第754話 シーザレン

サイレントフォレストを出て、俺達はそのまま北へ向かって出発。


ハイネ達の話では、ここから三日程進んだ先に吸血鬼族の住む街が在るらしい。


街の名前はシーザレン。街の形状は山のようになっており、その中央頂上部に真祖アリスの住む城が建っているとの事。その城を中心にして、周囲を真祖地区、その外側に純血地区、更にその外側に薄血地区、最も外側に混血地区が在り、どの地区も太陽の光が届かないような環境らしい。因みに、吸血鬼族の住む街はこのシーザレンしかない。


サイレントフォレストを出て、俺達の事を追ってくる何者かが居ないかと気を張っていたが、俺達を追っていた者達は完全に見失ったらしく、スラたんのスライム達でもそれらしい気配は感じ取れなかった。


シーザレンを目指したその日の夜。

馬の疲労を考えて野営をする事にし、目立たない場所で小さな火を起こしてそれを囲む。


ハイネとピルテ以外はシーザレンへ行くのは初めて。その為、まずはシーザレンについてや吸血鬼族について知っておかなければならない事などを確認しておく。


「吸血鬼族の街は、吸血鬼しか住んでいないのか?」


「そうね。基本的には吸血鬼だけね。ただ、ピルテみたいに吸血鬼になる前段階の者達も少数ながら居るから百パーセントではないわ。それに、混血地区には殆ど吸血鬼とは呼べない程に血の薄い人達も居るから、全員が全員私達のような吸血鬼とは言えないわね。」


「他の種族の者達が入って来る事は少ないのか?」


「そうね。全く無いわけじゃないけれど、かなり少ないわね。私達吸血鬼族は、元々モンスターと分類されていたから、未だに吸血鬼族を毛嫌いしている者達は多いのよ。」


「前にも聞いた話だが、聞くだけで気分の落ちる話だな。」


「前も言ったと思うけれど、仕方の無い事だと思っているわよ。いきなり今まで常識とまで言われていた意識を変えろと言われても、そう簡単な話じゃないわ。それが例え魔王様の指示だとしてもね。」


「…僕達はハイネさんもピルテさんも、こんなに素敵な人達だって知っているのに…」


スラたんは眉を寄せて沈んだ表情を見せる。


「ふふ。スラタンがそう言ってくれるだけで十分よ。知らない誰かの中傷なんか何の意味も無いもの。」


「ハイネさん達がそう言うのなら、僕が目くじらを立てる事も無いのかもしれないけど…やっぱり気分の良いものじゃないよ…」


「ふふふ。ありがとう。」


魔界内でも、差別というのが存在しているという事は知っていた。やはり、知能を持つ生物が集まると、差別というのは生じてしまうものなのだろうか。人の深層心理についてなんて分からないが、元の世界でも色々な差別は存在していたし、きっと切っても切れない問題なのだろう。

スラたんの言う通り、悲しい事だとは思うが、最早一国とも言えるような規模の魔界において、その全ての人の感情をコントロールするのは、いくら高い信頼を得ている魔王でも至難なのだろう。


「悲しい事かもしれないが、今は別の話をしよう。」


「ええ。そうね。」


スラたんの気持ちはよく分かるが、今現在、その話よりも重要な話が有る。それを先に確認しなければならないだろう。


「種族間のあれこれが有るなら、街に入る時の検問はそれなりに厳しいんだよな?俺達は人族に入るわけだし、弾かれたりしないか?」


「人族だからという理由で弾かれる事は無いわ。吸血鬼族にとって数人の人族が脅威になるという事はまず有り得ない事だから。」


「シンヤさん達を知っているとなれば話が変わってくるかもしれませんが、それでも検問で止められる事は無いかと思いますよ。

ただ、私達が魔界の外へ出た事は既に魔王様へ伝わっていると思いますので、私達が帰還するところを狙う者達が居るかもしれないという懸念は有ります。」


「来るとしたら黒犬か?」


「それは無いわね。私やピルテのような薄血種ならばまだしも、純血種まで居るシーザレンでは、いくら黒犬でも隠密を貫くのは難しいもの。勿論、そこまでの道中に潜んでいる可能性は有るけれど、スラたんの索敵と私達の索敵に引っ掛かる事無く近付くのは難しいと思うわ。黒犬は隠密術に長けているけれど、私やピルテだって負けてはいないもの。」


