第753話 現状 (2)
「大体の事は分かった。それで、これからはどうするつもりだ?」
ヤナシリの話を聞いて、現状についてはある程度把握出来た。次に考えるべきは今後の事だ。
ここに避難出来たのは良かったが、寧ろ魔王を助けるという俺達の目標には全く届いていない。その結果を得る為、俺達の今後の動きは非常に重要となる。
俺がヤナシリに質問を投げ掛けると、一度口を閉じてからかんがえる素振りを見せ、その後に口を開く。
「まず、ホーローについてはもう少し様子を見ようと思う。こちらの打てる手は少ないからな。下手に動いてホーローの邪魔をするような結果は避けたいし、ホーローならば大丈夫なはずだ。」
ヤナシリがホーローに対して信頼を持っているのは、それだけホーローという男が出来る者だからだろう。ヤナシリが信頼を寄せる程の実力となれば、簡単に捕まる事はないはず。それを信じるのであれば、何も知らせが無いのに動くのはこちらの危険度を上げる行為に繋がる。そう考えての結論だろう。
俺とニルもホーローの事は一度見ているが、頭と呼ばれるだけの事は有る者に見えた。俺やニルよりもホーローを知るヤナシリ達が信じると決めたのならば、それに従うのが良いだろう。
「分かった。ヤナシリがそう決めたのならば従おう。」
「うむ。」
ヤナシリは自分にも大丈夫だと言い聞かせるように大きく頷いた後、もう一度口を開く。
「次に、仲間の数についてだが……可能であれば、大きく数を増やす為にも、やはりある程度数の居る種族を味方に付けるべきだと考えている。」
「とは言っても、それだけ大所帯の種族ともなれば、簡単に魔王を裏切る事はないと思うが?」
「それはその通りなんだが……あてがないわけでもないんだ。」
「それならなんで動かないんだ?」
「そう簡単に決められる相手ではないからだ。もし私の考えるように仲間になってもらえなければ、私も含め、ここに居る者達は一日と待たずに全滅するからな。」
「それは…確かに簡単には決められないな。とは言っても、このまま地道に人数を増やしても焼け石に水だ。一か八かでも動かなければならないと思うが?」
「うむ…分かっている。ただ、我々アマゾネスは既に魔界全体から狙われている身だ。表立って動く事は出来ない。人狼族に頼ろうかとも考えたが、その時にはホーローの姿が消えていてな。頼ろうにも頼れない状況だったのだ。」
「…なるほど。つまり、俺達に動いて欲しいって事か。」
失敗すれば俺達全員が死ぬかもしれない相手に交渉を持ち掛けるとなれば、半端な者に頼むわけにはいかない。その点、俺達は合格という事らしい。
こちらに来て早々に俺達に重い役割を任せるのが申し訳ないのだろう。ヤナシリは少し困ったような顔をしている。
「そんな顔をするなよ。俺達は既に運命共同体だ。セレーナ姫やシャーガだって同じように考えているはずだぞ。」
「うむ。」
「そうですね。」
俺が二人に目配せすると、即座に頷いてくれる。
「…助かる。シンヤにはいつもいつも助けられてばかりだが…今回も助けてくれ。」
「ああ。それで、その相手っていうのは?」
「ああ……それは吸血鬼族だ。
色々と動いていて分かった事だが、どうやら吸血鬼族の連中も何やら動いているらしくてな。恐らく魔王の異変に気が付いて様子を探っているのではないかと考えているのだ。」
他にもそう判断する根拠は有るだろうが、ヤナシリがそう考えていると口にしているという事は、それなりの確信が有っての事だろう。
「…なるほど。俺達に頼むのはハイネとピルテが居る事も関係しているって事か。」
「うむ。あの二人は吸血鬼族特有の黒い髪と赤い瞳を持っている。一目で分かった。同種族の者が居るのであれば、少なくとも話も聞かずに追い返されるという事はないだろう。」
