第752話 現状
「それで、状況が芳しくないってのは?」
ヤナシリのお誘いトークに対し、横から冷たい空気を感じたが、俺は話題を変えて対処する。
「それについては、皆が集まってから話すとしよう。」
ギガス族の皆も、鱗人族の皆も、魔王の件について協力してくれる。そうなると、ここから先の話は皆で共有しておきたいのだろう。
そこから数分後、セレーナ姫とサーヒュ、シャーガとキャリブルがヤナシリの前に集まる。
「取り敢えず、何も無い小屋だが座ってくれ。」
ヤナシリに言われた通り、俺達は用意されていた椅子に座り、長方形の簡素なテーブルを囲む。
「さて……色々と話さねばならない事は有るが、まず最初に確認しておきたい。
我々の目的は魔王様を操っているであろう何者かを処理する事。これを行う為には、今現在も魔王様の指示を受け動いている兵士達全てを敵に回して戦わねばならない。
正直、勝ち目の薄い戦いだ。既に約束をしてくれているとは聞いているが、今一度聞いておく。
それでも、我々と共に戦ってくれるのか?」
これは、俺やニル対する確認ではなく、ギガス族と鱗人族に対する確認だ。
「我々は魔王様の状況が良くないと考えています。どうなっているのかは分かりませんが、少なくとも平常ではないと。であるならば、少しでもお力添えが出来れば…いえ。魔族の一員として、是非力になりたいと考えております。」
鱗人族代表のシャーガがキッパリと言い切る。
「我々も魔族を頼ってここまで来たのだ。今更魔界の外に逃げても未来は無い。覚悟は決めている。」
ギガス族代表のセレーナ姫もキッパリと言い切る。
「……ここから先に進めば、我々は一蓮托生。生きるとしても、死ぬとしても、それは全員が同じとなる。そして、死ぬ確率の方が高い。
それでも共に来るのか?」
「「………………」」
ヤナシリの言葉は嘘でも大袈裟でもない。真実をそのまま伝えている。
それでも、シャーガもセレーナ姫も、言葉には出ていないが覚悟は出来ていると表情で伝える。
「……そうか。その覚悟に感謝を。」
「必要無い。ここからは我々もヤナシリ族王と同じ目標へと向かう同志。」
「ですね。正直私達のような少数部族が
「……ああ。その通りだな。それと、私の事はヤナシリで良い。堅苦しいのは嫌いでな。」
「では我の事もセレーナと。」
「うむ!よろしくな!」
元々似た者同士なヤナシリとセレーナ姫。気が合うのかもう既に打ち解け始めている。
「おいおい。上手くまとまったのは嬉しいが、俺には聞いてくれないのか?」
俺がヤナシリに向けてそう言うと、半笑いの表情をする。
「我々が勝利する為にはシンヤ達の存在は不可欠だ。つまり……絶対に逃がさんよ。」
「言い方ってもんがあるだろ…」
「あっはっは!それだけ期待しているって事だ!」
「まったく…」
信頼してくれているのは嬉しいが、期待が大きいのもなかなかにプレッシャーだ。
「えーっと……アマゾネスともなれば、魔界外の我々にさえ届くような武勇をいくつも生み出す種族。その長であるヤナシリ殿がそこまで認めるという事は…」
「そう言えば色々と隠したままだったな。」
ここまで来たら隠す必要は無いだろう。
俺とニルは自分達の変装を解除する。
「こ、これは……」
「動きからして変装しているとは思っていたが…」
シャーガ達には一度素顔を見せているから驚いていないが、セレーナ姫と隣に居るサーヒュは目を丸くして驚いている。
ニルの方は殆ど変装という変装をしていないから驚きは少ないだろうが、俺の方はお爺さんから青年だ。まるで別人と言って良いだろう。
「まさかここまで完璧に変装しているとは…」
「腕の良い職人がいてな。」
俺は離れて休んでいるシュルナに目を向ける。
俺が変装を解いたのを見て、ハイネ達も変装を解き、周りの人達がギョッとしているのが少し面白い。
「はー……凄いものだな。これがドワーフの技術か。」
「よくドワーフだと分かったな?」
シュルナはドワーフではあるものの、人族の子供と言われても普通は分からない容姿だ。
「人族の子供にしては力が強過ぎるからな。」
「あー……」
言われてみると、道中シュルナは荷物を持ったり何だりと力仕事を手伝っていた。冷静に考えれば直ぐに分かる事だったが…気が付かなかった…シュルナ自身も普通にお手伝いした感覚だろうから…
「き、気を付ける…」
「人目に付かぬように行動していたし気が付いている者は少ないはずだ。そう気落ちするな。」
俺もだが、ニルも気が付かなかった事にショックを受けているらしく、俺の隣でこの世の終わり…みたいな顔をしている。後でフォローしておこう…
「それで、話は戻るが、俺達は…」
「黒髪の刀使いに銀髪の奴隷。神聖騎士団の連中に喧嘩を売っている黒衣の刀使い。あの噂はお主達の事であったか。」
俺が自己紹介をする前に、セレーナ姫が言葉を並べる。
