第五十三章 魔王の城

第762話 テューラ

ランパルドの噂をテューラも知っており、元々は、ランパルドの事をあまり良い集団だとは思っていなかったらしい。寧ろ、ランパルドこそ魔王をおかしくしている者達だと考えていたらしく、母親譲りなのか、無謀にも一人でランパルドへ潜入して内部から探ろうと考えたとの事。

一人魔界を飛び出し、小さな魔具店をやっていたアーテン婆さん。その娘と言われると納得出来てしまう。


結局、テューラは母親を助けたいが為にランパルドへ潜入し、ランパルドの事を調べ続けたが、彼女が考えるようなテロリスト集団ではなかったらしい。

ランパルドが行うのは魔王派の者達が何かよからぬ事をしている時に限られており、法で裁けぬ相手を秘密裏に処分するのが主な活動。それ以外で街を荒らすような行為は無く、一般市民に手を出した事は無い…らしい。


ランパルドの動きを観察し続けたが、彼等の言い分に嘘は無いと判断したテューラは、そのままランパルドに身を置き、アーテン婆さんを助ける為に色々と動き続けていたとの事。

残念ながら、アーテン婆さんは既に亡くなっており、俺達がその情報を持ち帰った時、テューラのやってきた事が無駄になってしまった。

俺から見れば、無駄な事ではないのだが、テューラとしてはアーテン婆さんを救えなかったという結果しか見えていないだろう。

ただ、テューラはアーテン婆さんの死を悲しんでいるが、それで動けなくなるという事もなく、未だに魔王派の事を調べているらしい。弔い合戦のつもりだろう。


そして、テューラとしては、俺達にも魔王派を止める手伝いをして欲しいという事だった。


テューラはアーテン婆さんの娘とはいえ、一般市民の中の一人。一応魔女族ではあるが、研究という研究はしておらず、普通の家庭を築いていたとの事。

しかし、残念な事に子供には恵まれなかった上に、ランパルドと関わる直前に旦那も病に倒れ亡くなってしまったらしい。

そうして一人になってしまったテューラさんには、守るべきものが無く、無謀とも思える事をやれてしまう環境にあった。それが彼女の行動に拍車をかけ、今ではランパルド内でもある程度の地位に居るらしい。もし、ここから俺達がランパルドと協力関係を取るというのであれば、その話を上に通せるくらいに。


「私達魔族にとっての敵である神聖騎士団と事を構える皆様と、吸血鬼族の幹部であるスカルべ様。どちらも私達ランパルドにとって大きな戦力になります。これまで手を出せなかった相手にも通用する戦力を得られるならば、魔王派の暴走も止められるはずです。」


「暴走…ね。」


「今の魔王派は、その言葉が当てはまる程におかしな事になっているのはランパルドの全員が把握している事です。それに、今となっては一般市民の中にもその疑問は大きく広がっています。ここで私達ランパルドが立ち上がらなければ、魔界は法も何も無い無法地帯になってしまうでしょう。」


「……テューラの言い分は分かった。次は俺達の目的を話すとしよう。」


テューラはランパルドの中でもそれなりの地位に立っていると聞いたし、ここである程度の情報は開示しておくべきだろう。


俺達の目的、その目的を達成する為の手段が存在する事。その為に必要なのがランパルドの手数である事をテューラに話す。

魔王の洗脳を解く為のアイテムの事は話していないが、これだけでも十分に話は通る。


「魔王様が洗脳されている事についても知っていたのですね。」


ランパルドは犯魔王組織だ。魔王の現状については当然知っているという反応を見せる。

それに、魔王という言葉……テューラは、ランパルドに所属こそしているが、魔王に対する信頼は失っていないのかもしれない。


「ああ。ただ、俺達の目的はあくまでも魔王を助ける事であって、魔王派全てを相手にしたいわけじゃない。ランパルドの活動全てに手を貸すという事は無いぞ。」


「はい。私達もランパルドに加入して欲しいわけではありませんので、それについては大丈夫です。」


「……………」


テューラの話を聞くに、彼女の手を取って協力関係を結ぶのに抵抗は無い。どちらにしても、俺達はランパルドの力を借りなければならないのだから、向こうから協力関係を提案されている今決めるのが最善だろう。


