第760話 スー君
アリスからスー君を押し付けられ……もとい。同行するように言われた後、俺達は部屋を出てスー君と話をする事に。
「久しぶりだねー!シンちゃん!というか、前に会った時は随分と物静かだったのに…キャラ変えた?」
「んー…まあそんなところだ。」
ゲームの時のシンヤを覚えているみたいだが、ゲーム内のシンヤは殆ど喋る事がない。街の人と話す時も設定された会話のみしか行わず、NPCからも同じ回答が返ってくるだけ。その辺の会話がどう記憶されているのかとか分からない事が多いのは間違いないが、考えても答えは出ないだろう。
とにかく、ゲーム内のシンヤを覚えていても、殆ど何も喋らない者として記憶されているのは当然だ。スー君も例に漏れず、シンヤを口数の少ない男だと認識していたようだ。
ただ、スー君を隠しイベント的な何かだと思っていた俺は、その隠しイベントを進めようと何度かスー君に接触しているし、スー君のこの性格だからか、彼は俺に対して旧友のような振る舞いを見せている。
それに対して不満は無いし、俺としても何度か画面越しに見たNPCが目の前に現れているのだから、どこか旧友とまでは言わずとも知り合いのような感覚を覚えている。
スラたんとニルは何となく俺の状況を察してくれているみたいだが、ハイネとピルテは純血種、しかもアリスの側近と知り合いの俺に対して何が起きているのか疑問顔を向けている。
「オイラとシンちゃんは少し前に魔界外で会ってね。何度か話をしたんだよ。シンちゃんは物静かな性格だったけど良い奴でねー。オイラとシンちゃんは仲良くなったって事さ!」
「少し前…ですか。魔界の外に出られていたのですね?」
「オイラはアリス様から色々と頼まれたりするからね。魔界の外へは何度も出ているんだよ。
それと、オイラも同じパーティとして同行するんだから、皆敬語は不要だよ。」
「そ、そんな!!流石にそれは!」
「オイラは外の世界の事も知ってるからね。冒険者が敬語を使わないのにはいくつかの理由が有る事は知っているよ。シンちゃんのパーティに同行させて貰うんだから、そちらの流儀に合わせるのが道理だよ。だから敬語は不要!」
「で、ですが…」
スラたんはともかく、ハイネとピルテには大きな問題みたいだが…
「スー君がこう言っているんだから良いんじゃないか。」
俺もスー君の言葉を後押しすると、ハイネとピルテは申し訳なさそうに頷く。
「それにしても、あの時に会ったシンちゃんが、まさかこんな事をしているなんてねー…世の中巡り合わせってのは有るもんだねー。シンちゃんの口数は増えているし……随分と長く生きてきて楽しい事は一通り体験したと思っていたけど、長生きはするものだね。」
「そんなに喜ぶ事か?」
「そりゃ喜ぶでしょ!喜ぶでしょ!」
スー君は俺の方へグイッと近付いて言ってくる。美形の顔面が目の前に迫ると圧迫感が凄い。
「わ、分かったから近寄るな。そして二回言うな。」
「シンちゃんはオイラのこの気持ちが分からないのかい?!」
尚も近付いて来ようとするスー君の顔面を手で押し退ける。
「分かった!分かったから!」
画面越しで見ていたスー君も、こんな感じで他人との距離感が近い男だった。それが目の前でとなると、画面越しとは比較にならない鬱陶し…圧力だ。
「そんな事より、ランパルドの件はどうなったんだ?」
「折角の再会なんだからもう少しこの時間を楽しもうよ…なんて言っている場合じゃないか。今後の動きを話す前に、ランパルドについてもう少し詳しく話をしておこうか。」
スー君は、それまでの軽いおちゃらけた態度や表情からガラリと雰囲気を変える。
「ランパルドについては前々から吸血鬼族の方でも調べてはいたんだ。反魔王組織って事だし、魔界においては重要度の高い内容でもあるからね。
だから、ランパルドと接触しようとする事自体はそれ程難しい事じゃないんだ。」
「構成員とか拠点とか、そういうのが分かっているって事か?」
