第776話 岐路
ミネリュナとの接触を試みるべく、俺達は屋敷を抜け出して街中へと移動する。
パウンダ家は、外からの侵入者に対してはしっかり守りを固めているものの、外に出る事はそこまで厳しくしていない。まあ、普通は外敵に対して守りを固めるのが普通だし、外へ出る者を注意したりはしないだろう。
という事で、俺達が外へ出るのは比較的簡単だった。
そして、俺は布切れが光る方向へ向かって歩いていく。
どうやら、光る方角は直線的に示されているらしく、街中を右に左にと折れながら進むのはなかなかに面倒臭かった。
それにしても、方角を示す魔具…というと、やはり神聖騎士団の事を思い出す。神聖騎士団の中で使われている魔具も、確か互いの魔具の位置を示すような機能を持っていたはず。となると、魔女族の作り出した魔具が流出したということだろうか。それとも、魔女族と繋がりが…?いや、魔女族が魔王を裏切っていたとしても、それがそのまま神聖騎士団と繋がっているという事にはならない。魔女族にとっても、神聖騎士団というのは敵であるのだし、恨み辛みも持っている。それは間違いないし、神聖騎士団が魔族にとって共通の敵という認識は間違っていないはず。
まあ、その辺の事を今考えても仕方の無い事だし、またいつか答えも分かるだろう。それより、今は目の前の事に集中だ。
俺が布切れによって導かれて来たのは、パウンダ家の屋敷に勝るとも劣らない程大きな屋敷。
但し、その屋敷はパウンダ家のように綺麗ではなく、あちこちが崩れ落ちており、ボロボロになっている。
「…………」
ここが誰の屋敷だったのかは知らないが、昔の名家とかだったのだろうか。夜中に見るとなかなかに雰囲気の有る光景だが、この世界にはアンデッド系モンスターもわんさかいるし、今更怖がるようなものではない。
俺は迷わずに屋敷の敷地内へと足を踏み入れる。
ニルとスー君も近くに居るはずだが…俺からは感じ取れない。上手く隠れているようだ。
「やはり来たか。」
俺が敷地内へ足を踏み入れ、屋敷の入口付近まで辿り着くと、直ぐに屋敷の方から女の声が聞こえてくる。
屋敷の両開きの入口は、片方の扉が外れかけて傾いている。その隙間の中から声が聞こえてきたようだ。
どうやら、屋敷の中に何人かが潜んでいるらしい。こちらを観察するような視線をいくつか感じる。
「……………」
俺は喋れない設定なので、無言を貫く。
「喋れないというのは知っている。それにしても…メイドが一人でここまで来るとはな。勇気が有るのか、蛮勇なのか…」
チャキッ…
相手の言葉に対し、直剣を握る事で返す。
「まあまあ落ち着け。別にこっちはあんたに手を出そうって考えているわけじゃない。あんたにこっちと手を組む意思が有るかどうかを確認しに来ただけだ。」
「………」
手を組む…と言われても、詳細な情報も無しに頷くわけにはいかない。俺は黙って女を注視する。
「まあ、いきなりそんな事を言われても頷いたり出来ないのは分かっている。まずは話をしようか。」
俺は女の言葉にゆっくりと頷く。
パウンダ家のメイドを取り込めるかどうかという話だから、相手も強引な手には出ないだろう。
俺は促されるまま、屋敷の中へと入る。
取り敢えず、俺が頷いて話を聞こうとする姿勢を見せた事で、相手は一段階警戒を解いたように思うが、それでもまだまだ警戒はされている。俺との物理的距離が空いているのが証拠と言えるだろう。
それにしても、ただのメイド一人にここまで警戒するとは…襲撃された時もそれ程派手に立ち回ったつもりは無いが…
「さてと。その布切れを持ったままでいるって事は、こちらの事は知っているのだな?」
「…………」
俺は女の言葉に頷く。
ミネリュナという組織については知っている。詳しい事は分からないが、それは向こうも分かっての質問だろう。
「我々の事を知っていて接触してきたという事は、我々に用がある…と考えて良いのか?」
「………」
この質問に対しても、俺は素直に頷く。
「それで。何が知りたいんだ?こちらに用が有るって事は、何か知りたいんだよな?」
こちらの意図はある程度伝わっているようだが、勿論俺が何を知りたがっているのかまでは把握していない様子だ。
「何が知りたいかを聞きたいが…喋れないというのはなかなかに厄介だな。」
喋れないとなると、俺の反応としては、頷いたり首を横へ振ったりと、簡単な意図を伝える事しか出来ない。筆談でも良いかとも考えたが、筆跡等の証拠が残るのはよろしくない。何とか色々と話を聞きたいところだが…
「一先ず、お前が我々と接触したい理由は置いておこう。それよりもだ…お前がこちらの情報を得たいのと同じように、こちらはパウンダ家の情報を欲している。」
