第748話 谷底
「ふーん。お姉さん。なかなか強いね。」
「そういうお前達も一筋縄ではいかないみたいだな。」
止めて!そういう今にも戦い出しそうな会話は!
「おいおい!こんな所で勘弁してくれよ?!」
「分かっている。ただ興味深いと言っただけだろう。
まあ、機会が有れば手合わせ願いたいところだが。」
「望むところだよー!」
セレーナ姫も、ナナヒ達も、ニコニコしながら危険な会話をするのは……言っても仕方が無いか…そもそも魔族は強さこそ正義の種族。近接戦闘においてその頂点に立つアマゾネスともなれば、力比べをしたがるのも頷ける。ギガス族にとっても然りだろう。
「その話は一旦置いといて…だ。」
相変わらず血の気の多い種族だ。俺とニルに向かっていきなり襲い掛かってきた時の事を思い出す。
「ナナヒ達がここへ来たって事は…」
「うん!ここから私達の隠れ家に案内するよ!」
「おお!それは有難い!」
ナナヒの言葉に、セレーナ姫が顔を明るくする。
「し、しかし…」
ナナヒ達の言葉に無い眉を寄せるのはキャリブル。
それはそうだろう。俺の知り合いだからといって、突然現れたナナヒ達へ絶対の信頼を預けるのは無理が有る。鱗人族にとっては、街を捨てた今、少しの失敗が彼等全員を殺してしまうかもしれないのだ。キャリブルが慎重になるのは当然。いや、寧ろそうでなければ生きていけないとさえ言えるだろう。
「キャリブル殿だったな。」
そんなキャリブルにセレーナ姫が視線を向ける。
「我々の事を助け出す助力をしてくれた事、本当に感謝する。」
「え?え、ええ…」
いきなり話が変わり、慌てて反応するキャリブル。相手は逃げて来たギガス族とは言えお姫様だ。下手な事は出来ないのだろう。特に、現在では魔王が正常な状態ではなく、他種族とのいざこざを抱え込むわけにはいかない。
「そう緊張する必要は無い。我々一同、本当に感謝しているのだ。」
「は、はい。」
「そんな恩人であるキャリブル殿に物申すのは不躾かとは思うが…」
「い、いえ!そのようなことは!」
「そうか?それでは言わせてもらうが……我々を助け出す事で、鱗人族の立場はかなり危うくなった。今となっては追われる身となってしまったのだから言うまでもないが…」
「皆覚悟の上でございます。今更後悔など致しませんよ。」
「有難い限りだ。そんな恩人である鱗人族の皆には無事で居て欲しい。だからこそ敢えて言わせてもらうが、こうしていつまでも逃げ回って生きるのは難しい。特に、老人や子供のような者達を抱えての移動となれば尚更だ。」
そう言えば…ギガス族の皆を助け出したが、当初聞いていた人数より少ない気がする。
彼等は故郷の街から逃げ出し、ここまで逃げて来たと言っていた。故郷の街がどれ程の被害を受けているのか分からないが、神聖騎士団が関わっている以上生半可な被害ではないだろう。
そうなれば、彼等が逃げ出した時、道すがら助け出せる者は助け出したはず。特に、セレーナ姫やサーヒュ隊長のような者達が先導していたのならば、目の前で困っている者達を見捨てて逃げ出すなど有り得ないだろう。実際、吟遊詩人というペップルでさえ彼等と同行していたのだ。街の中に居た何人かは彼等と共に逃げ出したはず。俺達が聞いた人数がもう少し多かったのもその証拠だ。恐らく、街を出た時はもっと数が多かったはず。
しかし…今現在ここに居るのはその殆どが兵士達。何人かは兵士でない者も見えるが、どの者達も体が丈夫な若い者達。
つまり……体の弱い老人や子供は、逃げ回る彼等の旅に耐えられなかった…という事だろう。きっと、逃げ回る中、何度も神聖騎士団との戦闘が有ったはず。兵士達が残っているとはいえ、兵士の数が潤沢とは言い難い。連れて来た全ての者達を守り抜く事など出来なかったのだろう…神聖騎士団……本当に血も涙もない連中だ。
話をするセレーナ姫が、何か痛みに耐えるような表情をしているのを見れば、どのような旅だったのか想像出来てしまう。
「し、しかし!だからと言って彼等を見捨てるなど!」
「見捨てろなどとは言わぬ。それこそ外道の所業であろう。」
「で、ではどうしろと?!」
「簡単な事だ。多少の危険を伴うとは言え、何かを、誰かを信用して助けを求めるのだ。
我々はその判断が遅れ、気が付いた時には怪しいと感じていようが、危険だと感じていようが、縋り付くしか生き残る道が残されていなかった。冷静な判断が出来るうちに、自分達の信じるものを見付け、頼るのだ。」
