第771話 ナボナボル
「次の者!」
ナボナボルの街の門前には長蛇の列が出来ており、馬車や人々が並びガヤガヤと喋り声が聞こえてくる。
その合間合間に、門番である魔女族の女性の声が聞こえてくる。
門前に並んで既に一時間が経過しており、その間列に並ぶ者達を観察していたが、見える限り全てが魔女族の女性である。
「本当に魔女族ばかりなんですね…」
ニルも同じ事を考えていたのか、小さく呟く。
「ここはナボナボルだからね。魔族の中でも最先端と言われる魔法技術が集まっている街であり、情報の漏洩は魔族全体の死活問題。そうならないよう、ナボナボルに入るだけでもいくつもの審査を抜けないと入れないようになっているんだよ。」
それに対し、スー君が答える。答えるのだが…声が女性の声になっている為ちょっと笑いそうになってしまう。
「なるほど…」
「次の者!」
門前には数え切れない程の人数が並んでいるが、それを素早く片付けていく門番達。
あれ程前に並んでいたのに、気付けば俺達の番が来ていた。
門番に呼ばれて前へ進むと、審査を行う魔女族の女性が木製の椅子に座り、木製の机の上に紙を広げている。
「申請書を。」
非常に淡白で短い言葉。実に事務的な対応だ。
女性の言葉に対し、スー君は懐から紙を取り出して渡す。
受け取った女性は、紙の上の方からスラスラと目を走らせる。
「……随分と久しぶりにこの街へ来たみたいだな。」
「はい。外で色々と研究をしていまして。」
相手の質問に間を空けずに答えるスー君。
スー君が返答をしたタイミングで、座っていた女性が自分の足元の方へと目を向ける。
「どうやら嘘は無いようだな。」
「勿論です。」
どうやら、スー君の言葉の真偽を確かめる手段を持っているらしい。俺達からは見えないが、膝元辺りに魔具でも隠しているのだろう。
「今回は何をしにこの街へ来たんだ?」
「パウンダ家が人員募集をしていると聞きましてね。」
「…なるほど。しかし、そういう目的でこの街へ戻って来る者達は他にも沢山いる。無駄足になるかもしれないぞ。」
「上手くいかなければ諦めますが、応募もせずに諦めるのは嫌なもので。」
「ふっ。なかなかに根性が有る。もしかしたら上手くいくかもしれんな。
よし。通って良いぞ。」
「ありがとうございます。」
いくつか質問されてドキドキしたが、スー君が受け答えるだけで入れる事になった。
俺やニルについては調べなくても良いのかとも思ったが…後から聞いたところ、あの机や椅子の置いてある一定の範囲に色々と仕掛けてあったらしい。つまり、女性が目を落としたり色々な仕草は全て嘘で、俺達があの場に近付いた時点である程度の情報を掴んでいたという事だ。
「全く気が付きませんでしたね…」
ニルも気が付かなったらしい。
「気が付かれるようでは意味が無いからね。
魔法技術で先頭を走る魔女族なんだから、当然と言えば当然かもしれないけどね。」
「予想以上でした……これは気を引き締めなければなりませんね。」
門番の仕事は大切なものだが、そこで使われている技術という意味では、この街の最先端には遠いはず。それこそ、俺達が向かうパウンダ家の技術と比べれば雲泥の差だろう。
今後魔女族と一悶着起きるかもしれないという俺達にとって、既に騙されているようでは先が思いやられるというもの。常に目を光らせるつもりで行動せねばならない。
俺もニルも、魔女族の技術の高さに驚き、それと同時に警戒心を強く持った。
二人の会話を黙って聞きながら足を進めると、念願のナボナボルの街へと入る。
これまで見てきた街とはまるで違う光景がそこには広がっている。
地面には石畳が敷き詰められており、尚且つ自動で道を掃除する仕組みが備わっており、他の街とは比較にならない程衛生的に優れている。
加えて、見える限りのほぼ全てに街灯が設置されており、建ち並ぶ建物にも明かりを灯す魔具らしき物が見える。
現代日本…とまではいかないみたいだが、ドワーフの住む街とはまた違った方向で発展を遂げた街だとひと目で分かった。
「す、凄いですね…ここまで魔具を使っている街は初めて見ました…」
「街並みだけじゃなくて、人々の生活にも魔具や魔法が大きく関わっているんだよ。魔女族に魔法が使えない者はいないから、魔法が使える事が前提で街が作られているんだ。」
人族等の中には魔法が使えない者も多く、使えても魔力が足りない等の理由で魔法を使わない者達も多い。それ故に、魔法を使った設備というのは意外と少なかったりする。
魔法が使えないとなると、魔法と触れ合う事が少なくなり、魔具は高価で市民には手が出ない。そうなると、魔法や魔具への関心も自ずと薄れていってしまう。どうせ自分達には関係の無い話だ…と。
勿論、それでも魔具は便利な物だし、広まりつつはあるのだが、一般市民にまで根付くとなるとまだまだ時間が必要だろう。
その点、魔具や魔法に対し、密接な関係を保ち、その恩恵を最大限引き出しているのがナボナボルの街だ。
