第763話 ホーローの救出
操心眼という紋章眼の事についてや、名簿についての詳しい情報はランパルドに任せるとして、問題はホーローについてだ。
人狼族の長であり、俺達に手を貸してくれている数少ない仲間。ただ、情報収集の際に見付かり、現状がどうなっているのか分からない。
テューラの話によると、ホーローの状況までは分からず、居場所を知っているというだけらしい。つまり、彼が今大怪我で動けないという可能性も捨てきれないわけである。
元々は、彼の邪魔にならないようにと考えて救出を後回しにしたのだが……テューラの話では、ホーローは追手から逃げ切った後、地図で教えられた位置に隠れ潜んでから移動していないらしい。
ホーローがどういう状況なのかは推測する事しか出来ないが……追われている状況で一所に留まるのはどんな理由が有るにしても危険過ぎる。
そう考えると……動かないと言うより、動けない状態である可能性が高い。
動けない理由についてはいくつか考えられるが…最悪、喋る事すらままならない程の重傷…なんて事も有り得る。
ただし、これは不確実な推測である為、確実性に欠ける情報だけで動くのはこちらにも危険が大きい。勿論、俺達が動く事でホーローに更なる危険が及ぶ可能性も有る。
現在、俺達は出来る限り密かに動かねばならない状況である為、最悪の場合吸血鬼族やアマゾネスの皆、鱗人族やギガス族にも危険を波及させる可能性すら有る。
今直ぐに助けに行くか否か。そこで決め切れず話し合いになった。
俺としては、直ぐにでも助けに行くべきだと思ったが、スー君、ハイネが何とも言えない反応を示した。
確かに動けない状況である可能性は高いが、ホーローが現在相手側に見付かっていないのは分かっている。ここで俺達が動くと、その行動がホーローの居場所を教える事になってしまい、最悪の場合ホーローと俺達の双方が被害を受けてしまう可能性が有る…という事を考えねばならないと言われたのだ。
「うーん……確かに現状でホーローに追手からの危険が及んでいない事を考えると、下手に手を出す方が危険とも考えられるよな…」
「ですが、助けが必要な状況である…という可能性を考えますと、ここで動かなければホーローさんを見殺しにしてしまうかもしれません。」
ハイネとスー君の意見を聞いて動くのも正しいとは思うが、ニルの言っている事もまた正しいと思う。
「せめてホーローと連絡を取り合う事が出来れば動き易いんだが…」
「本人の位置が分かっているなら、連絡を取り合う事は出来ないのかな?」
「それは難しいと思うわ。連絡を取り合うとなると、誰かが接触するか連絡を取り合う為の何かしらの行動を起こす事になるもの。それで気付かれてしまっては元も子もないわ。危険を冒して連絡を取るくらいなら、直接会いに行く方が良いわね。」
スラたんの疑問に対しては、ハイネが答えてくれる。
結局、直接助けに行くか否かの二択という事らしい。
「スー君はどっちが良いと思う?」
「オイラは、意見こそ言ったけどどっちでも良いかなー。オイラは皆が決めた事に従うよ!アリス様にもそう言われてるし!」
深刻な事を決めているというのに、それを全く感じさせない程の満面の笑みで返すスー君。緊張感の無い男だが…気を楽にしてくれているとも言えるし、良しとしよう。
「……俺としては、ホーローを助けに行くべきだと思う。危険に自ら足を踏み入れる事になるかもしれないが、ホーローが危険なら助けたい。」
「まあ、そうよね。シンヤさんならそう言うと思っていたわ。」
考えた方が良いという意見のハイネが、一番最初にそう口にしながら笑顔を見せる。
「寧ろ、そうでないとシンヤ君じゃないとさえ言えるよね。」
ハイネとスラたんの言葉に、その場の俺を除く全員が笑顔を見せつつ俺の顔を見る。
「良、良いのか?」