「つまり、奇襲を受ける確率は低いって事か。」


「ええ。吸血鬼族は忌み嫌われている種族だけれど、それでもシーザレンという大きな街を作り上げて繁栄しているのは、魔王様のお力も当然有るけれど、吸血鬼族自体が強いという事も大きいのよ。」


吸血鬼族は他の種族に比べて極端に寿命が長く、身体能力、魔力共に優れている。魔族になる前は魔族とやり合っていたという話だし、そう簡単に潰されるような者達ではないという事だろう。


「他に気を付けるべき事は有るか?」


「そうね……絶対に守って欲しい事が一つ有るわ。

シーザレンに入るのは問題無いと思うけれど、その後、私達は街の中心へ向かうわ。」


「真祖であるアリスという人に報告する為だよね?」


「ええ。今回は、アリス様から直々に受けた命令だから、直接アリス様に会って報告する必要が有るの。」


「普通は会えないって言ってたけど、今回は特例って事かな?」


「スラタンの言う通りよ。」


「そうなると、俺達も真祖アリスってのに会えるって事か。」


「そうなるわね。ただ、そこで気を付けて欲しい事が有るの。

絶対に、純血種以上の吸血鬼族の者に対して不敬な事はしないようにお願いするわ。」


吸血鬼族にとって血の濃さこそが全てであり、それが絶対的な上下の関係を作り上げているのは聞いている。故に、ハイネやピルテにとって、純血種と呼ばれる連中は絶対に逆らってはならない相手と言う事になる。言うまでもなく、真祖アリスに逆らう事など許されない。不敬にあたる態度もタブーという事だ。


「僕達は吸血鬼族のとか知らないよ?」


「基本的には人族のそれと変わらないわ。ちがうのは、人族の崇めている神というのが、私達にとっては真祖アリス様だという事くらいね。」


ハイネが真祖アリスを敢えてと言ったのは、それ程吸血鬼族にとってアリスという存在が絶対的であり、大きいという事を暗に伝えているのだろう。


「要するに、純血種の連中と真祖アリスに対しては、特に敬意を持って接しろって事だな。」


「シンヤ君。そこは真祖アリスじゃなくて、アリスだよ。」


「おぅ…そうだったな。」


「街中でアリス様を呼び捨てになんてしたら、全ての吸血鬼族が襲い掛かってくるから気を付けてね?」


「は、はい!」


ハイネは笑顔で言っているが、笑顔を見ている気が全くしない。多分、吸血鬼族全員が襲い掛かって来るというのは冗談でも何でもないのだろう。


マジ気を付けます。


「まあ、基本的に敬意を持って人と接していれば問題は無いなら、そこまで心配する事は無いね。」


「そうね。シンヤさんは少し心配になったけれど、出来ないわけじゃないのは知っているし大丈夫だと思っているわ。

後は、街中で勝手にフラフラしたりしないようにね。私達はマジックローズのお陰で血を吸わずに生きていられるようになったけれど、人によっては吸血衝動を感じる人も居るから…狙われるわよ。」


