦うでもなく、敢えて無抵抗で捕まったのは、オイラ達が疑われないようにする為だよ。それくらい分かっているよね?」
「っ!!分かっています!ですが!」
スカルべ様の言う事は正しい。
敢えてご主人様が捕まった理由は分かっている。
私達がある程度自由に動けるのならば、自分が犠牲となって情報を集めさせようとしているに決まっている。
でも、それでも…ご主人様がこれからされるであろう事を考えてしまうと、私の心はザワついて落ち着いてなどいられない。一分一秒でも早くご主人様の元へ駆け付け、ご主人様を害する全ての者を排除しなければ…そう考えてしまう。
「シンちゃんを助けるのはオイラ達の役目だけど、シンちゃんが無抵抗で捕まった覚悟を無駄にしても良いの?」
「っ!!」
私が勝手にご主人様の元へ向かわぬよう、私を魔法で拘束するスカルべ様に怒っているわけではない。ご主人様が犠牲になる以外にこの状況を打開する策が無い。それが腹立たしい。私にもっともっと力が有れば、有無を言わさずに解決出来るのに…と自分に腹が立っている。
もっと周囲に目を光らせておくべきだった。疑われているかもしれないと考えておくべきだった。胸中には不安と後悔が広がっている。
「オイラ達がやるべき事は、一分一秒でも早く確実な情報を集めて、シンちゃんを助け出す事。それしかない。」
「っっ!!!」
本当はスカルべ様の言葉に言い返したい。でも……ご主人様がそれを望んでいる事は分かっているから、私はスカルべ様の言葉に言い返す事が出来ないでいる。
「シンちゃんがもう無理だって言うのなら、オイラも即座に助けに行くよ。でも、そうなるまではオイラ達が動かないと。」
「………ご主人様が無理だと思っている事を知る方法は有るのですか?」
本当は今直ぐにご主人様の元へと駆け付けたい。でも、それをしてしまうとご主人様が作って下さった時間を無駄にしてしまう。ご主人様が望んでいる事を成せずに終わってしまう。私のせいでそうなってしまっては、ご主人様に合わせる顔がない。
ご主人様の元へ向かうという言葉を断腸の思いで飲み込み、私はスカルべ様に質問する。
「シンちゃんには魔法を掛けてあるからね。シンちゃんの状況はオイラの方で何となく分かるんだ。」
「……そうですか。」
ご主人様の状況が分かるのならば、それを教えて欲しいと言いかけたけれど、それをしてしまうと、私は恐らくご主人様の元へ向かう足を止められない。スカルべ様もそれが分かっているから何も言わないのだろう。
「これまではバレない事を最優先で考えていたけれど、そうも言っていられなくなったし、ここからは可能な限りバレないようにするけど、情報を手に入れる事を優先しよう。」
「バレればご主人様が作って下さった時間が無駄になりませんか?」
「確かにね。でも、シンちゃんの身の安全の方が重要だからね。最悪、ここで上手くいかなくても他の方法で何とかするよ。」
「そんな方法が有るのですか?」
「今は無いよ。でも、シンちゃんを犠牲にするくらいなら、命懸けでその方法を探すよ。」
スカルべ様の言葉に嘘は無い。ご主人様を心配しているのはスカルべ様も一緒。それならば、ご主人様の状態を読み間違える事もないはずと考え、私はスカルべ様の案に賛成する。
私とスカルべ様は、二人で外へ出掛けたという事にして、ご主人様との繋がりを悟られないようにし、暫くしてから二人で屋敷へと戻る。
「ただいま戻りました。」
「……お帰りなさい。二人は何処へ?」
屋敷に戻ると、私達の帰りを待っていたであろうメイド長が入って直ぐの椅子に腰掛けていた。
「え?日用品で足りなくなった物を買い足しに行っていたのですが…良くなかったでしょうか?」
なるべく自然に振る舞えるようにしているつもりだけど、そう出来ているのか分からない。それでも、私は演技を続ける。
「いえ。そんな事は無いですよ。外出する事を禁止はしていませんからね。それよりも、貴女達と共に来た彼女について、いくつか聞きたいのですが、お話をよろしいですか?」
「は、はい。大丈夫ですが……何か有ったのですか?」
メイド長は、少し暗い表情を見せたので、私はそれに不安を覚えたような反応を見せる。
「少し複雑な事情が有りまして、詳しくは話せませんが…暫くは会えないかもしれません。」
「えっと……護衛で外へ出るのでしょうか?」
「いえ……」
「??」
事情を全く知らない素振りを演じるのはなかなかに難しい。ご主人様を裏切っているような気分にもなってしまうし…
「とにかく、お二人には聞きたい事が有りますので、場所を変えましょう。」
「…分かりました。」
こうして、私とスカルべ様はメイド長へ案内されて移動する事に。
最初は私達も怪しまれており、ご主人様と同じような場所への連れて行かれるかもしれないと考えていたけれど、そうではなく普通の一室へ通される。