「良いも何も、最初から僕達はそうするつもりだったよ。ただ、危険が伴うって事を皆でもう一度確認しておきたかったってだけだからさ。」
そう言って笑うスラたん。
俺以外の皆が話し合うタイミングも無かったし、話し合っている様子も無かった。それなのに、全員が頷く。
俺がこういう選択をすると皆が分かっていたらしい。でも、危険な事をするのに変わりは無い。再度全員が気を引き締めるようにと話し合いをした…という事らしい。
「…助かるよ。また危険に巻き込む事になるが、よろしく頼む。」
「何を言っているのかしら。私達はパーティなのよ。巻き込むも何も、これは私達自身の選択よ。」
「ですね。よろしく頼むなんて他人行儀な事言わないで下さい。」
「うんうん。」
ハイネもピルテもスラたんも…そう言って笑ってくれる。
「…このパーティは本当に空気が美味しいねー。正直羨ましいよ。」
スー君も笑ってそう言ってくれる。
本当に最高の仲間だ。
「さてと。そうと決まれば早速ホーローの居場所についてだな。」
俺達は話の流れでそのままホーローの救出について話し合う。
ホーローの居場所については地図を貰っているから分かっているのだが……実は俺達が今居るイルクナンクルに居るらしい。
イルクナンクルという街は大きく、人一人を探すとなるととてもではないが不可能と言える。木を隠すなら森の中とは言うが、ホーローの取った作戦はまさにそれだ。
ホーロー達は、元々イルクナンクルの街からは遠く離れた場所で活動していたみたいだが、流れに流れ、逃げに逃げてこの地へ来たらしい。
何か裏が有るのではと疑いたくもなる程の偶然ではあるが、テューラが嘘を吐いているとは思えないし、本当に偶然なのだろう。多分…
そういう事も有って、より慎重に行動した方が良いだろうとハイネとスー君が意見したという形だ。勿論、黒犬の連中や魔王軍の者達に追われている事は忘れていない。上手くやるしかないというのが結論にはなるが、その辺はハイネやスー君に頼らせてもらうとしよう。
兎にも角にも、既に同じ街に居るのだから、直接会いに行くというのは不可能な話ではない。ただ、イルクナンクルの街はかなり大きい為、ちょっとそこまで…みたいなノリでは移動出来ない。日本ならば公共交通機関や車が有るからそれで何とかなるかもしれないが、俺達が移動するとなると馬車か歩き。馬車も街中で疾走するわけにはいかないので歩くしかなく、結局は歩くのと大差は無い。
「この街に居るとは言っても、イルクナンクルは広いし人口も多いわ。人目につかないようにというのも限界が有るわ。」
「しかも、ホーローの居る場所は街の中でも最も栄えている中心街。人の多さで言えばこの辺りとは比べるまでもないだろうな。」
「そうなると、動くのは夜かな?」
「そうなりますと、黒犬の連中も動き易い時間帯になります。夜だとそちらの目が気になるところですね。」
「そうだね…どちらかと言えば黒犬にマークされ易い時間帯より、一般人に見られる時間帯の方が良いのかな?」
「昼だと一般人に紛れ込んでいる連中に見付かる可能性が上がるわ。」
「うわー…どうしたら良いんだろう…」
などと意見を出し合った結果。
ホーローの居る場所へは夜に向かう事になり、街では目立ち辛い黒翼族に変装する事にした。ニルの場合は変装と言うより本来の姿だから違和感は無いし、目の前に変装のお手本が有れば、ハイネやピルテの力を借りて変装するのは難しくない。
という事で、早速俺達は変装し、その日の夜に街の中を移動する。
流石は大きな街というだけの事はあり、中心街へ向かう程夜なのに人通りが多い場所が増えていく。
基本的には酒に酔った者達が多いが、街角では何やら怪しげな者達もチラホラ見掛ける。何をしているのかは分からないが、良い事ではなさそうだ。
なるべく人目に触れないように道を選んで進んでいるが、中心街の中へと入ると、そもそも人通りの少ない道というのがかなり少なく、どうしても人目に触れる道を通らなければならない事が増えてしまう。
