第772話 メイド審査

歩いて来たメイドは、茶色の髪を頭の後ろで纏め、丸眼鏡。シャンとした立ち姿にキビキビとした動き。

黒を基調としたメイド服で、所謂日本で知られているメイド服よりヒラヒラが少なく、シュッとしている。


誰が見ても、これぞメイド!!といった風貌の女性であり、その女性自身も、自分がメイドである事に誇りを持っているように見える。


「皆様。これよりパウンダ家のメイド選抜試験に移りたいと思います。

ですが……その前に、ここに居る方々全てを審査している時間は有りませんので、ここで先にある程度ふるいにかけさせて頂きます。」


「そんな…折角ここまで来たのに…」


「審査もしてもらえないなんて…」


所々から不満の声が出ているが、それは先程まで気を抜いていた者達だ。気を張っていた者達は、やはりそうかという顔をして何も言わずに黙っている。因みに、俺達は後者だ。


「既にこちらで選抜は終わっておりますので、今から呼ばれた方は屋敷の中へ。それ以外の方々は外へお願い致します。」


こちらの不満の声など知らないと言わんばかりに、女性は淡々と話を進めていく。


そこからは、スー君の読み通りと言うのか、メイドとしての技量を試される場となった。


「あなた…素晴らしいわね。」


他のメイド希望者達も居る中で、特に目立ったのはニルだった。

とにかく気の利くニルは、言われるまでもなくやらねばならない事を察知し、先回りして準備する。その上、プラスアルファで必要になるかもしれない物まで用意してしまう。そんなメイド候補が目立たぬはずはない。因みに、ニルの枷はスー君の魔法で見えなくしている。


澄ました顔でお礼を言うニルは、どこか誇らしげに見えたのが印象的だった。


それに対し……


「同行している二人は…どうもぎこちないわね。」


俺とスー君は女性に化けているからかとにかく動きがぎこちない。それが自分でも分かるくらいにぎこちない。

当然、その道のプロであるパウンダ家のメイド達から見れば、激しくぎこちない動きに見えるだろう。


「不器用とか運動神経が悪いのとは違うのよね…寧ろ、体の動かし方は他の方々より良い方なのだけれど…」


俺とスー君の動きに対し、メイド達が違和感を感じている。


スー君よ。何とかならないかもしれないぞ。


スー君の甘い考えを恨みそうになる頃…


「それでは、次の審査に移ります。皆様、どうぞこちらへ。」


そう言われて、俺達は屋敷の一室へ通される。


その部屋は、とにかくだだっ広いだけの何も無い部屋で、床は板張りで窓と照明が有るくらいだ。こんな場所でメイドの何を試すのかと思っていると、メイドの一人…最初に広場で話をしていたザ・メイドさんが前に立ち話を始める。


「皆様、パウンダ家のメイドを目指しているのならば、どういった審査が待っているのかを把握していらっしゃるだろうとは思います。しかし、今一度、ここで問うておきます。

パウンダ家は他の名家とは違い、多大な力と影響力を持っております。それ故に、その力を欲する者達が常にこの家と、それに関わる者達を狙っています。

それは、我々メイドとて同じ事です。」


パウンダ家を褒め讃える文言にも聞こえるが、ザ・メイドさんは事実を事実のまま述べているように感じる。そして、恐らくそれは事実だろう。


ザ・メイドさんの言葉を聞き、志望者の皆は息を飲む。


「そんな場所で働こうというのですから、当然自分の身は守らなければなりません。

要するに、ここのメイドになるのならば、最低限の戦闘力が必要ということです。

これより、私と模擬戦を行って頂き、自分の身を守れるだろうと判断された方のみ、この先へ進んで頂きます。」


模擬戦とは……スー君。またしても黙っていたな…


俺がチラリとスー君に視線を向けると、スー君は知らんぷりを決め込んでいる。


まあ、メイドの練習なんかより余程向いているとは思うし、スー君もここに問題は無いだろうと考えていたのだろうが……言えよ!!と言いたい。


「自分には無理だと思う方は、退場して頂いて構いません。そうでない方は、どうぞお好きな武器を手に取って下さい。」


ザ・メイドさんがそう言うと、他のメイドさん達が木剣や木槍等を持ってくる。


流石に刀は無いみたいだが、小盾や弓等は有るし、一般的に武器と言われて思い付く物は大体揃っている。


志願者達は、元々それは知っていた事だという表情で誰も退場しない。知らなかったのは俺とニルだけのようだ。ニルの方は何も問題無いと表情一つ変えずに立っている。


「誰も退場なさらないという事でよろしいですね。それでは、始めましょう。まずはそちらの方から。」


無作為に選ばれた一人が、木剣を持ってザ・メイドさんの前に立つ。


「それでは…始め!」


武器を持ってきたメイドさんの中の一人が審判役をやるらしく、開始の合図を出す。


「はぁぁっ!!」


カンッ!!


