第767話 王族

俺は、一先ず吸血鬼の助力を得られた事と、ランパルドの手を借りられそうな事を伝えた。


「吸血鬼族の手を借りられるのは本当に有難いな。これで戦力的な心配は少なくなった。

しかし…ランパルドか……」


ヤナシリは難しそうな顔をして思考を巡らせる。


「やはり、ランパルドは信用出来ないか?」


「そうだな……テューラの事は信用出来るかもしれないが、ランパルドを信用出来るかは別の話だ。

ランパルドの事は、魔界へ来てから何度も聞いた。私達が魔界へ到着してからは激しい動きは無かったみたいだが、危険な事をしているのは間違いない。テューラがランパルドの連中に騙されている可能性や、魔王様のように操られている可能性も少なくはないだろう。」


「…それもそうか…ランパルドが黒幕だとしたらならば、その内部にいる者達の殆どが洗脳されていると考えるのが自然だよな…」


「うむ。しかし…ランパルドの戦力が必要である事もまた事実。吸血鬼族の手を借りられて戦力差が大幅に縮まったのは言うまでもないだろうが、それでも魔王様の抱える軍と戦うとなると厳しいだろう。」


「だとすると…」


「あちらも我々の力を利用しようとしているならば、我々も同じように利用するのが賢いやり方だろうな。」


「危険な綱渡りになるな…」


ランパルドと手を組んだ事は正解だったが、信用し切るのもまた危険。付き合い方には気を使えという事だ。


「そもそも、魔王様と事を構えようと言うのだ。綱渡りは最初からだろう。」


「…それもそうだな。」


「その二勢力の力添えを受けられたのは良い話だが…他い話も有るみたいだな。」


俺の表情を読み取ったのか、ヤナシリが次の質問をする。


俺達が行った事の説明は終わった。ヤナシリの言う他の話というのは、ホーローの持ち帰った情報である。


「ああ。悪い…かどうかは分からないが、少なくとも重要な情報である事は間違いない。」


「聞かせてくれ。」


「……ホーローは、こうなる直前に王家に関わる者達を色々と調べていたらしい。」


「うむ。私もそのように聞いていたな。そもそも、魔王様が何故狙われたのか。魔王様が狙いなのか、それとも別の何かなのか。そういった事を調べていたと聞いている。」


「そうだ。ホーローもそのつもりで情報を集めていたらしい。だが、こうなってしまった原因である日の夜。ホーローが忍び込んだ先の書庫で思わぬ物を見付けてしまったらしい。」


