第777話 露見

ミネリュナとの二度目の接触は、その日から二日後の事だ。


言われた通り、布切れが反応したタイミングで前回向かったボロボロの屋敷へと足を向ける。


「来たか。」


前と同じように、俺を警戒しての事だろうが、数人が潜み、例の女が俺の相手をする形だ。


「何かこちらへ寄越せる情報は得られたか?」


女の質問に対し、俺は頷いて答える。


「ほう。もう情報を得たのか。どんな情報だ?」


俺は、またも身振り手振りで何とかその情報を伝える。


得られた情報は、資産の総額に関する事と、その資産がどうやって運用されているのか。それについての噂だ。本当に噂程度のものなので、その程度の情報で満足してくれるかは微妙なところではあるが、一先ず情報を渡すという役割は果たせているはずだ。


「なるほど。大体分かった。しかし、やはりそう簡単に重要な情報は手に入らないか。」


「………」


それは難しいと、俺は首を横に振る。

そもそもそんな情報が有れば、俺達が動き出している。パウンダ家が魔王の件について関わっているとするならば、資産云々の話に何かしらの痕跡が残っているはずだ。まあ、資産の事についてここまで完璧に隠しているのだから、痕跡を残しているとは思えないが。だからこそ、ミネリュナに手を貸したというのもあるし。


「とはいえ、パウンダ家のメイドによる情報だ。信頼度は高い。それに、それを切り口にして色々と調べられるかもしれん。

とにかくよくやってくれた。報酬はパウンダ家の裏の顔についてだったな。」


俺が頷くと、ミネリュナの女はパウンダ家について少し教えてくれた。俺の持ち込んだ情報がそこまで大きなものではなかったからか、少しだけだったが、それでも情報は手に入れられた。


俺はその情報を持ち帰り、今回も一緒に来てくれていたニルとスー君に共有する。


「パウンダ家が裏の世界で商いをしている…か。まあ、そういうのは大きな家にはどこにでも有る話だろうし、特に驚いたりはしないけど、問題は商いをしている内容だよね。」


「そうですね。決定的な情報は有りませんが、間違いなく黒い事をしていますよね。」


情報を共有すると、スー君とニルが直ぐにその情報について吟味してくれる。


「何より、恐ろしいのはこれ…ですね。」


そう言ってニルは自分の首元に手を当てる。


「まさか、パウンダ家が奴隷の枷について一枚噛んでいるとはな……」


この世界に来て、本当に色々とあったが、その中でも奴隷の枷については色々と謎な部分が多かった。


奴隷の枷は、ドワーフ族がモンスター達を手懐ける為に考案した物だというのは聞いた。しかし、その枷が流出した後、神聖騎士団の手によって改造され、人に使われるようになった。そう聞いていたものの、奴隷の枷に使われている魔法はかなり高度なもの。例えば、主人が命じる命令を聞かなかった場合…とか、主人を裏切った時…とか。割と抽象的な条件を満たしている。

これがどれだけ高度な魔法なのか、この世界に来て…いや、来る前からの事も考えたとしても、ここまで複雑な効果を発揮させる魔具は他に無い。

そして、もう一つ。この世界において、魔具というのは一つの物に対して一つの魔法と定められており、ある一定の距離に近付けると、魔具同士が干渉してしまい上手く作動しない事が分かっている。

しかし、奴隷の枷は、経年劣化しなかったり、破壊が不可能だったり、枷自体を保護する魔法も常時発動している。

これは、枷が奴隷に与える効果とは全く別の効果であり、この魔具は同時に二つの効果を発揮している事になる。つまり、この世界で通用している常識からは逸脱した魔具という事になる。

こんな高度な魔具を、神聖騎士団が独自に作り上げた…というのはあまりにも考え辛い事だ。それが可能ならば、少なくとも神聖騎士団が魔族に魔法で後れを取るという事は無かったはずなのだから。

そして、それを考えると、パウンダ家が奴隷の枷の製作に一枚噛んでいるというのはある意味納得するものだ。


パウンダ家は、三大名家の中で、特殊な魔法について詳しい家だ。奴隷の枷を作れるとしたら、一番最初に思い付く名家がパウンダ家とも言えるだろう。そして、奴隷の枷はあくまでもの一種。この奴隷の枷の件から魔具について関わるようになった…という事かもしれないし、何かしらの繋がりが有る可能性は高い。その繋がりを手繰り寄せる事が出来れば、パウンダ家が魔王を陥れようとした理由が分かるだろうし、そこから魔王を操る黒幕へ辿り着ける。

まあ、そんなに上手くは行かないかもしれないが、今のところそれが最も可能性の高い道筋だ。


ただ、それとは別に……やはり、ニルの事を考えると、パウンダ家が奴隷の枷について携わっているのならば、個人的には許せない所業だ。

ただ、一番怒っても良いはずのニルが、そんな俺をなだめる。


「もし本当に携わっているのならば、確かに許せない事ですが、私はそれでもそこまで怒りは感じません。何度も言っていますが、この枷が私とご主人様を繋いでくれたのですから。」


