第761話 イルクナンクル
男性吸血鬼の後を付いて歩き暫くすると、古い建物が見えてくる。建物を構成しているレンガは黒ずんでおり、屋根も一部が崩れ掛かっているような建物ばかりだ。それ程大きくはなく、一般的な家屋と言って良いようなサイズの二階建てが多い。周囲の建物も全て古いからか、あまり違和感を感じないものの、どこか暗いイメージを受ける。
「こちらです。」
口数の少ない男性吸血鬼が案内してくれたのは、そんな建物の中の一つ。
特に他と違う特徴など無い家屋で、密会場所とは思えない家屋。それこそがここを選んだ理由なのだろう。
魔族において、吸血鬼族の事を未だに嫌う者達は多いらしいし、こういう場所を訪れて必要な物を手に入れる事は多々有る事という話だ。つまり、吸血鬼族の変装をしている俺達が、多少コソコソしながらこういう家屋に入って行っても、街の者達が気にする事は無いという事。
敢えて問題が生じそうな相手を付け狙ったりする者は居ないし、話の邪魔をするような状況は起き辛い。よく考えられた場所選びだ。俺達の変装を考える時、真っ先に吸血鬼族の変装を押してきたのはスー君だ。軽い調子の男に見えて、そうではない事が分かる。
ギィ……
案内人の男性吸血鬼が木の扉を開くと、立て付けの悪そうな音がして扉が開く。
コツ…コツ…
家屋の中へ入り、そのまま奥の部屋へ向かって歩いていくと、窓に板を貼り付け、外から見えないようにされた部屋の中へと入る。
部屋の真ん中には、小さな木製の丸テーブルに
部屋の中で待っていた者は、全身を覆う外套に身を包み、顔には黒い仮面を被っており、それが男なのか女なのかさえ分からない。
怪しげな雰囲気の中、スラたんが俺に近寄り小声で話す。
「この家の周囲に何人か仲間が居るみたいだよ。」
部屋の中に居た者は一人。相手からすると俺達はランパルドに接触を試みる謎の人物だ。周囲に仲間を潜ませ、警戒するのは当然の事と言える。恐らく、スー君は勿論の事、ハイネやピルテも気が付いているだろう。
「……随分と大所帯だな。」
部屋の中で待っていた者の声は低く、まず間違いなく男だ。
「人数が多いのは問題かな?」
相手の言葉に、スー君は軽い口調で返す。
「………それで。要件は何だ。」
「伝わっていると思うけど、少し話したい事があってね。ランパルドのトップに会いたいんだ。」
「その要求が通ると本気で思っているのか?」
「どうだろうね。オイラの言葉を伝えた方が良いと思うけど。」
「何様のつもりだ。話にならん。」
「おっと。そんな怒らないでほしいな。別に君を軽く見ているわけじゃない。ただ、オイラ達も命懸けで交渉に来ているからね。確実に話を通す為にも、そちらのトップと話がしたいってだけなのさ。」
「そっちの都合なんて俺には関係無い。話をする気が無いのならば失礼させてもらう。」
「まーまー!そう言わずに!」
スー君の言葉を聞いて部屋を出ようとする男に対し、スー君が引き止めるように両手を前に出す。
「退け。」
「そう喧嘩腰にならなくても良いでしょ!
よーし!分かった!今回は特別大サービスで少しだけ話をしようじゃないか!それで良いでしょ?ね?!」
どんなテンションで話をしているんだと問いたくなるが、スー君なりの交渉術なのだろう。実際、相手の男はブツブツ言いながらも話を聞く体勢になってくれた。
「話すなら早くしろ。くだらない話なら即座に帰らせてもらうぞ。こっちも遊びで来ているわけじゃないんだ。」
「うんうん!分かってるよ!オイラ達も損をさせたくて来ているわけじゃないからさ!」
スー君はそう言って笑顔を見せ、話に入る。
「詳しい話は出来ないけど、簡単に言うとオイラ達は魔王の愚行を止めたいんだ。その為にランパルドの力を貸してほしいって話だよ。」
「…………………」
先程とは真逆で、率直に内容を伝えるスー君。
何故そう考えるのかや、その為の手段について等、詳しい事は伝えていないが、少なくとも俺達がランパルドと同じ方向を向く者達だという事は伝えられただろう。
相手の男は、スー君の言葉の真偽を確かめるように俺達の事を見ている。
「……聞いていた話では、吸血鬼族が三人。残りは人族だったはずだ。」
俺とニル、スラたんは人族という事で話を通してある。その事について聞いているらしい。
興味の無い相手の変装など気にしないはずだから、俺達に手を貸す事をやぶさかではないと考えているのだろうか…?それとも情報を引き出そうとしているのか…?