「ふむ…」


ヤナシリはそれだけ言って俺の言葉を待つ。


「その書庫で見付けたのは、魔王の…血族に関する情報だ。」


「血族……つまり、王族に関する情報という事か?」


「ああ。」


「ふむ……王族に関する情報は、この魔界でも最も厳重に管理されている物の一つだ。その書庫で見つけた情報とやらが本物かどうかは実に怪しいところじゃないのか?」


「勿論、ホーローも、その話を聞いた俺達も同じ疑問を抱いた。その情報の真偽については…ホーローも疑っている。」


「ちょっと待て…信用出来ない情報に何の価値が有ると言うのだ?」


「まあ話を最後まで聞いてくれ。」


「う、うむ…」


ヤナシリは困ったような顔で頷いて口を閉じる。


俺も言ったように、この話の真偽については一考の余地ありというところだ。しかしながら、それでも聞く価値の有る情報である。


「ホーローが読んだ書物には、王族に関する関する情報の一部が記されていたらしくてな。その中でホーローが驚いた内容が…所謂、家系図というやつだ。」


「家系図…?それこそ眉唾だろう。そんな物が魔王様の手を離れて管理されているのはおかしな話だ。」


「そうだな。確かにその通りなんだが…その書庫は、ケルビン-ナイトライドの管理する書庫の一つらしい。」


「ケルビンだと?!」


ヤナシリが驚くのも無理は無い。


ケルビン-ナイトライドというのは、魔界でも魔王の次に強いとされる四人…四魔将よんましょうと呼ばれる者達の一人であるからだ。


この魔界において、という称号はそのまま地位に直結する。つまり、四魔将は魔王の次に偉い者達という事だ。

そして、このケルビン-ナイトライドという者は、その四魔将の中でも魔王の執事のような事を兼任しており、魔王からの信頼もかなり高いらしい。


「一気に情報の信憑性が上がったな…」


四魔将の管理する書庫ともなると、王族の情報が有る可能性は否定出来ない。勿論、四魔将とは言えど、王族の秘密を知る事は許されないのだが、このケルビンという者に限り、許されている可能性は有るとの事。それだけ信頼されているという事だ。


「ケルビン-ナイトライドが何かの対策なんかでその資料を混ぜていた可能性も有るし、他にも色々と理由は考えられる。つまり、情報の真偽については何とも言えないところだが…」


「それはその情報の内容次第だな。」


ケルビンの名前が出た途端、ヤナシリは体勢を変えて早く先を教えろと体を乗り出す。


「…ホーローが見た家系図には、魔王と魔王妃の間に二人の子供がいると記されていたらしい。」


「なんだと?!」


ヤナシリは俺の言葉を聞いて、皆から離れて話し合いをしている意味が無くなる程の大声を出して驚く。


「我も魔界へ戻って来て日は浅いが、それでも魔界の情勢については一通り調べてある!魔王様に子はいないはずだ!」


現魔王に子はいない。これは魔界内では当然皆が知る事実であり、誰に聞いても同じ答えが返ってくる。当然、スー君にハイネ、ピルテも子はいないはずだと答えた。


「ああ。ホーローもそう思っていたのだが、家系図には間違いなく二人の子がいると記されていたらしい。」


「………………」


驚きが大き過ぎたのか、ヤナシリは目を点にして黙る。


「話の真偽は分からないぞ?」


「う……うむ。その通りではあるが……いや、もし子が居たとして、それが今回の件とどう関係するというのだ?」


冷静になったヤナシリは、浮いた腰を落として質問してくる。


ヤナシリの言うように、子供がいるとして、それがどうしたとなってしまう。


「今回の件への関係については、ホーローや俺達の憶測になるが、その子供達が利用されているのではないかと考えている。」


「利用…?」


「魔王が敢えて子供達の存在を隠しているのには何かしらの理由が有るはずだ。流石にその理由までは推測出来ないが、隠すという事は弱点であると言っているようなもの。いや、そもそも子供が弱点ではない親などそうはいないとは思うが…」


「つまり、その子供を利用して魔王様の動きを封じ、その間に洗脳した…という事か。」


「魔王は魔界で最も強い者に与えられる称号なのだから、正攻法で挑んでも勝ち目は無い。であれば…と考えるのではないかと思ってな。」


「それが本当だとしたならば…何と卑劣な手口か…」


「本当だよね!オイラもそう思うよ!もうプンスカだよ!」


腕を組んで怒っていると仕草で表すスー君。


プンスカとか言うと怒りのボルテージ具合が分かり辛い。


「……敢えて触れなかったが、スカルべがこんな場所まで来るとはな。」


ヤナシリがそんなスー君を見て、劇物に触れるかのようにそっと触れる。


「えっ?!オイラの事知ってるの?!嬉しー!」


「いくら魔界から離れていたとはいえ、吸血鬼族の主要な連中くらい知っている。」


「わーぉ!!帰って来たばかりの人に知られているなんて!オイラ有名人!」


「お前の場合色々な意味で…だがな。」


「色々な意味って?」


「ふん……何でもない。それよりも、お前がここへ来たという事は、吸血鬼族が手を貸してくれるという話も本当だと捉えて良さそうだな。」


「勿論だよ!その為にオイラが派遣されたと言っても良いくらいだからね!」


「だろうな。」


「まあ、オイラ自身がそれを望んだって事も有るけど、アリス様が許してくれたのは、変な疑いを持たれるよりも、さっさと手を組んで事態を収拾する為に動きたいからだろうね。」