まあ、そうだろう。でなければわざわざメイド如きに接触してこないだろうし。
「……………」
俺は少し迷った様子を見せた後に頷く。
まだ決めきれていないが…と思わせる為だ。がっつき過ぎると足元を見られる。これはスー君に教えて貰った事だから、自慢げに言えることではないが…
とにかく、向こうもこちらと交渉したい。こちらもあちらと交渉したいという場合は、こちらが有利、もしくは対等な交渉が出来るよう、可能な限り有利な立場を維持するべきだと言われた。
そんな事を商人でもないスー君が何故知っているかが気になるところだが、スー君曰く、長年生きていると自然に身に付く事も有るらしい。
という事で、俺は女との情報交換を目的とした話に入る。
細かい事は置いて、女との話し合いの内容をまとめると…
ミネリュナは、パウンダ家の資産が目当てだということ。その資産に手を出す為には、内通者が必要になること。しかしながら、パウンダ家のガードは固く、メイドやその他関係者と接触したとしても、上手く取り込める者はいなかったらしい。
俺もパウンダ家のメイドの一人として働いているから分かるが、パウンダ家で働く者の待遇は極めて良い。
厳しい審査を潜り抜けてきたという事も有るだろうし、他の者達とは違うというプライドも有るだろうが、何よりも現在の待遇に不満を抱かない者達にとって、その待遇を捨てる事になるかもしれない事への協力は絶対に受けないだろうと思う。
そんな簡単な事で…?と思うかもしれないが、意外とそんなものだったりするのだろう。例えば、奴隷のような魔具を使って制約を設けるとかも可能だろうが、恨みを買えば、いつか必ず反抗する者が現れる。それよりも、感謝という感情を植え付ける方が良いという考えだろう。
それは事実間違っていない事を知っているし、そうなるのが当然だとも思う。
これが執事か何かの仕事ならば、俺もパウンダ家を裏切るような事はしなかっただろうが、残念ながら俺達の目的はそこに無い。
そして、俺の方はパウンダ家の裏の顔について知りたいという事を身振り手振りで何とか伝えた。
「パウンダ家の裏の顔…か。知りたい事は分かったが、その情報は高いぞ。想像以上にな。」
「…………」
パウンダ家を狙っているとはいえ、それを情報として売るというのはまた別の話…という事だろうか。こちらはパウンダ家の人間なのだから、敢えてミネリュナにこだわる理由は無い。
パウンダ家にも敵がいて、こうして裏で動き回る連中がいるという事が知れた時点で、ある程度の目的は達成出来ている。最悪、ここで情報を仕入れる事が出来なかったとしても、どうにか情報を入手する方法を見付ける事が出来るはずだ。
つまり、ミネリュナと手を組むか否かというのは、そこまで重要なことではないのである。勿論、ミネリュナは古くから囁かれている組織であり、その規模もそれなりのもののはず。そこで得られる情報は、他とは比べるまでもないものになるとは思うし、ミネリュナから情報を得られるのならば是非ともそうしたいところだ。しかし、俺達が必要としているのは、確実な情報とか、裏が取れた情報とか、そういう類のものではなく、パウンダ家が関わっている魔王に対する反抗的な行動についてである。疑わしい程度でも、パウンダ家に潜入している俺達が動けば、証拠の一つや二つ手に入れる事が可能だ。要するに、何を探せば良いのかの目星程度の情報で構わないのだ。
そんな思惑までは察知出来ないのか、女は俺が難色を示すのを見て矢継ぎ早に言葉を続ける。
「高いと言っても、金品の類じゃない。こちらが欲している情報を渡して欲しいという事だ。」
ミネリュナが欲しているのは、具体的に言うとパウンダ家の資産に関する情報だ。
どれくらい有るのかすら概算でしか分かっていない為、情報がほぼゼロらしい。資産に関する情報ならば何でも良いという程である。
ミネリュナというのが都市伝説のような立ち位置に在るというのに、パウンダ家は資産に関する情報を全く知られていないというのはなかなかに凄い話だ。完璧な情報の隠蔽を行っていると言えるだろう。
「……………」
資産に関する情報と言われても、俺が知るパウンダ家の情報は少ない。情報の共有は常に行っているし、ニルやスー君に聞いてもさほど変わらないだろう。それを対価に求められるとなると、なかなかに厳しいものがある。
「今直ぐにという話じゃない。今後、こちらへ流してくれた情報に対して、こちらからも情報を開示しようという話だ。勿論、こちらの握っている情報は確かなものだ。」
確かかどうかは置いておくとして、対価制で情報を得られるのであれば、一先ず手を組む事を考えても良いかもしれない。
