第768話 献身
「今回潜入するのはこの魔界を好きなようにしている連中の懐よ。私達みたいな隠密に慣れた者だと、直ぐに敵だとバレてしまうわ。」
「エフやハイネ達の技術が有ってもか?」
「そうね。寧ろその技術が邪魔になるわ。相手もそれだけの目を持った者達が居る集団のはず。隠そうとすれば、隠そうとしている事を見抜かれてしまうわ。」
「…そういうものなのか…?」
俺には分からない世界だが、ハイネがそう言うのであれば間違いないのだろう。
「だとすると、そういう事に慣れていない者が一緒に行くべきか…」
「鱗人族や人狼族、ギガス族みたいな種族的特徴の大きな者を隠そうとすると、それだけ大きな魔法を使う事になるから、出来れば特徴の少ない人族か黒翼族が良いかな。アマゾネス族は…微妙なところだね。可能と言えば可能だけど、魔法を使うタイミングが有るだろうから…」
「我々は魔法は大して使えぬからな。それに、そもそも潜入は向いておらん者が多い。」
「潜入だから、個人としても戦闘力の高い者が望ましいよな……だとすると…」
俺はニルに視線を向け、ニルは俺に視線を向ける。
この集団の中で条件に合うのは俺とニル。スラたんも有りだと思うが、二人で潜入するとなると……連携力の高さを考えて、俺とニルの二人が良いだろう。
「ここは俺とニルが行くのが良さそうだな。」
「はい。」
ニルも同じ結論に至ったのか、特に迷う事などなく頷く。
「シンヤ君……ううん。何でもない。」
スラたんは俺の顔を見て眉を寄せるが、その後に言葉は続けずに首を横へ振る。
「…そう言えば…スー君はここに残らなくて良いのか?吸血鬼族との連絡役も兼ねているんじゃないのか?」
スー君がいなければ潜入する事は叶わないだろうが、大丈夫なのかは気になるところ。俺達が潜入している間の連絡役が居ないでは連携の取りようがない。
「それについては大丈夫だよ。オイラの魔法で既にこの場所は伝えてあるし、後々後任の者が来る手筈になっているからね。」
「そうだったのか?」
アリスはそんな事を一言も言っていなかったと思うのだが…
「オイラはシンちゃん達について行きたいと言っただけだよ。それに、ここへ来た時点で半分はオイラの役目は終わっているからね。」
アリス含め、吸血鬼族が手を貸すという言葉が本当であるという事は既に伝わった。その時点でスー君がここに残る意味は無い。となれば、アリスの側近でもあり、戦闘力も高いスー君を遊ばせておくのは下策…という考えだろう。
「それならそうと言ってくれれば良かったものを…」
「アリス様は悪戯好きだからねー!アハハハハ!」
「こんなタイミングでそんな悪戯ぶっ込んでくるなよ…」
「アハハ!」
ついつい本音が漏れてしまったが、これは許してもらえるだろう。うん。
「それで。俺達は結局どこへ向かうんだ?」
潜入するのは良いが、どこへ、何を目的に向かうのかの共有はしておかなければならない。
今回の場合、俺とニル、スー君の三人で潜入し、その三人のみで情報を集めなければならない。当然、たったの三人で出来る事には限りがある。相手側に俺達の素性がバレれば十中八九殺される。もし殺されなかったとしても、五体満足ではいられないし、利用されるだけだろう。
そうなった時、アマゾネスの皆や残していくスラたん達が動けるよう、可能な限り情報を共有しておきたい。
