第749話 グランドメイズ

「相手は精鋭ってわけじゃないみたいだし、蹴散らすのは難しくないとは思うよ。足止めは必要だと思うけどね。」


「そうなると、突破する役割と、後ろで足止めをする役割に分かれた方が良さそうだな。」


「足止めはあたい達でやるよ?」


「それだとサイレントフォレストの案内が出来ないだろ。」


「言われてみればそうだった!」


衝撃の事実!みたいな顔をしているが、そんな大層な話ではないぞ。ナナヒよ。


「ナナヒ達は先頭を頼む。全員をなるべく安全にサイレントフォレスト内へ連れて行ってくれ。足止めはこっちで何とかする。」


「うん!分かった!それで、どのタイミングで出るの?」


「出来ることならば暗くなってから出たいが…」


空を見上げると、まだまだ昼にも遠い位置に太陽が見える。


「太陽が沈むのを待ってたらかなりの数に囲まれちゃうよ。」


「だろうな。それを考えると、出来る限り見付からないようにってのは無理か。かと言って素直に真っ直ぐサイレントフォレストに逃げ込めば、サイレントフォレストの捜索が始まって見付かるのは時間の問題。更に折角ナナヒ達が作った拠点もバレてしまう事になりかねない。」


「ふっふっふ。」


俺が思案していると、ナナヒが得意気な表情を見せながらわざとらしく笑う。


「何かいい手が有るのか?」


「うん!その為の私達だからね!」


「その為の…?」


「ここからサイレントフォレストまで向かうってなると、一つ大きな難関を突破しないといけなくてね。」


「難関と言うと?」


「グランドメイズっていう場所を抜けないといけないんだよ。」


グランドメイズ。大地の迷路…ってところだろうか。


「なかなか厄介そうな場所だな。」


「うん。この荒地はかなり広くてね。東西南北、あらゆる方向に伸びているの。その中に、雨水によって削られ、天然の迷路みたいになった場所が在って、そこをグランドメイズって呼んでるの。」


「ナナヒ達が居たマニルテ荒野に在った蟻の巣みたいなものか?」


「あれは地中に伸びた迷路だったけど、こっちは地表に続く迷路。まあ、似たようなものだけどね。」


「荒野とかには、そういう場所が生成し易いのか?」


「木々が無いから、雨で土が流され易いんだよ。水の流れる道が、そのまま迷路みたいになるんだって。」


「なるほど。」


荒野と共に生きてきたナナヒ達にとっては、当たり前の事なのだろう。


「私達は元々マニルテ荒野に住んでいたからね。そういう迷路みたいな場所の探索は得意。だから、時間を掛けてここのグランドメイズもしっかり調査したんだ。」


「まさか…迷路をマッピングしたのか?!」


「ふっふっふ!凄いでしょ?!」


話に聞く限り、そのグランドメイズという場所を経由してサイレントフォレストに入る事で、相手を上手く躱せるという意味だ。つまり、同じ魔族でも迷うようなグランドメイズという事になる。当然、簡単にマッピング出来るような構造ならば、相手を出し抜くのは無理。かなり大掛かりで複雑な場所のはず。それをマッピングなんて、気の遠くなる話だ。


「凄いなんてもんじゃないな…」


「大変だったけど、グランドメイズを上手く使えば、サイレントフォレストだけじゃなくて、色々な場所に見付からずに移動出来るからね。私達の生命線になるからってヤナシリ様が最優先で調べさせたんだ!」


ヤナシリというのはアマゾネスの族王。なかなか豪快な性格ではあるが、生き残った少数のアマゾネス達を必死に守り抜いてきたという族王だ。こういう場面での嗅覚というか、何が大切なのかを見分ける力は他の種族の族王に比べて高い。グランドメイズを調べさせた事が何よりの証拠だろう。逃げるにしても、移動するにしても、そういった他人が入るのを躊躇う場所にこそ活路が有る。それを即座に理解したのだろう。