そもそも、ハイネとピルテがアーテン婆さんを追う為に魔界を出るという時、それを許したのは吸血鬼族の真祖であるアリスだ。吸血鬼族は上下関係に厳しい…というか血の濃さがそのまま強さになる為、必然的にそうなっている。その頂点たるアリスが許可したという事は、彼女もこちら側寄りだと考えられる。
アーテン婆さんの事を報告する必要も有るだろうし、他の者が話をしに向かうより俺達が出向く方が話を聞いてくれる可能性は高いだろう。
「そうだな。吸血鬼族については俺達が動くのが良さそうだ。そっちは任せてくれ。」
「助かる。」
俺達の今後の予定は決まった。
「我等はどうすれば良い?」
「ギガス族の者達には、まずしっかりと傷を癒して欲しい。現状、こちらには戦闘に向いた者達が少なくてな。鱗人族の者達も含め、戦力として動ける者は貴重なのだ。」
「それは構わないが、休んだ後はどうする?」
「基本的には拠点の防衛を頼みたい。我々アマゾネスだけでは手が回らなくてな。拠点を探る連中からここを守って欲しい。」
「うむ。任された。」
「鱗人族の戦える者達にも任せたい。」
「はい。」
「それと鱗人族にはもう一つ。武具の作製も頼みたい。」
「武具…と言いますと、我々の鱗を使った武具ですか?」
「うむ。我々だけでは人数分の武具を揃えるのも難しくてな。来る日の事を考えると、やはり武器や防具は必要になる。買えぬとなれば、作るしかないだろう。」
「それは構いませんが…私達は逃げ出して来たので、鱗は持っていませんよ?」
「それについては問題無い。」
シャーガの言葉に応えのは俺だ。疑問顔のシャーガに言葉を続ける。
「実は、皆が逃げると聞いた後、可能な限り鱗を集めておいたんだ。」
鱗人族は、自身の鱗で作った武具を使う事で戦闘力が上がる。それならば可能な限り鱗人族の皆には鱗を使った武器を持って欲しいと考えるのが自然だ。
こうなる事を予想していたわけではないが、使えるかもしれないと考えて、皆から集めた鱗を俺とスラたんのインベントリに収納しておいたのだ。
「本当ですか?!」
「ああ。全員分の武具を作っても余る程度には数が有るはずだ。」
「それは助かるな。我々で保管している分で作ってもらおうかと考えていたのだが、まさかシンヤ達で集めてくれているとは…」
何度も言うようだが、こんな状況になる事を予想していたわけではない。使える物を放置しておくのが勿体ないという貧乏性だったでもあるのだから、ヤナシリが感心したように頷くのを見るのは…かなり気まずい。
「ぐ、偶然だ。それより、武具を作るのならば、シュルナも一緒に動いてもらおうか?」
「ドワーフの彼女か。良いのか?」
「シュルナは戦えないからな。危険地帯を歩き回るより、皆が居るここの方が安全だろう。勿論シュルナを一人で置いていくわけじゃないぞ。」
アマゾネスの皆が居るとはいえ、ここは既に魔界の中だ。シュルナの事を頼まれている以上、彼女達に任せ切りというわけにはいかない。
「ドワーフの腕利き職人が居てくれるならば百人力だ。助かる。」
シュルナ自身、鍛冶の腕を磨く為に来たんだ。彼女もここに残る方が何かと嬉しいだろう。
「これで一通りの目標は定まったな。俺達は俺達で動いて良いんだよな?」
「ああ。吸血鬼族の事についてはシンヤ達に任せる。」
そこからは、その場に集まった者達で細かなルール等を話し合い、擦り合わせを終えたところで話し合いは終了した。
俺とニルは、その後直ぐに皆に情報を共有する。
「私はここで鍛冶をしていれば良いの?」
「ああ。シュルナを連れて行くには危険過ぎるからな。」
「うん。分かった。ここなら皆も居るし、一人でも大丈夫だよ。」
「流石にシュルナの事を頼まれた身として、シュルナだけを残していくわけにはいかない。」
これはシュルナの両親であるシドルバとジナビルナとの約束だ。
