第759話 永久の箱

魔族の技術力を手に入れんとする者達と、戦乱の世を嘆き対抗する魔族。

この二つの勢力の戦いは後に大戦と呼ばれる程に熾烈しれつなものとなり、数え切れない程の死者を出したらしい。


世の中がそんな大戦時代に入る少しだけ前の事。


世の中が大戦へと向かう事を、人族側の動きに気が付いていた当時の魔王は予想していた。そして今後、魔族が苦しい時代を生きて行かなければならなくなるとも。


そこで、当時の魔王は後世に現れるであろう魔界を救い出してくれる何者かの為に、ある物を用意させた。

それこそが、ある特殊な紋章眼にのみ反応し開く箱。永久の箱である…という話だ。


「いや、話としては分からなくはないが、魔界を救い出す何者か…なんて、現れるかも分からない者の為に永久の箱は用意されたのか?」


話を聞くに、都市伝説のような話としか思えない。


「ふむ。確かにお主達からすれば馬鹿みたいな話に聞こえるかもしれんの。しかし、本当の話じゃ。

我々魔族の中には、予知を得意とする魔眼を持った種族も居っての。その者達の進言により、当時の魔王が永久の箱を用意させたのじゃ。」


「予知……道理眼の事か?」


道理眼は、オウカ島に住む鬼人族の中でも、鬼皇と呼ばれる一族にしか発現しない紋章眼だ。


「ふむ。よく知っておったの。オウカ島に渡ったとはいえ、そう簡単に知る事の出来るものではないはずじゃが…お主達の事じゃ。オウカ島でも色々と有ったという事かの。」


「まあ…色々とな。」


「お主の言う通りじゃ。昔は鬼人族以外にも道理眼を持つ種族や、それよりも更に明確な未来を見通す紋章眼も存在したのじゃが…まあそれはこの話に関係無い故省くかの。」


「なるほど…その時の魔王が、後々魔族が生き残る為に必要となる何かを箱に入れて隠したって事か。だが、隠すにしてもオウカ島なんて場所に隠す必要が有ったのか?」


オウカ島でもそうだったが、未来を視る事が出来たとしても、それを避けて通れるかは別の問題だ。恐らく、その時の魔族も、既に大戦を避けられない状況だったのだろう。

だとしても、敢えてオウカ島にその大切な物を置く理由が分からない。俺ならば手元に置くとか、近場に置くとかそういった選択肢を取るだろう。


「それについてはワシも詳しい事を知らぬのじゃが、手元に置けぬ理由が有ったらしいの。その時、最も信用出来る者達が鬼人族じゃったという事も聞いておる。

ワシ個人の推論じゃが、鬼人族に認められぬような輩には渡せぬと考えていたのじゃろう。鬼人族が今も同じように考えておるかは分からぬが、義に厚く、真の強さを持つ者達じゃった。故に、その時の魔王は彼等に託したのじゃろうな。」


「……………」


恐らく、永久の箱は厳重に保管されていたのだろう。それを守る守護者として天狗族が居た。それをオボロが殺し、宮殿は半壊。その後俺達が訪れて落ちていた永久の箱を回収…といった流れだろうか。


「何にせよ、その箱が無事に残っておって助かったのじゃ。」


「中身は?」


「それはワシも知らぬ。」


「知らない…?それなのに何で役に立つ物だって言えるんだ?」


「ふむ。それはあの神殿をその目で見たお主達ならば分かるのではないかの?」


「あの神殿を見た俺達なら…?」


「うむ。あの神殿が作られたのは今よりずっとずっと昔の事じゃ。しかしながら、あの神殿に使われておる技術は今の魔族が有する技術より発展した物ではなかったかの?」


「……今の魔族の技術力がどの水準かは分からないが…少なくとも、魔界の外の世界と比較すると何世代か先の技術力が使われていたように感じたな。」


「それは魔族とて同じ事じゃ。古代文明とでも言うのかの。大戦が始まる前、まだ世の中が平和だった時は、魔族の技術力もかなり高い水準であった。その時に作られた物は、今では作り出す事の出来ない最高級品として取り扱われておる。」


