第764話 ホーローの救出 (2)
アキテラと名乗った母親は、娘であるノールを庇うように俺達との間に立ち、俺達の反応を待っている。
「俺の名前は伝えた通りだ。悪いが大声で言える状況ではなくてな。」
「…はい。事情は分かっております。今現在、この魔界でその名を名乗る者はそういませんから。」
「まあ…だろうな…」
自分の名前が極悪人の名前みたいな扱いを受けているのは何とも言い難い感情になる。みたいなと言うか、今の魔界ではまさに極悪人扱いされているのだから仕方ないが…俺は何もやっていないのに…
「それで……人狼族をお探しだとか。」
「ああ。」
「人狼族と言いましても、この街には多くの種族の方が居ます。」
「そうだな。俺達は…ホーローという名の人狼族男性を探している。」
「……………」
ホーローは人狼族の頭であり、その名を意味も無く出す事は人狼族を敵に回す行為である。それを恐れずに名を口に出すのは、本当にホーローの仲間か、命知らずかのどちらかだろう。
「まだ信じられない…か?」
「……分かりました。少しお待ち下さい。」
ホーローの名前を出すと、アキテラはノールを連れて店の奥へ消える。店の中の者達が何か有ったのかとチラチラ見てきている。常連が多いという話だし、何かあれば
あまり目立ちたくないのだが…
居心地の悪い空間で暫く待っていると、店の奥から戻ったアキテラがこちらへ来るようにと手招きする。
俺達は客の視線から逃げるように店の奥へ。
店は居住スペースも在るタイプの建物で、店の奥は普通の家と変わらない生活空間が広がっている。空間的に広いとは言えないが、生活するだけならば問題は無さそうに見える。ただ、六人も入るとなると少し狭い。
「ここで少しお待ち下さい。」
「…分かった。」
俺達は言われた通り、生活スペースの一部屋で待つ事にする。
ガチャッ…
そして、数分もしない内にその部屋への扉が開かれる。
「まさか、本当にお前達が来てくれたとはな。シンヤ。ニル。」
扉を開けて入って来たのは灰色の毛の二足歩行する狼。右目には縦に大きな古傷が有り、他の人狼族よりも一回り大きな体躯。見間違うはずかない。ホーローだ。
どうやら、俺達の事を部屋の外から見て、確信を得てから入って来たようだ。変装しているから分からないかとも思ったが…
「俺は半分以上狼なんだぞ。匂いで分かる。」
俺が不思議そうにしていたからか、何も聞いていないのに疑問に答えてくれる。
「無事で良かった…とは言えないみたいだが、生きていて良かった。」
「辛うじて…だがな。」
ホーローの体には包帯が巻かれており、所々血が滲んでいるのが見える。スラたんの言った通り、あまり良い状態ではないらしい。強がってはいるが、立っていてもフラフラしているし、話すのもかなり辛いはずだ。
「そんな状態なのに悪いが…」
「ああ。分かっている。詳しい話をしたいが…」
「ここでは流石にか…」
「ああ。」
テューラと話し合いを行った場所と違い、ここは普通の飲食店。建物の構造もそうだが、話を盗み聞きしようとすれば出来なくはないだろう。そんな場所で重要な話をするのは危険だ。魔法で音を遮断する方法も有るには有るが、魔法を使えば必ず痕跡が残るし、ホーローも俺達も追われる身だ。その上でここに痕跡を残してしまえば、間違いなくこの店に迷惑が掛かる。ホーローの表情や視線の動きから、ここに迷惑を掛けるのは避けたいという意志を感じる。
「詳しい話は場所を変えて話すとして……ホーローは何故ここに?」
「そうだな。まずはそこを話すとするか。」
そう言ってホーローが語ってくれた事をまとめると…
まず、ホーローは自分が信用する者と共に情報を集めに向かった。
そこで重要な情報を掴んだところまでは良かったのだが、その後現地の者達に侵入がバレてしまい逃げる事に。
ホーローの信頼していた者が、自分を逃がす為に犠牲となり、現在は消息不明。ホーローの考えでは…情報が漏れる事が無いよう、捕まるよりも死を選ぶ者であり、恐らく、既に死んでいるだろうという事だった。