俺もニルも、俺達にしか出来ない事だから今回の潜入作戦へ参加した…と見る者には映るだろう。
しかし、もしも素性がバレて捕まってしまえば、少なからず情報が相手に漏れる。それは立場の弱いこちら側からすると致命的とも言えるものだ。つまり……こちらの情報が漏れるくらいならば、自害する事も考えねばならない。それを承知の上で名乗り出ている。
それが分かっているから、スー君も遠回しな言い方をし、俺とニルが適任だと直接的な事は言わなかったのだ。
スラたんが俺を見て眉を寄せたのは、そんな危険な場所へ行ってほしくないという気持ちからだろう。結局、スー君と共に潜入が可能な人物は限りなく少なく、俺とニル以外にはほぼ居ないと言っても良い。それが分かっているから、スラたんは何も言えなくなったのだ。俺達が決めた事ならば、それ以上は何も言わない。そう決めた…いや、信じてくれたのだ。
そんな裏の事情は有るが、俺やニルも死にたくはない。故に、何か有った時の為に、他の皆が動けるように情報の共有はしておかねばならないのだ。
「確かに…そもそも、相手側の情報が殆ど手に入らないから困っているというのに、どこへ潜入するつもりなんだ?」
今更ではあるが、ヤナシリが根本的な質問を投げ掛ける。
「確かに、相手側の情報は少ないね。殆ど無いと言っても良い。でも、その中でも確かな情報はいくつか有るよね。」
「いや、まあ…確かに無くはないが…」
ヤナシリが口ごもるのも無理はない。俺の知っている限り、相手側として確認できているのは数人程度。そのどれもが末端どころか使い捨てにされたような連中ばかりだ。そこから相手側の主力と言える連中を手繰り寄せるのは無理がある。
「うんうん。気持ちは分かるよ。情報と呼べるようなまともな情報は殆ど無いからね。でもさ、よく考えてみてよ。」
「??」
「相手側の勢力が大きいにしても、これだけ情報を掴ませないってのはあまりに不自然じゃないかな?」
「それは確かにそうだが、それこそ上層の連中を洗脳して上手くやっているんじゃないのか?」
「確かに精神干渉系の魔法はこういう事には向いているけど、それだって完璧じゃない。黒犬という存在が密かに囁かれているように、いくら情報を漏らさないように徹底しても、情報というのは必ずどこからか漏れるものだよ。」
「ふむ……我々の持つ心石の事然り…確かにその通りではあるか。」
「なのに……何故こんなにも完璧に情報を塞き止められていると思う?」
「ふむ……」
ヤナシリは顎に手を当てて考える。
スー君の言ったことは、確かにその通りだと言わざるを得ない。
日本の
それを完璧に統制し、情報を操作するのは容易な事ではなく、スー君が言ったように黒犬でさえ不可能であった事だ。それを完璧にこなしているとなると、その理由は何だろうか。
全ての者達に洗脳を施したとしても、洗脳を受けていない者達から見ればおかしいと感じるものだ。どこからともなく噂が持ち上がってもおかしくはない。事実、鱗人族は魔王の乱心を疑っていたりもした。しかしながら、それが噂となって広がってはいなかった。
鱗人族は少数民族であり、尚且つ魔界でも辺境の地に住んでいた上に他種族との繋がりが非常に薄かった。鱗人族の中で噂されていても、それが外に出なかったと考えると不思議ではないが、同じように感じ、考える者達は他にも居るはず。それなのに何故…?