「皆も居るし私一人でも大丈夫!って言いたいところだけど…それはシンヤさんに任せるよ。」
「ああ。それじゃあ…」
「シュルナさんの事は僕が守りますよ。」
そう言って手を挙げたのはクルード。
「そちらへ着いて行っても役には立てないでしょうし、僕の戦闘スタイル的には、この森の中の方が戦い易いので。」
クルードとシュルナは昔の縁の事もあって仲が良いし問題は無いだろう。
「私もこちらへ残ろう。」
名乗り出たのはエフ。
「そちらへ行っても私のやれる事は少ないだろうからな。それに……いや、何でもない。」
エフは言葉を濁す。
そもそも吸血鬼族と黒犬はかなり仲が悪い。それはハイネとエフの最初のやり取りでよく分かっている。そんな場所にエフを連れて行くのは危険な上に話し合いを台無しにする可能性が有る…と考えているのだろう。
「分かった。それじゃあ残りの俺、ニル、スラたん、ハイネ、ピルテで向かうとしよう。」
「分かったわ。私とピルテで道案内するわね。ここからだと数日ってところかしら。」
「よし。体を休めて明日の早朝に出るぞ。」
全員が頷き、出発の時間までは自由行動となる。
「ニルー!」
「お久しぶりです!」
「久しぶりー!」
俺達の相談が終わるのを今か今かと待っていたナナヒ達がニルの元へ走り寄ってくる。ニルにとっても友との再会だ。嬉しそうな笑顔を見せている。
「やっぱりニルが大きいと違和感あるなー…」
「変ですか?」
「いや、変じゃないよ。変じゃないけど…」
以前アマゾネスと行動を共にしていた時は、ニルが子供の姿の状態が大半だった。その姿を見慣れているナナヒ達にとって、本来の姿である大人ニルは違和感が有るのだろう。
「小さくなった方が良いでしょうか?」
「いやいや!大丈夫だよ!ニルはニルだしね!」
そんな違和感も、ナナヒ達にとっては瑣末な事。暫くすれば違和感も抜けるだろう。
「それより!久しぶりに手合わせしてよ!」
「そうですね…」
ニルが俺の方をチラッと見てくる。
上目遣い気味に覗き込まれてダメだとは言えない。この視線に抗える者は存在しないだろう。
「体を休めて欲しいんだが…まあ時間はまだ有るし少しくらいなら良いだろう。怪我はしないようにな。」
「はい!」
嬉しそうにしているニル。友との再会で手合わせというのは何とも武人じみた発想だが…まあ当人達がそれで良いのであれば俺から文句は言うまい。
「シンヤさん。」
ニルと共に手合わせしに行ったのはナナヒ、アタニ、チクルの三人だけ。イナヤだけは残り、俺に話し掛けてきた。
「どうした?ナナヒ達の方へ行かなくて良いのか?」
「…私はシンヤさんに成長を見て欲しいです。」
真剣な面持ちで、力強く言うイナヤ。
ナナヒ達四人に色々と助言したのは間違いないが、中でもイナヤとは一番長く訓練をした。そんな俺に腕前を確認して欲しいのだろう。
「…分かった。」
スラたん達に目を向けると、行ってきなよ。と表情で言われ、俺はイナヤと共に少しだけ拠点から離れた森の中へ向かう。
少し歩き、足を止めたところでイナヤと向き合う。
彼女は緊張しているのか、少しだけ呼吸が浅くなっているイナヤ。しかし、変な力が入っているようには見えないし、準備は良いようだ。
「いつでも良いぞ。」
「……行きます!!」
タンッ!!
俺の言葉を聞き、地面を蹴るイナヤ。
地面の落ち葉が舞い上がり、それと同時にイナヤの姿が一気に近付いて来る。
以前に比べて踏み込みの鋭さが段違いに良い。
ギィン!!
イナヤの戦闘スタイルは、曲剣を使った踊りのような攻撃を軸にしているものだ。緩急を付けた攻撃は出が読み辛い。
「はぁっ!」
ギィンッ!ギィィン!ガキィン!
斜め下、斜め上、足元。とにかく色々な角度から次々に繰り出される攻撃は非常に読み辛い。
「はぁぁっ!」
ギィィン!ブンッ!