真夜中に酔ってもいない数人が歩いているとなると、チラチラと見られたりする。不審とまではいかずとも、目を引くのだろう。酔ったフリでもして歩いていこうかとも考えたが、特に絡まれたりはしなかった為そのまま進む。
地図に記されたホーローの隠れている場所の近くまで来ると、この街で最も人の多い栄えた場所に出る。
立ち並ぶ店は真夜中だというのに活気にあふれており、ちょっといかがわしいような店も目に付く。ニルに睨まれるので見ていないフリをしているが…
「おー!兄ちゃん達!よろしくやってるかぁー?!」
「こっちは出来上がってるぜぇー!」
人通りの多い道ともなると、顔見知りですらない相手にも声を掛けられたりもする。相手は酔っていて相手が誰でも関係無いのだろうが、相手にしていると目を引く結果になる可能性が高い為、適当に返事をして通り過ぎる。
これが盗賊のような連中ならば斬って捨てるところだが、相手は一般人。
たまの休みに羽目を外して飲んだ後のサラリーマン集団みたいなものだ。愛想笑いを返す程度で通り過ぎる事が出来るのならばそれで良い。
面倒臭い場面は何度か有ったものの、俺達は何とか地図の場所へと到達。
地図では小さな一軒家にしか見えなかったが、どうやら飲食店をやっている店のようだ。中心街の中に在る店なだけあって、人の入りはなかなか。外から見ていても中が賑わっているのが伝わってくる。
カランカランッ。
扉を開けると来客を知らせるベルの音が鳴る。
店内にはほぼ満席になる程の人が座っており、酒を片手にそれぞれ楽しんでいる。
「いらっしゃいませー!」
俺達が入ると、店員であろう黒翼族の女性か出迎えてくれる。
「何名様でしょうか?」
「六人でお願い出来るか?」
「六名様ですね!直ぐにご案内出来ますよ!」
「頼む。」
いきなりホーローの事を聞いては怪しまれてしまうので、取り敢えず客として振る舞う事に。
六人で座れる大きめのテーブルに通され、座った俺達に対し、店員の女性が笑顔で接客を開始する。
「初めてのお客様ですよね?」
「ああ。ここへは初めて来るな。何かまずかったか?」
「いえいえ!そんな事はありませんよ!うちは顔馴染みの方が多いので、新しいお客様は珍しくて!」
「そうだったのか。歩いていて目に付いた店を選んだだけだが、どうやら良い店を選んだみたいだな。」
店内を見渡してみると、客に出されている料理はどれも美味しそうで、鼻腔をくすぐる香りが店内に漂っている。常連が多いという事はそれだけ美味しい物を提供している店だという証拠だし、こんな状況でなければ料理を腹一杯に堪能していたところだ。残念な事に、そんな余裕は無いのだが…
一応、客として振る舞う為、いくつか料理を頼んだが、勿論アルコールは頼まない。
「どうだ?」
「うーん…オイラには普通の店にしか見えないね。店内がうるさくてこの店舗のどこかに他の誰かが居るかどうかは…分からないな。」
スー君の耳で分からないならば、ハイネとピルテにも分からないだろう。
「僕がスライム達を誘導するよ。人目に付かないように移動させるから少し時間が掛かるけど…」
「それしかなさそうだな。頼む。」
こういう時、小さなスライムを自由に操作出来るピュアスライムの能力は役に立ってくれる。
スライムに店舗内を捜索させている間、他に不審な点が無いか店内を見てみるが、俺にはよく分からない。
そうこうしていると、美味しそうな料理を持った女性店員が笑顔でテーブルに近付いてくる。
「はいどうぞ!」
「美味そうだな。」
「勿論です!必ずご満足頂けるかと!」
「ありがとう。」
「はい!ごゆっくりどうぞ!」
店員の接客も普通…というかかなり良い。当然不審な点は見当たらない。
本当にホーローが居るのだろうか…?
