第769話 仮説

「絶対に……必ず!今回の件の首謀者達には地獄を見てもらうわ。」


悔しそうな表情から、憤怒の表情へと変わるハイネ。


悔しさの分、首謀者達への怒りは強くなる。俺はハイネとアーテン婆さんの事については殆ど知らないが、それでもハイネがアーテン婆さんをどれ程大切に思っていたのかは分かる。


「……それで、そこまで言うって事は、ある程度の見当はついているって事だよな?」


相手はこの魔界を発展させてきた立役者とも言える魔女族の者達だ。魔王へ近付くのも簡単ではないと思うが、魔女族の中へ侵入するのもかなり難しいはず。

難しいという事は、それだけ危険が大きくなるのは間違いない。それを提案するという事は、少なくとも吸血鬼族は魔女族の中に裏切り者が居ると確信しているはず。


「確定とは言えないけど、ほぼ確定だと判断している者達はいるよ。本当に色々と調べた結果を集めて出した結果だから間違いないと思うよ。

ただ、さっき話した事も含めて、それが本当に今回の件の首謀者と繋がるのかは微妙なところなんだ。

そもそも、魔女族というのは自分勝手に研究をしている者達の集まりだからね。」


「街に配置された魔具も、誰かの研究で置かれただけだと?流石にそんな事は…」


「可能性としては十分に有り得るのよね…」


「おいおい…」


魔女族というのは、俺達には分からない程の強い知識欲を持っているらしい。アーテン婆さんを見てもそこまでのものは感じなかったが…いや、魔道具の人形なんて魔界へ来てから見ていない。あの人形は最先端以上の物だったのだろう。そう考えると、魔女族というのは抑え難い衝動というレベルの知識欲を抱えているのかもしれない。


「まあ、普通に考えれば繋がっているだろうし、可能性は十分に高いと思うよ。」


「取っ掛りの無い現状では、それが一番良いか…分かった。実際に潜入する場所は?」


「パウンダ家だ。」


「「パウンダ家?!」」


ハイネとピルテが同時に叫ぶ。どうやら大変な事らしい。

口を開けて動かないハイネ達の代わりに、俺が口を開く。


「パウンダ家?なんか可愛い名前だな。」


「残念ながら、名前とは裏腹に怖い一族なんだよね。」


「ま、まあそうだよな…」


可愛い名前だしゆるゆるで行けるかもという一縷の望みは一瞬にして断ち切られた。


「魔女族には、これまでの研究の成果とか色々で栄えた家が三つ有るんだよ。」


スー君が三本の指を立てて、それを見たハイネが口を開く。


「魔女族には、パウンダ家、モンドール家、そしてアラボル家という三大名家が存在するの。アラボル家というのは、アーテン-アラボル様の実家でもある家ね。

この三家には、それぞれ得意とする分野が有って、アラボル家は当然魔具について。モンドール家はモンスターやダンジョンについて、そしてパウンダ家は魔法について得意としているわ。」


「それぞれの分野で実績を残して名家になったって事か。」


「その通りだね。ただ、アラボル家は、アーテン-アラボルの事が有って色々と大変だったみたいだね。お家おとりつぶし…みたいな事にはならなかったみたいだけど。まあ、アーテンは元々勘当されていたみたいなものだったらしいし、大名家にとってはそれほど大変ではなかったのかもしれないけれどね。」


「…………」


詳しい事はまるで分からないが…魔界に居て魔王や魔王妃に信頼されていながら、実家から勘当されているというのは…アーテン婆さんは、かなり波乱万丈な人生を歩んでいたらしい。


「話を戻すよ。僕達が潜入するのは、その三大名家の一つ。魔法について詳しいパウンダ家。」


「魔法について詳しい一家か…」


「あの…魔具を使った戦略と考えるならば、寧ろアラボル家が怪しいと思うのが普通ではないでしょうか?勿論!疑っているわけではないのですが…」


ニルがそう口にするのも分かる。魔具について詳しい家はアラボル家。それが常識ならば、素直にそう考えるのが妥当だろう。


「確かにアラボル家は魔具についてとても詳しいけれど、他の家が魔具について全くの素人という事ではないのよ。

魔具、魔法、モンスターやダンジョン。どれも根本は同じところに有るわ。つまり、どれかを極めるという事は、他の分野についても詳しくなるという事にもなるの。ただ、その中でも特別得意なのが…っていう話なのよ。