「噂をする者達を捕まえて殺していた…とかか?」
俺の頭では単純な答えしか導き出せない。言ってはみたものの、そんな単純な話ではないだろう。
「そんな事をしてしまえば、それこそ噂になってしまうよ。」
「だよな…」
「そもそも、そんな事って可能なのかしら。普通に考えたら不可能な事に思えるけど…」
ハイネもどうやって今の状況を作り出しているのか分からないらしく、頭を傾げている。
「普通のやり方では無理だろうね。だから、普通はそんな事しないだろうって手を使ったんじゃないかって思うんだ。
こんなにも噂を流さない方法として考えられるのは、噂をしようとしている者達の口を閉じさせるか、噂が立たない程明白にそれが真実ではないと分かる結果を見せるか。他にもいくつか考えられるだろうけど、大抵は実現不可能な話に聞こえると思う。」
スー君が言う通り、そのどれもが絵に描いた餅。不可能ではないかもしれないが、限りなく不可能に近いという類のものだ。
「それはそうだろうな。それが無理だと言ったのはスー君自身じゃないか。」
「そうだね。でも、それを可能にする方法が、オイラの考えられる限り一つだけ存在するんだ。」
「そんな方法が有ると言うのか?」
「馬鹿げた話に聞こえるかもしれないけどね。
オイラが考えた方法は……魔具を使った方法さ。」
「…確かに、魔具を使えば魔力に依存すること無く魔法を行使出来る。だが、全ての者達に魔具を身に付けさせるなど不可能だ。」
「確かに、身に付けさせるのは無理だろうね。でも……魔界全てを影響下に置く魔具を作り出せたらどうかな?」
「待て待て。流石にそれは非現実的だ。我々アマゾネスが魔法を苦手としているとはいえ、魔具の事くらい知っている。そんな巨大な範囲に影響を及ぼす魔具などどれだけのサイズになるか分からんぞ。」
魔具によって発動する魔法は、魔具の中に存在する魔石陣が元となる。魔石陣は魔法陣と同じような物で、一定範囲の中に影響を及ぼすタイプの魔具も存在する。しかし、それは魔石陣から半径何メートルとかいう範囲だ。魔石から数メートルという効果範囲は変わらない為、効果範囲を広げるとなると、魔石陣自体を大きくする必要がある。つまり、魔界全てを影響下に置く魔具となると、少なくとも魔界の敷地と同等程度のサイズを有する魔具が必要になる。当然、そんなバカデカい魔具が有れば直ぐに分かる。というか、そもそもそんなバカデカい魔具を作るのは物理的に不可能である。
「確かにそう考えると不可能だけど、もっと単純に考えてみてよ。魔具の効果範囲が決まっているなら、その効果範囲を満遍なく散りばめてしまえば良いでしょ?」
バカデカい魔具を作るのが無理ならば、普通の魔具を大量に作り出し、その効果範囲が魔界全てを包むように配置すれば良い。物理的に考えれば可能性は大きく増すだろう。だがしかし…
「それは勿論考えた。だが、それもまた不可能だろう。いや、作り出す事自体は可能かもしれないが、それを配置するとなると途方も無い時間と金が必要になる。実質的に不可能だろう。」
魔界の広さは今更口にするまでもなくデカい。その全土を包む程の個数となると、何千何万ではまるで足りない。それを作り出す…と考えると、不可能に思える。
「確かに、魔王様がおかしくなってから…と考えると不可能だね。」
「例えそれ以前から作っていたとしても、それを配置していれば誰かの目に留まるだろう。非現実的だ。」
スー君の意見に否定的なヤナシリ。俺が聞いていても非現実的だと思うが……
「それが、誰にも見付からない方法が有るんだよ。」
「魔法で姿でも隠すというのか?それこそ非現実的だ。設置した魔具をいくら隠したとしても、誰かの目には入る。隠し切れるとは到底思えないぞ。」
「考え方を変えてみてよ。誰にも見付からない…とは言ったけれど、正確に言うならば、見付かってはいるんだよ。ただ、それが精神干渉系魔法を放つ魔具だと認識していないだけなんだ。」
「どういう事だ?」
スー君の言っていることが理解不能になってきた。
「見付かっているが認識されない…?」
「よく考えてみてよ。魔界の生活をしていると、必ずと言って良い程毎日目にしているよ。」
「……そういう事か…」
何かに気が付いたのか、ヤナシリはスー君の目を見る。
「気が付いたみたいだね。」
「そういう事ってのはどういう事だ?」
俺は分からず、ヤナシリに質問する。
「シンヤ達は魔界へ来てから日も浅いが、魔界の街へ行った時どう思った?」