俺の首筋を見ながら半笑いを見せるハイネ。


「はい!出歩きません!」


元気良く返答した。


怖過ぎます。


「それ以外にも気を付けなければならない事は有るけれど、基本的にそれを守っていれば大事にはならないわ。」


俺の元気の良い返事を聞いて満足したのか、ハイネは俺の首筋から視線を外して普通に笑ってくれる。


それから、街に入った後の細かな動きについて擦り合わせ、翌日、翌々日と馬車を走らせ、やっとシーザレンに辿り着いた。


「こ、ここがシーザレン……」


「陽の光が届かない街だって聞いていたから、どんな構造をしているのかと思っていたけど……」


辿り着いた先に見えたシーザレンという街は、外から見るととてつもなく大きな黒色の卵。そう説明する事しか出来ない形状をしていた。


「太陽の光を遮断する為に、吸血鬼族の血と砂、魔石を砕いた粉を混ぜて固めた壁で街を覆っているのよ。」


ハイネは当たり前のようにそう言っているが、そんな簡単に言ってしまえるようなサイズでは無い。街の規模は大都市と言っても良い規模。その街をまるっと覆い尽くす赤黒い壁…と言うのか殻と言うのか…とにかくスケールが大き過ぎて凄いとしか言えない。シュルナが見たら壁を持ち帰るとか言いかねないのではないだろうか。


「す、凄いね……まさかこんな形状の街が有るなんて思わなかったよ…」


「そんなに驚く事かしら?鱗人族の住んでいた街も似たような形状だったわよね?」


「ぜ、全然違うよ…壁の最長部なんて相当な重さを受けているはずなのに…壊れないのが不思議でならないよ。」


「そこは吸血鬼族の血を混ぜて有りますから。強度については心配要りませんよ。」


「う、うん…?」


スラたんとしては納得出来るような出来ないような…みたいな感覚なのだろう。微妙にハッキリしない返事をしている。

俺も建築についてはよく知らないが、曲線的に物を建てるとなると、垂直に物を建てるよりずっと難しい事くらいは分かる。しかも、それがとんでもないスケールの壁ともなれば想像よりずっと難しいだろう。それを可能としているのが吸血鬼族の血……うーん。納得出来るような出来ないような…という反応になるのは分からなくはない。ただ、実際に目の前に建っているのだから、納得せざるを得ない。