「……美味っ!!」
ホーローの探索に来ている事を忘れたわけじゃないが、出された料理を食べないわけにもいかず、取り敢えず口に運んでビックリした。
こうやって外で食べた物の中では一、二を争う美味さだ。やはり、発展した街には美味しい物が集まるのだろうか……なんて舌鼓を打っていると、スラたんがピクリと体を震わせて俺に視線を向ける。
「…見付けたか?」
「……うん。」
スラたんの反応や表情を見るに、あまり良い状況ではないようだ。
「どうなっているんだ?」
「取り敢えず、彼はこの建物の二階、一番奥の部屋に居るよ。今は静かに眠っているみたい。」
「眠っている…か…」
現状でホーローがグータラ生活をしているなんて事は有り得ない。つまり、眠らなくてはならないような状態だという事になる。
「……酷いのか?」
「スライムを通してだから詳しい事は分からないけれど、かなり酷い傷を負っているみたい。」
「…動きたくても動けない…の方だったか…」
俺の言葉にニルも暗い顔をする。
「ただ…どうやら治療は受けているみたいで、死にそうって程じゃないみたいだね。」
「治療を受けて……ここの者達がこちら側って事か?」
アマゾネスの皆が動いてくれた事で、少ないながらに仲間が集まっていると聞いたし、その仲間が助けた…と考えるのが自然だ。
「んー……それはどうだろう。オイラが見る限り、ここはそういう事とは無関係な飲食店に見えるけど。」
スー君がそう言って今一度店内を見渡す。
その言葉にハイネとピルテも頷いているのを見るに、その言葉に同意しているらしい。
感覚の鋭い吸血鬼族であり、魔界で生活していた三人が言うのであれば、その推測は間違っていないだろう。
「となると…何故治療を…?」
「どんな思惑が有るのか分からないけれど…それはここの人達に聞けば分かると思うわよ。」
ハイネはそう言って店員の女性を横目で見る。
先程から俺達の対応をしてくれていた女性は、黒翼族の女性で、ツルツルとした黒く細長い尻尾と髪の中に小さな黒い三角形の角が見える。歳はニルより少し上だろうか。
ショートボブにした青い髪に青い瞳。整った顔立ちをしているが、どこか幼さの残る可愛らしい女性だ。
「話を聞かない事には先に進まないようだな。」
「そうね。」
取り敢えず、店員の女性に話を聞く為、俺達は視線を送る。
「はいはーい!今行きまーす!」
その視線に気が付いた彼女は、直ぐに俺達のテーブルへ向かって小走りで寄って来る。
「何か追加ですか?」
「いや。少し聞きたい事があってな。」
「聞きたい事…ですか?」
どう話を切り出すべきか…と考えていると、俺に代わってハイネが口を開く。
「隠しても仕方がないから単刀直入に聞くわ。ここに人狼族の男が居るわよね?」
「っ?!」
ハイネが発した人狼族という言葉に反応する女性。
明らかに動揺したのを見て、彼女が訓練された者ではないと確信する。
「知、知りません!」
嘘だと分かる反応で否定する女性。
ホーローを庇うような発言から、彼女がホーローを守ろうとしているのだと分かる。
「大丈夫よ。私達は彼の仲間なの。と言っても、簡単には信じてもらえないでしょうけど…」
「……………」
店員の女性が疑いの眼差しを向けてくるが、ホーローの仲間だという証拠は無いし、信じてもらうのはなかなかに難しい。
「……皆さんのお名前…いえ。貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
女性が俺へ視線を向けてそう聞いてくる。
「……シンヤだ。今は変装しているが、一応人族…渡人だ。」
俺は声量を落として答える。
「……分かりました。少々お待ち下さい。」
俺の返答は正解だったのか…いきなり魔王軍の連中が店の中に押し寄せて来るなんて事になったらかなりヤバい。罠である可能性を考慮してもう少し慎重に行動すべきだったか…
なんてあれこれ考えていると、店の奥から先程までの女性加え、もう一人女性が現れる。
ショートボブの赤い髪に青い瞳。どことなく先程まで俺達の対応をしていた女性に似た顔立ちの女性黒翼族の女性だ。姉…いや、母親だろうか。母親にしてはかなり若く見えるが…
「お待たせしました。私の名前はアキテラ-テイリル。この店の主です。この子は私の娘、ノールです。」
アキテラと名乗る女性は、可愛らしい顔立ちに見えるが、鋭い眼光を放ち、俺達を睨み付けている。彼女なりに俺達の事を見定めようとしているのだろう。
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