メイドを目指しているという事は、当然集まっているのは女性ばかり。魔女族は魔法に長けた種族ではあるが、身体的には人族とそれ程変わらないらしい。

つまり、アマゾネスがギガス族のように、女性ながらに物凄い力を持っている…なんて事はない。なので、自分の身を守れる…という言葉通り、相手を圧倒する力や技術を望まれているわけではなく、何かあっても逃げられる程度の力が有れば良いという事らしい。

実際、今現在、目の前で木剣を振り下ろす女性は、力こそそれ程無いものの、ある程度の剣技を身に付けており、それだけで合格の判定を貰った。


ただ、ザ・メイドさんは、かなりの使い手らしく、どんな相手が攻撃を仕掛けて来ても全て上手くいなしてしまっている。

中には手も足も出ないままで終わり、失格となってしまう者も出ている。


「それでは、次の方。」


そう言われたのはスー君。


このレベルの戦闘ならば、スー君としては朝飯前だろう。


「いきますよー!」


いつでも軽いノリのスー君が、手に持った木剣を振り上げる。

吸血鬼族は武器を使う事を軟弱としているが、潜入という事もあり、迷う事無く木剣を使っている。ただ…


「やー!」


ブンッ!


その使い方はなっておらず、武器の強みを全く活かせていないといった具合だ。


「そのような剣では身を守れませんよ!」


ブンッ!!

「っ?!」


それはまさに瞬く間というやつだった。


ザ・メイドさんがスー君の剣を侮り、反撃に出た瞬間。


スー君はスルリと剣を躱すとザ・メイドさんの背後に回り込み、木剣を首元に触れさせた。


恐らく、この中では俺とニルにしかその動きを追えなかっただろう。

それ程に鋭い踏み込みと体捌きだった。


間違えてはいけないのは、スー君の剣がまるでなっていないのは事実であり、その剣が凄かったわけではない事だ。


剣の振り方や握り方、そのどれもがなっていないが、そもそも強い純血種の吸血鬼なのだ。体捌きだけで相手を翻弄する事など造作もない。つまり、木剣…というか、武器ならばそれが何でも同じ結果になったということである。


「なるほど…私の油断を誘った…という事ですか。

私に対して一本取った者は久しぶりです。メイドの技量としては秀でた所は有りませんでしたが、こちらに自信が有ったということですね。」


「へへ。」


スー君の可愛くない照れ笑いを見て、ザ・メイドさんは丸眼鏡をクイッと持ち上げる。


「メイドとして…というよりは、護衛役として勤めてもらう方が良さそうですね。何にしても、取り敢えず合格です。」


「やった!ありがとうございます!」


メイドとしての技量は微妙なのに、戦闘力だけで合格とは…これも力こそジャスティス!な魔族だから…なのだろうか。


というか、スー君…女の子の役をノリノリでこなしているな…


「さてと…という事は、お連れのお二人も…」


そう言ってザ・メイドさんが視線を向けてきたのは俺とニル。


気が付けば、審査を終えていないのは俺とニルのみ。


「まずは、貴女から。」


そう言ってザ・メイドさんが指名したのはニルの方。

メイドとしての技量が卓越していたニルの戦闘力に興味が有るらしい。


ザ・メイドさんの技量もかなりのものだが、ニル相手に通用するレベルではない。


「お願いします。」


ニルは小盾に短剣という懐かしのスタイルだ。


「もう油断はしませんからね。行きますよ!」


タンッ!!


メイド服を着ているのに、よくそんな動きが出来るなと感心してしまう程に鋭い踏み込みを見せるザ・メイドさん。しかし…


カンッ!


ビュッ!


ニルは冷静に小盾で木剣を払い、短剣を突き返す。


「っ!!」


ニルの動きを見ると、何の気無しに短剣を突き出したように見えるかもしれないが、その突き出しに対してザ・メイドさんは目の色を変え、体を捻ってギリギリで避ける。


ニルの突き出した短剣は、特段速かったわけではない。ただ、最短距離を真っ直ぐに、そして予備動作無しに突き出した為、ザ・メイドさんの反応が遅れたのだ。

ニルほ突きは天幻流剣術のほぼ完成形と言える。毎日毎日練習し、霹靂を会得した後も練習を続けていた。その成果が出ているのである。


スー君のような派手さが無い為、それなりにレベルの高い相手にしかその凄さは伝わらないが、実際にその剣を受けたザ・メイドさんには、その凄さが伝わったらしい。


タンッ!!


ザ・メイドさんは短剣を避けた後、危険を感じて即座に後ろへと跳ぶ。しかし…


「なっ?!」


ニルはその動きと全く同じように前へと跳ぶ。


ザ・メイドさんの視覚的には、後ろへと跳んだはずなのに、ニルとの距離が全く変わらないように見えている事だろう。


ザッ!!

「っ!!」


パシッ!


