第756話 真祖アリス

「シンヤさんの交友関係って本当に意味が分からないわね…」


「そ、そうか?」


「そ、そんな事より……その偉いスー君を呼ばわりしているって事は、シラちゃんってもしかして……」


スラたんがシラの言葉を拾い、読み解くと、ハイネとピルテの顔が一気に青くなる。


真祖アリスの側近の事を呼ばわり出来る者など吸血鬼族には一人しかいない。


「ま、まさか……アリス様…?!」


「ふむ。ハイネにしては気付くのが遅かったの。やはり子供相手になると情が深いのじゃな。」


「も、申し訳ございません!」


即座にアリスに対して膝を着くハイネ。


自分が抱き抱えていた子供が真祖アリスだったとなると、軽いノリで話していた相手が実は自分の勤める会社の社長だった!みたいな感じだろうし、超気まずいだろう。


「気にする必要はないのじゃ。ワシが勝手にやった事だからの。それに、この姿ではワシに気付く事も出来まいて。

それに何よりも、ハイネの腕の中はなかなかに良いものじゃったぞ。」


「は、はいっ…」


ハイネとしては何と反応して良いのか分からないのだろう。俺でもそうなるから気持ちは分かる。


「それで、スー君から俺達のことを聞いて真祖アリス様が直々に確かめに来たという事ですか?」


「お主は吸血鬼族ではないのだから敬語など不要じゃ。公の場で気を付けてもらえればそれで良い。スカルべとも仲が良いようじゃしな。」


「流石に吸血鬼族の長に馴れ馴れしくするのは…」


「ワシが構わぬと言っておるのじゃ。そうするが良い。」


「は、はぁ…それじゃあ……スカルべから俺達のことを聞いたって事か?」


敬語を使わずに喋ると、後からハイネが怖い気もしたが、本人が良いと言っているのだから問題無い…はず。


「うむ。無口じゃが優しい男が居ると聞いておる。言う程無口ではなさそうじゃがな。」


「あー…あの時は色々とあってな。」


俺とスカルべが会ったのはゲームの中。つまり、プレイヤーとしての俺しか知らない為、俺が無口な奴に思えたのだろう。


「何にせよ、お主達が悪い連中とは到底思えないのじゃ。それさえ分かればワシは満足での。」


「俺達の事を試した理由は?」


「この街に迎え入れる者としては、お主とそこのクルクル頭の男は強過ぎるからの。ワシ自身で出向くのが一番確実で安全だと判断したという事じゃ。」


「そんなに警戒するようなものなのか?」


「ふむ。お主は自身の力について過小評価し過ぎておるの。まあ、それもお主の味なのかもしれんが。」


アリスは表情を変えずに淡々と状況を説明する。確かにシラという人格とは全く別の人格であり、似ても似つかない。彼女の言っている事は本当なのだろう。


「それにしても…まさか真祖アリスがこんな小さな子供だったとはな…」


「なかなかに愛くるしい姿じゃろうて。残念ながら、この姿は数えるのも億劫になる程に昔の時のものじゃがな。」


アリスがそう言うと、グググッとアリスの体が成長していく。髪は伸び、身長も伸び、胸が大きくなり…オホン。とにかく大人の姿になった。どういう理由か分からないが、服も良い感じに大きくなっている。


見たところ、ニルの変身とは全く別物に見えるが……


「これが本当の姿…というわけでもないが、こちらの方が相対し易いじゃろう。」


成長したアリスは、シンヤの体よりももう少し歳上と言った感じになった。しかも、ニルに勝るとも劣らない程の美人だ。

黒くストレートで長い艶やかな髪。ルビーのような紅い瞳。少しキツめで切れ長の目。薄く瑞々しい唇。スタイルも抜群だ。ニルとは方向性の違う美人で、どこか暗く冷たい感じを受けるが、それでも十二分に見とれてしまうような姿形をしている。