そうして何とか逃げ出したホーローは、持ち出した情報をこちらへ持ち帰る為、ひたすらに逃げ回ったらしい。
この時、ホーローが逃げている所へ仲間が現れてしまうと、色々と魔王側に悟らせてしまう可能性が高い。その為、仲間に居場所を伝えず、一人で逃げ回っていたらしい。
たった一人で数多の兵士達から逃げ続けるのは超辛いと思う。実際、ホーローも何とか逃げ回っていたものの、何度か追い詰められそうになり、その時に傷を負ったらしい。
治療道具等も無く、死ぬ前に情報を隠し、どうにか仲間に伝えられないものかと考えつつ、この街の近くまで来たところで気を失い倒れてしまったらしい。
そんなホーローを見付けたのが、この店をやっている二人。アキテラとノール。
アキテラの旦那は早くに病で倒れ、亡くなってから暫く経っており、その間、ノールを女手一つで育ててきたらしい。
この店は元々、料理人であった旦那の店であり、売り払って他へ移り住む事も考えたらしいが、旦那の夢であった『自分の店』というのを売る事が出来ず、アキテラはここの店長になる事に。
旦那が残したレシピを元に、何度も食べさせてもらった彼の味を何とか作れるようになり、今では常連客で賑わう店となったらしい。
ノールは、若くして出来た子供だった事も有り、苦労もかなりだったみたいだが、二人を見ていれば仲の良い母娘である事は一目瞭然だ。
そんな二人が、店の買い出しとして街の外に住む知り合いの農家に行った帰り。森の入口に倒れているホーローを見付ける。
酷い怪我を負って倒れている人狼族の男。アキテラは直ぐに危険に巻き込まれてしまう可能性を考えたが、そんなアキテラよりも早くホーローに手を差し伸べたのがノール。
娘が必死にホーローを馬車へ運ぼうとするのを見て、アキテラも腹を決めたらしい。
そうしてホーローを馬車に乗せ、この店へホーローを運び込んだ。二人はこの街には長く居る為、馬車の検査等はほぼスルー状態でホーローの事はバレなかったらしい。
何とかホーローを店に運んだ後、アキテラは医者を呼ぼうとしたが、朦朧としながらもそれを止めるホーロー。アキテラはその反応から、明らかに危険な事に首を突っ込んでいるとは思ったが、それでも彼女はホーローの傷を治療してくれたらしい。
ホーローが傷を見せてくれたが、慣れない手付きで何とか縫ったという糸が見えており、どれだけ頑張ってくれたかはそれを見れば分かる。
その後、ホーローの事を二人は非常に良くしてくれたらしく、怪我の治療の事、危険と分かっていながら自分を匿ってくれている事等、とにかく世話になったらしい。
特にノールは、父親の事を殆ど覚えていないらしく、ホーローを父親のように慕い、懐いてくれているとの事。
ホーローとしては、そんな二人に迷惑を掛けるわけにはいかず、怪我を早く治して出ていかなければと考えていたようだ。
そんなタイミングで来たのが俺達で、アキテラとノールはホーローに危険が迫っているのではと考えてああいう態度になったのだろうという話だ。
「なるほど…まあ、それならばあの態度も仕方がない事だな。」
「すまなかったな。自分の居場所を教えていなかったから、仲間が来る可能性は低いと伝えていたんだ。それに、まさかお前達が来てくれるとは思っていなかった。」
ホーローは暫く一人で行動していたし、俺達が魔界へ入った事を知らなくて当然だ。
仮に知っていたとしても、俺達が動いてホーローの元まで来るとは考えていなかったのだろう。最初に顔を見た時の反応は本当に驚いた故のものだったのだ。
来るとしても人狼族かアマゾネス族。そう伝えていたから怪しまれたのだ。
「経緯は分かった。それで、これからどうするつもりだ?」
「そうだな…とにかく、ここを早く離れたい。あの二人に危険が及ぶのだけは避けなければならない。」
扉の奥で働いているであろうアキテラとノールを見て、ホーローは決意したような表情で言う。