「流石はヤナシリってところか。」


「という事で、私達が先導してグランドメイズを抜けるよ。足止めの人達も私達が居ないと抜けられないから、私とチクルが先導役。アタニとイナヤが足止め役に回るね。」


「それは助かるな。頼む。」


「まっかせて!!」


ポヨンと胸を叩くナナヒ。アマゾネスは女性だけの種族で、体付きは皆非常に良い。色々な意味で…


俺はよろしくない考えを頭から追い出しつつ皆の元へ戻り、グランドメイズに入る事を通達。


足止め役に入るのは俺、ニル、ハイネ、ピルテの四人。それに加え、ギガス族から数人の計十人と、アタニにイナヤという事になった。


「グランドメイズに入ると聞いたけれど、本当に迷わずに抜けられるのかしら?」


役割が決まり、細かい擦り合わせを行った後、ハイネとピルテが俺の元へやってきて疑問をぶつけてくる。俺…と言うよりは、横に居るアタニとイナヤに向けての質問だろう。


「私達の事が信用出来ないとと言いたいのですか?」


ハイネの言葉に対し、少しムッとした表情で答えたのはイナヤ。彼女はクールであまり感情を表に出さないタイプだが、感情に振り回されてしまって実力を発揮出来ないという悪癖を持っていたりする程に秘めた感情が強い。

俺達と別れる時には、その感情もコントロールしつつあったし、今ではかなり上手く感情をコントロール出来ているはずだが…


「そんな事は言ってないわよ。ただ、グランドメイズと言えば、魔族なら誰でも知っている大迷路よ。そこを迷わず通り抜けられると聞いて、なるほどと納得するのは難しいわ。」


俺は見た事が無いから分からないが、ハイネがそこまで言うという事は、かなり大きな迷路なのだろう。


「私達は魔界に戻ってから何度も探索を繰り返してグランドメイズを調べ上げました。全ての道を網羅したわけではありませんが、通り抜ける程度ならば可能です。」


ぶっきらぼうに言い放つイナヤ。


いつも冷静なイナヤにしては珍しい。俺達と別れてから変わったのだろうか…?


「あらあら…嫌われてしまったかしら?」


「べ、別に嫌っているわけではありません。」


「……イナヤはシンヤさん達を盗られたと思ってねているだけ。気にする必要は無い。」


ハイネが困っていると、ボソリとアタニが呟く。


「あらあら。ふふふ。」


「なっ?!アタニ?!」


慌ててアタニに顔を向けたイナヤが口を開いたり閉じたりしている。


「…本当の事。」


「アタニ!!」


イナヤの顔を見て更に追い打ちを掛けるアタニ。

イナヤより更に口数が少ないアタニだが、こうしてボソリと鋭い事を言う。今回はイナヤを標的に定めたらしい。


「ふふふ。シンヤさんもモテモテね?」


「そ、そんな話ではなくてですね!」


「私もイナヤもシンヤさんから剣を教わった弟子。師匠が女性に囲まれていて面白くない。イナヤはそう言いたい。」


「ふふふ。そういう事だったのね。ごめんなさいね?」


イナヤの不機嫌の理由はそういう事だったのか…というか、弟子だと思ってくれていたとは…

悪い点を教えて、その改善策を与えただけだったし、剣を教えたわけじゃない。師匠と呼ばれる程大した事はしていなかったはずだが…義理堅いアマゾネスだからだろうか。師匠と呼ばれるのは少し気恥しいが、嬉しくもある。


「……アーターニー?」


「や、やり過ぎた…」


アタニを追い掛けるイナヤ。


イナヤはクールな性格だったが、昔より感情を外に出すようになったみたいだ。内に溜め込むのではなく、外に出す事で感情のコントロールをしているのだろうか。良い傾向だと思う。イナヤの髪飾りが八つに増えたのが良い証拠だ。


「ほら。二人とも。そろそろ真面目に話すぞ。」


「あ…は、はい!」


慌てて戻って来るアタニとイナヤ。少し恥ずかしそうにしているのは、俺達と再会出来て浮かれていた自分が恥ずかしくなったのだろう。

イナヤ達四人はニルと歳も近いし、歳相応だと思うから恥ずかしがる必要は無いと思うが、そうも言っていられない状況でもある。何とも恨めしい事だが、状況に文句を言っても何も変わりはしない。