どちらにしても、ここで嘘を吐いても後々バレる事だ。隠すよりも正直に話す方が良いだろう。
スー君も、俺の方へ視線を一度向けて話すよう促す。
「俺達は変装しているだけだ。」
「…変装…なるほど。吸血鬼族にしては周囲の状況に気付くのが遅いと思っていたが、そういう事だったか。」
スラたんが周囲の状況を教えてくれた事で気付けた事だが、吸血鬼族ならばもう少し早く気が付けたという事らしい。その辺の事も分かっていて周囲に人を配置したのならば、俺が想像しているよりもずっとしっかりした組織だ。軍と言っても良いレベルだろう。
「オイラ達の事をよく知っているみたいだね。」
「スカルべ-アルダ-ミヒリスター。吸血鬼族でその名を知らぬ者は居ないと言われる猛者の事ぐらい把握している。しかし、それがこうして助力を求めてくるとはな。正直予想外だ。」
スカルべの名前は出していないと聞いていたが、流石に有名人過ぎて顔も覚えられていたようだ。まあ、アリスの側近の顔すら知らないとなればそこまでの組織という事にもなるのだから当然と言えば当然なのかもしれないが。
そうなると…恐らく、俺達の事もある程度知っていると考えた方が良いだろう。スー君と神聖騎士団の連中と事を構えて生きている俺達が話を持ち掛けてきたとなれば、ランパルドも無視は出来ないというところだろうか。
「関係無いと言われても、こちらにもこちらの事情が有るからね。」
「…まあ良い。俺達もお前達と争いたいとは思わないからな。共闘するというのならば話を通してやる。ただ、お前達が会えるのはランパルドのトップではなく、トップに話を通せる人だ。それが飲めないならばこの話は無かった事にする。」
「……まあ、それは仕方ないね。こちらも全て話せるわけじゃないからね。それで納得するよ。」
「賢明な判断だな。」
話し合いが終わると、ランパルドの男は別の場所へ案内すると言って家屋の裏口から出る。
「話し合いを任せっきりにして悪かったな。」
案内されている途中、俺はスー君に話し掛ける。
「気にする必要無ーし!だよ!」
楽しそうな笑顔を見せるスー君。頼りにはなるが、相変わらずテンションの掴み辛い男だ。
「それより、ここから先は気を付けてね。周囲を取り囲んでいるランパルドの連中は、僕やシンちゃん達が一足で捉えられない距離を保って移動しているからね。かなりの手練だよ。」
俺には感じ取れないが、スー君は視線を動かして注意してくれる。
「…分かった。」
一応、話は通ったが、俺達の安全が確保されたわけではなく、これが罠の可能性も有る。特に、スー君はアリスの側近で、吸血鬼族は魔王側の立ち位置だというのは俺達も知っている事だ。その幹部の一人をどうにか出来るチャンスを逃す手は無いと考えているかもしれない。
俺がニルに視線を移すと、ニルは俺の目を見て微かに頷く。
気を張って歩くこと十数分。
街並みが変わり、一般的な家屋の並ぶ地区へと入る。イルクナンクルの街には、先程まで居たような比較的危険な地区がいくつか在るらしい。
しかし、その数はこの街のサイズにしては少なく、二、三地区程度。加えて他の街で見たスラム街と比較して随分と明るい。
魔族は、『強者が弱者を守る。』という理念を持っているという話であったし、それが関係しているのだろうか。
などと街並みを見ながら考えていると、ランパルドの男が一つの建物へ向かう。
「ここだ。」
大通りではないが、それなりに人通りの有る道に面した一件の飲食店。大きな店ではなく、知る人ぞ知る店というような小さな店だ。外から見える店の席には数人が座り食事を楽しんでいる。
カランと扉に付けられた鈴がお音を鳴らすと、中に立っていた店長らしき黒翼族の男がこちらへ視線を向ける。