「どうでしょうか。ここで協力関係を結ぶのであれば、我々の持っている情報もお渡ししますよ。」


「…分かった。協力関係を結ぼう。」


俺が返事をすると、テューラはニコリと笑って頷いてくれる。


「良かったです。」


これでランパルドとの協力関係が決まったのだが……テューラが言うように彼等が完全にクリーンな組織かどうかはまだ分からない。

それを判断する為にも、彼等の行動を見つつ、警戒しながら動かなければならないだろう。

ただ、これで一番の問題であった人手に関しては解決した。


「それで、ランパルドが持っている情報というのは?」


「皆様がどこまで知っているのかは分かりませんが、我々ランパルドが掴んでいる重要な情報は三つ。

一つは魔王様が何故洗脳されているのか。

我々の調査では、魔眼…それも紋章眼の影響を受けていると結論が出ました。」


「紋章眼か…」


精神に干渉するタイプの魔法が存在するのだから、当然魔眼の中にそういうタイプのものが存在していてもおかしくはないと思っていたし、驚きはしなかった。


「紋章眼の中に、操心眼そうしんがんというものがあります。この紋章眼は、相手の精神に干渉する事が可能で、その効力は魔法や魔具よりも強力です。ただ、普通に使う分には思想の方向性をズラす程度。魔王様のように完全に操られてしまう事はありません。」


「普通に使う分にはって事は、それに当てはまらない状況に陥ったって事だよな?」


「紋章眼はそもそもが持って産まれる者の少ないものです。ですので、それぞれの紋章眼に秘められている能力全てが分かっているわけではありません。なので、これが絶対に確実な情報なのかと聞かれてしまうと困るのですが……操心眼は、ある特定の条件を満たす事で、かなり強い効力を得られる…という文献が有ります。」


「特定の条件…」


「条件の詳しい事は分かりませんが、魔王様を苦しめる原因はその紋章眼で間違いないはずです。」


紋章眼を持つ者は少ない。魔族には比較的多くの紋章眼持ちがいると聞いているが、それでも少ない事に変わりはないとするならば、人物の特定は難しくないかもしれない。


「その操心眼の持ち主の候補は?」


「何人か居ますが、紋章眼を持っていると明かす事は基本的にしないものです。我々が知らない操心眼持ちが居てもおかしくはありませんので、特定までは出来ていない状況です。」


「なるほど…」


候補が何人か居るのであれば、既にその者達を調べているはず。それでも特定出来ていないとなると、その候補の中に黒幕が居るかどうかも怪しいところだ。


「他の情報は?」


「二つめは、魔王様の側近を含めた者達の中で、怪しいと思われる者達の名簿です。」


そう言うと、テューラは一枚の紙を取り出す。


紙を手に取ると、そこには名前がズラリと並んでいる。


俺にはどの名前がどんな者なのか分からないが、スー君、ハイネ、ピルテが表情を変えたところを見るに、かなり内部に食い込んだ者の名前も有るようだ。


「ここに並んでいる名前の者達全てが相手側というわけではないんだよな?」


「はい。寧ろ、本来は敵側に居るような者達ではありません。その殆どは操心眼による影響を受けているのではないかと思います。」


「……操心眼……厄介ね。」


内部に食い込んだ相手となると、簡単に斬って捨てるわけにもいかない。本当にやり辛い事この上無い。


「はい。どこまでその名簿が役に立つかは分かりませんが、少なくともその者達にはお気を付け下さい。」


「分かった。やはり、そいつらの目的は魔王を操って魔界を手に入れる事なのか?」


「明確な要求等は無いので、推測にはなりますが、その名簿を見る限り、その可能性が高いかと。」


「魔王様に対して色々と難癖を付けようとする者達の名前が多いわ。操心眼の強力な効果を得る為の条件というのが難しい条件だとするならば……元々魔王様に対して反感を持つ者達の感情を増幅させる…みたいな方法で煽ったのかもしれないわね。」