今回使われているであろう魔具は、数を用意しなければならないという点から考えるに、恐らくそれ程複雑な物じゃないわ。そうなると、三大名家でなくても作れるような簡単な魔具、魔石陣のはず。つまり、魔具について詳しい者達ならば、その全てが容疑者になるという事よ。」


「だからこそ、絞り切れずにいたんだよねー。」


「そういう事ですか…要するに、その中で、パウンダ家であるという何かしらの根拠を見付けたという事ですね。」


「そういう事。詳しく話すと長くなるから説明は端折るけど、本来であれば関わらないはずのパウンダ家が、街の魔具制作に関わっていたんだよ。勿論、あからさまなものではないけどね。」


「先程の推測が成り立つと考えるならば、無視出来ない情報ですね。」


「そういう事なんだよねー。色々と考えてはみたけれど、結局は内部に入り込んで決定的な情報を掴むしか解決策が無いって事になったんだよ。」


「しかし、相手がパウンダ家となると、入るだけでも一苦労だろう。我々に出来る事は無いのか?」


「うーん…皆が動いてオイラ達が怪しまれる方が怖いから、別の所で動きを見せていて欲しいかな。」


「我々に目を向けさせている限り、そちらへ目が向く事はない…という事か。分かった。それはこちらに任せてくれ。派手に…とはいかないが、我々に目を向けるくらいには動いておこう。」


「そうしてもらえると助かるよー!」


そんなこんなでもう少し細かい部分を打ち合わせて話し合いは終了。


「おかえりなさい!!」


話し合いが終わりテントの外へ出ると、元気なシュルナが出迎えてくれる。

どうやら、俺達が話し合いを終えるまで待っていたらしい。エフやクルードも一緒だ。


「ただいま。ヤナシリに聞いたが、随分と頑張っていたみたいだな。」


「うーん…どうかなー…皆の為になるように出来る限りの事はしてるけど、おっとーやおっかーみたいにはいかなくて…」


「いきなり九師と同じってのは難しい話だ。皆の役に立つ物を作ろうと頑張ったんだろ?それはあの二人にも出来ないことじゃないか。それならそれが一番役に立つ物だと思うがな。」


月並みではあるが、シュルナは既に素晴らしい職人だ。役に立つだろうと思って作った物が全く役に立たない物であるなんて事は、狙ってそうしない限りまず有り得ないだろう。

そんな事は作った物を見なくても分かる。


「う、うん…ありがと…」


恥ずかしそうに照れながら言うシュルナ。


「可愛いー!」


ハイネがそう叫んで抱き締めるまで数秒も無かった。


「それで実際にはどんな物を作ったんだ?」


「えっと…この森の中には小動物もいるらしくて、その小動物を捕まえる罠とか、皆テント生活だから少しでも快適に暮らせるように、この辺のフワフワな葉っぱを利用して布団を作ったり…」