「やっぱりそんな噂が有るんだな…」
何度か耳にしたが、どうやら既にかなり広い地域に俺達の事が知れ渡っているらしい。
「我々はここに来る前、ずっと魔界の外を逃げ回っていたのだ。最近噂の人物ともなれば逃げ回っていた我々の耳にも入る。
我々を救い出した手腕やその後の事。魔族の中でも近接戦闘最強と言われるアマゾネスの族王と親しい仲。そこらの冒険者ではない事くらい分かっていたが、まさかそんな有名人が我々の命の恩人とはな。」
「有名人か…」
なりたくて有名になったわけじゃないのが悲しいところだ。
「そうなると、俺達の自己紹介は殆ど終わっているな。その噂の当人だ。」
「話では二人で行動していると聞いたが、今は二人ではないのだな。」
「色々とあって、皆が仲間になってくれたんだ。腕前は心配しないでくれ。シュルナ以外は戦える。」
クルードも単身でSランクにまでなった強者の一人。本人は恐れ多いと言うかもしれないが、ここまで行動を共にしてその強さはよく分かった。
卓越した戦闘力は無く、個としての強さは俺達に劣るものの、個としての動きを誰よりもよく理解している。攻め時、引き際、自分の力量を正確に認識し、相手の力量を正確に把握する。
それだけ聞くと世渡りが上手いだけのように聞こえるかもしれないが、冒険者にとって最も大切な事は生きて帰る事。それを行う上で必要とされる技術や知識は俺達以上に持っている。故に、彼が本気で生き残り、戦おうと決めたならば、単純な戦闘力の高い者より厄介な存在になるはずだ。
そんなクルードを戦えないとはとても言えない。
「噂のシンヤが認める者達ともなれば、かなりの腕前だろうな。私も剣を交えてみたいが…」
「姫様!」
「分かっている!こんな状況でそんな事をする程馬鹿ではない!」
すかさず
「あっはっは!全てが終わった後にでも手合わせすれば良い!」
「…それもそうだな。」
何故か微笑んでいるヤナシリとセレーナ。
それを見ながら苦笑いするだけのシャーガとキャリブル。
………この空間怖い。
「さてと。互いの事は分かっただろうし、そろそろ本題に入るとしようか。」
ヤナシリが本題を切り出すと、その場に居た者達の表情が引き締まる。
「まずは、我々アマゾネスが行っている事について話そう。」
ヤナシリがそこから話してくれたのは、俺達が魔界を出た後の事だった。
ヤナシリ含め、アマゾネスは堕ちた貴族と呼ばれ、迫害の対象となってしまっている魔界において、彼女達の取れる行動は限られていた。
まずは魔界内でも安全に過ごせる拠点の確保。
これだけでもかなりの時間を取られてしまったらしいが、事を安全に、そして確実に進める為にはどうしても必要な事であった為、慎重さを第一に考え、時間を掛けてでも拠点を定めたらしい。
因みに、拠点は魔界内にいくつか点在しており、ある程度広く行動出来るようになっているとの事。
次にアマゾネスが行ったのは仲間になってくれそうな者達の勧誘だ。
しかし、これも困難を極めた。
そもそも目の敵にされているアマゾネスに力を貸そうという連中は少なく、その上、魔王を裏切る形でアマゾネスに手を貸す事になるとなれば、いくら魔王がおかしいと感じていてもなかなか踏み出せない。余程の覚悟が無ければアマゾネスの手を取る事は無いという事になる。
それでも、彼女達の手を取った者達は居て、少ないながら、覚悟の出来ている者達が集まっているとか。
魔王の配下と数だけを見れば
「手を取ってくれた者達はいくつか在る拠点に散らばって勧誘をしている。勧誘している事を悟らせないよう慎重に動いているから、数の増加は緩やかだが、少しずつ増えているのは事実だ。」
「魔王様がおかしいと感じているのは我々だけではないという事ですね。」
「その通りだ。まあ、これだけ正反対の事をやっていればおかしいと感じるのが当然だと思うが…」
「それでも魔王様を裏切るという選択は難しいでしょう。」
「ああ。なかなかに難儀だ。
数が増えたとはいえ、魔王様の軍と事を構えるにはまだまだ全然足りていない。」
慎重に動かなければならないという制限が有る中で、出来る限りの事をしているのは間違いない。ただ、その出来る限りという範囲があまりにも狭い。
ねずみ算式に増えていくとしても、このまま仲間を集めていては、決起するのが何年後の事になるか分からない。
「正面からぶつかる必要は無い。少数は少数なりの戦い方をすれば良い。」
「それは分かっている。だが、どちらにしても数は必要だろう。」
「それはそうだが…」
今現在こちらの陣営は、俺達、鱗人族、ギガス族、人狼族、そして勧誘してきた者達だけ。
数で言えば、恐らく二百人程度。少数なりの戦い方をするにしても数が少な過ぎると言いたいのだろう。
「色々と試してはみたが、なかなか思うようにはいかなくてな……こちらを任されていたのに申し訳ない。」