「彼等が今まで壊滅せずに活動を続けられている事からも分かると思うけど、その辺のゴロツキの集まりとはわけが違うんだ。しっかりとした組織としての形態と情報網を持っている。だから、オイラ達や黒犬の連中でも、拠点の位置までは見付けられなかった。」
「吸血鬼族の純血種と黒犬を相手にそこまで出来るのって相当凄いよな。」
俺達も黒犬から追われていた立場だからよく分かる。あの黒犬の目から逃れ続けるのはゴロツキ程度に出来る事ではない。
「そうだね。正直かなり凄い事だと思うよ。でも、だからこそ、ランパルドという組織の成り立ちが気になると思わない?」
「……確かにその通りだな。」
魔族は三大勢力の一つとして数えられており、歴史も古い。体験した事や聞いた話から、指揮系統や政治的な部分でも三大勢力の一つとして十二分なものを持っているだろう。
そんな魔族の中枢部の者達にバレずに行動を続けるのは想像の何倍も難しい事だと思う。
もし、それだけの事が可能な組織を作るとなると、それなりの知識や人材等が必要となるはず。手当り次第に探し回って見付かるようなものではない。つまり……
「中枢部に内通者……というか中枢部の何者かが作った組織って感じかな?」
俺の考えがまとまる前に、スラたんが答えを出す。
「流石はシンちゃんの仲間だね。オイラ達もそう考えて、内部の調査をしたんだ。」
「それで…どうだったんだ?」
「結論から言うと、恐らく中枢部の何人かがこの件に関わっているみたいだね。想定はしていた事だったけど、本当にあの魔王様を裏切る者達が中枢部に居るとは思わなかったよ。
魔王様の政策に関して不満を持っている者達は居ただろうし、それが政治だとは思うけど……こういう裏切り方は筋が通らないよね。」
スー君は真面目な顔をしながら、淡々と語っているが、その瞳の奥からは怒りを感じる。
「でも、反魔王組織の活動は悲惨なものではないんだよな?」
「だとしても、反対するならば正々堂々と正面から言えば良い。魔王様はその意見を握り潰すような人じゃない。オイラよりも魔王様の近くに居てそれが分からないわけないんだからさ。」
「それはまあそうなんだが……」
「それはそれとして、僕のイメージでは、そのランパルドって組織が裏で魔王様を操っていると思っていたんだけど…ランパルドと接触してみるという提案をするって事は、そうじゃないのかな?」
スー君の話に区切り付けて、スラたんが話を進める。
「…それについては何とも言えないかな。背後に居る者達がランパルドって可能性は捨てきれないからね。」
「えーっと……つまり、僕達がランパルドに接触した途端、その場で戦闘って事になるかもしれない……って事かな?」
眉をピクピクしながら質問するスラたん。
元々アリスも敵になるか味方になるか分からないと言っていたし間違いではないのかもしれないが…
「当然、そうはならないだろうと考えたからランパルドとの接触を勧めているんだけど…そうなったとしても不思議ではないってところだね!アハハハハ!」
「わ、笑い事じゃないと思うけど……それでも、賭けてみる価値は有るだろうって判断をしたって事は、期待出来るって考えても良いんだよね?」
「勿論さ。オイラが同行するのも、そういう意味を持たせる為のものだからね。」
魔族ではない俺達のパーティに今後を託し、そのパーティに一人だけ同行するという事は…もし、俺達が危険な状況に陥った場合、スー君が一人で足止めをして、文字通り命懸けで俺達を逃がすという役割を担っているという事だ。
勿論、それでも俺達が安全という事にはならないが、アリスが敢えて純血種の中でも側近とも言える立ち位置のスー君を同行させるのには、それなりの理由が有るという事だ。
「…分かったよ。僕もここで覚悟を決めるよ。」
スラたんは一度大きく頷いた後、ギュッと強く拳を握り締める。
「それじゃあ、ここから先の事について説明するよ。」
