第775話 ミネリュナ

ヤリューシャがパウンダ家での用事を済ませ、帰りの道を進み始めて十数分後に事は起きた。


既に日は落ちて夜。ヤリューシャの乗った馬車を護衛して帰路を進んでいると、暗闇の路地から人の気配がする。一人二人ではなく、多数の気配だ。しかも、明らかにこちらに用がある様子だ。


「……まずいわね。」


こちらはメイド長を含め、行きよりも更に人数を増やして十人での護衛である。因みに、その中の三人は護衛を専門でやっている者達で、戦闘力は高い。

元々帰りに何か起きるかもしれないという情報でも得ていたのだろうか。


「明らかにこちらを狙っている気配ですね。引き返しますか?」


「……いいえ。この状況から引き返すのは無理でしょう。突っ切るしかないですね。」


周囲を取り囲む連中は完全に逃げ場を封じるように配置しており、俺達が逃げ切る為にはどこかを突破するしかない。

護衛


「だ、大丈夫ですか…?」


「ヤリューシャ様はどうぞ馬車の中で身を屈めていて下さい。決して外を覗こうとはしませんように。」


「は、はい!」


馬車の中から心配そうな顔のヤリューシャが見えたが、メイド長の一言で大人しく馬車内へと引っ込む。


先日俺とエーメルが襲われた一件からそんなに時間は経っていないのに、もう次の襲撃とは…あまりにも間隔が短い。同一の黒幕による襲撃だと考えるのが自然だろうか。となると、パウンダ家を狙っている連中は大きな一つの組織…と考えるには時期尚早か…?とにかく、大名家の一角を担うパウンダ家を狙う何者かが存在し、このような大きな戦力も有しているという事は間違いないはず。そこにパウンダ家の事と繋がる情報が有るかもしれない。やはり、これはチャンスなのだろう。


ここへ集まった連中を突破して逃げ切る事は、俺にとっては難しい事ではない。相手はそれなりの人数を揃えたみたいだが、一人一人の実力は前回襲われた時に相対した者と大きく変わるような者達ではないのだ。

しかし、簡単に倒してしまっても得られる情報は何一つ無い。ある程度相手の事も分かるよう時間を掛けて反撃するべきだ。


これが正義のヒーローであれば、そんな事をして怪我人が出たら…なんて考えるのかもしれないが、何度も言うように俺は正義のヒーローではない。ここで怪我人が出たとしても、それがニル達にとって良い結果に繋がるのであれば、俺はそれを許容する。そして、ここで得られる情報が有るとするならば、それが後にこちらの得になる可能性は非常に高い。


「随分と目を付けられているみたいだね。」


護衛として雇った三人の内の一人がメイド長に向けて言い放つ。


「恨み言を言う暇が有るならば、これを打破する策を教えて頂きたいものですが。」


それに対して、メイド長は強気に返す。


護衛という事は、こういう事態を避けるという意味でも期待されていたはず。それが出来なかったという事は、護衛としての能力が足りていなかったと判断されても仕方がない。


「恨み言じゃないさ。それに、この程度の相手ならば固まって戦えば何とかなる。

戦えない者は馬車に引っ付いてな!あんた達やるよ!」


護衛三人が気合を入れて馬車を三角形になるように取り囲むと、武器を構えて襲撃に備える。


魔女族は、魔法に長けた種族であり、近接戦闘においては他の種族よりずっと劣っている。これはまず間違いない事だが、だからといって近接戦闘が出来る者が全く居ないわけではない。メイド長もそうだが、護衛の三人のように近接戦闘が可能な者はそれなりにいる。ただ、絶対数が少ない為、技術的な面で劣ってしまっており、どうしても魔法に頼る戦い方が主流となる。

しかし、決して魔女族が弱いというわけではない。特に、戦争のような場では高火力、広域の魔法をぶっぱなし、一撃で数多の兵士達をほふる事が可能で、戦場の火力担当という立場になる。個の戦いでは弱い反面、多の戦いでは無くてはならない存在とも言えるのだ。


但し、それはあくまでも戦場では…という意味であり、こういう街中には適応されない。


街中で魔法をぶっぱなしたりすれば、当然周囲の建物や人々に被害が出る。そうなれば街の者達が黙ってはいない。そうならないようにする為には、魔法も自ずと消極的なものになってくる。

結果として、あまり派手な戦闘にはならず、近接戦闘を得意とする者達が有利な状況になったりするのだ。


勿論、魔法に精通する魔女族ならば、それでも尚上手く戦う者達も多々居るが、それには戦闘訓練等が必要になる。つまり、こうして街中で襲って来るような連中に、そこまでの実力が有る者はまずいないのだ。