当たり前のように身の回りには魔具が存在し、需要が多くなる事で品物の値段は下がる。
日本で言う所の電化製品みたいなものだろうか。
魔具や魔法が当たり前に感じている者達の集まりだからか、普通に街中でも魔法が使われていたりする。出店やら客引きやら…とにかく何にでもだ。街中でポンポン魔法なんて使っていると、人族の街ならば捕まるか、少なくとも嫌な目で見られるのだが、ここではそれが当たり前なのか誰も気にしていない。
「まるで別の世界みたいですね。」
ニルがそう言うのも当然と言える。それ程に他の街とは魔法的に格差が存在しているのだ。
建築物や魔具自体の精巧さというのはドワーフが作る物より大きく劣っているが、それを魔法や魔具でカバーしているように感じる。
「魔界はそれぞれの種族が街を形成している場合が多いから、それぞれの街で大きく特色が変わるんだよね。魔界の外でもそれぞれの街に特色は有るけれど、魔界はそれが顕著なんだ。」
「種族によって必要なものとそうではないものが変わるのですね。」
「そういう事だね。オイラ達みたいに太陽の光を必要としない種族だと街が闇に覆われていたりね。」
「街を巡るだけでも楽しそうですね。」
「色々と片付いて時間が出来たらそうしてみるのも良いかもね。」
二人はそんな話をしながら道を歩き続ける。
気を抜いて楽しんでいるように見えるかもしれないが、これはそう装っているだけにすぎない。安全なはずの街中で緊張している方が怪しいし、可能な限り街に溶け込もうとしているのだ。
俺はその後ろを歩きつつ、街に住んでいる魔女族の女性達を観察していた。
色々と魔女族については話を聞いたりもしたが、予想していたよりも人族と大きく変わるところは無かったりする。
生活自体は普通にしているし、気が狂ったような者達は一人もいない。
研究に没頭し、全てを犠牲にしてでも研究してしまう…みたいな、マッドサイエンティスト的なものを想像していたのだが…先入観というのは恐ろしいものだ。
「さてと…オイラ達が暫く泊まる所へ案内するよ。」
「パウンダ家へは行かないのですか?」
「人手を募集しているのは間違いないけど、常に受け入れてくれているって話じゃないんだよ。週に一度だけ受け入れる日を決めて、そこで審査を行うんだ。詳しい話は後でするけど、その審査をする日は今日じゃないんだよね。」
「その日が来るまでは宿に泊まるって事ですね。」
「そういう事。普通は審査の少し前に街へ入り、審査に向けて準備をするものだからね。」
「入って来た当日に審査を受けに行くというのは不自然な行動…と思われてしまうのですね。」
「その通り!」
任せてくれと言ったスー君の言葉通り、街に入ってからの流れは完璧に整っているようだ。
問題はその審査とやらだろうが…本当に大丈夫だろうか…
心配にはなるが、今更考えても仕方の無い事。スー君に任せると決めたのだから、俺達は最善を尽くして行動するしかないだろう。
という事で、俺達はその足で宿屋へと向かう。
宿屋の中も魔具や魔法が普通に使われており、これぞ魔法の世界!という光景を見られた。この世界に来てから最もファンタジーな体験かもしれない。
「ふー…やっと落ち着ける…」
「ふふふ。お疲れ様でした。」
軽い笑顔を見せながら、ニルが紅茶を淹れてくれる。
「仕草だけだとしても、女性を演じるのは辛いぜ…」
「そうかな?なかなか様になっていたと思うよ?」
俺の言葉にスー君が返す。
「それはそれで嫌なんだが…」
「ふふふ。ああいうご主人様も私は好きですよ?」
「か、勘弁してくれ…」
「ふふふ。」
二人共…いや、少なくともニルは俺が嫌がる事を知っていて言っている。
「それより、さっき言ってたパウンダ家の審査ってのは大丈夫なのか?」
「次の審査は二日後の昼過ぎだね。審査内容はメイドの腕前を見るというものだから、二人なら大丈夫だと思うよ。」
「ん?……いや。待て。」
あまりにも自然に言われてツッコミが遅れた。
「ニルは分かるが、俺が大丈夫な理由なんて一つも思い付かないんだが…?いや、それ以前に、メイドの募集なのか?」
正直、ニルは有能なメイドみたいな事を平気でやっているし即採用でも問題無いだろう。
しかし、俺はそういった事はまるで出来ない。というかメイドとか無理だ。女性のフリをするだけでもヒーヒー言っているのに、メイドなんて…
「何言ってるのさ。ここに完璧なお手本が居るんだから、それを真似すれば百点…いいや。百二十点は間違いないよ。」
「おい。どこからその自信が来やがる。
何だ?喧嘩売ってんのか?そうだよな?そうに違いない。」
「ご、ご主人様!落ち着いて下さい!」
ニルに止められなけれぼ二、三発は殴っていただろう。メイドの話なんて無かったし、恐らくわざと隠していた。俺の反応を楽しむ為に…
スー君の言葉に我を失いかけたぜ…
「アハハ!シンちゃんも怒るんだねー!」
「コイツ……」
