第757話 真祖アリス(2)

「何か疑問でも有るのかの?」


「…疑問と言うか……俺達がここに来る前、アンバナン監獄からギガス族の数人と、それを管理していた鱗人族を仲間にしたんだ。」


「ギガス族と鱗人族……」


「説明が難しいんだが、ギガス族も鱗人族も、これから戦うであろう相手に対して有効な力を持っている可能性が有るんだ。それが何かまでは分からないんだが…もしかすると、その精神支配系の魔法に強い耐性を持っているとかかと思ってな。」


「ふむ……ギガス族の者達がそのような能力を持っているかは分からないが、少なくとも鱗人族は強い耐性…と言うよりほぼ効かないと聞いた事が有るの。鱗人族が持つ特殊な鱗は、魔法による干渉を阻害する事が知られておる。その上、人型の種族とは体の構造が大きく違うというのも大きく関わっておるとか。」


「なるほど…相手がそういう魔法を得意とする場合、鱗人族はかなり有能な戦士なるという事か。」


相手の得意魔法が効かないとなれば、それだけでかなり有力なのは間違いないだろう。


「確かにその通りじゃが、鱗人族は数が少ない。戦える者となれば尚更じゃ。」


「やはり、単純な数の差が大き過ぎる…ってのが問題か……でも、吸血鬼族の助力を得るだけでも出来るかどうかって思っていたのに、他の種族からも助力を得るなんて難しいぞ?ツテも無いしな…」


「何を言うておる。ツテならば居るじゃろ。」


「え?」


アリスの言葉に首を傾げる。魔界のツテとなると、アマゾネスくらいだが…


「先程ワシに教えてくれたじゃろうが。アーテン-アラボルじゃよ。」


「アーテン婆さん…?」


「アラボルには娘がいるじゃろ。その娘に会ってみるのはどうじゃ?」


「確かテューラさんだったな。それはアーテン婆さんから聞いたが、テューラさんは反魔王組織であるランパルドに囚われていると聞いたぞ。」


「うむ。それは間違いないの。ワシの方でもそう聞いておる。」


「魔族とぶつかるよりも、そのランパルドの連中とぶつかる方が楽だって話か?だとしたら無理だぞ。そんな時間が残されているとは思えないからな。」


ランパルドと一戦交えるという話になると、その後に魔王を助けるという流れになる。既に魔王が危険な状況かもしれないのに、そんな悠長な事は言っていられない。


「そんな事は分かっておる。そういう話ではないのじゃ。ランパルドについてはワシの方でも色々と調べてみたのじゃが、どうにも単純な反魔王組織とは違うみたいなのじゃ。」


「単純な……ってどういう事だ?」


「ワシにも詳しい事は分からなかった。じゃが、反魔王組織と名乗っておるのに、やっている事がその名前に見合わぬのじゃよ。」


「いや。テューラさんを捕らえた時点でかなり過激な反魔王組織に思えるが…?」


「うむ。確かにワシもそう聞いておるが、テューラの足取りを辿らせたところ、それも本当に正しいのか疑わしくての。」


「疑わしい…?」


アリスの言いたい事がハッキリと捉え切れず、俺は疑問を重ねる。


「テューラの足取りを聞く限りじゃが、どうにも捕まる事を望んでいたように感じるのじゃよ。」


「望んでいた…?いや…ん?どういう事だ?」


「ワシにも詳しい事は分からぬと言ったじゃろう。ただ、素直にランパルドがテューラを捕まえたという額縁通りの話だと思わぬ方が良いかもしれぬという事じゃ。

それに、これからお主達がやる事は、外から見れば反魔王組織と同じようなものじゃ。勿論、ワシがお主達を擁護する。じゃが、負ければワシも同じように魔王に反した罪人として処罰されるじゃろう。であるならば、反魔王組織であるランパルドと手を組むのも一つの選択肢ではないかの?」


「ランパルドと手を組む……」


アリスの言いたい事は何となく理解出来た。

つまり、ランパルドは反魔王組織と言われているが、単純にそれだけではないかもしれない。もし、その理由が俺達にとって納得出来るものであるとするならば、手を組んでも良いのではないか…という話だ。

