第774話 メイドの仕事
「………」
俺は、目の前にいる女に向かって携帯している長剣を抜く。
パウンダ家から支給された護衛用の装備で、それなりに質の良い武器だ。流石に俺やニルの使う武器と比べると見劣りするが、それでも十分に使える。
「メイド如きが随分と自信満々だねぇ。」
「…………」
短剣を構えて余裕そうな女は、視線を少し横へと動かす。
ギィンッ!
「なっ?!」
側面から飛んできた石の礫を長剣で叩き落とすと、女は驚いた様子で目を見開く。
近くに潜んでいる者が魔法を使う気配は最初から感じていた。後は相手の位置さえ分かればこの程度誰にでも出来る。
問題は、エーメルを守りながら戦わなければならない事だ。彼女を殺す事は無いとは思うが、連れ去られてしまうとかなりヤバい。という事で、あまりエーメルから離れる事は出来ない。
しかしながら、相手も相手であまり時間を掛けてしまうと人通りが少ない道とはいえ誰かに見付かる可能性が高くなる。
という事で、俺がやらなければならない事は、この者達を捕まえる事や殺す事ではなく、エーメルを守りながら一定時間耐える。これしかない。
「チッ!さっさとやりな!」
女がそう叫ぶと、周囲に潜んでいた者達が気配を隠す気もなく動き出す。
「っ!!」
エーメルは、こういう状況に慣れていないらしく、恐ろしくて目を瞑っているようだ。
護身術が使えたとしても、それを実戦で使えるかはまた別の話。エーメルは戦闘の経験が無いのだろう。まあ、メイドを志願するような者にとってはそれが当たり前だろう。
ギィン!!
またしても飛んで来た石礫を叩き落とし、エーメルを庇うように前へ立つ。
「シーちゃん…?」
俺がエーメルを守っているのだと彼女も気付き、震えながらも目を開き、俺の方へと視線を向ける。
俺は言葉を発する事が出来ないが、エーメルにもこの状況でどうして欲しいかは伝わるはずだ。
「…………」
俺の意図を汲み取ったエーメルは、震える手で俺の服の背中を掴む。
「勇敢な事だね。だが、この人数相手には蛮勇でしかないさ。」
女がそう言うと、周囲に居る者達全員が魔法陣を発動させる。
合計十人の襲撃者全てが魔法を発動し、俺へ向けて放とうとしているのだ。
幸いな事に、相手もあまり派手にやり過ぎると見付かってしまう為、使うのは初級魔法のみ。魔女族は魔力も多いと聞いているが、上級魔法を何も考えずに放つような馬鹿でなくて助かった。
「っ!!」
とはいえ、普通に考えれば十個の魔法が同時に飛んで来るのだから、状況的にはかなりヤバいと言えるだろう。当然、そう感じたエーメルは両目を固く瞑り、俺の服を握る手に力を込める。
初級魔法程度ならば、当たり所が悪くない限り死んだりはしないだろうが、痛いのは嫌なので少し気張るとしよう。
「やりな!!」
女が叫ぶと、その場の全員が魔法を放つ。
火、水、土、風、木属性の魔法が飛んでくる。
放つ魔法の属性がバラバラなのは、防御するのを難しくしようという考えだろう。
魔具や魔法を使った防御の場合、一つの属性に強い防御魔法では他の魔法を止められなかったりする。それを狙っての事だろうが……
「っ!!!!」
ザンッ!!!
俺は飛んで来た魔法全てを切り裂く一撃を放ち、見事全ての魔法を無効化する。
「……はぁ?!」
余程驚いたのか、女は一テンポ遅れて反応する。
魔女族にとって、攻撃や防御というのは、基本的に魔法を使って行うものだ。剣一本でどうにかしようという考えは基本的に無い。というか、恐らくそういう事象をあまり目にした事が無いのだろう。
兵士であれば、魔界外の者と戦う機会は有るだろうが、そんな殊勝な者であるわけもなく。加えて魔女族という魔法に特化した種族である事で、魔法こそ最強だと思い込んでいたなんて事も
「え…え?」
エーメルも何が起きたのか分かっておらず、混乱している様子だ。
「……………」
相手の連中は放心していて何も言わず、何もしない。心底驚いたのだろうが、今から名家のメイドを攫おうという者達がそれでは…とも思ったが、そもそも人族の盗賊と比較するのは間違っているのだろう。ここは閉鎖された空間であり、悪人というボーダーラインが人族のそれとは違うのかもしれない。その上、魔女族は魔女族で固まって過ごしているし、より閉鎖的な種族と言える。その結果がこれなのだろう。
何にせよ、そうしてボーッとしている時間が長ければ長い程、俺にとっては都合が良い。
「…っ?!な、なんだいそりゃ?!」
我に返って最初の一言がそれとは…うーん。悪人をやめた方が良い気もするが…
「……………」
喋れない設定の俺には返答出来ない。返答出来ればもう少し時間を稼ぐ事も出来たかもしれないが…どちらにしろ、その時間稼ぎは必要無かった。
「おい!!そこの者達!!」
誰かが通報したのか、それとも元々近くに居たのか、門番の着ていた物と似たような制服を着た兵士らしき魔女達が現れる。
「チッ!!あんた達!逃げるよ!」