「ほっほっほっ。ワシの姿に見とれてしまうじゃろう?」


そう言って腰をクネクネさせるアリス。見た目が傾国の美女なのに、行動がそれに合っていなくて何とも言い難い不思議な人だ。


「綺麗な事は認めるが…そう言われると素直に認めるのもどうかと思えてしまうな。」


「ほっほっほっ。

しかし、ワシの体の変化を見ても驚かないとは、何か理由でも有るのかの?」


吸血鬼の真祖という事は、見た目はとにかく彼女は既に数千年を生きているはず。経験則なのか頭の回転が早いのか、俺達が変身に驚かない事に疑問を感じ、その理由を聞いてくる。


体の年齢を操作し、隠し切れない強者の余裕が垣間見える彼女は、誰がどう見ても吸血鬼の真祖だ。ここで疑って下手な嘘を吐くのは得策ではないだろう。


「実は…」


俺はニルの身の上も気になっている為、アリスにニルの変身について素直に話し、聞いてみる。


「ほう。黒い霧に体の年齢操作か。」


「何か心当たりは有るか?」


「その黒い霧には随分と苦い思い出が有るからの。当然よく知っておる。」


「本当か?!」


「うむ。本当じゃ。しかし、ここでは人の目が有り過ぎるからの。他に色々と聞きたい事も有る。場所を変えようではないか。」


「…分かった。」


アリスの提案を受け、支度を整え終わると、俺達はアリスの案内で純血地区から真祖地区、そしてアリスの住む城の前までやって来る。


「これが真祖アリスの住む城か。」


「なんかイメージ通りって感じだね。崖の上じゃないけど。」


吸血鬼の住む城!と言われるとどんなイメージを持つかは人によるかもしれないが、俺のイメージでは、崖の端に建っている尖った塔がいくつもあるどんよりした暗い感じの城だ。その城がまさに今目の前に在る。崖の端という事だけを除いて想像通りである。


「なかなかに立派な城じゃろう!皆がワシの為に造ってくれた自慢の城じゃ!」


ここぞとばかりに自慢するアリス。数千歳には見えない子供のような態度は、長く生きる為のコツか何かだろうか。


「確かに立派な城だね…圧倒されちゃうよ。」


「そうじゃろうそうじゃろう!ほっほっほっ!よし!このまま入るが良いぞ!」


城を褒められた事が嬉しかったのか、アリスは上機嫌で中へと入って行く。

俺達もその後に続いて城の中に入る。


外から見た立派な城のイメージは中に入っても変わらず、大きくて美しい装飾のシャンデリアや絨毯が見る人を楽しませる。ただ、どれも城のイメージに合った物になっている為、煌びやかな美しいイメージとは違い、シックでダークな物が多い。五感の鋭さ故になのか、光も最小限しか灯っておらず、薄暗い感じだ。これでも吸血鬼の者達には明る過ぎるくらいかもしれないが、俺達が城へ来るからとわざわざ用意してくれたのか…?アリスが俺達に合流出来たという事は、既に俺達が来ている事は知っていたという事だし…