そこからスー君が話してくれた事をまとめると…
まず、俺達はシーザレンを出て東へと向かう。
シーザレンの東には、多種族が集まって出来ている街、イルクナンクルが在るらしい。イルクナンクルは大きな街で、人の出入りも多いとの事。
このイルクナンクルでランパルドの構成員と接触する事が出来るように段取りが済んでいるらしく、俺達が街に居る仲介人に会えばそのままランパルドの構成員と会えるようになっているとの事。
「オイラはこのまま出られるから、皆の準備が終わったら出ようと思っているよ。」
「それなら、直ぐにでも出ようか。俺達の方は大丈夫だからな。」
スー君との話し合いを終わらせ、その足で城を出る。
スー君の案内を受け、純血地区を抜けると、誰が持って来たのか俺達の馬車が有り、乗り込んでシーザレンの街を東へと抜ける。
シーザレンからイルクナンクルまでは馬車で二日。その間は荒地が続いた後、草原へと入る。モンスターの存在は無く、真っ直ぐに東を目指せば良いだけなので難しい事は無い。
ただ、少し問題…と言う程のものでもないが、小さな問題が発生。
ハイネとピルテとは違い、スー君は純血種。五感も二人よりずっと鋭く、俺達と同じ状況下では不快感を覚える事も多い。
例えば、馬の臭いや日光の眩しさが挙げられる。我慢しようと思えば出来なくはないみたいだが、二日間ずっと我慢させるのは流石に可哀想だ。
という事で、スー君は馬車から少し離れて俺達に同行する事になった。純血種のスー君にとって馬車を走らせた程度のスピードならば問題無く追随出来るし、持久力も問題無いとの事なので好きな様にしてもらう。
野営をする時にスー君を呼んで話をする以外の時間はスー君の好きな様に行動させた。
それ以外の問題は生じる事は無く、俺達は難無くイルクナンクル近くに到着。
「伝えた通り、馬車は外に置いておく事になるけど大丈夫だよね?」
イルクナンクルが見えて来た所でスー君と合流し、中へ入る為の最終確認を行う。
俺達は魔界内では指名手配を受けている状況だ。そんな中、変装しているとはいえ、どうもこんにちはと街中へ入るのは難しい。そうなると、当然正面から入るわけにはいかず変装して内密に街へ入らなければならない。馬車に乗って門から入るなんて自殺行為である。
「ああ。大丈夫だ。」
「それにしても、皆別人みたいだねー…」
俺達の変装を見て、スー君が感心する。
シュルナは居ないが、これまで学んできた変装技術を活かしつつ、シュルナが作ってくれた変装グッズを使えばそこそこの変装は出来る。一般人に見破られる事はないはずだ。因みに、俺達が今回選んだ変装は吸血鬼族。スー君も居るし、全員が吸血鬼族に変装する事で違和感を減らすのと、人族に近い外見という事で選んだ。ハイネとピルテは顔を変える変装だけを行うだけで良いし、手間も少なくて済む。
「そんなに変わったか?」
シュルナの作ってくれる変装は、誰がどう見ても別人にしか見えないという出来だし、俺達の変装は大した事はないように思えるが…
「オイラ達も影に潜んで動く事が多いけど、そこまでの技術を持っている者は少ないと思うよ。大したものさ。」
気付かなかったとは言わないが、変装技術については、かなり上達したようだ。これもシュルナ達のお陰だろう。
「評価してくれるのは素直に嬉しいが……ここからは案内人が来てくれると聞いていたのに、見当たらないのは何故だ?」
「そ、そんな目でオイラを見ないでおくれよ!ちゃんと来るから!ほら!」
泣きそうな表情を作ったスー君がイルクナンクルの方を指で示す。
「………………」
俺は吸血鬼族ではないし、視力は人並み。それ故に、気付いたのはその者がこちらへ向けて手を挙げた時だった。
黒髪に赤い瞳を持つ男性。
黒い外套で体を覆っている為、顔はハッキリ見えないが吸血鬼族の男性で間違いないだろう。
「スカルべ様。お待たせ致しました。」