操心眼の元の能力が、相手を完全に操るような強力なものではないとするならば、自分の思想に近い思想を持つ者達を操るのが得策だ。

ハイネの予想は当たっているように感じる。もし、魔王に施した強力な精神干渉を他の者達にも使えるならばそうしているはず。


「我々もそう考えています。どうにかしてその影響を解除出来れば、勝機は有るかと。」


「精神干渉の影響を無効化する方法は有るのか?」


「魔王様に掛けられた影響に関しては別ですが、方法はいくつか有ります。他の者達に対して掛けられた影響力がどの程度の強度かにもよりますが、外部からの強烈な衝撃で解ける場合や、精神干渉系の影響を無効化する魔具や魔法を使う事で解ける場合等が挙げられますね。」


「外部からの強烈な衝撃って事は……殴れば良いって事か?」


「言葉を選ばなければそうなりますね。ただ、これは影響力が弱い場合に限りますので、必ず成功するとは言えません。他にも、そういった影響を解く魔眼も有りますが、そう都合良く魔眼持ちの者が居るわけではないので。」


「そう考えると、魔具や魔法ってのが一番扱い易いか。」


「そうですね。ただ、影響を受けている者は、その名簿の者達だけではありません。あくまでも、主要な人物のみを記載した名簿ですから。

そうしますと、相手の数が多いので全員の影響を解除するというのは無理かと思います。」


「魔具なら数に限りがあるし、魔法にも魔力の限界があるからな…必要な時に必要な相手を選んで解除しなければならないわけか。」


「基本的には名簿の者達を解除していけば、外堀を埋められると思いますが、それだけとも限らないので…」


「臨機応変にって事か…」


この問題については、俺には判断が難しい。名簿の名前を見ても何が何やらだし、その辺に詳しいスー君やハイネに任せるのが良いだろう。


「三つ目の重要な情報は……これは、我々と言うより皆様にとって重要な情報になりますが……最近、魔王様の身辺を探っていたホーローという人狼族の長。その者の居場所です。」


「っ?!」


まさかテューラからホーローの名前が出てくるとは思っておらず、俺はビックリして眉を上げる。


「何故ホーローの事を?」


そんな俺の代わりに質問してくれたのはハイネ。


「魔王様の身辺を探るとなれば、私達の活動と被る部分が有りますからね。以前から彼が魔王の身辺を探っているという情報は入っていました。勿論、彼とは目的が重なるので、邪魔をしたりはしていません。」


「………………」


協力関係を結んだ以上、ここでランパルドを疑うのは不義理だとは思う。それに、彼女はアーテン婆さんの娘だ。信じてやりたいが……都合良くホーローという居場所を知っているというのは……

ホーローの居場所を俺達に伝える事で貸しを作る事が目的だろうか。それとも、本当はランパルドこそが黒幕で、俺達の動きを牽制するつもりで………


「疑う気持ちは分かります。私が皆様の立場でも疑うでしょう。」


俺達の反応を見たテューラがこちらを真っ直ぐに見ながら言ってくる。


「正直…都合が良過ぎるとは思うな。」


「分かります。しかし、私達は偶然彼の居場所を知っただけで、この情報を渡して貸しを作ろうなどとは思っておりません。協力関係を結んで頂けた事への謝礼とでもお考え下さい。

とはいえ、彼の持つ情報を共有して頂きたいとは思いますが。」


簡潔に言えば、ホーローの居場所の代わりに、ホーローの得た情報をこちらにも渡せ…という事だ。

何の見返りも無しに情報を提供されるよりは信じられる…か。


「……分かった。協力関係を結んだんだ。情報を隠したりはしない。」


「ありがとうございます。では、後程彼の居場所について、地図をお渡しします。もし、我々の手が必要ならば言って下さい。」


「…ああ。」


「さて…我々が現在得ている重要な情報はこの三点になります。他に聞いておきたい事はありますか?」


どの情報も重要な情報だ。特に名簿なんかは外部に漏れた場合、ランパルドにも被害が及ぶ可能性が高い。そのリスクを承知で渡してくれたと考えるならば、一先ずテューラの事は信じられるだろう。