「さて。話はこの部屋でするとしようかの。」


そう言って通されたのは客間だろうか。高そうな装飾品がいくつも飾ってある部屋だ。デカいソファーとか誰が書いたか分からない高そうな絵画とかが置いてある。


そして、先程までは絶世の美女だったアリスが、またシラだった時のような小さな体に変わる。いや、先程までよりは少し大きく、小学生中学年くらいだろうか。


「さて、話に入る前に……ワシがアリスだという事はもう証明しなくても良さそうじゃの。」


「ここまで来て今更疑ったりはしないさ。」


「うむ。そちらの面々については、ワシも把握しておる故紹介は不要じゃ。

本題に入っても良さそうじゃの。」


「ああ。頼む。」


ソファーに腰掛けたアリスが足を組み、どこから取り出したのか、黒を基調とした、赤の波模様が入った煙管きせるを口にくわえて煙をくゆらせている。

小学生な姿で煙管というのは何とも違和感と言うのか罪悪感というのか…良い気はしないが、本人は数千歳だから何も言えない。


「まずは、ハイネ、ピルテ。二人がアーテン-アラボルを追い掛けて外へ出たというのに、そのアラボルが見えぬという事は、そういう事なのじゃな?」


「は、はい…申し訳ございません……我々が彼女の動向を手にした時には既に……その情報を我々に提供してくれたのが、このシンヤとニルなのです。」


「そういう事じゃったのか。二人はアラボルの死をどうやって知ったのじゃ?」


「実際にその場に立ち会ったんだ。」


「……嘘は無さそうじゃな。という事は、アラボルの奴は死んでしまったのか。」


寂しそうな顔をするアリス。

二人がどのような関係だったのかは分からないが、少なくとも知り合いというだけの仲ではなかったようだ。


「いつになっても、誰かを見送るというのは慣れぬものじゃな。」


「慣れて良いものでもないと思うぞ。」


「それもそうじゃな……して、何か良い知らせは得られたのかの?」


「はい。アラボル様の研究によって、魔王様を救い出せる可能性が僅かながら有るという事が分かりました。」


「流石はアラボルと言ったところじゃな。その可能性を見出す為にどれ程のものを犠牲にし、どれ程の苦行を乗り越えた事か……魔王の馬鹿者が正気を取り戻したならば、その事をワシから伝えてやらねばなるまい。」


「…………」


アリスの言葉に対し、ハイネとピルテは深く頭を下げるだけで返す。


ハイネとピルテにとって、最も敬うべき相手がアリスである事は疑う余地も無いが、魔王の事もまた敬っている為、馬鹿者呼ばわりするアリスの言葉に『はい。』とは言えないのだろう。


それと、魔王が正気ではないという事に対しても肯定的に話をしている事から、アリスも魔王が何者かによって操られていると考えていると分かる。


「ふむ……アラボルのお陰で首の皮一枚繋がったという事か……」


アリスは煙をゆっくりと吐き出しながら、瞼を閉じ、少しの間考えを巡らせる。


「魔王の奴を正気に戻す可能性が有るのならば、それをどうにか成功させるしか魔族の生きる道は無い。いくら険しくとも、アラボルの残した可能性を潰すわけにはいかぬの。」


「はい。」


「アラボルが示した可能性とやらについては、何となく想像出来るのじゃが、その時が来るまで大切に保管しておいて欲しい。」


「アリスに渡した方が良くないか?」


魔王の事をよく知っている様子だし、本人も魔族内では最強クラス。その上手下がわんさか。俺が持っているよりもアリスが持った方が良いように感じるが…


「それは出来ぬのじゃ。ワシはこの街から外へ出る事が出来ぬからの。」


「……??」


「この街を覆い尽くす壁を見たじゃろう?あれはワシが維持しておるのじゃ。ワシがこの街を離れてしまうと、壁が崩壊してしまう。純血種や薄血種の者達ならば死ぬ事は無いじゃろうが、混血種の者達は崩壊に巻き込まれてしまえば死ぬ者も多数出るじゃろう。それは出来ぬ。

ワシがこうして小さな体をしておるのも、壁を維持する為に魔力を消費するから、魔力消費の少ない体型を維持しておるのじゃ。」


趣味で小学生のような体型をしているわけではないらしい。


「…なるほど。アリスにそれを渡しても、使う為に魔王の元へ向かう事が出来ない…という事か。」


「うむ。この街の者達であれば、ワシが街を犠牲にして魔王を正気に戻すと言えば賛同するじゃろうが…」


「それを望むアリスではない事くらい、短い付き合いの俺達でも分かるさ。」


自分の住む城を、誰よりも自慢するのをこの目で見た。それは立派な城を自慢していたのではなく、それを作ってくれた者達を自慢していたように見えた。それ程に自分の配下の者達を大切に想っているという事だ。であれば、ここまで発展した街を捨てるという選択は彼女には出来ないだろう。