早く離れたいという事は、治っていない傷をそのままに移動を開始する事になる。当然、戦闘は不可能だし、そもそもアマゾネス達の待つ拠点まで辿り着けるのかどうかさえ微妙なところだ。傷が悪化したり、敵に出会って攻撃されたり、危険は数え切れない程考えられる。しかも、どの危険もホーローの命を奪う可能性が高いものだ。
ホーローは、それを分かった上で、自分の死を覚悟してここを離れようとしている。
「それで良いのか?」
「……ああ。俺の役目は得た情報を伝える事だ。それさえ達成出来れば最悪の状況は免れる。そこまではお前達を頼らせてもらう事になるが…」
「情報を聞いて、はいさようならなんて事はしないさ。無事に拠点まで送り届ける。」
「その気持ちは有難いが…こちらの拠点はこの辺りには無い。拠点まで移動するとなると、それなりに時間が掛かるという事だ。俺のせいで主戦力となるお前達を危険に晒すわけにはいかない。情報を聞いたらその場に捨てて行ってくれて構わない。」
「そんな事出来るわけないだろう。」
ホーローの覚悟が決まった表情から、それらの言葉が嘘ではない事を伝えている。そうなると、尚更ホーローの言う通りには出来ない。
「……俺達が相手にしている相手を考えろ。切り捨てなければならないものは切り捨てなければ、勝てる見込みは無くなるぞ。」
「それは……」
ホーローの言いたい事は分かるし、きっとそれも選択肢としては正解なのだろう。いや、それこそが正解なのかもしれない。
それでも、やはり俺には仲間を見捨てるなんて事は出来そうにない。
「…俺だって死にたいわけじゃない。最後まで足掻くつもりではいる。だが、最も重要な事を見失うな。
俺達が命を懸けている理由を考えてくれ。」
「………………」
俺はホーローの言葉に返す事が出来なかった。
「偉そうな事を言ったが、俺達は力を借りている身だ。こんな事を言う資格なんざねぇ。だがよ…俺達はお前達に頼るしかねぇんだ。情けない事にな。」
ホーローは眉を寄せて歯を食いしばる。
「情けないなんて事はないさ。」
「そんな事はない。本来ならば魔王様がああなる前に何とかするものだ。それが起きた時点で既に情けないってものだ。」
ホーローは中枢の人間というわけでもないし、何とも出来なかったと思うのだが…
それに、今回の件については、完全に他人事というわけでもない。
同じパーティとして過ごしてきたハイネとピルテは魔界に住んでいたのだし、ニルも魔族の一人だ。ニルとしては、記憶の殆どが魔界の外であり、奴隷としてのものだから否定するかもしれないが…黒翼族という同族が魔界に住んでいる事は間違いない。
ニルの両親の事も有るし、魔王を救う事が結果的にニルの事を救う結果になるかもしれない。少なくとも、このまま放置して魔界が崩壊してしまえば、ニルの両親どころの騒ぎではなくなってしまう。
加えて、神聖騎士団の事もある。
要するに、魔王の件は、俺にとっても今後を生きる上で最重要な件だということだ。無理をしてでも何とかしなければならない。
「まあ…何にしても、俺に仲間を見捨てるのは無理だ。」
「見捨てろとは言っていないさ。そういう覚悟が必要な時も来るかもしれない…という話だ。」
ホーローは死ぬ覚悟をしているように感じたし、恐らく覚悟を決めている。だから、もしそうなった時…彼は迷わず自分の命を犠牲にしてでも俺達を守ろうとするだろう。
そんな事にはならないようにしなければ…
ハッキリとした答えが出ないまま、俺達は話し合いを終える。
「ホーローさん!」
俺達の話し合いが終わり、その事をアキテラとノールに伝えると、二人が涙を堪えるような顔で部屋へ入って来る。
きっと、アキテラもノールも、ホーローがここを去ると分かっていたのだろう。
俺達は邪魔にならないよう部屋を出た。
「……ホーローさんを無事に皆の元へ帰したいですね。」
「…ああ。」
ニルはそう口にしたが、きっと他の皆も同じ気持ちだ。
全て片付いた後、ホーローがここを訪れる。そんな最上の結果を想像していると、ホーローが全身を覆う外套を着て部屋から出て来る。
店の方は既に閉店したらしく、客はいない。
「もう良いのか?」
「…ああ。」
「……そうか。」