男は俺達の目の前まで来ると同時に片膝を地面に落として頭を下げる。
「そういうのは必要無いっていつも言ってるでしょ。それより、ランパルドの件は大丈夫なの?」
男が形式に則って頭を下げているのに対し、スー君は手をヒラヒラさせて止めるように言う。
普段のスー君のキャラから見て、こういう堅苦しいのは嫌いなのだろう。
「はい。既に話は通してあります。直ぐにでも。」
俺達がこれから会うのはランパルドの末端構成員という立場の者らしい。とはいえ、ここまで裏に潜み続けた組織なのだから、末端構成員と言っても教育は行き届いているはず。断られてしまうという可能性も考えていたから、取り敢えず第一関門は突破と見て良いだろう。
「それじゃあ案内を頼んだよ。」
「はい。お任せ下さい。」
スー君の言葉を聞くと、即座に立ち上がり街への案内を開始する男性吸血鬼。余計な話は一切無しだ。
イルクナンクルの街は、周囲をぐるりと石の壁が取り囲んでおり、東西南北の四つと、その中間に四つの全部で八つの門が存在する。
どの門も強固で巨大。門兵の数も多く、昼夜問わず人通りも激しいらしい。つまり、俺達が門から入るのはかなり危険という事。
そこで、男性吸血鬼が案内してくれた侵入経路は地下道。有事の際、街の中から逃げる為に作られたもので、いくつか出入口が有るらしい。
当然だが、この地下道は街の者達も把握済みで、こちらにも監視が付いている。
ただ、地下道に付いている監視は人数が少ない上、出入りする者はほぼ無し。故に、この地下道を監視する者さえどうにか出来てしまえば出入り可能という事だ。
そして、この監視役の兵士は、男性吸血鬼によって買収済みとの事。
いくら魔王が素晴らしいとはいえ、兵士全てが忠誠を誓い不正を働かないというのは無理な話なのだろう。こればかりは、人が役を担っている以上どうする事も出来ない問題だろう。
という事で、男の案内によって想像以上にすんなりとイルクナンクルの街へ侵入完了。
「イルクナンクル…大丈夫なのか…?」
こんなにも簡単に侵入出来てしまう街というのは…大丈夫なのだろうか?と思ってしまった時、ついつい言葉に出してしまう。
「アハハ。大丈夫さ。ここは魔界だよ。この街は大きくて多くの種族が過ごす街だ。不祥事を起こせばこの街に居る権力者…つまり、腕に自信の有る者が出て来る。魔界の街はどこでも同じさ。そんな場所に侵入しようなんてのは余程の馬鹿か命知らずだけだろうね。」
「…それだと、俺達は余程の馬鹿か命知らずって事になるが…?」
「アハハ!間違いなく後者だろうね!」
「うぉい!」
スー君は冗談のように言って、俺はそれにツッコミを入れているが、冗談ではなく本気だという事は分かっている。
ここは魔界であり、力が全てという世界だ。外のルールとは違うルールで社会が成り立っている。それを改めて頭に叩き込んでおかなければならない。
そんなこんなで入ったイルクナンクルの街は、古い洋式の街と表現するのが一番分かり易いだろうか。
建物の殆どはレンガ造りで、所狭しと住居が並んでいる。
魔界内でも大きいとされる街の一つに数えられるだけの事は有り、街の反対側は全く見えない。
「デカい街だな…」
「この辺じゃ一番大きい街だからね。その分人も多いし、余計な動きはしないように気を付けてね。」
流石のスー君もこの時ばかりは真剣な表情だ。
男性吸血鬼の後に続き、街の奥へと進んで行くと、周辺の雰囲気が変わるのを感じる。貧民街とは言わないが、あまり治安の良くない地区に入ったのか、歩いている者達の雰囲気も暗いものへ変わっている。
「あまりキョロキョロしないようにね。」
スー君が短くそう言ったのに対し、俺達全員が頷く。
こういう場所を訪れるのも初めてではない。慣れているとは言わないが、勝手は分かっている。
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