古代文明の作り出したアイテム。要するにアーティファクトのような物だろう。そういう物は武器やその他諸々でよく手にしているから分かる。


「その時代に作られた物で、当時の魔王が必要だと感じた物を封じ込めた…それが今の時代に使えない物とは考え難いって事か。」


「うむ。まさにそういう事じゃ。それも希望的な考えも入った上でなのじゃが、使えぬ物が入っているとは考え辛いじゃろう。」


「という事は…箱を開けるのにニルの紋章眼が必要だし、それ繋がりで使える物が入っている可能性が有るって感じか。」


「その時の魔王は、この時代でも自分の子孫が魔族の王として魔界に君臨していることを知っていたのでしょうか?」


「流石にそれは無いじゃろうな。いくら未来を見通せる能力だとしても、そこまでの未来になると可能性が多過ぎて見通せぬはずじゃ。」


道理眼の説明を聞いた時、あくまでも予知というのは未来において可能性の高い物から選び取るという能力であって、それが必ず起こるとは限らないという話だった。それが別の魔眼の能力だとしてもその範疇を超えたりはしないのだろう。


「もし分からずにこの箱を作ったとなれば、最悪開けられる物が居なかったかもしれませんよね?この黒霧眼も絶滅していた可能性はゼロではなかったはずですし…」


「うむ。じゃが、自分の子孫であれば、下手な事に使ったりはせぬという自信が有ったのじゃろうな。まあ、期待を込めての選択じゃったのかもしれぬがの。」


「……………」


「箱の由来は分かったが…結局この箱に何が入っているのかは分からないんだよな?」


「うむ。ワシはその箱の中身を知らぬ。じゃが、今現在の窮地を脱するのに必要不可欠な物である事は間違いないはずじゃ。」


アリスがここまで言い切るという事は、それだけ魔族の作ったアーティファクトが強力だということに違いない。現在のこの世界では作れない技術で作られたであろう物が協力無比である事は俺も理解出来る。八方塞がりの現状を打破するには、永久の箱の中身が必要だということも頷ける。


「…分かった。取り敢えず、俺達はこの箱を開ける事に集中するべきって事だな。」


「うむ。そうしてもらえると助かるの。しかし……思わぬところでこのような収穫を得るとはの…お主達はフロイルストーレ様に愛されておるのかもしれぬの。」


渡人の武器や防具に入っているエンブレムが、フロイルストーレという神を象徴するエンブレムである事はオウカ島で聞いた。今現在フロイルストーレを表す紋章と、昔の紋章では形状が違う事も確認している。そして、ここ魔界では、フロイルストーレが一般的に信仰されている。


「そうかもしれないな。」


俺自身は日本で生まれ育ち、無宗教に近い考えをしている為、アリスの言葉に感銘を受けるという事は無かったが、イベントシステムの事やイベント報酬等、恐らくだがフロイルストーレの恩恵を受けているであろう出来事には見覚えがある。神を信じていないのは変わらないが、一度くらいフロイルストーレについて詳しく調べてみるのも良いかもしれない。