「っ?!」
「我々ギガス族とて、選択を誤ればそれまでだ。キャリブル殿達と何も変わらぬ。
しかし、我々の為に危険な場所へ入り込み、こうして助け出してくれた者達が居る。」
そう言って俺とニルを見るセレーナ姫とキャリブル。
そ、そんなに見つめられると……って、何故か横で自慢げなニルさん。きっと彼女は自分もその中の一人だという事など考えてもいないのだろう。俺が感謝されて鼻高々…とでも言いたげだ。
「言葉を交わしたのもまだそう多くはない…が、我々は彼等を信用すると決めた。あのままでは、我々はただ死ぬのを待つのみだった。それを助け出されたのだ。今更彼等を疑うなど出来ぬ。そして、そんな彼等が信じる者達だ。信じる根拠としては十分であろう。
慎重にばかりなって肝心な所で動けず、被害が出てから気付く…それはとても辛い事だ。今は慎重さよりも、多少危険でも腹を決めて前へ進む事こそ活路だと思うぞ。」
「……そう……ですね。我々もこの旅に着いて行くと腹を決めたばかりだというのに……」
「街の者達全員の命を預かる事になるのだ。慎重さは大きな武器だ。しかし、思い切りも大切…という事。」
「私は商人のようなもので、そういった上に立つ者としての判断力には疎く……アマゾネスの方々には失礼を…」
「ん?あたい達の事は気にする事ないよー。突然現れたのはこっちなんだし。まあ、最終的にはシンヤ達がどうにかしてくれると思ってたし。」
「丸投げする気だったのかよ?!」
「あははー…」
「ったく…」
苦笑いで目を逸らすナナヒ。まあ、セレーナ姫が動かなかったなら、俺が間を取り持つつもりではいたが…
「それより!私達の事は信用してくれるって事で良いのかな?他の人達に相談する時間くらいは有るよ?」
「いえ。私とシャーガには、この場で今後の方針を決めるように言われております。私が信じるとなれば、他に異議を唱える者はおりません。」
「…そっか。分かったよ!じゃあ今後の事について詳しく話すね!」
こうして、ナナヒ達と合流した俺達は、近くに在るというナナヒ達の拠点の一つへ向かう事になった。
行く先は俺達が潜んでいる谷から北西へ向かった先。
「サイレントフォレスト?」
「うん。そう呼ばれている大きな森だよ。」
「どんな森なんだ?」
「モンスターの住む森で、中心部に向かう程強いモンスターが居ます。
中心部付近にはとても強力なモンスターが住んでいると言われていて、普段は誰も近寄りません。
ただ、外縁部については弱いモンスターも多く、食料、素材の回収に重宝されていて、魔族の力試しの場でもあります。」
「力試し?」
食料や素材を調達する上で、外から輸入するだけでは出費が酷い事になるし、どこかにモンスターの生息する場所が在るというのは予想していた。実際、モンスターの居る地区も少ないながら在ると聞いていたし。チクルの説明は納得出来る。
ただ、力試しというのは…
「サイレントフォレストは、植生やモンスターの種類がとても複雑で多く、あらゆる状況への適応力が試されます。当然、単純な戦闘力も。
必要とされる力は、中心部へ向かえば向かう程に求められ、どれだけ中心部に近付いたのかで自身の力を知るという事ですね。」
魔界外にも、自分の力を試すという理由でモンスターの生息する領域に足を踏み入れる…そういった酔狂な連中がいなかったわけではない。実際、俺もこの世界へ来て力試しをしたし…まあ状況はちょっと違うが…
しかし、魔族にとって、力試しというのは日常の一部のようなものなのだろう。ナナヒ達も、キャリブル達も当たり前の事のように話している。これはやはり、力こそ全てという魔族の、種族的な感覚なのだろう。
「そんな場所に拠点を作っているのか?」
「比較的安全な区域ですし、見張りも居ます。モンスターの襲撃がゼロとは言いませんが、贅沢を言っていられる状況ではありませんから。拠点を作れるだけマシです。」
「それもそうか…」
アマゾネスも堕ちた貴族などと呼ばれ、被害を受けている真っ只中だ。街に居るのは危険過ぎるとなれば、そういった場所に拠点を設けるしかなかったのだろう。
「あたい達以外にもアマゾネスは居るし、近場のモンスター程度ちょちょいのちょいだよ!あたい達だって遊んでたわけじゃないからね!」
そう言って笑うナナヒの髪には、八つの髪飾り。