「そうだな……ランパルドは、今後どう動くつもりなんだ?」


「そうですね…」


テューラは斜め上に視線を動かした後、口を開く。


「ランパルド全体がどう動くかは明言出来ませんが、少なくとも、私は皆様のバックアップに回るつもりです。」


「バックアップ?」


「あの母の娘なのにと思われるかもしれませんが、私自身には戦闘が出来る程の力が有りません。なので、情報の収集や可能な手助けをするつもりです。」


テューラは自分の事がよく分かっているらしい。

確かに、彼女の所作を見る限り、戦闘に慣れているようには見えない。


「つまり、これからも得られた情報をこちらへ流してくれるという事かしら?」


「はい。」


ハイネの言葉に即答するテューラ。


彼女の態度を見る限り、ここまでの言葉に嘘は無さそうだ。


「…分かった。今後はどうやって連絡を取り合えば良い?」


「魔王派には黒犬の者達も居ますので、そちらから接触する事は基本的に避けて下さい。こちらの者が定期的に接触します。」


「……分かった。」


「それでは、私達はこの辺りで。」


そう言うと、テューラはその場で立ち上がり、屋根裏部屋を出て下の階へと下りて行く。


「ふー!息の詰まる話し合いだったねー!流石のオイラも疲れちった!」


腕で汗を拭うジェスチャーをしながら言うスー君。


「今回は殆ど喋ってなかったよな…?」


「気分だよ気分!そういう気分なのさ!」


「そ、そうか…それより、俺達もそろそろ出よう。話し合いは後だ。」


「そうね。」


誰が見ているか分からないし、出る時もテューラ達とは時間をズラして出なければならない。テューラもそれが分かっているから先に出たのだ。


テューラから遅れて外へ出ると、その足でイルクナンクル内の家屋へと向かう。この家屋は、テューラの所まで俺達を案内してくれた男が用意してくれたものだ。

最初に俺達と話す時は、かなりトゲトゲしい印象だったが、協力関係になったと分かってからは態度も幾分か柔らかくなった。どうやら、テューラ自身に戦闘力が無い分、彼女を守る為に厳しく会う者を選定していたようだ。


家屋内は、お世辞にも良い環境とは言えないものだが…最低限の生活は可能であり、長く居るつもりは無い為それで十分だ……と俺は思っていたが、ニルとピルテがそれを許さなかった。


「お、おい…そんなに躍起になって綺麗にする必要は無いぞ?」


ニルとピルテは、俺達がそのままで良いと言ったのにも関わらず、部屋の中を綺麗にし始めた。


「そういうわけにはいきません。」


ニルもピルテもその一点張りで、生活圏だけでもと結局綺麗にしてしまった。

長くても数日過ごすのみの部屋なのに…とは思うが、それすら許せなかったようだ。日頃から野宿とかしているし、俺としては全然平気なのだが…まあ、本人達が満足するのであれば、綺麗な方が俺達も良いのだし、文句は言うまい。


そうして時間を過ごし、空が暗くなってきた頃。


「さてと…これでランパルドと手を組む事が決定したわけだが……どう思う?」


俺達は夕食を囲みながら、輪になって話し合いをする。


「テューラさんの事は信用出来ると感じましたが、ランパルド全体を信用するのは…まだ早いかと思います。」


ニルが一番に発言し、その発言に対して全員が頷く。


「そうね。聞いた限りだと、ランパルドは良い組織…みたいに聞こえるけど、もし真っ白な組織なら、裏に潜む必要は無いものね。」


「まー…広がっている噂が全て嘘だとは思えないからねー。ただ、オイラ達の目的を考えるに、利用しない手は無いかなとは思うね。」


スー君を含め、その場で話し合いを行ったが、ほぼ俺と同じ意見だった。


意見が割れた…とまではいかないが、名簿の人物達については、どうやって対処するのかが難しいところ。色々と話し合ったものの、結論としてはその場になってみなければ分からないという事になった。

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