何となくそんな気はしていたが、スー君が出て来るという事は、そういう意味合いも込められているという事らしい。言われてみると、こちらはアマゾネス族に吸血鬼族、ギガス族に鱗人族、人狼族ととにかく多くの種族が集まっている。俺達も含めれば人族だってドワーフ族だって居るのだ。

手を組むと口で言って信用出来るかどうかは非常に微妙なところだ。事実、ランパルドについては要観察という話になった。元々の行動云々が有っての事ではあるが、それが無くとも慎重にならざるを得ない状況なのだ。


アリスはその事を考え、自分の側近の一人を送る事により、手を組むという言葉が本当である事を証明したという事になる。幼女の姿をしているから忘れそうになるが、彼女の歳は俺達では想像も出来ない程のものだ。このくらいの配慮など当然のように出来るのだろう。


「正直、その配慮には感謝している。我々はどの種族とも交流が少ないからな。間を取り持つのも一苦労だったからな。」


「アリス様の事だから、その辺の事も考えて…だろうねー。

それより、魔王様の事だよ。」


「ああ…もしも、王子様の事が本当だとするならば、魔王様が操られてしまっている事にも納得がいく。そうなると……我々も下手に動けなくなるな。

王子様を利用するとなると、恐らくは人質に取られているというところだろうからな。」


「情報の真偽については分からないが、居る前提で動いた方が良いだろうな。」


因みに、ホーローからこの話を聞いた時、ハイネとピルテの怒りを抑えるのに苦労した。二人は吸血鬼族であり、吸血鬼族にとって子供とは何よりも大切な宝だ。勿論、それは人族だろうと何族だろうと同じだろうが、吸血鬼族は特別に子供を大切にする。それ故に暴れ出す勢いであった。

いつもならばピルテがハイネを鎮めるところだが、今回に限ってはピルテもキレた。相手が王子だからなのか、それともスラたんと上手くいったからなのかは分からないが…


「チッ…戦力が揃い次第殴り込むつもりだったが、そうもいかなくなったな。」


ヤナシリさん。殴り込むつもりだったのですか。


思わず心の中でツッコミを入れてしまった。


「王子様の件が無くても、殴り込むのは危険だよ。こちらもあちらも被害が大きくなり過ぎる。」


「被害が出る前に終わらせれば良いだろう?」


「そんな簡単な話じゃないでしょ。」


「チッ…分かっている。こちらも被害を最小限に留めたいとは考えているからな。冗談だ。」


冗談ならば、何故ヤナシリさんは不機嫌そうなのでしょうか。分かりません。


「冗談なら良いが……やはり、外堀から埋めていくのが良さそうだな。」


「外堀からと言っても、我々に出来る事などたかが知れているぞ?そもそも魔界全体から狙われているわけだしな。

吸血鬼族やランパルドと手を組んだとして、確かにやれる事は増えるだろうが…」


魔界は魔王によって完全に統制されており、基本的に立ち入る隙は無い。故に、反魔王組織であるランパルドも、大きなダメージを魔王に与えられなかった。吸血鬼族は基本的に他種族とは付き合っていないし。

つまり、今更ランパルドと吸血鬼族が手を貸してくれても、やれる事が大きく増えるという事はないだろう。ヤナシリはそう言いたいらしい。


「確かにオイラ達が手を貸しても、やれる事が大きく増える事は無いかもね。でも、その中でも重要で、且つやれる事は増えると思うよ。」


「と言うと?」


「オイラは吸血鬼族だよ。暗闇に紛れる仕事はオイラの仕事だ。」


「ふむ……王子様を見付けると?」


「いやいや。流石にそれは無理だよ。恐らく、魔王様も敵の術中にハマる前に探しただろうからね。それでも見付けられなかったとなると、オイラ一人じゃどうする事も出来ないさ。」