「それより、私達は観光に来たわけじゃないのよ。」


「あ、ああ。そうだな。」


驚きが引かぬまま、俺達はハイネの案内で馬車を街の入口へと向ける。


ガラガラガラ…


馬車を進めていくと、赤黒い卵の殻の裾に、大きな門が見えてくる。


遠くから見ると黒い卵にしか見えなかったが、入口には金属製の扉が取り付けられており、その扉は飾りも何も無く、灯りすらない。あまりにも無骨だ。


「止まれ。」


門の目の前まで馬車を進めると、門の横に控えていた男性の内一人が低い声で言い放つ。


男性の黒い髪、赤い瞳は吸血鬼族の特徴だ。


「珍しいな。」


俺やスラたん、ニルを見て門番の男が短く言う。

言葉が足らない気はするが、吸血鬼族以外の者がこの街に来るのは珍しいな…と言いたいのだろう。


「アリス様の任を受けて戻って来た所よ。この人達はその証人ね。」


ハイネの態度と相手の態度を見るに、門番の男は薄血種だろう。


「アリス様の?」


「ええ。確認してもらって構わないわ。私はハイネリンデ-ヴォル-グエスカ 。こっちはピルテ。私の娘よ。」


「ハイネリンデと言うと、アーテン・アラボルを探しに出た者達か。確かに間違いなさそうだな。」


ハイネとピルテの顔を見て、直ぐに頷く門番。顔を記憶していたらしい。

吸血鬼族の神が与えた任務に就いた者達の顔となれば、覚えていない事こそ不敬にあたる…といったところなのだろう。


「話ではもう二人出たはずだが。」


「……道中で命を落としました。」


二人というのは、ピルテの部下であったサザーナという女性とアイザスという男性の事だ。既に亡くなっており、その時の話は聞いている。


「…そうだったのか。血の祝福があらん事を。」


門番の男性は、そう言うと自分の心臓の上に手を当てて軽く目を閉じる。

人族で言うところのご冥福をお祈りします的な意味だろうか。


「ありがとうございます。」


ピルテとハイネは同じポーズを取って男性へ返す。


それから馬車の中を軽く検査されたが、特に荷物など乗せていない為直ぐに許可が出る。


ズガガガガガ……


許可が出ると同時に観音開きの巨大な扉が開く。


「通ってくれ。」


「ええ。」


門番の男性は、開かれた門にそのまま俺達を通す。


実に粛々と業務をこなす門番だったが、あれくらいの方が信用出来るというものだ。


などと考えていると、馬車は遂にシーザレンの中へと入る。


シーザレンという街を一言で表すのならば、夜の街。と言ったところだろうか。


陽の光が全く入らず、上空を見上げるとそこには暗闇が見えるだけ。しかしながら、街中はほんのりと優しい光が灯されており、実に幻想的に見える。

街並みは中世ヨーロッパ風で、ステンドグラスのような色付きのガラスが多く使われた建築物が殆ど。柔らかな光の中、赤色や黄色、緑色、青色等、様々な色に反射するガラスがチラチラと視界の中に映り込む。

道は真っ直ぐな所が少なく、右に左にと曲がりくねっており、その中を黒髪、赤眼の美しい男女が何人も行き来している。


「こ、これは予想よりずっと美しい街ですね…」


「お、俺も驚いた……」


俺、ニル、スラたんは初めて見る光景に口を開けたまま閉じられなくなってしまう。


海の街や世界樹等、色々と美しい街は見てきたが、シーザレンはそのどれとも違う美しい街だ。


常に暗い街であるが故に、闇の中でこそ美しく輝く街。それがシーザレンという街である。


「飾りも何も無い門とは大違いだね。」


「私達吸血鬼族も魔族となってそれなりの時間を過ごしてきたもの。このくらいは当然よ。」


どこか誇らしげなハイネ。あまり見ないハイネの姿に、こちらまで嬉しくなってくる。


「オホン!それより、ここで立ち止まっている必要性は皆無よ。アリス様の元へ向かいましょう。」


美しい街並みを見ながら馬車を進ませていく。

俺達が居るのは主に混血種が住む区画、混血地区。黒髪、赤眼の者達が大半ではあるが、中にはそれ以外の髪色、瞳を持つ人達もチラホラ見える。ただ、そこに差別のようなものは無く、当たり前のように接し合っている事から、外見で差別が起きているという事は無いと分かる。


「確か、純血地区からは馬車が入れないんだよね?」


「そうよ。次の薄血地区までは入れるから、そこで馬車を預けて徒歩で純血地区へ入る事になるわね。」


純血地区からは馬車が入れない理由については既に聞いている。


五感の鋭い吸血鬼族の中でも、更に鋭い感覚を持っている純血種は、馬の臭いに耐えられないらしい。単純明快な理由だ。


混血地区から薄血地区へと向かい馬車を進ませると、暫くしてから薄血地区へと入る。

それぞれの地区を隔てる壁のような物は無く、いつの間にか薄血地区に入っていたというイメージだが、美しい煌びやかな街並みから少し変わり、少し落ち着いた空気の流れる街へと変わった為気が付いた。


「地区ごとを隔てる物は無いのか?」


「ええ。アリス様の住む真祖地区だけは壁に囲われているけれど、それ以外に壁は無いわ。吸血鬼族にとって、自分よりも上位の存在に歯向かおうとする事は自殺行為に等しいのだから、わざわざ内側に向かって行って悪さをする者なんていないのよ。」


「言われてみればそうか…」


他の種族と違い、上位下位の区別がハッキリしている吸血鬼族の街ならではの構造と言えるだろう。


「馬車を停められる場所へ案内するわね。」


「ああ。」


シーザレンの街並みを思う存分楽しみたいところだが、それをグッと堪えてハイネとピルテの案内に従う。

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