魔界の外から来た身からすると違和感が有るように感じるが、要するに魔女族の街ナボナボルは、他の街と比較して戦闘から遠い…つまり安全な街なのだ。

まあ、この短期間で二回も襲撃された俺が言っても説得力は無いかもしれないが、普通に生活していればこういう事に出会う機会などほぼ無い。それくらいには安全が確保された街なのである。


安全とは言ったが、俺達は事実襲撃されているわけで…とにかく、今はこの状況を上手く利用しなければならない。


「何者だ!」


「……………」


護衛の一人が聞いているが、当然それに答える者はいない。


「大人しく捕まれば痛い目を見る事は無い。抗うと言うのであれば、必要の無い者達は殺す。」


「取り付く島もない…か。ならば、こちらも容赦はしない。」


三人の護衛は、全員直剣と盾を持っている。元々兵士だったのだろうか。なかなか様になった構えと、上質な防具。これを崩すのはなかなかに難しいのではないだろうか。それを可能にするには魔法という手段が有効だが……


「やれ!!」


ゴウッ!!


「……チッ……」


「魔法の対策が無いとでも本気で思っていたのかな?」


相手が火魔法を使って牽制するが、護衛三人組は簡単にその魔法をかき消してみせる。


相手が魔女族であるならば、こちらの護衛もまた魔女族。互いに魔法に長けた種族である以上、魔法による制圧は容易ではないだろう。


「対策が出来ていたとしても、この量の攻撃を凌ぎ切れるかな。」


相手が勝っている最も大きなものは、物量。小さな魔法でも数が揃えばそれなりの驚異となる。


周囲に居る連中が次々に魔法陣を発動させ、あちこちで魔法陣から放たれる光が見える。


「標的には当てるなよ!撃てぇ!」


ゴゴゴゴガガガガガッ!!


あらゆる属性の魔法が放たれ、その全てが俺達の方へと飛んで来る。しかし、それを防ぐのはこちらの魔法。


「私達だって何も出来ないわけじゃないんだよ!前は何も出来なかったけど…防御くらい出来るんだから!」


「チッ!厄介なメイドだね!!」


今回も同行していたエーメルが、中級風魔法を使って殆どの魔法を打ち消す。他のメイド達も同じだ。魔法合戦となれば、派手な魔法を使っても問題が無いこちらの方が有利。

頭数として考えていなかったのか、相手が舌打ちをしてエーメルを睨み付ける。


「次はこちらから行くぞ!」


そんな相手に向けて走り出したのは護衛の一人。次いでメイド長、そして俺も敵陣へと斬り込む。


「殺せ!そいつらは必要無い!」


「焼き払え!」


少し突出するだけで四、五人に囲まれる。とにかく数を揃えたといった感じだが…


ザシュッ!


「ギャッ!!」


ザクッ!


「ぎゃぁっ!!」


近接戦闘に慣れていないのか、手応えが無いと言える程簡単に直剣が相手を捉える。


こんな質の悪い連中を使っているとなると、大した情報は得られないかもしれない…なんて考えている間に、相手の数が減り続け、三分の一が地に伏せる事になった。


「チッ……後退だ!下がれ!」


相手の指揮官らしき人物が後退を命令すると、周囲の連中はそそくさと俺達から離れていく。


「口ほどにもない。」


護衛の一人が鼻で笑うように言い放ち、武器を下ろす。


「何とかなりましたね。思っていたよりも簡単に退けられて良かったです。」


メイド長は胸を撫で下ろす。


「確かに連中は大したことの無い者達だったが、あれは安い金で雇われた連中だ。研究資金が欲しかったとかそんな理由だろう。その後ろから糸を引いている者の考えとしては、こちらの戦力や戦闘力の把握をしたかった…と言ったところだろうな。」


「そうなりますと…」


「恐らく、こうして何度か襲撃を行って得た情報から、確実に事を成せる戦力を把握して、いざ本番で投入してくるだろうな。」


護衛が言う事は間違いないだろう。いくらこのナボナボルが平和だからといって、これだけ弱い連中だけでパウンダ家を落とそうなんて考える者は居ないはず。この手応えの無さは、向こうがそう仕向けているからに違いない。


「そうですか……私の方から主人には報告しておきます。今は、取り敢えずヤリューシャ様を屋敷へ。」


「ああ。分かっている。ここからは私達が先導しよう。もう襲撃は無いと思うが、確実ではないからな。気を抜かないように。」


護衛の言葉に、その場の全員が頷いた後、馬車を再度進ませる。


結果的にその後の襲撃は無く、無事にヤリューシャを送り届けた後、俺達もパウンダ家へと帰る事が出来た。


襲撃を切り抜け、無事に帰れたのは良い事なのだが、俺達にとってそれでは色々と足りない。今回の襲撃という事件自体は、パウンダ家の当主と街の治安を守る連中に連絡して終わりなのだが、俺としてはそこで終わらせるわけにはいかない。