その根拠となるのが、ランパルドの実際の活動と、テューラの動向だ。


「……もし予想を外していたら、ランパルドと魔王軍どちらからも狙われる事にならないか?」


「うむ。確かにその通りじゃ。」


「その通りじゃって…」


「しかし、このままではこちらに勝ち目が無い事も確かじゃ。」


「いや…まあ…それはその通りなんだが…」


「お主達の懸念はよく分かるのじゃ。ワシとて魔族以外の者にこんな事を言うとは思っておらんかったわ。じゃが、今はお主達に頼むしかないのじゃ。

当然、決定権はお主達に有る。ワシに出来るのは助言のみじゃ。」


「……………」


アリスの言葉が真摯に、俺達を思っての言葉だということは伝わってきている。その言葉は信用に値する言葉だと感じる。


「まあ…俺達に出来ることは限られているからな…やれる事をやるしかないか。

分かった。俺達の方でランパルドと接触してみよう。ただ、ランパルドに接触する方法が無い。」


「それについてはワシの方で何とかするのじゃ。場を整えるのに一日程時間をくれぬか。」


「分かった。」


取り敢えず、今後の方針は決まった。アリスの思い描く通りの結果になるのかは分からないが、一先ず魔王を救い出せる可能性は上がった…と信じたい。


「さて。これでこの先の事は決まったのじゃが…どうやらお主には他に聞きたい事が有るみたいじゃの?」


俺の顔を見て、煙を吐きながらアリスが笑う。


自分では表情に出していたつもりも無かったが、何故分かったのだろうか…?


「ああ。いくつか聞きたい事が有る。」


「ふむ。答えられる内容ならば答えようかの。」


「…一つ目に、変身魔法について聞きたい。」


俺は、ニルの変身魔法についてアリスに説明する。ニルが普通に魔族ならば皆が使える魔法だと思っていた事など、可能な限り詳細に内容を伝える。


「黒い霧に変身魔法か……」


アリスの場合、黒い霧のような物は発生していなかったし、原理は違うものだと思うが、変身魔法自体がかなり珍しいらしいから、同じ変身魔法の使い手として何か知っているのではないかと思ったのだ。


「何か心当たりは有るか?」


「ふむ……」


アリスは煙管から出ている煙に目をやって暫し考える。


豪勢な部屋の中に、少しの時間沈黙が流れる。


ニルの出生については、未だ殆ど何も分かっていない状況だ。俺がこの世界に来て、ニルと出会い、その時からずっと彼女の家族についてどうにかならないかと考えてきた。

ニルの家族がもう亡くなっている可能性や、ニルの事を捨てたという可能性、両親が極悪非道な者達である可能性……悪い予想が何度も頭を過った。

それでも俺は……俺の両親のように、ニルの両親も、どうしようもない状況に陥ってしまい、ニルを手放さざるをえなかったのだと信じている。


世の中には、俺には想像も出来ない酷い親というのが存在している事は分かっている。それはきっと、種族など関係無く存在する事も分かっている。ニルの両親が、そんな親である可能性だってゼロではないだろう。

でも…それではあまりにも救いが無いではないか。きっと、そんな親でもニルは気にしないと言うだろう。俺が居れば大丈夫だと。

でもきっと、ニルの心は傷付いてしまうだろう。ならばいっそ親を探さない方が良いのではと考えた事も有る。しかし、ニルは望まれて生まれてきたのだと、家族というのはもっと素晴らしいものなのだと知って欲しい。


俺は、そんな願いとも言える事を考えながら、アリスの見詰める煙を同じように見詰めて彼女の返答を待った。


「…ワシの使う変身魔法は特別性での。同じ事が出来る者はこの魔界には居らぬ。恐らくじゃが、魔界の外にも居らぬじゃろう。

そもそも、変身魔法というのはかなり特殊な物での。扱える者は限られておる。それこそ、魔眼を持つ者か、我々の使う吸血鬼魔法のように、特別な血統のみが使う事の出来る魔法…血統魔法と呼ばれておる魔法でのみ使えると考えられておる。」


「魔眼か血統魔法……つまり、ニルの変身魔法は特殊な血統であるが故に使える可能性が有ると?」


「魔眼を使っての発動ではないのであれば、その可能性が高いの。」


ニルの持っている魔眼を使うと、変身魔法で出現する黒い霧が出てくる。ただ、変身魔法はニルが魔眼を使い始めるよりずっと先に使っていた。この場合どちらが正しいのだろうか…?