指を折りながら数えていくシュルナ。


そこから更にいくつかの作品について話を聞いた。


「そんなに色々作ってたのか。凄いじゃないか。」


「本当に凄いですよ!ほんの数日でそんなに沢山!皆様絶対に感謝していると思いますよ!」


何かを作り出すという事がどれだけ大変な事なのかを知っているニルは、シュルナを褒めちぎる。


「そ、そんなに褒められちゃうと恥ずかしいよぅ…」


「ぎゃわいぃぃー!!」


シュルナの可愛さで壊れてしまったハイネがこれでもかと抱き着いている。


「僕達も見ていましたが、本当に凄かったですよ。あっという間に色々な物が出来上がっていくんですから。」


クルードも大絶賛。後ろではエフが静かに頷いているのが見えるし、俺達の想像を超えるくらい頑張っていたのだろう。


「え、えへへー…」


嬉しそうに照れるシュルナ。


「本当に凄いな。だが、ちゃんと休んで体には気を付けるんだぞ。倒れたりしないようにな。」


「う、うん…」


痛いところを突かれたと言わんばかりに表情を曇らせ、その後にエフの方をチラッと確認するシュルナ。


休まず頑張っていてエフに叱られたりしたのだろうか。


「あっ!そうだ!それよりも気付いた事が有ったんだ!」


そう言ってシュルナは急いで何かを取り出す。


「それは…鱗人族の?」


シュルナが取り出したのは、鱗人族の鱗。それを加工した物だった。


加工したと言っても、何か形になっているわけではないが、鱗を真四角に伸ばしたような状態になっている。


「うん!実はこの鱗人族の鱗なんだけど!魔法への抵抗力が強いみたいなの!」


「そういえば、鱗人族の鱗にはそういう効果も有るって聞いたな。」


「違うの!えっと違わないけど違うの!」


「ん…??」


シュルナが言いたい事を理解出来ず、俺は頭を捻る。


「この鱗、魔法に対する抵抗力も高いんだけど、それよりも精神干渉系魔法に対する抵抗力が凄く高いの!」


「精神干渉系の魔法…?」


「うん!気付いたのは偶然だったんだけど…」


そこまで言ってエフの方を申し訳なさそうに見るシュルナ。


「……シュルナが休まずに動いていたからな。眠気を誘う魔法を使おうとしたんだ。そしたらその鱗を手に持っていた事で魔法が効かなかった。

子供を寝かし付ける時に使うような軽い魔法だから効かなかったのかもしれないと考えて色々と試してみたが、どうやら中級程度の精神干渉系魔法であれば完全に無効化出来るようだ。」


「中級の…それってかなり凄いよな?」


「ああ。それ自体が武器や防具にもなる程の強度を持ちつつ、そこまで精神干渉系魔法に抵抗出来る素材は滅多に無い。

加えて、鱗人族から剥がれていない鱗は、更に強い抵抗力を持っているようだ。」


「…シンヤさん。」


エフの話を聞いて、納得がいった事がいくつか有る。


先程ヤナシリとの話し合いで出てきた話の中に、魔具で魔界全体に精神干渉系魔法を掛けているという仮説が有った。

鱗人族は田舎に住み、他種族との接点が少ない為に敵と見なされなかったと考えていたが、そもそも鱗人族にはその魔法が効かなかったのではないだろうか。

鱗に高い抵抗力を持っている鱗人族に、そもそも、そういう魔法を得意としており、精神干渉系魔法自体が効き辛いという種族的な特徴を持っている吸血鬼族がこちら側に属している。

その両種族は、魔具による精神干渉系魔法が効かなかった為、魔王の奇っ怪な行動を変に思えた…という話ではないだろうか。

確実とは言えないが、スー君の話した仮説が更に濃厚になってきた。


加えて、イベントのクリア条件に、鱗人族を助けるという内容が入っているのも、精神干渉系魔法に対抗出来る手段を持っている種族だから…という理由が考えられる。

いざ戦いの時が来たと場合、戦場で精神干渉系魔法を使われても、鱗人族にそれは効かない。彼等を助け出す事で、相手の一手を封じる兵士が揃うという事になる。それが今回のイベントをクリアする上で必要な条件として持ち出された理由なのではないだろうか。