「どう思ったって言われても……近代的と言うのか、色々と魔界の外とは違って便利だなと思ったぞ。」
「何故便利だと思ったんだ?」
「それは街灯とか色々な魔具が街に使われて……っ?!」
魔具。そう。魔界の街の中には、数多の魔具が使われており、非常に近代的に見えた。もしも、その魔具が全て精神干渉系魔法を放つ魔法だったとしたならば、スー君の説が成り立つ。
「いや、しかし色々と問題が有るだろう?!そもそも魔具ってのは、複数個を一定の距離まで近付けると効果を発揮出来ないはずだ。街灯の明かりを灯す魔具の近くに精神干渉系の魔具は置けない。それに、どうやって街中の魔具に精神干渉系の魔具を入れるんだ?そんな事していたら直ぐにバレるだろう?」
「距離の問題については簡単さ。効果を発揮出来る距離まで離した位置に埋め込めば良い。離さなければならない距離はせいぜい一メートル前後。それ以上のサイズを持った魔具ならば二つ同時に埋め込む事が出来る。」
渡り人の中にも、魔具を複数身に付ける者は居たし、それは何となく理解出来る。しかし、もう一つの問題は解決しない。
「だとしても、どうやって忍び込ませるんだ?」
「違うよシンちゃん。そもそも忍び込ませたんじゃなくて、最初からそう作られていたんだよ。」
「は?!」
「魔界の街に使われている魔具は、その殆ど全てが製造元を同一にしているんだよ。街を作るのなんて大きな事業だからね。」
「って事はつまり…その製造元が相手側だった場合、魔具に精神干渉系の魔法を放つ魔石陣を入れて配る事が出来るって事か?!」
「そういう事!!」
スー君はよく出来ましたと言わんばかりにウインクして見せる。全然嬉しくない。
「しかし……厄介な話になってきたな…」
「??」
ヤナシリが嫌そうな顔を見せるが、どう厄介なのだろうか。そもそも魔界全土と喧嘩をしようって話なのに、今更大して変わらないではないか。
「製造元が同一だという話はしたが、魔具というのはそもそも……魔女族の管轄だ。つまり…」
「…魔女族が関わっていると?」
「ああ。しかも、事の大きさを考えるに、上層部に裏切り者がいるだろうな。それも一人や二人ではない。」
魔女族を味方に付ける事が出来るかもしれないという話もあったが……
「…それでアラボル様は魔界を逃げ出したのね…」
ハイネが悔しそうな顔をしてボソリと呟く。
「アラボルってのは…アーテン婆さんの事だよな?」
「…ええ……魔具研究の最高峰とも言われていたアラボル様ならば、精神干渉系の魔具を無効化する魔具を簡単に作れたはずだわ。それこそ、魔女族の信頼出来る者に匿ってもらえれば、ひと月も要らなかったはずよ。それなのに…魔王様にも魔王妃様にも信用されていたアラボル様が、直ぐに魔界を飛び出したのは、魔女族に裏切り者が居るかもしれないと考えていたからに違いないわ。」
「アラボル様ならば、街に設置する魔具についても知っていたはずです。そこから何かを調べようとしたから狙われた…という事でしょうか?」
「そうね…アラボル様には地位もあったわ。それが狙われた原因かとも思ったけれど…」
アーテン婆さんの魔具に関する知識や技術は相当なもの。そんな者が相手にいるとなれば排除したくなるのも頷ける。
「確証が無かったから何も言えなかったのね…」
確証も無く、自分の種族を売るような事は出来なかったのだろう。聞いた話では、アーテン婆さんは魔女族の中でも変わり者であまり好かれているようには聞こえなかった。恨まれ切り捨てられるには十分な理由だったのだろう。
「……それで一人逃げ出し、魔王達を救う為の魔具を作り、信用出来る者を待っていたのか…」
死を迎えるその時まで、自分勝手な振る舞いをしていたように見えたが、自身の種族にまで裏切られたのであれば、そう簡単に他人を信用出来なかっただろう。絶対に信用出来る相手でなければ、あのペンダントを渡せなかったはずだ。つまり……アーテン婆さんの行動、その全てが魔王の…いや、魔族と呼ばれる者達全ての未来を救う為の行いだったという事だ。
「っ!!」
悔しそうな顔で拳を強く握るハイネ。
アーテン婆さんとは旧知の仲であり、行動をよく共にしていたと聞いた。
アーテン婆さんの行動の尊さを知った今、彼女が悔しく感じるのも無理は無い。
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