攻撃の精度、緩急の付け方。どれも昔とは比べるまでもなく良い。
しかしながら、対処出来ない程かと言われると、そこまでではない。
これは……
俺がイナヤの動きを見て違和感を感じた時、イナヤの動きが突然変わる。
「はっ!!」
「っ?!」
ギィィンッ!!
それまでは踊るように攻撃していたイナヤだったが、突然姿勢を極端に低くしたかと思ったら、それまでとは比べられない程の強力な一撃が繰り出される。
俺は刀を滑り込ませ、その一撃を受け止めたが、手に痺れが走る程の重い一撃だ。
アマゾネスが元々持っている筋力に、体重をしっかりと乗せた一撃。
イナヤのそれまでの動きは、成長を感じさせるものではあったが、毎日死ぬ気で訓練を行ってきた者にしては物足りない気がしていた。その答えがこの一撃という事だろう。
敢えて力を抑え、相手に対処出来ると感じさせたタイミングでの強力な一撃。確かにこれならば大抵の者は防ぎ切れずに刃を押し込まれてしまうに違いない。
しかし、俺も遊んでいたわけではない。その一撃をしっかりと受け止め、刃を弾く。
ブンッ!!
そして、イナヤが次の行動に出る前に、俺の刀がイナヤの首元で止まり決着。
「あー!上手くいったと思ったのに!」
「いや。かなり良かったぞ。」
「本当ですか?!」
悔しそうにしたかと思えば、俺の一言で笑顔を見せるイナヤ。
「最後の一撃は凄かったぞ。ここまでよく頑張ったな。」
「は、はい!」
「欲を言えば、あの一撃を止められた、もしくは避けられた場合の事も考えて、次の動きを決めておくべきかな。」
「は、はい…」
笑ってみたり落ち込んでみたり、昔は無表情といった印象のイナヤだったが、随分と変わったらしい。
「だが、総合的にはかなり高得点だ。驚いた。」
「は、はい!ありがとうございました!」
「ああ。」
思っていたよりも、イナヤの成長は大きかった。それだけ大変な生活をしてきたという事になるのだろうが…今は想像よりも強くなってくれた彼女達に感謝しなければならないだろう。
「ご主人様!」
ニル達の方も終わったのか、四人揃って俺達の方へと歩いて来る。
「もー!ニル強くなり過ぎだよー!」
「私達も強くなったと思っていたのですが、まだまだですね。」
どうやらニル達の方はニルの勝ちで終わったらしい。
その後、ナナヒ達を含めて皆で色々な話をした。俺達が魔界を出た後の話をしたり、そこで出会った人達の事を話したり。
いくら話しても話は尽きなかったが、ずっとそうして話をしているわけにもいかない。
明日に備え、俺達は早めの就寝に入る。
「……ご主人様。」
「どうした?」
特殊な形状の葉っぱは、地面に巻いてその上に寝るだけで温かく、フカフカして寝心地も良い。簡単な布を一枚敷くだけで十分な寝床になってくれる。
そんな天然のベッドに横になりながら、隣に居るニルの言葉に反応する。
「私にも、笑って昔の話が出来る友達が、こんなに出来ていたのですね。」
「……ああ。そうだな。オウカ島のセナ達だってそうだ。」
「……はい。」
「俺もニルも、随分と沢山の人に出会ったからな。また会って話をする為にも、どうにか魔王を助けて助力を頼まないとな。」
「…はい。」
ニルの返事を聞いた後、俺達は言葉を交わすこと無くそのまま眠りに落ちた。
そして、その翌日。
「随分と早い出発だな。」
まだ日が昇る前の時間。薄暗い空な上に森の中ともなれば、周囲は完全な暗闇だ。小さな明かりを持ったヤナシリが俺達の見送りに来てくれる。
「あたい達も着いて行きたかったけど…」
「ナナヒ達にはナナヒ達のやる事が有るだろ。直ぐに戻って来るから心配するな。」
「うん…」
残念そうな顔をしているナナヒ達も一緒だ。
「無茶はするなよ。無理だと感じたら直ぐに逃げて来い。」
「ああ。行ってくる。」
どうなるかは分からないが、とにかく行動しなければ何も変わらない。俺達は気合いを入れてサイレントフォレストの外へ向かって歩き出す。
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