「そうじゃの…お主、魔眼を持っておるじゃろ。」


俺はニルの魔眼についてはアリスに説明していない。アリスはニルが魔眼を持っている事を当然知らないはずなのだが…


「……何故分かるのですか?」


ニルはアリスに対し、魔眼の事を隠そうとはしない。嘘を吐いても直ぐにバレると判断したのだろう。


「ワシは吸血鬼族の中でも特別な存在じゃ。良くも悪くもの。それが理由じゃよ。」


理由になっていないと思えるが…きっとそれこそが理由なのだろう。

話に聞いている真祖アリスは、吸血鬼族の大元であり、純血種ですら持ち合わせない能力の持ち主だ。恐らく俺達が知る能力など彼女の力の一端でしかない。

アリスが俺達と敵対していないからハッキリとは感じられないが、恐らく彼女が敵として目の前に立てば、俺達は何も出来ずに息の根を止められるに違いない。何せ、彼女は数千年を生きている者だ。戦闘経験を含め、俺達のあらゆる経験値が彼女の前では赤子同然とも言える。掌の上で転がされて終わりだろう。

そんな彼女が、真祖アリスだからという理由でニルの魔眼を見抜いたのであれば、それこそが理由なのだ。


「…はい。私は紋章眼を持っています。」


「ほほう。紋章眼とはの。ちと見せてはくれぬか?」


興味を持ったアリスは、少しだけ目を見開き、ニルの瞳に視線を向ける。


「…はい。」


ニルは両目を閉じ、自分の左眼に意識を集中させる。そして、ゆっくりと瞼を開くと、ニルの左眼には、赤く光るアスタリスクを円で囲ったような紋章が現れる。


「ほほう!これはこれは!黒霧こくむ眼とはの!」


アリスは面白いものを見たと笑顔を見せる。


「黒い霧と聞いた時から予想はしておったが、間違いなく黒霧眼じゃの。その紋章眼は魔王の血筋のみが持っておる眼じゃ。かなり希少な紋章眼じゃぞ。」


「やはり、この紋章眼は、魔王に連なる者の眼なのか。」


黒霧眼の事については、前にもエフやハイネ達に聞いたが、アリスが断言するのならば再確認としては十分だろう。


「そうじゃの。その紋章眼を持っているという事は、間違いなく魔王の血族じゃろう。」


「ニルは一応王族って事になる…んだよな?」


「いや。魔王の一族は誕生してから長い。分家も含めればそれなりの数じゃ。現魔王と関係の有る者だとは断言出来ぬじゃろう。中には完全に王族から外れた者達も少数ながら居ると聞いた事が有るのじゃ。」


「つまり、一般人の中にも、この黒霧眼を持つ者が居ると?」


「勿論、この事は秘匿されておって普通には知られておらん。魔王の紋章眼となれば外に情報が漏れるのは避けたいじゃろうからの。それに、黒霧眼を発現した者は、それが王族であろうと民の一人であろうと完全に管理監督されておって情報が漏れる可能性はほぼゼロじゃがな。」


「その管理監督から漏れたのがニルって事か…?」


「どうじゃろうな。お主達の動向を聞くに、黒犬の連中から追われておったのじゃろう?」


黒犬の連中は俺達と言うよりニルを狙って襲って来ていた。その理由として、黒霧眼を持っているからと考えた場合辻褄が合う。合うには合うが…


「ニルが狙われていたのは確かだが、管理監督するだけならば、それを伝えれば良いだけじゃないか?黒犬の連中はニルを殺そうとしていたぞ?」


「魔王が正常であればそうなっておったじゃろう。じゃが、今の魔王は正常とは言えぬ。

魔王を操る者が、何故魔王を操るのか。魔王が魔族の者達に絶対的な信頼を受けておるからというのも一つの理由じゃろうが、もう一つは間違いなく紋章眼じゃ。魔族の中でも黒霧眼は最強格の紋章眼じゃからの。それを間接的にでも手に入れる事が出来るとなれば、これ以上無い程の収穫じゃろうて。」