そして、着地と同時にニルは彼女の足を自分の足で絡め取り、円の動きを使って転ばせる。床に体を打ち付けないように片手で補助を行いながらコロンと転ばせただけだが、ニルの突きの凄さが分かった彼女ならば、そこまでされる程余裕を持たれていたと気付けるだろう。


「こ、これは驚きました…私の負けですね。参りました。」


床に倒れた状態で言い切るザ・メイドさん。

ぐうの音も出ない負け方をして、寧ろスッキリした表情をしている。


「貴女方は一体何者なのですか?」


立ち上がったザ・メイドさんは俺達を見て質問する。


「ただのメイド志願者です。」


ザ・メイドさんの質問へ即座に回答するニル。

実はSSランクのモンスターと戦ったり、神聖騎士団と戦ったりしています…なんて答えられないし、テンプレートな答えになってしまう。


「ふぅ……まあ良いでしょう。」


「私は合格でしょうか?」


「はい。文句無しに合格です。」


「ありがとうございます。」


スー君とは真逆で、喜ぶ素振りもなく、スンとしているニル。


「そうなりますと、最後は貴女ですね。」


そう言われて視線を向けられたのは、当然残った俺だ。


「申し訳ありませんが、このままではメイド長としての立つ瀬が有りませんので、最後は本気でいかせてもらいますね。」


どうやら、俺達の戦闘力が高い事を確信したらしいザ・メイドさん改めメイド長さんは、俺に木剣を向けてキッと強い目をする。


うーむ…スー君とニルよ…俺にそんな役回りを押し付けないで欲しいのだが…


俺とスー君は、メイドとしての技量に疑問を持たれているし、ここである程度の実力を見せなければ失格となってしまう。そうなると潜入もパーだ。つまり、手を抜き過ぎるのもNG。


「そう言えば、貴女は喋る事が出来なかったのでしたね。ですが、それと戦闘力には関係が有りませんから。やはり本気でいかせてもらいます。」


俺は声が男なので喋れない設定だ。

手を抜いてくれても良いのだが…と言いたいが、それすら言えないのが泣けてくる。


「…………」


何も喋らないまま木剣を構える俺に対し、メイド長さんは鋭い目付きで睨み付けてくる。


いきなりメイドの審査とか言われて必死に色々と学んだ後、こうして模擬戦を行っているという異様な状況に、色々と言いたいことは有るが、今はとにかくメイド審査に合格する事を考えなければならない。


俺は気を取り直して木剣を構えたまま、メイド長さんに視線を向ける。


「……………」


「………………」


本気でいくと言っていたのに、メイド長さんはなかなか打ち込んで来ない。俺から行くべきなのだろうかと考えていると、メイド長さんの纏う空気が変わる。


「はっ!!」


相変わらず、メイド長さんの踏み込みは鋭い。


詳しい事など何一つ知らないが、元々剣を使う仕事でもしていたのだろう。


カンッ!


とはいえ、それはあくまでも一般的に見てという話だ。


俺は難無くメイド長さんの木剣を弾く。


「はぁっ!!」


木剣を弾かれると予想していたのか、メイド長さんは弾かれた勢いを利用して体を回転させる。

メイド服はスカートなので、フワリと浮いたスカートが体の動きに合わせてクルリと回る。


カンッ!


彼女の動きも、攻撃の組み立て方も悪くはない。悪くはないが、ヒヤリとする程でもない。


俺は先程と同じようにメイド長さんの木剣を弾く。


「はぁぁっ!!」


カンッ!カンカンッ!カンッ!


そこからメイド長さんは連撃を繰り出し、次々と木剣を繰り出す。しかし、俺はその全てを同じように弾く。


それから数合、同じような攻撃をしてきたが、俺は同じように弾き続けた。


「はぁ……はぁ……」


連撃に次ぐ連撃を繰り出し、メイド長さんも体力を消耗したらしく、肩で息をしている。


「……………」


そんなメイド長さんを見ながら、俺は未だに自分から打ち込むべきなのだろうかと考えていた。


すると……


「参りました…」


一度も打ち込んでいないのに、メイド長さんが負けを認めてしまう。


「ふぅ……やはり、貴女方は飛び抜けていますね。

まるで大木に向けて木剣を振り下ろしているようでした…勝てる未来が全く見えません。」


「………………」


よく分からないが、どうやら上手くいったらしい。


「合格です。ただ、そちらの方と貴女は、普通のメイドの枠ではなく、護衛に近い形のメイドとして雇う事になると思います。

先程も申し上げました通り、パウンダ家に雇われるという事は、それだけで危険な事なのです。なので、戦闘力に自信の有る者は、日頃の仕事を減らす代わりに、メイド全員の護衛のような形で雇い入れております。

最近になって何人か引退しましたので、その代わりを探していましたので、良いタイミングでしたね。」


メイドの為の護衛…みたいな役割だろうか。パウンダ家の者の護衛としては、それを専門としている者が選ばれているだろうし、潜入という事を考えると、割と悪くない立ち位置かもしれない。もしかすると…スー君は元々そのつもりでこのメイド審査に応募したのだろうか。だとすると、狙い通りスー君と俺はメイド護衛の役になりそうだ。


「さて。これで全員の審査が終わりましたね。合格を出した方々には、早速明日から仕事をして頂きます。

因みに、メイドの寝泊まりする建屋は在りますので、住み込みを希望する方は後程寮の方へご案内致します。」


先程まで肩で息をしていたはずのメイド長さんは、既に息を整えてシャキッとしている。


うーむ。メイドのかがみだな。流石はメイド長さんだ。うん。

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