ランパルドの男は店長と言葉を交わすでもなく、そのまま奥へ続く通路を進む。食事を楽しむスペースとは切って離されたような造りになっており、職員用の通路のようだ。店に居る客達からも死角となっており、誰かが入って来た事には気付くだろうが、俺達の事は見えていないはずだ。
「…………」
黙って店の中を進んだ男は、通路の突き当たり右手にある扉を開き、その先へと進む。
スー君がその後に続き、俺が更にその後を歩く。
扉の奥は上へと続く狭い階段となっており、小さな灯りが付いている。窓はなく、陽はまだ高いのに真っ暗だ。
そんな階段を進み、辿り着いたのは屋根裏のようなスペース。店は二階建てではなかった為、何故上へ続く階段が有るのかと不思議に思っていたが、そもそも二階としての機能を持たせていない造りのようだ。
ただ、屋根裏のスペースと言うには大きく、狭いと感じる広さではない。居住スペースにするには辛いが、話し合う程度ならば問題は無いといった広さだ。加えて、屋根側には四つの窓が取り付けられており、光が入り明るい。
もしも、今店の正面から俺達を追う者達が現れたとしても、狭い階段は一人ずつしか通れず、俺達は窓から外へ出て屋根伝いに逃げられる。この建物はそういう考えを持って作られたであろう構造をしている。
そして、その屋根裏スペースには、椅子に座り湯気の立つカップを持った人物が居た。
貴族…とは思えない質素な服装だが、所作は綺麗で品性を感じる女性。歳は五十前といったところだろうか。
見た目は人族に見えるが、魔界に人族はほぼ居ないはずだから、人族に近い外見の種族だろう。ただ、髪は長くクネクネと波打つ青色で青い瞳。吸血鬼族ではなさそうだ。
カップを持った女性は、口元で傾けていたカップをテーブルに下ろした後、俺達の方へ視線を向ける。
「…………………」
彼女は何も喋らず、ただ視線を向けて来るだけだ。その青色の瞳から読み取れる感情は……悲しみ?それとも怒り…?よく分からないが、良い方向性の感情ではない事だけは確かだ。しかも、それはスー君ではなく、俺達に向けられている。正確に言えば、視線は俺に向けられている。
当然だが、俺はこの女性を知らないし、見たという記憶すらない。魔界に入ったのも二度目で、一度目なんて入っただけのようなものだ。彼女に恨まれるような事をした覚えは一切無い。
「………………」
無言の彼女に対し、俺達も無言で返す。スー君は相手の視線が俺に向けられている事を感じて口を開かないようだ。
「……俺に何か言いたい事が有るのか?」
何故そのような視線を向けて来るのか分からない俺は、直接的に質問してみる。
「…あなた方が、母の最期を看取ったのですか?」
質問の内容が把握し切れず、何を聞きたいのか分からない。そう思っても仕方の無い質問だと感じるが、彼女の母というのが誰なのか、その質問を聞いた時ピンと来た。
彼女の顔には、どことなくアーテン婆さんの面影が有る。
恐らくだが、彼女がアーテン婆さんの娘、テューラ-アラボルだろう。
「アーテン婆さんの事か。」
「…そのように呼ばれていたのですね。」
話し方や仕草はかなり上品なもので、口調には柔らかさを感じる。
「最期を看取ったという言い方が正しいのかは分からないが、魔王の事を頼むと言われた。それと、自分の娘、テューラの事を助けて欲しいとも。」
「そう……ですか。母は……満足出来る最期を迎えられたのでしょうか?」
「……分からない。魔王の事をどうにかしたいと考えていただろうし、満足出来る最期だったのかは判断出来ない。だが……愛されてはいた…と思うぞ。」
魔王や自分の娘を頼む為、俺達やイーグルクロウの五人を危険に巻き込んだのは許される事ではない。しかし、イーグルクロウの皆も、愛していたからこそ腹が立ったのだ。アーテン婆さんも、彼等の事を愛していたに違いない。
「そうですか……あれ程自分勝手な母が、誰かに愛されながら最期を迎えられたのであれば、きっとそれは素晴らしい最期だったのでしょう。」