「ふむ。随分と話が逸れてしまったが、オウカ島の者達が元気そうであるならば良かった。それで、鬼人族の者達はお主達に手を貸すのかの?」


「……何でも知っているんだな。」


「お主達は魔族と敵対する神聖騎士団と事を構える稀有な存在じゃからの。色々と調べるのは当然じゃろう。気分を害してしまったのであれば謝るぞ。」


「いや。魔族だって必死なのは一緒だからな。責めたりはしないさ。」


「ふむ。やはりお主は良い男じゃの。ほっほっほっ。」


「そ、そういうのは良いから……」


「ほっほっほっ。」


高らかに笑ってる場合ではありませんよアリスさん…

ニルの方から冷たい空気が漂って来るのは気の所為だろう。うん。気の所為であってくれ。


「それより鬼人族の話だ。結論から言えば手を貸してくれるという話にはなったぞ。」


「ふむ。あの鬼人族を仲間に出来る器であれば、ワシを含め魔族がお主達と共闘する可能性は非常に高いの。勿論、今の問題が片付けば…じゃがの。」


「…何をするにしても、魔王が正常に戻らない限りは話が進まない…か。」


「うむ。」


俺はアリスから返してもらった永久の箱に視線を落とす。


吸血鬼族の援護が貰える事は確定した。これはかなり大きな前進だ。だがまだ足りない。

次に俺達がやらねばならない事は、ランパルドとの話し合いと永久の箱を開ける事。願わくば魔女族の援助…といったところだろうか。


イベントの難易度が上がったという通知だったが……上がり過ぎなのでは…?いや、元々の難易度は分からないしどれくらい上がっているのかは分からないが…


「はぁ…頭の痛くなる状況ばかりだな…」


「ふふふ。そうではない時の方が少ないですからね。」


「うぐっ…」


ニルが笑いながら言った言葉が突き刺さるぜ…


「本当にすまぬの。お主達に頼む内容ではないのじゃが…」


「いや。神聖騎士団を潰すには魔族の助力が必要不可欠。それは最初から分かっていた事だ。それを成す為に必要な事なのだから無関係ではないさ。」


「ほっほっほっ。そう言ってもらえると動けぬワシとしては有難いの。

引き止めてしまって悪かったの。今後とも色々と頼む。援助は惜しまぬし、手を借りたいというのであればワシの方から必要な数の同胞を送り出す。遠慮せずに言ってくれ。」


「ああ。その時はよろしく頼むよ。」


アリスとの話を終え、俺とニルはその部屋を出る。


「随分と気さくな性格の方でしたね。吸血鬼族の長ともなれば魔族の中でもかなり高位の方だと思いますが…」


「堅苦しいのが嫌いな性格なんだろうな。どことなく子供っぽいところも有ったし……長生きの秘訣なのかもしれないな。」


「ふふふ。今度お会いした時は長生きの秘訣をお聞きしてみますか?」


「吸血鬼族の女王に聞く内容じゃない気もするが……笑いながら答えそうな気もするな。」


「ふふふ。」


ニルは小さく笑う。


何となく……何となく、いつもよりニルとの物理的な距離が近い気がする。気の所為だろうか…?


スラたんとピルテの事が有って、俺が気にし過ぎなのかもしれないが……俺も、ニルとの事を真剣に考えておかなければならないよな……


「ご主人様?」


いつも通り、俺の感情の変化に鋭いニルが、下から俺の顔を覗き込む。

廊下の窓から差し込む微かな街の光が、肩から落ちる美しい銀髪をキラキラと飾る。その奥で俺を見上げるサファイアのような青い瞳。


アリスも絶世の美女だったが、ニルはタイプの違う美女だ。改めて、俺のような男にとっては勿体ないと思ってしまう。それを口にするとニルが悲しむから言葉にはしないが、この世界に来てからというもの、ニルを筆頭に人に恵まれている。今では元の世界の人生が嘘だったかのような感覚だ。


「いや。何でもない。また忙しくなるが頼むぞ。」


「はい!お任せ下さい!」


俺の言葉に満面の笑みで応えてくれるニル。


その笑顔を見て、今回の事も無事に乗り越えられるだろうと確信する。


アリスとの話を終え、案内を受けてスラたん達と合流した後、話の共有を行い、その日は城に泊まった。

豪勢なベッドに眠ると落ち着かなかったが、フカフカなベッドで疲れは落ち、スッキリした目覚めを迎えた。


「さて。昨日の約束じゃが、ランパルドとの接触については何とか話がつきそうじゃ。」


「一日と言っていたのに随分と早いな。」


「お主達に任せてしまう不甲斐なさを同胞達も感じておるのじゃろうな。ワシの指示を聞いて即座に動いてくれたのじゃ。

詳しい話は別の者にさせようと思うが良いかの?」


「ああ。」


「それと、一人お主達に同行させようと思うのじゃが良いかの?」


「同行…?」


「本人たっての希望での。無理に連れて行く必要は無いのじゃが、良ければ連れて行ってやってくれんかの。」


「連れて行ってやってくれんかの…と言われてもな…」


ただでさえ危険な旅だ。連れて行ってくれで簡単に連れて行くわけにはいかない。吸血鬼族だし戦闘で足でまといになる事は無いと思うが、連携の事等を考えると簡単には頷けない。それこそ、一人でどうにかなる程強い者ならば良いかもしれないが、そんな強者は純血種だろう。そして、純血種はアリスの子供みたいな存在だろうし、自ら率先して俺達に同行したいと言うような者はいないはず。そう考えると、ハイネかピルテの知り合い、部隊に居た者とかが妥当な線だろうか。