「スー君の仮説が正しいという証拠の一つだな。」


「こうなってくると、ますますシンヤさん達にお願いするしかなくなってしまうわね…」


「そんな顔をしないでくれ。皆でやれる事をやれば必ず上手くいくさ。」


「……何かするのか?」


先程の話の内容を知らないエフが聞いてくる。


俺が話の内容を伝えると、エフは眉を寄せる。


「三人だけで行く気なのか?」


「そのつもりだが…」


「……私も行こう。」


「それは…大丈夫なのか?」


隠密のプロ同士には分かってしまうから素人に近い俺とニルが行く事になったのだ。エフも当然そのプロの一人なのだから、見付かる危険性が増すように思える。


「共に行くわけではなく、もしもの時に直ぐ合流出来るよう近くに潜んでおこう。それくらいならば可能なはずだ。」


「……………」


俺には判断出来ない話である為、スー君の方を見る。


「そうだねー…複数人だと難しいだろうけど、一人だけで、尚且つそれが黒犬の者ともなれば、見付かる事は無いと思うよ。」


「……分かった。」


俺はスー君の言葉を聞いた後、エフに向けて頷く。


何も起きないのが理想だが、もしも何か起きた時、外に即座に動ける者が居てくれるのは有難い。可能というのならば是非来てもらおう。


「僕達はここで待っている方が良いよね?」


「そうだな。魔女族は人数が多いらしいし、近付けば見付かるかもしれない。特に、魔女族に男性はいないらしいから、スラたんは直ぐにバレるだろうな。」


「シンヤ君も男だけど…その辺はスー君がどうにかしてくれるって事だよね?」


「そういう事だね!喋ったりしない限りはバレないと思うよ!」


「その辺は私が何とかします。」


「僕も何か手伝えたら良かったんだけど…」


「スラたんはここでヤナシリ達の手伝いを頼む。それと、情報が手に入ったら直ぐに動く事になるかもしれないから、準備だけはしておいてくれ。」


「そうだね。僕達も、僕達に出来る事をやっておくよ。」


「ああ。頼んだ。」


またしても皆と離れての行動になってしまうが、スラたん達が何も言わずとも的確に動いてくれる事は知っている。きっと上手くやってくれるだろう。


そして…ギガス族や鱗人族への情報共有をヤナシリに任せ、俺、ニル、スー君、そしてエフの四人は、魔女族の街ナボナボルへと向かって出発した。


ナボナボルは当然ながら大きな街で、殆どの住民が魔女族という街である。


魔具、魔法、その他諸々。ドワーフ族とは違った意味で発展しており、この世界でも最先端の魔法技術を保持、生み出している街である。

これは、この世界に生きる者達にとってはよく知られた話であり、魔界の内情を知らない魔界外の者達からは夢物語のように扱われている。

そして、この話はプレイヤーにも知られており、その理由はファンデルジュというゲームの中で、魔界を説明するフレーバーテキスト内で語られているからである。


魔界、魔王という存在が最終的な目的だと考えているプレイヤーにとっては、それだけで魔界を目指す理由となったが、その他のプレイヤーにとっては、このナボナボルという街の存在が大きく、魔界を目指す理由となっていた。

ファンデルジュというゲームにおいて、魔法といのは非常にやり込み要素の多い部分であり、夢を見させてくれる部分でもあった。故に、殆どのプレイヤーが魔界へ入る事を一度は考えたと思う。


残念な事に、その夢は叶わず、誰一人として魔界へ入る事は出来なかった為、ナボナボルの街を見た者は居なかった。つまり、プレイヤーにとっても夢の街という位置付けに在るのが、魔女族の街、ナボナボルである。


本来ならば、そんな名誉を独占出来るという事に、一プレイヤーとして喜びと興奮を覚えるところなのだろうが、現状ではそのどちらも感じてはいない。寧ろ、不安と恐怖と表現するべき感情が心の奥に有った。


自分が見付かり何かされる…死ぬのならばまだ良い。もし…もしもニルがそんな事になれば、俺は気が狂ってしまうかもしれない。


それならば、ニルを連れ行くべきではないという声が聞こえそうだが……この任務は俺とニルにしか出来ず、俺とニルだからこそ成功確率が高い任務である為、こうするしかないのだ。

もしもの時は、何が何でもニルを守らねば…と考えながらナボナボルへの道を歩く。


サイレントフォレストからナボナボルまでは歩いて一週間程。


それまでに可能な限りの準備はしておこう。

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