彼女は両目を閉じ、目の端に浮かぶ涙を指で拭い取る。
「……アーテン婆さんには、テューラがランパルドに捕まってしまったから助けて欲しいと頼まれていたんだが…どうやらそういう話ではなさそうだな。」
ここまでの状況から察するに、テューラはランパルド側の者だ。洗脳されている可能性や、何か弱みを握られていて…という感じでもない。
「ええ。助ける必要は有りません。私は自ら望んでここに居ます。」
テューラの瞳に嘘の色は見えない。横にいるニルに視線を向けるが、ニルも同じ意見なのか頷いてくれる。
取り敢えず、テューラが不本意にランパルドの構成員をゆっているのではないと分かった為、そこからはアーテン婆さんの事を詳細に伝える事に。
「……そうでしたか…母は昔から自分勝手な人でしたから。また自分勝手に街を飛び出して、一人でどうにかしようとしたのでしょうね……もう少し、娘の事を信じてくれても良かったのに。」
テューラは、アーテン婆さんの話を最後まで聞いてからそんな事を言う。
アーテン婆さんは、元々魔王の元で働いていた高位の者。昔から忙しい身だったのだろう。その母親に育てられたテューラには思うところが有ったのだろう。
寂しさや悲しさ、何も出来なかった自分に対する怒り。今はそんな色々な感情がごちゃごちゃになった複雑な感情なのだろう。俺にも覚えの有る感情だ。
「お話し下さってありがとうございました。まったくあの人は……」
テューラは、それ以上言葉を続けなかった。
「それで…テューラは何故ランパルドに?」
「そうですね。私の事も含め、ランパルドという組織についてお話しします。」
そこからテューラは自分自身の事とランパルドについて詳しく説明してくれた。それをまとめると…
ランパルドという組織は、反魔王組織ではあるのだが、別に犯罪組織というわけではない。
故に、テロリストのように街中で暴れたり、一般市民を巻き込んだりはしない。
ランパルド絡みの事件は世間に知れ渡っており、ハイネやピルテとしては、一般市民が巻き込まれている事件も有るイメージが強かったみたいだが、被害者は全て一般市民ではないとの事。真偽は調べようが無く分からない為、全て鵜呑みには出来ないが、少なくともランパルド側としては一般市民を巻き込んでなどいないという意見らしい。
では、ランパルドという組織が何をしているのかという話になる。その活動内容は、魔王側の者達が、犯罪のような事をした場合、それを取り締まる…というのが彼等の主な役割だという。
魔王を頂点に据える体勢は、反対勢力が無いと暴走してしまう可能性が有る。その抑止力としてランパルドが存在しているらしい。
ただ、魔王側の者達も馬鹿ではない為、犯罪を行うとしても裏で密かに行う。故に、ランパルド側も裏に潜り、汚い手を使ってでもそれを止めるらしい。それが表から見ると犯罪組織のように見えてしまうという話で、実際の行いは真逆なのだという。
テューラはそれを心底信じている様子だったが、俺としては話半分で聞いていた。
犯罪組織が仲間に引入れる為に聞こえの良い話をしているような気もするし、何より話の真偽を確認する術が無い為、話を信じるには色々と情報が足りないと感じた。まあ、取り敢えず判断は保留としておこう。
次に、テューラの話だが…アーテン婆さんがこの魔界を去った後、テューラはアーテン婆さんが魔王の動向がおかしいと気付き何とかしようとしているという情報を得たらしい。自分の母親がどんな人物かはテューラがよく知っている事で、魔王を裏切るはずがないと思っていた彼女は、魔王がアーテン婆さんを追跡させている事を知り、おかしいと感じた。
そこで、テューラは自身でも魔王の事を調べ始め、その事を知ったランパルドが彼女に接触、説得をして仲間に引き入れたらしい。
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