「ニル…」


ニルからその言葉は何度も聞いた。しかし、やはり奴隷という身分に対してはどうしても納得が出来ない。現代日本に住んでいたから…というだけの理由でない事は分かっている。


「そんな顔をしないで下さい。私は大丈夫ですから。」


そう言ってニコリと笑うニル。

彼女は本心で言っている。それが分かる。だが、それが分かるからこそ、どうにかしたいと思うのは仕方の無い事だと思う。


「もし、ここでその枷を外す手段が見付かったならば、必ず外してやるからな。」


「ふふふ。そうですね。ありがとうございます。ですが、私はこのままでも構いません。ご主人様だけのものだという証ですから。」


「はいはーい。そこまででお願いするよー。オイラはもうお腹一杯だよー。」


平坦な口調で割り込んでくるスー君。

まあ、今回ばかりは俺とニルもわざとやっていた部分が有るし、スー君のツッコミ待ちなところがあったのは認めよう。


「それはそうと、そういう金の流れってのは、スー君達が調べても分からないものなのか?」


素直にスー君の言葉に従い、話題を変える。


「ある程度はオイラ達の方でも掴んではいたよ。だからこそ、パウンダ家が怪しいんじゃないかって話になっているわけだし。ただ、確たる証拠っていうのが無いのさ。」


「確たる証拠か…それが把握出来ないってのは、パウンダ家が何かしらの方法を使って分からないようにしているって話だよな?」


「恐らくね。その辺の事も含めて確たる証拠は無いから、ならば、オイラが潜入して詳しく調査して確たる証拠を得てやろうって話になったんだよ。」


「それで…既に色々と調べてはいるのに、未だ確たる証拠は見付からない…って話か?」


「まあ、そうなるね。バレないように動かないといけないし、大胆な調査が出来ないから未だに見付けられないって部分は有るけど、それにしてもパウンダ家の情報を管理する能力はかなり高いね。正直王族並かそれ以上だって言われても驚かないよ。」


種族によっては、王族でさえここまで完璧に情報を管理出来ていないだろうし、スー君の言っていることは大袈裟などではないだろう。


しかし……そこまで情報を統制する必要が有る…と考えた場合、やはり限りなく黒に近いように感じてしまう。魔王に関係はしておらず、ただ違法な金を稼いでいるだけ…という可能性も有るには有るが…


「…やはり、今回入手した情報のみでは判断が難しいですね。」


「そうだな…まだ結論付けるには足りないだろうな。」


「事が事だけに、憶測で動くわけにはいかないからね。もう少し情報を集めないと、動くに動けないんだよ。」


「種族が違うという事で、問題に発展すると後々厄介な事になる…という事ですか。多種族共生というのはなかなかに面倒なものですね…」


ニルが言うように、やはり異なる種族が共に暮らすとなると、それなりの問題も出てくる。今回の場合、確実な理由も無く魔女族の名家を疑い、潜入までしたとなると、ただでさえ差別の対象となっている吸血鬼族がここぞとばかりに迫害されるであろう事は容易に想像出来る。スー君の行動一つで、その後の吸血鬼族全体の扱いが変わってしまう可能性が有るとなると、色々と慎重になる事に文句は言えない。勿論、スー君と共に潜入している俺やニルがしくじったとしても結果は変わらない為、俺達の行動も制限される。それに故に、ニルは面倒だと言ったのだ。