「吸血鬼族の仲間や、エフという黒犬の者もいるぞ?」


「王子様が救い出されていないのならば、そのどれもが空振りに終わったからだよね。いくら人数を集めて探しても意味が無いよ。」


「ふむ…では何をするというのだ?」


「王子様の居場所は分からないけれど、相手側の数人には目星が付いているからね。」


「……潜入する気なのか?」


「ご明察。相手の懐に入れれば、確実に有用な情報が得られると思うんだよね。」


潜入…って可能なのだろうか。相手は魔王さえも手玉に取るような連中なのだが…と思ったが、スー君とヤナシリの会話を大人しく聞き続ける。


「流石に相手もそれを許す程馬鹿ではないだろう…と言いたいところだが、純血種の吸血鬼族ともなれば、それが可能なのは母からよく聞かされている。吸血鬼との戦争時代、アマゾネスも吸血鬼族には随分と苦労させられたらしくてな。」


「オイラも代々のアマゾネス族には随分と苦労したからお互い様さ。魔法は効きにくいし、物理攻撃の届く距離なんて危険過ぎるし…あんな恐怖体験なんてそう何度もしたいものじゃないさ。」


「吸血鬼族にしては珍しい。母が言うには、吸血鬼族は我々アマゾネス族を筋肉馬鹿とか呼んでいると聞いていたが。」


「そんな事を言うのは戦争に参加していない若い連中だけさ。

確かに筋肉で解決しようとする感は有ったけど、それだけで魔王様の側近が務まる程魔界は甘くないと知っているからね。

アマゾネス族が近接戦最強と言われるのは、それだけの実力と技術、そして戦略を持っていたからだよ。

一度でもアマゾネス族が敵にいる戦場に立てば嫌でも分かるよ。だから、その頃から生きている者達は、アマゾネス族と敵対しようとは思わないよ。」


「随分と腰が低いんだな。」


「まあ、嫌味を込めてそう呼んだりする者もいるみたいだけど、それはひがみが殆どだよ。」


「随分と高く買ってくれるのだな……先代に負けぬよう、我も努力せねばな。」


「確かにこれまで見てきた人達より少し劣る部分は有るみたいだけど、内在する力は引けを取らないと思うよ。きっと先代にも負けないくらい強くなれるさ!」


「そこまで言われて強くならねば、我の立つ瀬が無いな。」


「そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど…」


「分かっている。言われずとも精進するつもりでいたからな。」


何となく口を挟めずに聞いていたが、吸血鬼族とアマゾネス族の間には、何やら色々と有るらしい。

とはいえ、少なくともスー君とヤナシリは上手くやれそうだし、問題は無さそうだ。

ちゃらんぽらんに見えて、意外としっかりする部分はしっかりしているのがスー君だ。長く生きているだけの事はある。


「話を戻して大丈夫か?」


「ああ。話が逸れてしまった。すまないな。」


「いや。構わないさ。

それで、スー君が相手側に潜入するって話だったが、どうやって潜入するつもりなんだ?」


「オイラ達吸血鬼族は闇魔法が得意でね。その中にはこういう時に便利な魔法も有るんだよ。相手に自分の事を誤認させる魔法とかね。」


「…なるほど。それが可能な事は分かった。それで…何人までならばその魔法は効果を保てるんだ?

まさか一人で潜入するなんて言わないだろうな。」


「流石のオイラもそこまで自信過剰ではないよ。一人で潜入してオイラが見付かれば、その時点で何の情報も持ち帰れないまま捕まる事になるからね。

そうだね……確実に魔法の効果を得ようと思うと、オイラの他に二人かな。」


「二人か…」


潜入が可能な人数は最大で三人となると、人選が重要になる。


一人はスー君で決まりだが、残り二人を誰が担うのかによって潜入が成功するか否かが決まる。


普通に考えるならばエフとハイネだろうか。

どちらも隠密に長けた技能を有しており、魔法無しでも隠れて動ける。


そう考えていたが…


「残念だけど、今回は私もピルテも…それにエフも参加は出来そうにないわね。」


なんて事をハイネが言う。


「え?」


俺は思わず聞き返す。俺の頭の中では全く逆の答えに辿り着いていたのだが…

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