「謝るなって。精一杯の事をやっている事くらい分かる。」
俺達は、魔界の内側をアマゾネスが、外側を俺達がと決めて魔界を出た。それ故に内側の事は聞いている以上の事は分からないが…それでも、ヤナシリ達が懸命に駆け回ってくれていたであろう事は容易に想像出来る。状況が悪いのは最初から分かっていた事だ。ヤナシリを責めるつもりなど微塵も無い。
「しかし、数を揃えようとするならば……どこかの種族ごと仲間にするしかないだろうな。」
「やはりそう考えるか。」
数の多い種族を味方に付ける事が出来れば万々歳だが、そうはいかないだろう。となると、鱗人族のような数の少ない種族を取り込むのが良いはず。ヤナシリもその結論には至っていたようだ。
「既に勧誘済み…か?」
「まだ全ての種族に声を掛けたわけではないが、そう都合良く事が運ぶはずもなく…って話だな。」
「それもそうか…」
「今後も極力種族ごとに声を掛けてみるが、あまり期待しない方が良いだろう。」
勧誘は徐々に進んでいるものの、大きく数を取り込むのは難しい。どん詰まりという程ではないしにしても、芳しくないのは確かだ。
「まあ、これについてはまた後々話し合うとしよう。
次はホーロー達人狼族の動きについてだ。」
ホーローはアマゾネスに手を貸してくれている人狼族の頭だ。アマゾネスが表立って動けない為、表の動きはホーローとその仲間で担ってくれている。
「何か情報を掴んだという話は聞いたが…」
「我もまだ詳しくは知らぬが、かなり重要な事らしい。全てが分かるまでは誰にも話せないと言われて何も聞いていないのだ。」
「…随分と慎重だな。」
「それだけ重要な事柄なのだろう。ただ……」
そこでヤナシリの表情が曇る。
「どうした?」
「実は、ここ暫く、ホーローとの連絡が取れていない。
かなり危険な橋を渡っていたらしく、何人かの犠牲者も出たと言っていた。それでも調べなければならないと危険な橋を渡り続けていたからな…」
人狼族の頭が音信不通の行方不明。これは確かに良くない状況だ。
「何か手掛かりは?」
「我も詳しい事は知らぬが…最後に話を聞いた時、今回上手くいけば話をすると言っていた。」
「情報と証拠を掴んでいた…って事か?」
「うむ。そうだと考えている。」
「………………」
俺も一度ホーローを見たが、頭と言うだけの事は有り、かなり強そうな姿をしていた。そんな彼が簡単に死ぬとは思っていない。
それに、人狼族は戦闘に長けた種族。その頭を殺したとなれぼ残された人狼族の皆が黙っていないはず。そうなっていないという事は、身動きが取れない状況に有るのか、何かしらの理由で敢えて動いていないのかのどちらかだろう。
「ホーローは十中八九生きているはずだ。身動きの取れない状況ならば助けが必要か…」
ホーローが何かの情報を手に入れているのは間違いない。そして、それは今回の件においてかなり重要な事項のはず。一刻も早く助け出したいが…
「我々とて同じことを考えていた。だが…場所も何も分からないのだ。最後に訪れた場所は分かっているが、そこから考えるにしても魔界は広過ぎる。もし隠れているのだとすれば、我々の動きが寧ろホーローの邪魔になるかもしれん。そう考えると動けなくてな。」
ヤナシリの言う事は最もだ。ホーローの状況によっては俺達の動き方が百八十度変わる事も有り得る。無闇矢鱈に動く事でホーローを逆に危険に晒してしまう可能性も有る。
「確かに芳しくない状況だな…」
「うむ……」
俺とヤナシリの話を横で静かに聞いていたセレーナ姫とシャーガにも、現状については十分に伝わっただろう。その証拠に、皆どうするべきかと頭を横に傾けている。
「最後に向かった場所へ行って手掛かりを探すのはどうだ?」
「そうしたいのは山々だが、最後に向かった先がかなり厄介な場所でな。」
「厄介な場所?」
「魔王城の書庫…だ。」
「おいおい…」
まさか、敵の本丸も本丸。魔王城とは…
「我も危険だからやめろと言ったのだがな…」
「そこに情報が集約しているのは分かるが…いや、それを今言っても仕方が無いな。
もし捕まったのだとしたら、助け出すのは不可能に近いぞ?」
魔王城となれば全ての戦力が集結している場所だ。アンバナン監獄のようにはいかないだろう。助け出せるとしたら、俺達が事を起こして魔王城に攻め入る時になる。
「流石に探し物をするには危険過ぎる場所だな。」
豪気なセレーナ姫でも難しいと口にする程の場所だ。
「捕まってはいないと信じたいところだが…」
「と、取り敢えず、それについては調べてみよう。捕まっていなければどうにか合流出来るかもしれないからな。」
「うむ…」
ヤナシリとしても頭の痛い話らしい。少し困った顔で頷いている。
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