「わー!ごめんごめん!黙っていたのは悪かったってば!でも言ってたら来なかったでしょ?!」
「それはそうだろう。俺なんかより適任が居るのに敢えて俺が来る必要は無かっただろうが。」
「メイドの審査を受けるだけならね。」
殴ろうと握った拳を上げた俺の言葉に対し、スー君は突然真面目なトーンで話し始める。
「どういう事だ?」
「前にも言ったけど、これは潜入なんだ。オイラがずっと一緒に居られるわけじゃないから、もしもの時に一人でも何とか出来る者じゃないとダメだったんだよ。」
「ピルテやハイネでも何とかなったんじゃないのか?」
「残念だけど、あの二人には荷が重いよ。
オイラ達が乗り込むのはパウンダ家。魔女族の中でも最高峰の家柄なんだよ。当然、その力は他の魔女とは比べるまでもない程なんだ。」
つまり、ハイネやピルテの強さでも抜け出せない危険な場所に乗り込む…という話らしい。
というか、元々俺とニルが行く事前提で考えていたのか…
「…ろくな戦闘も見てないのに、俺とニルを選んだ理由は何だ?」
「それは見れば分かるさ。オイラは腐っても純血種の吸血鬼なんだよ。」
「……はぁ……分かった。出来る限りの事はする。」
「そうこなくっちゃ!」
「それで、俺は何をしたら良いんだ?」
「そうだね…」
「それは私にお任せ下さい。」
自信満々な表情で俺に向かい合うニル。
確かに、スー君の言う通り最高の先生がここに居る。ニルに教わるべきだろう。
という事で、不本意ながら…本当に不本意ながらメイドの事を学ぶこととなった俺。
結局、審査のある日までみっちりニルに教わる事となった。
そして審査の当日。
「こ、ここがパウンダ家の屋敷ですか……」
ニルが斜め上を見て目を見開いている。それも仕方の無い事だ。
他の街でも大きな屋敷なんてのは見てきた方だが、それと比較しても尚デカい。それがパウンダ家の屋敷であった。
信じられない程に広い土地には、大きな平屋の屋敷。屋敷の中を一周するだけでどれだけ時間が掛かるのだろうか…なんて無意味な疑問を持ってしまうようなデカさだ。
「屋敷も驚きだけど、集まっている人の数も驚きだね。」
パウンダ家のメイド。そのステータスは相当なものなのか、屋敷の門前には人集りが出来ている。身なりからするに、全てメイドの審査を受けに来た者達だ。
自分の研究そっちのけでメイドなんてするのだろうか…とも思ったが、その疑問の答えは、この二日間の間に、スー君が既に教えてくれていた。
魔女族というのは、自身の研究に没頭し過ぎるが故に、普通の生活が出来ないという者達が多いらしい。
簡単に言うと、もし結婚出来たとしても、全く家に帰って来ず、ずっと研究ばかりの嫁。しかも、魔女族は女性のみの種族だから旦那は他種族の者達だ。同じ種族でもないのに彼女達の知識欲を正しく理解してくれる者はかなり少ない事だろう。
そうなってしまうと、当然結婚生活にもヒビが入る。そして離婚。こういう流れがかなり多いらしい。
そういうのを嫌った者達は、研究をせずに一般的な幸せを掴む為、敢えてこういう職業に就くらしい。
子孫を残せないという理由も有るが、それ以前に魔女族といえど女性だ。知識欲にも負けない程の結婚願望も有るとの事。
研究から手を引いた魔女族の女性は、元々熱中し易いという性格上、とても良い奥さんになるらしく、基本的に家庭は円満となる。
ただし、そんな研究から手を引いた彼女達にも色々とあって、位の高い家のメイド等は非常に高い人気を誇るとの事。
要するに、人族のそれとさほど変わらないという事らしい。
俺が街で人族と変わらない生活を送っていると感じたのは、間違っていなかったのだ。
「皆それぞれの理由で来ているとは思うけど、オイラ達もやらねばならない事が有るからね。負けていられないよ。」
「そうですね…試験官がご主人様ならば誰にも負けない自信は有りますが…」
「アハハ。本当にシンちゃんは罪な男だねー。」
俺が喋れないのを良い事に……いつか絶対殴る。
「これよりパウンダ家のメイドを選抜する為の審査を行う!希望者は中へ!」
門の方で大きな声がする。
どうやらメイドの審査が始まるようだ。
俺は重たい足を何とか前に出し、門の方へと歩いて行く。
希望者達が集められたのは、パウンダ家の屋敷…の前の庭園。
見ただけでは分からないが、希望者だけで数十人。とにかく多い。
「既に審査は始まっていると思ってね。」
庭園に人が集まったタイミングで、スー君が小さく声を掛けてくる。
門を通り過ぎた時点から審査は始まっているらしい。つまり、ピシッとしろという事だ。
皆が集まり、所々でガヤガヤと喋り声が聞こえて来るが、俺達は黙って直立。
どうやら、他にも同じように考えている者達は多いらしく、直立不動で立っている者達は多い。
そうして暫くすると、スタスタと一人のメイドが歩いて来る。
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