「つまり……管理監督出来ない魔界外のニルという存在は邪魔になるということか…?」


魔王を操る連中にとって、黒霧眼は自分達が持つ力でなければならない。それなのに、魔界の外に黒霧眼を持っているニルが居る。確かにこれは面白くないだろう。魔界の外で育ったニルに魔界の常識は通じない。黒霧眼の事を伝えても断られた場合、外に黒霧眼の情報が流れ出る可能性すらある。そう考えた場合、殺すのが最も効率的に事を運べると結論を出すのは容易に想像出来る。

ただ、この仮説は、ニルが黒霧眼を持っていると最初から知っていたという大前提が有って成り立つものだ。故に、アリスの推測としては、ニルという存在が黒霧眼を持っているという情報は、最初から持っていた…となったのだろう。


「うむ。黒犬が襲って来た理由としてはそんなところじゃろう。そして、その変身魔法についてじゃが…正直ワシにも分からんの。

恐らくは黒霧眼の能力の一つじゃろうが、そういった能力を持っているという話は聞いた事が無いの。ただ、先に言ったように、黒霧眼についてはその能力全てが知られておるわけではない。勿論、魔王が持っている紋章眼として大まかな能力は一般にも知れ渡っておるが、全てではない。あくまでも、黒い霧が現れている事から推測するに…という事じゃ。」


「……そうだとして、ニルの両親を探す事は可能か?」


「両親じゃと?」


俺はニルの育ってきた経緯や、魔族にも珍しい銀髪についてアリスに伝える。因みに、ニルの銀髪は魔族でも珍しいと聞いて、ニルには髪の色だけ変えてもらっていたが、それを解いて銀髪を見せる。ついでに黒翼族である事実も伝えておく。


「ふむ……その特徴的な銀髪が両親の手掛かりになるかもしれぬの。銀髪というのは魔族でもそれなりに珍しくての。いくつかの種族に特徴的な髪色なのじゃ。

今じゃとサキュバス族に少数と、ヴァルキリー族じゃな。昔は他にもいくつか銀髪の者が居る種族も有ったのじゃが、全て絶滅しておる。」


「この銀髪が遺伝ならば、ニルは黒翼族でありながら、別の種族でもあるって事になるよな?」


「魔界には数多くの種族が混在しておる。両親が別々の種族である事など珍しくはない。」


「……ニルの親のどちらかが黒翼族で、もう片方がサキュバス族かヴァルキリー族って事か。どちらの可能性が高い?」


「数で言えばサキュバス族じゃろうな。ただ、ヴァルキリー族の方は女のみで、子孫を残す為に他の種族の男と番になる故、可能性がゼロとは言えぬじゃろう。

可能性の高さだけで言えば圧倒的にサキュバス族じゃろうな。サキュバス族は他種族とも子を成す上、数も多いからの。」


「なるほど…」


両親を特定するには至らなかったが、両親が黒翼族とサキュバス族、もしくはヴァルキリー族であり、且つ王族の血筋という事が分かればかなり絞られるはず。

実際に探すとなると簡単ではないだろうが、魔王の件が上手くいけばそれも可能となるはず。


「他に聞きたい事は?」


「……ああ。もう一つ聞きたい。」


「うむ。」


「…人族…いや、渡人と吸血鬼の結婚は認められるか?」


「えっ?!シンヤ君?!何言い出してるの?!」


即座にスラたんが反応する。顔は真っ赤だ。


ピルテの方は頬を赤く染めて何も言っていない。ハイネなんか御満悦な表情だ。


「ほっほっほっ!それはそれは!喜ばしい事じゃ!勿論歓迎じゃとも!そこのクルクル髪の男が相手かの?とすると相手はピルテじゃの!」


「シ、シンヤ君?!」


「スラたんだってそのつもりだったんじゃないのか?それとも、余計なお世話だったか?」


「そ、それは…」


スラたんの口から言いたかったと言われると痛いところだが、未だ進展の無い二人の背中を少しでも押せたらという…超お節介である。

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