「イナヤ。アタニ。足止めの後の案内は二人に任せる。足止めは俺達の方で何とかするから、二人は援護に徹してくれ。」


「私達も戦えます!」


イナヤが拳を握り言い放つ。自分達も強くなった。そう言いたいのだろう。


「分かっている。だが、俺達を案内出来るのはアタニとイナヤだけだ。二人に何か有れば俺達全員がグランドメイズに閉じ込められる事になってしまう。相手を誘い込んでおいて自分達も出られないなんてマヌケな状況になるのだけは御免だ。」


「た、確かにそうですね…」


「二人の強さを疑うわけじゃない。だが、今回ばかりは援護に回ってくれ。」


「…分かりました。」


少し不服なところは有るみたいだが、イナヤもアタニも了承してくれた。


「よし!準備は出来たな!そろそろ出発するぞ!」


先頭からセレーナ姫の声が聞こえてくる。時間のようだ。


ナナヒ、チクルが先頭となり、全員がゾロゾロと谷間を進む。

少しの間谷間を進んで行き、いくつかの分かれ道を通り越すと、グランドメイズが目前に現れる。


「これは…」


「圧巻…ですね…」


ニルも自分の目を疑う程の景色。


グランドメイズ。


荒野の中に形成された天然の迷路。


雨水により削られた地形が作り出したのは、ほぼ垂直に伸びる数十メートルから百メートルにも達する壁。厚さは数メートル。そんな壁が複雑に、入り組み、広大な大地に広がっている。俺達から見ると、グランドメイズは足元の更に下。つまり、地面を抉るように形成されている。要するに、グランドメイズを上から一望出来ている。

壁の頂点部は刃物のように尖っており、そこに乗るのは不可能。勿論、飛んで降りるなんて自殺行為だ。魔法を使えば…とも考えられるが、雨水で削られた壁が魔法の衝撃で壊れないとは限らない。実際、見える中にいくつか壁が崩れている部分もある。とても頑丈な壁というわけではなさそうだ。セレーナ姫を監獄に閉じ込めていた事から、彼女を殺すつもりは無いと考えられる為、壁を崩落させて俺達を殺そうとはしないはず。しかし、監獄から逃げ出した事で、それも変わっているかもしれない。どちらにしても注意して進む必要は有るだろう。


「これなら簡単に追い付かれる事は無さそうだな。」


「そう安心してもいられないわよ。相手にも追跡が得意な者達が居るのは沼地を抜けて直ぐに追手が来た事から分かるわ。

こちらは大所帯で足も遅い。いくら迷路が複雑だからといっても、私達の痕跡を追われれば意味が無い。」


「痕跡を消しながら進まなければならないという事か?」


「そんな時間は無いわ。だから、足止め役でもある私達ができる限り痕跡を消しつつ、相手を引き付けなければならないわ。」


「引き付ける…つまり、サイレントフォレスト以外の方向へ向かっていると思わせる必要が有るって事だよな。」


「ええ。簡単な仕事じゃないわよ。相手も追跡が一度潰されている事を考えて対策しているはずよ。」


「……やっぱり、モンスターや盗賊みたいな相手とは全然違うな。それに神聖騎士団とも。」


モンスターは狡猾さこそ有るが、戦略や戦術といった類の賢さは基本無い。その場その場での戦闘が全てで、そこで生きるか死ぬかのやり取りをするのみ。

盗賊は欲望に忠実なだけあって、戦術らしきものを使ったとしても、それを守れる者達が少なく、学もない為簡単な戦術しか使わない。

神聖騎士団は戦術、戦略を使うし、そのやり方は常軌を逸していると言える程汚いものの、基本は数と力を押し付ける事が多い。戦闘において数の差はそれだけで戦術も戦略も吹き飛ばしてしまうから間違ってはいないのだが…


それに比べ、魔族の連中は戦術、戦略をしっかり織り交ぜてくる。


俺達が監獄を襲撃してから直ぐに追手が掛かった事。その後の追跡で沼地から抜けて直ぐに追い付かれた事。そして、ここへ逃げ込んだ後、即時囲い込むように兵を配置している事。そのどれもがこれまでの相手とは全く違うという事を示している、

監獄の襲撃だって、思い立ったその時に行動していなければ上手くいかなかったかもしれない、

神聖騎士団は、世界を侵略していく上で、数を日に日に増しており、膨れ上がった数をまとめるのは難しい。故に、数で押し切るという戦術は取っているという面も有るはず。これに対して、魔族の連中はこれまでの長い時間培った連携を駆使してくる。追われている身として、魔族に追われる方が圧力を感じるのは気のせいではないだろう。