「どうぞ座って下さい。」
部屋の中に置いてあるソファーへ、勧められるまま座る。
「わざわざ私達をこの部屋へ入れたという事は、何か他の方々には聞かれたくない話…という事ですか?」
「……そうですね。」
「……………」
話の内容は既に分かっているけれど、私もスカルべ様も神妙な面持ちで次の言葉を待つ。
「実は、貴女方と共に来たシーさんが、夜な夜なここを抜け出しては、パウンダ家の情報を他へ流していたようなのです。」
「「えっ?!」」
私とスカルべ様は、言葉を聞いて少し大袈裟に驚いてみせる。
「驚くのも無理は有りませんね…ただ、同じ部屋だということもありますので、一応お二人には色々と話を聞いておかねばならず、こうして呼び出したという事です。」
「そ、そうだったのですね…私達が買い物に出ている時に…でしょうか?」
スカルべ様が主になって喋ってしまうと、警戒されている今は危険かもしれないし、私が主に話を進める。
「ごめんなさい。それは分からないわ。」
「そうですか…私達もここへ来る前に知り合ったので、詳しい事までは知らないのですが…」
「そうだったのですね。仲が良いように見えたので、昔からの知り合いかと。」
「特別仲が悪かったという事はないですが、逆に特別仲が良かったという事もありませんよ。ここへ来てからは、部屋で顔を合わせる程度のものでしたし。」
真っ赤な嘘だけれど、今はそんな事を言っている場合ではない。
「確かに…あまり仕事の上での接点は無かったように感じますね…」
「ですが…まさかそのような事をしているとは…それなりに仲が良かったので、そう聞いてしまうとショックが大きいですね…」
「同室であれば、お二人共仲が悪かったという事はないでしょう。そんな相手がいきなりこのような事になると、動揺してしまいますよね。」
「はい…」
話を聞いている限り、少なくともメイド長は私達の関わりを知らない様子に見える。演技には見えないし、私達は姿を隠していたから、それが上手く作用しているのかもしれない。
「あまり良い状況ではないけれど、同室だったからという理由で無闇に疑ったり追い出したりはしません。なのでそこは安心して下さい。」
「ありがとうございます。」
上手く誤魔化せてはいるみたいだけれど、誤魔化すことは前提条件でしかない。
私とスカルべ様は、そこから少しメイド長と話をした後、自室へと戻る。
「やっぱり、警戒は強まっているみたいだね。」
「…はい。」
当たり前の事ではあるけれど、警戒は強まっていて、簡単に情報を抜き取る事が出来ない状態。
「それにしても…どこから情報が漏れたのかな…」
私達の行動範囲はそれ程大きくはないし、交友関係も広くはない。誰がどのようにして情報を漏らしたのかは分からないけれど、私達の動きを監視していた者が居るはず。
ここは魔女族の街であり、どこにどのような魔法が展開されているのか分からない。もしかすると、この屋敷内の誰かが、私達に気付かれずに魔法で私達の行動を監視していた…のかもしれない。そうなると、最初から私達の事を怪しんでいた…?
確かに、喋れない最強のメイドと、明るいのにやたら強いメイド。そして私となれば、怪しまれて当然かもしれないけれど…その分、私達は警戒していたし、私やご主人様だけでなく、スカルべ様も警戒していた。こんなにもあっさりと罠にハマるような行動はしていなかったはず。それでもこうなっているという事は、その者はかなりの手腕を持っているはず。
「私やご主人様が情報を漏らしたはずもありませんから、監視されていたと考えるべきでしょう。ただ、そうなりますと、相手はかなりの手練という事になります。」
「そうだね…この屋敷の者かは分からないけど、オイラ達に全く感知されずにとなると……相手は限られてくるね。」
「はい。その者達に注意を払いつつ、急いで情報を集めねばならない…という事になるかと思います。」
「そうだね…なかなかに厳しい状況だよ。」
「関係ありません。」
スカルべ様の言葉に、私は強く返す。
想像と違った答えだったのか、スカルべ様は一瞬驚いたような顔を見せた。でも、私にとっては至極当然な答え。
「ご主人様が居ないこの世界になど、私は生きていたくはありません。ご主人様の為に死ねるのならば本望とさえ思っています。ご主人様が危機的状況である今、どれだけ厳しかろうが、辛かろうが、私には関係の無い事なのです。」
「…………ハハ。オイラも長く生きてきたから分かるけど、君のそれは本気だね。
誰かの為に死を
シンちゃんは心から信頼して、される相手を見付けられたんだね。」
何故か嬉しそうに笑うスカルべ様。
私はただ、常日頃から思っている事を口にしただけなのに…何が面白いのだろう?
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