「ほっほっほっ。そうじゃ。ワシはこの街を、この街に住む者達を愛しておるからの。」


「街から出られなくて窮屈じゃないのか?」


「愛する者達と共に過ごせる日々を窮屈と感じる事など無いの。それに、ワシはこの血のせいでもっと窮屈な思いをしておったからの。ここはワシにとって天国のようなものじゃ。」


アリスはそう語り、その顔には一片の嘘も無いように見える。


「…そうか。」


「うむ。話を戻すぞ。ワシはここを出られぬ故、お主達が保有するについては詳しく聞かぬ。アラボルの奴がお主達に託したのであれば、お主達が持っているのが最も良いじゃろうしな。勿論、お主達が魔王の奴を救い出すと考えているのであれば…じゃがの。」


「そのつもりだ。」


俺はアリスの言葉に即答する。


「ほっほっほっ。茨の道じゃろうに即答とはの。お主に決まった相手が居らぬならば、ワシが欲しいくらいじゃの。」


その見た目で言われても反応に困る。非常に困る。色々な意味で困る。


「ア、アリス様…」


「ほっほっほっ。冗談じゃ。」


冗談だと口にするアリスの顔に、僅かな嘘の気配が混じっているのは気のせいだろうか…気のせいにしておこう。うん。


「さて。そうなるとじゃ。お主達だけでは今後辛いじゃろう。ワシを含めた吸血鬼族が手を貸すとして…それでも魔王を守る軍勢を相手にするとなると…足りぬの。」


俺達の目的である吸血鬼族の助力をアリスから言い出してくれたのは助かった。これでどうにもならないという状況にはならないはずだ。それでも、相手は魔界の王、魔王を操っている。それを乗り越えて魔王を救い出すとなると、一筋縄ではいかないらしい。


「吸血鬼族が手を貸してくれても難しいのか?」


「吸血鬼は強い。それは間違いないのじゃが、それは魔界に住む他の種族とて同じ事じゃ。元々吸血鬼族は魔族と戦っておったのじゃ。吸血鬼族を止められる武力は揃っておる。それに、戦の時代から幾分か時が過ぎておるでの。寿命の長い吸血鬼族と言えど、戦える者も減っておる。」


「戦闘に参加出来る人数が少ないのか。」


「それでも、参加出来る者はそれぞれが個で一小隊を殲滅出来るような強者じゃ。その強さに疑いの余地は無い。」


「それでも押し切れない程相手が強大だって事だよな…」


「まさにその通りじゃな。お主達の…隠れておる仲間を合わせても、魔王に手が届く可能性はかなり低いじゃろう。」


アマゾネスの皆の事も把握済みらしい。


「そうなると、もう少し仲間が欲しいか…」


「仲間を増やしたいのは山々じゃが、そう簡単にはいかん。今回の件、恐らくじゃが魔王のみならず、その付近の者達も何かしらの…浅い催眠状態のようなものに掛けられておる状態じゃろうからの。」


「被害にあっているのは魔王だけではないと?」


「いくら魔族が力に従順な連中の集まりとはいえ、ここまで魔王がおかしくなっているのに、その側近連中が何も言わないのは、流石におかしな話じゃろうて。」


「まあ…それもそうか…」


「魔王以外の連中は、魔王程の強い催眠を受けてはおらんだろうがの。まあ、催眠というのも、ワシがここまでに得た情報から推測した結果じゃが…恐らく間違いは無いじゃろう。」


手法や状況については確かな情報が無い状態だが、俺達の推測とアリスの推測がほぼ同じ結論に至ったという事は、まず間違いなくそういう事なのだろう。


「推測が当たっているかどうかは分からないが、今後もそう考えて動くべきだよな。」


「うむ。吸血鬼族は催眠や精神に働き掛けるような魔法の類は掛かり難いからの。黒幕が好きに出来ぬ種族を嫌い、吸血鬼族に対してもかなり圧が掛かっておる。少なくとも魔王に近い連中は皆取り込まれておると考えるべきじゃろう。」


「…魔法が掛かり辛い…?」






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