兵士達の姿を見た瞬間、連中は直ぐに逃げる事を決めた。下手に欲を出して時間を掛ければ、その分自分達の首が締まる事を理解しているのだろう。悪事には慣れておらずとも、頭はキレるという事だろうか。
「待て!逃がすな!追え!」
兵士の数人が連中を追い掛ける。二人の兵士は俺達の元に残り、こちらへと声を掛ける。
「大丈夫か?怪我は無いか?」
兵士の殆どは女性であり、魔女族だ。何人か男性もいるみたいだったが、魔女族の女性と結婚した男性とかだろうか。
俺達に話し掛けてきたのは女性の兵士だ。
「は、はい。大丈夫です。」
「それは良かった。」
エーメルが返答すると、兵士が安堵したように息を吐く。
「その……これは、私達を狙った襲撃…ですよね?」
「見たところ、パウンダ家のメイドだな?だとすると、パウンダ家のメイドだと分かっていて狙ったと考えるのが妥当だろうな。パウンダ家の権力云々というよりは、自身の研究の為の資金集め…といったところだろうか。」
「何故分かるのですか?」
「街中で、しかもこんなに明るい時間帯にも関わらず、誘拐を行った事を考えると、余程手馴れた者か、もしくはそういう事に慣れていない連中だ。やり方の雑さから見て後者だろう。恐らく、捕まえるのも直ぐのはずだ。」
「な、なるほど…」
「パウンダ家の者達はそれなりの給金も貰っているからな。それだけでも狙われる事が有る。と言っても、そう頻繁な話ではないが…まあ、とにかく気を付けてくれという事だ。今回の事のような事件は何度か起きているからな。今のところ被害者側に大きな怪我などは無いが、それでも精神的に良いものではないからな。」
「わ、分かりました…」
兵士が言うように、事実何度か起きている事だとしたら、アーテン婆さんの事が何かしら影響を及ぼしている可能性が有るかもしれない。とはいえ、今更俺達にはどうする事も出来ないが…
「ありがとうございました…」
状況の説明やら何やらをした後、未だに不安そうなエーメルが兵士にお礼を言って俺達はその場から立ち去る。
「シーちゃん…ありがとう。」
兵士から離れて直ぐにエーメルが俺に向けてお礼を言う。守ってくれてありがとうという意味だろう。
俺は目を瞑り、首を横へ振る。
これは俺の仕事だから気にするなという意思表示だ。
「はぁ…怖かった…」
まだ微かに震える両手を見て目をギュッと瞑るエーメル。
「………」
「情けなくてごめんね…こういう事が有るって話は皆から聞いていたんだけど……」
エーメルは争いを望むタイプではないし、荒事には耐性が無いのは見ていて分かる。そんな彼女がいきなり誘拐のあれこれに巻き込まれたとなれば、やはり恐怖を感じて当たり前だろう。誰も情けないとは思わない。
俺はそういう意味でもう一度頭を横へ振る。
「護身術は習ったし、何かされた時に対処する術は身に付けたんだけど…いざそういう状況になると動けなくなっちゃうよ…」
エーメルは上手く出来ないと自分を責めているが、それが普通だと思う。ただ、それは人族ならばという話であり、魔族の一員である魔女族にとって、戦えない者は白い目で見られてしまう。エーメルも魔女族である以上、魔法はそれなりに使えるだろうが、その魔法を他人に向けて放てるかはまた別の話だ。
それに、エーメルは自分を卑下する事が多いが、別に彼女がメイドとして他の皆より劣っているという事はない。確かに他のメイド達も優秀ではあるし、相対的にレベルの高いメイドが揃っているのは間違いないが、その中に居てエーメルが劣っているようには全く見えないし、俺からするとエーメルは優秀な方だと思う。
単純に、エーメルがそういう性格だ…という事なのだが、もし何か言葉を掛ける事が出来たとしても、そういうのは簡単に変わるものではない。彼女自身が何かしらの自信を手に入れるまでは、きっとこういう具合が続くだろう。
気にする事はない。エーメルはしっかりやれている…と言いたいが…
言葉を発せない俺は、何度か頭を横へ振るを繰り返しながら帰路に着く。
帰ってから襲われた事を報告し、護衛の任をきっちりこなせた事に礼を言われ、給金が上がったり…と色々とあったが、それ以外に大きな変化は無かった。
慣れているとまではいかないが、これまでにも何度か起きている事だったからなのか、事後処理もスムーズに行っていた。
そして、その日からエーメルの態度がこれまで以上に変わった。
元々何かある度に俺の元へ来ていたのだが、その回数が明らかに増え、誰よりも俺の傍に居る事が多くなった。
その事に当然気が付いたニルが不機嫌そうに見えたのは言うまでもないが、お陰で色々と内情やら何やらを知る事が出来た。
エーメルは俺と共に居る時はとにかく色々な話をする。それに対して首を傾げたり振ったりする事で意思疎通を行って話を聞き、少しずつではあるがパウンダ家の事が分かってきたのだ。
まず、現在のパウンダ家の跡取りは、イェルム-パウンダ。パウンダ家の一人娘であり、パウンダ家の秀才と言われ、これまでのパウンダ家の歴史の中でもかなりの知性を誇る天才らしい。