俺もホーローも、それ以上の言葉は交わさなかった。
長居すればする程、ホーローはここを離れ辛くなる。そんな事は明白だったから。
太陽が完全に沈み切った街は、それでもまだ明るく、道行く人々を店の灯りが照らしている。
当然、俺達もその光に触れる事になるのだが、ホーローも俺達も追われている上、ホーローは怪我でろくに動けない。
こんな状態で堂々と街中を歩くわけにはいかず、俺達は出来る限り人目につかないような道を歩く。
勿論、スー君、ハイネ、ピルテ、スラたんに索敵を任せて最警戒状態。相手は魔界では正義とされている魔王の手の者だから、街中でいきなり戦闘を仕掛けて来る可能性も有る為、常に周囲への警戒は怠らない。
それでも、これだけの大きな街で、夜中であるにも関わらず多くの人々が行き交う場所だ。いくら警戒していたとしても、完璧にとはいかない。
その結果……
「おい!そこのお前達!止まれ!」
もう少しで外へ繋がる門へ辿り着こうという時に、高圧的な声に呼び止められる。
外へと繋がる門は、どこも大通りへ繋がっている。外へ出る為にはどうしても大通りを通らなければならない。一応、ホーローも含めて変装はしているが…ホーローは人狼族であり、人型と言うより二足歩行する狼。変装にも限界が有る。
「どうしますか…?」
呼び止められた俺達は、その場で足を止めたが捕まるつもりはない。
呼び止められた位置は門が見える距離。素早く行動すれば、門を強引に突破出来る距離だ。ただ、ホーローはそう素早くは動けない為、誰かが補助する必要が有る。
「スラたん。ホーローを頼む。」
「うん。」
「先頭はスー君が。露払いは頼んだ。」
「はいはーい!」
「走れ!!」
素早く配置を決め、門へ向かって走り出す。
スー君が先頭、その後ろにハイネとピルテ。その後ろにホーローを背負ったスラたん。そして最後尾は俺とニル。
団子状態になって大通りを爆走する。
「おい!待て!!」
後方からは俺達を呼び止めた何者かの声と抜剣する音が聞こえてくる。
俺は走りながら手元で魔法陣を描く。
ニルはそれを見て、盾を持つ手に力を込める。
「何者だ!止まれ!」
門へと走る俺達に向かって、門番が大声で叫んでいる。
「止まれと言われて止まるわけないでしょー!」
相手には聞こえていないだろうが、そんな事を言いながらスー君が正面に向かって魔法を発動させる。
門番と、その周囲に立っている一般人。それらを覆い尽くす黒い霧。
吸血鬼魔法のフェイントフォグだ。
吸い込むと相手を気絶させる黒い霧を発生させる魔法だが……ハイネ達の説明では、フェイントフォグという魔法は風で簡単に流されてしまう為、屋外での使用は難しい魔法だったはず。
実際、ハイネ達に見せてもらったフェイントフォグは、屋外ではその効力を発揮出来ないものだった。
しかしながら、スー君の使ったフェイントフォグは、ハイネやピルテの使うものとは別物と言って良い程霧の濃度と効果範囲を発揮している。
ガシャガシャッ!
黒い霧に包まれた者達は、数秒で気を失い、鎧の音を立てながらその場に倒れ込む。
ハイネ達の使う吸血鬼魔法が弱いわけではない。事実、吸血鬼魔法には何度も助けられてきた。ただ、純粋にスー君の…純血種の使う吸血鬼魔法が超強力なのだ。
ハイネとピルテは、スー君の援護としてスラたんより前を走っているが、正直援護は必要無い。
「後は後ろだな!」
俺は描き上げた魔法陣を発動させる。
「うわっ!」
「くそっ!」
中級土魔法、スワンプフィールド。地面を沼化させる魔法でこちらも殺傷力は無いが、追ってくる相手の足を止めるだけならばこの魔法で十分だ。
後ろから追ってくる者達は、沼に足を取られて動きを止めた。
「突っ込むよ!念の為に息を止めてね!」
スー君の発動したフェイントフォグの効果は、風に流されて殆ど無くなっているが、自爆なんて笑えない為、門に近付くと同時に息を止め、一気に駆け抜ける。
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