ただ、ミネリュナと手を組む事と、それがもしパウンダ家に知られたら…と考えた時、どちらのリスクを取るべきかが難しいところである。
恐らく、ミネリュナの持っているような情報を自分で得ようとすると、数ヶ月、下手をすれば数年という単位の時間を要するだろう。しかし、先程も言ったように、俺達が欲するのは目星程度の情報であり、ミネリュナの持っている情報でなければならないという話ではない。
パウンダ家の護衛として動いている時、ミネリュナの襲撃を予測したように護衛の数を調整していた事を考えると、ミネリュナの事をパウンダ家は把握しており、ある程度ミネリュナ側の情報を得ていると考えて良いだろう。
そう考えると、ミネリュナと手を組むのはリスクが大き過ぎるようにも感じるが、メイドという仕事をしながら得た情報の中で、資産に関するような話を持って行くだけで、俺達が欲する情報が手に入る…と考えると、時間の無い俺達にとっては魅力的な提案でもある。
さてさてどうしたものか…
「……………」
「どうするんだ?」
ここで断れば、ミネリュナに接触した者として周囲に潜んでいる連中が加わって、俺は処理されるだろう。勿論、処理されないよう抵抗するし、スー君やニルが近くに居るのだから返り討ちに出来るとも思う。
断るか…受け入れるか…
俺は悩みに悩んだが、最終的に頷く事にした。
「……そうか。それならば、その布は持っていると良い。」
俺をここまで導いた紋章の入った布切れに視線を向けて女が言う。
「その布は最も近くに居る、同じ布を持った者を示してくれる。そちらの布は受信するだけだが、こちらが接触したい時にはその布が光る。それを合図にここへ来い。」
「…………」
俺はゆっくりと頷く。
「くれぐれもその布を他人に見せるなよ。」
そこまで言うと、女は屋敷の奥の部屋へと消えていき、その後周囲の者達と共に気配が消える。
ミネリュナの申し出を受けた事が吉と出るか凶と出るかは分からないが、一先ず行く道は見えた。後はパウンダ家にバレないように上手くミネリュナと接触し、情報を取る事に力を注がねばならない。
口で言う程簡単ではないが、やらねばならない事ならば、やるしかないだろう。
俺は女の気配が消えた後、その場を後にしパウンダ家の屋敷へと戻った。
「あの者達の手を取って良かったのですか?」
帰ってから、スー君とニルにミネリュナとの事を話したが、やはりリスクの高い選択だと考えるのは俺だけではなかった。
「リスクが高いのは間違いないが、自分達だけで情報を集めるのも限界が有るだろうと思ってな。」
「オイラとしては文句は無いかな。多少のリスクは背負わないといけないと思うからね。ただ、パウンダ家も一筋縄ではいかない相手だからね。より警戒しながら生活しないとだね。
勿論、もしもの時は助けに入るつもりだけど、ミネリュナと接触したのはシンちゃんだから、やり取りはシンちゃんがする事になるからね。」
「私としては少し心配です…ご主人様を信用していないわけではないのですが、やはりパウンダ家の方が脅威度としては高いかと思うのです。」
「ニルの言っていることは分かるし間違ってはいないとも思う。だから俺も迷ったんだ。」
「はい…分かっています…いますが…」
いつもはすんなりと受け入れるニルだが、今回ばかりは心配が勝ってしまうようだ。
俺としても賭けの要素が大きいところであったし、ニルの心配は分かる。だが、一応これでも色々と考えての結果だ。
「リスクが大きいのは承知の上で、これが一番早いと思ったんだ。それに、もしもの時は二人が助けてくれる、そう信じての事だ。」
「……まったく…ご主人様はいつもズルいです。そう言われてしまっては、やるしかないじゃないですか。」
「すまないな。」
「もう……分かりました。何かあれば必ずお守りします。」
「ああ。助かるよ。」
「……えーっと。そろそろオイラも喋って大丈夫かな?」
「いや、最初から喋ってくれて大丈夫だぞ。」
「あ、うん……そんな空気じゃなかったよねー…」
スー君の一言を聞き流し、俺達は今後の動きを決める為に話し合った。
動きと言っても、結局はメイドとしての生活を続けるだけの事で、パウンダ家の資産に関する情報を極力集めるように気を付ける…程度のものだ。
しかし、気を付けて会話をしていると、意外とそれらしい話は有るもので、数日メイドの仕事をしていると、いくつかの情報を手に入れる事が出来た。
と言っても、流石に直接的な情報ではなく、あくまでも財産に関する情報というだけの話だが、それでもミネリュナにとっては貴重なものになるに違いない。
という事で、早速再度の接触を行い、情報を渡す事となった。
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