その功績は多々有り、彼女が生み出した利益は、現在のパウンダ家を支える為の資金の大部分を締めているとか。
イェルムは、自分にも他人にも厳しいタイプで、メイドの厳しい審査は、このイェルムが施行したものだとか。
そこまでの天才ならば、敢えて危険を犯して魔王に敵対する立場になる必要は無さそうに思えるが、魔女族が動く理由は、俺達人族では理解不能な事である可能性も高い為、結論を出すには少し早いだろう。
そして、結論を出す為に最も重要な、パウンダ家が関与しているであろう魔具製作についてだが…これについては特に大きな情報は得られていない。
当然の事だが、魔具製作に関わっているとなると、その情報は最高機密扱いだろうし、そう簡単に手に入るようなものではない。ただ、エーメルの話を聞くに、どこかきな臭い内容の話もチラホラ。
例えば、パウンダ家の支出に関して、多額の金が動いているのに、その内容が詳しく明かされておらず、それらはイェルム本人のみが管理していたり、時折素性も分からない何者かがイェルムを訪ねてきたり…なんて話が有るのだ。
他にも気になる情報をスー君やニルが手に入れており、確実とは言えないものの、少しずつ怪しい点が見えてきている。
そうして情報を集める日々を過ごしていたある日。
「少しよろしいですか?」
俺がいつものように過ごしていると、メイド長が俺を呼び出す。
メイド長に呼び出されるなど初めての事だ。特にミスをした記憶も無いのだが…と考えながら別室へ。
「突然呼び出して何事かと思われているでしょうが、気を楽にして下さい。今回呼び出したのは、少しお願いがあっての事でして。」
「…………」
「お願いというのは、護衛の仕事です。難しいようならば断って頂いても構いません。ですが、私としては、最も適任だと判断して貴女に声を掛けております。」
仰々しい…とも思えるが、それだけ大事な任務なのだろう。
「今回護衛して頂きたいのは、後ほどここへ来られる予定のある方の護衛です。
パウンダ家にとって非常に大切なお客様でして、最近になって身辺が物騒になってきたという話だったので、屋敷へ来られる際と、戻られるまでの間の護衛を頼みたいのです。」
「……………」
パウンダ家にとって重要な客…となると、俺達の探りたい内容を知っている、もしくはそれに関わっている可能性が高い客かもしれないし、これは受けるしかないだろう。
俺はメイド長の話に対して頷いて見せる。
「受けて下さるのですね。ありがとうございます。」
メイド長は厳しい人ではあるが、故に礼節にもしっかりしている。自分の部下である俺に対しても、こういう時はしっかり頭を下げられる尊敬出来る人物だ。実際、メイド達の話を聞いていても、メイド長を悪く言う者達は少ない。
「必要な情報はお渡しするので、早速迎えの馬車に同行して頂けると嬉しいのですが…」
「…………」
俺は即座に頷く。
メイド長が必要な情報はと言ったのは、全てを話す事は出来ないという意味だろうか。もしそうだとするならば、俺が喋れない設定である事が寧ろ良い方向へ働いたのかもしれない。喋れないからこそ情報が漏れない…と考えての事ならば、何かしらの進展が有るかもしれない。
若干の期待もありつつ、俺は迎えの馬車へと向かう。すると…
「シーちゃん!」
何故か馬車にはエーメルが待っていた。
「えへへ。私も一緒に行く事になったの。よろしくね!」
やはり、エーメルは不出来なメイドなどではない。パウンダ家にとって大切な客という事ならば、メイドも確かな仕事が出来る者を使うはずだ。それにエーメルが選ばれたという事は、エーメルの事をしっかりと評価しているという事になる。
まあ、エーメルの事だから、務めている時間が長いから使われただけだ…なんて言いそうだが、これで少しでも自信を持てれば、あのネガティブ思考にも変化が表れるかもしれない。
俺はエーメルに向かって頷いた後、馬車と共に目的地へと向かう。
因みに、俺とエーメル以外にも、客をもてなす為のメイドがもう一人。護衛ももう二人の計五人が選ばれている。
街中にしてはかなりの警護となるが、それだけ大切な客なのだろう。それだけこちらの期待も大きくなる。
「本日はよろしくお願いしますね。」
俺達が向かった先、そこで護衛対象であるヤリューシャという女性が物腰柔らかな挨拶をしてくれる。
ヤリューシャは、ヤリューシャ商会のトップに君臨する魔女族の女性で、一代で大商会にまでのし上がった凄腕の商人である。
外見としては、黒髪ショートの黒い瞳。メガネを掛けたキャリアウーマン的な女性である。
「よろしくお願い致します。」
メイド一同でお辞儀をしてから馬車にヤリューシャを乗せ、パウンダ家へ向けて出発する。
結論から言えば、この時には何も起こらず、ただ馬車で迎えに行っただけに終わった。問題は、帰り道に起きた。
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