「まあ確かに面倒な事も多いけどね。ただ、多種族共生しているからこそ成せた事も多いから、一長一短だよね。」


「それもそうですね。魔界の外にだって多種族の暮らす街は在りますし、そこはそこで上手くやっている様子ですから。」


「そういう事!」


スー君は人差し指を立ててニコリと笑う。


「しかし……そうなると、やはり動き出すにはもっと明確な証拠が必要になるか…」


「何度かミネリュナと接触して情報を手に入れるしかないかもね。当然オイラの方でも可能な限り動くつもりだけど、なかなか入り込む余地が無いんだよね。」


「ミネリュナから情報を手に入れられる状況ではあるし、スー君の方で派手に動いて疑われるのは避けてくれ。万が一の時、三人全員が動けなくなるのだけは避けたいからな。」


「それもそうだよね…結局頼る事になっちゃって申し訳ないね…」


珍しくスー君が本気で申し訳なさそうな顔をする。


「流れ的にこうするのが一番なんだから気にする事はないさ。」


「何かあれば必ず助けるから。」


「俺としては何も無いままな事を祈るがな。」


「もちろんそれはそうだけどね!もしもの話だよ!もしもの話!」


「ああ。分かっているさ。」


慌てるスー君に対して、俺は半笑いで返す。

当然何事も無く、俺達の目的を達成して戻れるのが一番有難い。しかし、そうはいかないのが人生というやつだ。


そんな話をしてから、更に数日が過ぎ、ミネリュナとの接触も三回目というタイミングの事。


俺達はいつも通りミネリュナとの接触を行う為にパウンダ家を抜け出し、情報の提供を行い、逆に情報を受け取った。そこまでは良かったのだが……


「……シーちゃん……」


俺がパウンダ家の屋敷へと戻ると、暗闇の中に人影が見えた。その人影の声を聞き、それがエーメルだと気が付くのに時間は要らなかった。


気を抜いていたわけではないし、十分に注意を払って戻って来たつもりだった。

誰かに見られないようにするのは絶対条件であったし、そこには最も注意を払っていたと言っても良い。何より、ここにエーメルが居ると分かっていたならば、スー君が俺の事を止めたはずだ。それが無かったという事は、スー君にさえ感知出来なかったという事になる。今現在、スー君とニルには隠れてもらっている為、二人は見付かっていないが…どうしたものか…


「嘘…だよね…?シーちゃん…」


見てはいけない物を見たかのような反応を示すエーメル。最近はかなり親しげに話し掛けてくれていたが…


「離れなさい。」


そう言って俺の方へと近付こうとしたエーメルの肩を掴んで止めたのは、シャスタリーヌ。メイド長である。


メイド長まで居るとなると、エーメルが偶然ここに居たという話ではないだろう。そうなると、俺の事を疑っており、その証拠を見付ける為に罠を仕掛けていた…と考えるのが妥当だろう。この様子からするに、魔法か魔具辺りを使い、最近屋敷を抜け出している者を特定しようとしたところ、俺が引っ掛かった…という感じだろうか。


「さて。貴方にいくつか質問が有るわ。素直に答えてくれると嬉しいのだけれど。」


メイド長は、俺が裏でコソコソと動いていた事を知っていたのか、あまり驚いた様子は見せていない。ただ、俺が暴れたりした場合、自分では止める事が出来ないであろうと考えているからか、エーメルの事を庇うように立ち、慎重に言葉を選んでいるように見える。


状況的には、かなりまずい。


メイド長達が俺達の動きをどこまで把握しているのかが重要なところだが、エーメルの反応を見るに、敵対する組織と繋がっている…程度には認識していると見て良いだろう。そうなると、俺はさっさと逃げてしまうのが良さそうに思うが…スー君とニルが今後ここでメイドとして情報収集出来るようにする為には、俺が勝手に敵対組織と繋がっただけで、スー君やニルとは関係無い…という事を主張しなければならない。三人で面接を受けに来たという状況から、信じてもらえるかは分からないが、ここで二人にまで脱落されてしまってはここまでの事が全て水の泡になってしまう。


そうなると…俺が逃げてしまうと二人が疑われるのは必至。二人が疑われる事自体は変えられないかもしれないが、俺が逃げ出さずに尋問を受ければ、二人は関係無いと主張出来る。

もし、パウンダ家側が、二人は無関係かもしれないと思ってくれさえすれば、二人への警戒は強まるとしても、完全に道が絶たれるわけではない。

どこまで上手く事を運べるかは分からないが、少なくともここで戦闘を起こして逃げ出すより、尋問を受けて無実、もしくはスー君とニルの無実を主張するのが得策…のはずだ。正直、何が一番良い選択なのか分からないが、とにかくスー君とニルが疑われないように立ち回るしかないと考えての事だった。


俺は、メイド長の言葉に対し、大人しく直剣を地面へ置く。戦う意思は無いとメイド長に伝える為だ。


「…良かったです。正直、私では貴女を止める事が出来そうにありませんから……何かの間違いという事も考えられますし、とにかく今は一度話を聞かせて下さい。」


メイド長の反応的に、しっかりした根拠を持って俺を捕まえた…という話でもなさそうだ。捕まえたという事は、少なくとも疑わしいと思わせる根拠は有るのだろうが……とにかく、詳しい話を聞けば、俺への疑いを晴らす為の糸口になるかもしれない。まあ、事実パウンダ家の情報を売っているから、疑いを晴らすと言うよりは誤魔化す…と言った歯方が正しいだろうが…


俺はメイド長に促されるまま、屋敷の中へと入る。


エーメルが不安そうな顔で俺を見ているが、俺にしてやれる事は何も無い。それよりも、ニルが俺を助けると言って出て来てしまわないかが心配だ。

パウンダ家がどこまでやるかは分からないが、恐らく尋問の際に色々とされるだろう。それを考えると、ニルが自分への疑いなどどうでも良いと言い出して俺を助けに来てしまいそうな気がする。逆の立場ならば俺もそうしてしまうだろうし…

そうなっていないところを見るに、スー君が上手く宥めてくれているのだろう。とにかく、今は二人に動いて貰うのではなく、我慢してもらい、疑いを向けられないようにしていて欲しい。でなければ、俺が捕まった意味が無くなってしまう。


そんな事を考えていると、俺は屋敷内の地下室へと連れて行かれる。


ここで行われる事は、きっと思い出したくない記憶になるだろう。そう確信していたが、俺はその地下室へと足を踏み入れた。

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