「あんなのと一緒にしないで欲しいわ。って…今はそれが辛い原因なんだけれどね…」


苦笑いするハイネ。何とも言えない複雑な心境らしい。


「さて。俺達も行動開始だ。」


先頭集団が動き出し、それに合わせて続々とグランドメイズの中へと皆が入って行く。


痕跡を消すのはハイネとピルテが担当してくれるらしく残った俺達は周囲の警戒へ。

出発してから少しの間はそれ程離れずに追随しつつ痕跡を消していたが、入り組んで来た辺りから俺達だけが別の道へと入る。


「ここからは相手を引っ張る事になるから、これまで以上に警戒するぞ。」


「はい。」


相手の接近に気が付けるよう、ピルテとニルが交代し、ピルテが後方の警戒をしてくれる。俺は前方の警戒だが、追われているという状況を考えると、前方から襲撃されるという可能性は少ない。


少し進んでは痕跡を偽装、少し進んでは痕跡を偽装という行動を繰り返し、俺達はグランドメイズの中へと入り込んで行く。


「シンヤさん。私達をあの谷から追い出す為に、追手が来ていると考えた方が良いですよね?」


前方を警戒する俺に、イナヤが声を掛けてくる。


「俺ならそうするだろうな。数で有利なのに時間を掛けてやる必要なんか無いからな。」


「そうですよね…だとすると、そろそろ後ろから現れてもおかしくないと思うのですが…」


「俺もそう考えているが、今のところ気配は感じない。」


俺が後ろを警戒しているピルテに視線を向けると、ピルテは首を横に振る。


「まさか…本隊の方へ向かってしまったという事は…」


追手が俺達の偽装に気が付き、本隊の方を追ったという可能性は考えている。そういう不測の事態が起きた時の為、スラたんやエフを本隊に残したのだ。


ただ、ハイネとピルテは痕跡を隠したり見付け出したりするのを得意としている。相手があの黒犬だったとしても、上手く誤魔化してくれるはずだ。これはエフからお墨付きを貰っているから間違いない。


「それは無いと信じたいが…」


「シンヤさん!」


そんな話をしていると、声を抑えつつも、俺に届くような声量でピルテが叫ぶ。


「来たか…」


俺にはまだ感じられないが、ピルテの視線は後ろを向いている。後方からの追手だ。


「イナヤ。アタニ。後方から敵だ。」


「はい!」

「うん!」


二人は計画通り、敵から最も離れた位置に移動する。


グランドメイズの形状的に、どうしても隊列は縦長になる。後方支援も考えて行わなければ仲間の邪魔になるが…今のイナヤとアタニならば問題無いだろう。


「援護を頼むぞ!」


「はい!」

「うん!」


二人の返事を聞いた後、俺は最前であるニルの隣へと走り込む。


「どうだ?」


「相手も気が付いたみたいです。」


俺達から見て、後方は壁が湾曲していて見通しが悪い。しかし、確かに何人かの足音が聞こえて来ている。


「ニル。手加減をする必要は無いぞ。いや…もうそんな余裕の有る相手じゃなくなってきているからな。」


「…はい。」


「…すまないな。」


俺と共に居る事で、ニルには本当に多くの辛い事を経験させてしまっている。罪の無い人達に刃を突き立てるのも、ニルにとっては辛い事のはず。俺は…そういう事に対する感情が壊れているから分からないが…


「謝らないで下さい。私はご主人様と共に居られるだけで幸せなのですから。」


ニルは俺の顔を見て綺麗に笑う。


茨の道を進んでいるとしても、ニルはきっとこうして笑い掛けてくれるのだろう。


俺の心は一部が壊れている。それでも、壊れているからと何も考えずに次々と刃を振り下ろすのは違うという事くらい理解している。俺はこんなろくでもない心を持っていても、まだ人でありたいのだ。だから、不殺を出来る限り守ってきた。

しかし、それはニルに刃が届かないという前提条件が有る場合に限る。


自己中心的だと言われても、自分勝手だと言われても……俺は、ニルが傷付く姿を見るくらいならば、この手で相手を斬り伏せる。

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