「ふむ……取り敢えず会ってみてはくれんかの。同行させるかどうかはその後に決めてくれても構わん。」


「まあ、会ってみるだけなら…」


「うむ。」


アリスが笑顔で頷くと、俺達の入って来た扉が開き、後ろから一人の男性吸血鬼が入って来る。


長いストレートの黒髪に赤い瞳、黒縁メガネ。整った顔立ちにスラッと背が高く、赤いシャツ

に黒のネクタイとスーツ。Theイケメンというのはこういう人の事を言うのだろうという見た目だ。


ただ、俺はこの男がただのイケメンではない事を知っている。


このイケメンこそ、アリスからも名前が出ていたスー君ことスカルべ-アルダ-ミヒリスター。俺がこの世界をまだゲームとして遊んでいた時に唯一出会った吸血鬼族である。


「チャーっす!!オイラはスー君!シンちゃんのお友達だよー!」


見た目の印象からは全く想像出来ない超軽いノリ。テンションが高く初見だとかなり面食らう。

このスー君はとにかく明るく冗談が好きという性格だ。


「は…はい…」


出会った事の無いタイプの相手だからか、ニルは目を白黒させている。

ハイネとピルテは知っていたのかあまり驚いていないが、スラたんは目が点状態。その気持ちはよーく分かるぞ。俺も予想外のキャラに画面越しに固まったからな…


「お前は本当にいつも五月蝿い奴じゃの。少しは落ち着かんか。」


「え?そうですかね?オイラ落ち着いてると思うんですけどねー。アハハハハ!」


アリスは額に手を当てて溜息を吐いている。


「久しぶり…だな。」


「えっ?!おー!おぉー?!シンちゃんが普通に喋ってくれた!?」


ゲームをプレイしていた時の事を覚えているNPCは前にも居たが、このスー君もその一人らしい。


「五月蝿いと言っておるじゃろう。

このスカルべという男は、こうして五月蝿い奴じゃが腕は確かじゃ。ワシが直接血を分け与え、純血種となった者での。戦闘で足を引っ張る事は無いじゃろう。シンヤとも顔見知りのようじゃし、連れて行ってはくれんかの?」


スー君の事は知っているが、ゲームとしてプレイしていた時の話だ。一応、何かのイベントに繋がるNPCだと思っていた為、何度も接触して話を聞いたが…まさかここで現れるとは思っていなかった。


「いや…そう言われてもな…」


「こ、断るの?!オイラ悲しい!!泣くよ?!泣いちゃうよ?!」


何この圧力…凄い迫って来るんだが…


「シンヤさん。スカルべ様はアリス様の側近の一人よ。戦闘は勿論、アリス様への情報伝達も可能なの。同行して下さるという事ならば、是非にでも同行して頂いた方が良いと思うわ。」


そう伝えてくるハイネの表情は真剣そのもの。


スー君は超癖の有る男ではあるが…戦力的に増強されるのであれば同行してもらう方が良い。それは分かっているが…癖が強過ぎるんだよなー…


「スカルべはこんな奴じゃが、時と場合くらいは考えられる。ワシからも頼む。」


頭こそ下げていないが、アリスから直々にお願いされたとなれば、受けないわけにもいかないだろう。


「……分かった。同行してもらう事にしよう。」


「ヒュー!やぁったぜぃ!」


騒ぎながら踊りだすスー君。とにかく全てが五月蝿い。


「すまんの。じゃが、役に立つのは間違いない。こき使ってやってくれ。」


「ああ。そうさせてもらうとしよう。」


「うむ。スカルべ。ここから先の事は任せるでの。しっかりやるのじゃぞ。」


「ハイ!お任せ下さい!」


アリスに対しての敬意は感じられるが、何故か軽い返事に聞こえてしまう。まあ、暗過ぎてこちらまで落ち込むような奴よりはマシだと思う事にしよう。

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