実は、戦闘中、なるべく目立ち過ぎないように戦っていた時のこと。相手の一人を斬り伏せた時に、その者の懐から出てきたある物を手に入れたのだ。


物としては布切れ一枚ではあるが、そこには見慣れない紋章が入っており、明らかに何かしらの意味が有る物だと判断した俺は、それを密かに持ち帰った。

そして、その紋章についてスー君に聞いたところ、その紋章は魔女族の中で密かに囁かれている裏組織の物だそうだ。


裏組織と聞くと都市伝説的なものを思い浮かべてしまうが、そういうものではない。簡単に言うと、合法的な事で稼げない者達が集まって出来た組織であるらしい。

それが実在する事は前々から分かっていたらしいが、研究の為には何でもするような魔女族だからか、取り締まっても直ぐにまた同じような連中が集まってしまうらしい。


そんな組織に目を付けられるなんて、パウンダ家は何をしたのだという話になるのだが、そこに今回の魔具製作の件が絡んでいるのではないかと考えている。

詳しい事は何も分かっていないが、例えば、パウンダ家が魔具を製作する事に関わるのが違法行為だった場合、その裏組織を使って手を伸ばしたとすると、その組織はパウンダ家の弱みを握る事となる。手段を選ばない連中の集まりなのだから……と考えれば繋がりくらいは想像出来てしまう。

それが真実か否かは分からないし、どうでも良いが、パウンダ家の事を調べるのならば、その裏組織との接触が事を進展させてくれるかもしれない。

という事で、ミネリュナと呼ばれているその裏組織に関わりの有る者との接触が当面の目的となった。


そして、意外にもその機会は早く訪れる。


襲撃の有った日から数日後。

パウンダ家でいつものように過ごしていると、俺が確保したミネリュナの紋章が入った布切れに反応が有った。

突然淡く光り出したのだ。


まさかその布切れが魔具の類だとは思わなかった俺は驚いたが、誰にも見られる事はなかった為一安心。


恐らくだが、その布切れは、ミネリュナ内で連絡を取り合う時に使ったりする物なのだろう。ただ、布から突然声が聞こえたり、何かが浮かび上がってきたりなんて事は起きず、ただ光るだけなので、それが何を意味しているのかまでは分からない。それ故に放置するしか出来なかったのだが…その日の買い出しに出た時、何と向こうから接触が有った。


俺が買い出しをするエーメルを見守っていると、後方から不思議な気配が近付いてくる。

敵意は無く、しかし警戒はしていながらも観察されているような気配だ。


「…………」


「……お前だな?」


何の事を言っているのか全く分からない質問…というわけではない事を俺自身がよく知っている。


俺は振り向かずにその声に耳を傾ける。


「敢えて隠し持っているという事は、こちらと接触したいという事だな?」


俺の持っている布切れは、当然パウンダ家の者達には報告していない。そして、俺が隠し持っている事を知っているという事は、発信機的な役割も持っているのだろう。

こちらの仕掛ける罠である可能性も考えているのか、一定の距離を保ちながらだが、間違いなく俺に接触してきている。

相手からすれば、狙っているパウンダ家のメイドの一人が、労せずに仲間になるかもしれないのだ。多少のリスクが有っても確認くらいはすると思っていたが、予想が的中したようだ。


「確か、お前は喋れないメイドだったな。」


どうやら、俺やエーメルの事は調べているらしい。まあ、一度襲撃した相手なのだから知っていて当然か。


「もし、お前がその気ならば、その紋章に従って行動しろ。」


そこまで言うと、その者の気配が消える。


短い接触に必要最低限の情報。どうやら先日相対した連中とは質が違うようだ。


「……………」


紋章に従って行動しろと言った意味が分からないものの、あのやり取りのみで去ったという事は、それで俺が分かると判断したからに違いない。


俺は何者かの言う事を聞いた後、いつも通りに過ごし、その日の夜。


「なるほど。これが紋章に従って…って言葉の意味か。」


俺の持っていた布切れは、夜になり、皆が寝静まった頃、淡く光り出す。しかも、今回はただ光るだけではなく、ある一定の方角に近付くと光る。要するに、その方角に行け…という事だろう。


「ご主人様。私も同行致します。」


「同行するのは良いが、隠れてついてきてくれ。」


「そうですね…分かりました。」


スー君と一緒に行動していればバレる事も無いだろう。


「頼んだ。」


「まっかせてよ!」


スー君とニルに背中を任せ、俺は一人で動くことにする。布切れの件に関係の無いはずの者が同行するとなると、俺と接触してくれない可能性も有るからだ。


とにかく、やっと掴んだパウンダ家に関する情報なのだ。ここで何かしらの成果を得なければ…

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