アマゾネスには族長が強さを認めた者に対し、髪飾りを渡していく風習が有る。その数が多くなればなる程に強いとされ、俺とニルがアマゾネス達と別れた時、ナナヒとイナヤは七石。アタニとチクルは六石だったはず。それが全員一つずつ髪飾りを増やしている。遊んでいたわけでないというのは嘘ではないという事だ。まあ、嘘などとは思っていないが。
「みたいだな。まだ話したい事は有るが…」
「うん。そろそろ動いた方が良いだろうね。追手の数人は倒したけど、更に追って来ている者達も居るだろうし。」
「そうだな。」
俺が目で合図をすると、その場に居る全員が頷いて行動を開始する。
休憩という休憩は取れていないが、ナナヒ達の言う拠点に辿り着くまでの辛抱だ。
「よし!もうひと踏ん張りだ!」
「歩けない者には手を貸すんだ!」
ギガス族の皆が立ち上がると、皆を鼓舞してくれる。鱗人族の皆もあと少しだと気合いを入れてくれている。
「行くぞ!」
セレーナ姫の合図で、俺達は谷底を進み始める。
「ニル!久しぶり!」
「ナナヒさん!お久しぶりです!」
歩き始めて少しすると、ナナヒが一人俺とニルの元へ来る。一応、アマゾネスの四人は周囲の警戒をしてくれているが、そこはスラたんとエフも居るから余程の事が無い限り大丈夫だと判断したのだろう。
「いやー…大きいニルは見たけど、改めて見ると本当に綺麗だねー…」
「い、いきなりなにを言っているんですか?!」
「あははー!本当の事だからねー!」
「も、もう…ナナヒさんは…」
ナナヒとニルは剣を混じえて訓練を行った仲だ。気心知れた者との再会にニルも嬉しいのだろう。
「そ、れ、に……ニル。かなり強くなったね。」
「当然です。ご主人様と共に旅をしてきたのですよ。強くならない方がおかしいというものです。」
どの辺が当然なのか分からないが、ニルが強くなったのは紛れも無くニルの研鑽が有ってこそ。ナナヒとの再会でなければ突っ込んでいたが…今は黙って二人のやり取りを聞いておこう。
「それもそうかー。あたい達も強くなって、今度会ったらシンヤとニルにギャフンと言わせてやろう!って思ってたけど、詰めたはずの距離が全然詰まってないんだからねー。」
「分かるのですか?」
「何となくねー。前は全然分からなかったけど、あたいもそれなりに強くなって、シンヤの強さがどれだけ異常なのか、今ならよーく分かるよ。」
異常とは失礼な。
「それはご主人様ですから。」
「り、理由になってないような気もするけど…まあ、それが通用するのもシンヤだからかな。」
いや、通用しないと思う……思いたい。
「はい!」
ニルは嬉しそうに返事しなくてよろしい。
「あたいも
心石というのは、アマゾネスが心臓付近に生成する魔石のような物。それを解放する事で莫大な力を手に入れられるらしい。勿論デメリットも有るが、その辺は一度目にアマゾネスと行動を共にした時に聞いている。
「少し解放されているというお話だったと思いましたが…完全な解放に至ったのですか?」
「まあね!イナヤはもちろん、アタニとチクルもねー!」
「それは心強いですね。」
「解放する為に思い出すだけでゾッとするような体験をしたけどねー……」
心石の解放の条件は、死線を乗り越えるというもの。四人が完全な解放に至ったという事は、文字通り死にそうな程の何かを体験したのだろう。聞くのが怖すぎて聞けないが…
「そうだ!向こうに着いたら、また前みたいに手合わせしてよ!」
「はい!もちろんです!」
「やった!気合い入ってきたよー!」
ピーッ!
二人のやり取りを聞いていると、谷の上から指笛のような高い音が聞こえてくる。
「何か有ったみたい!行ってくるね!」
その音を聞いた途端、ナナヒの顔付きが一瞬で切り替わり、崖をスルスルと登っていく。流石はアマゾネス。荒野に住んでいただけに、こういった地形はお手の物という事だろう。
それにしても……分かってはいたがとんでもない身体能力だ。吸血鬼族やギガス族など、身体能力自慢の種族は他にも居るが、アマゾネスの身体能力は他を犠牲にしてまで手に入れた能力だからか、他とは一線を画しているように感じる。単純な身体能力勝負ならば、吸血鬼族の純血種にも勝るかもしれない。
「大丈夫でしょうか?」
「あの四人なら大丈夫だとは思うが…」
俺は周囲にスライムを放って索敵してくれているスラたんに目線を向ける。
「どうやら追手が見えたみたいだね。かなり遠いけど、後ろから追ってきているみたいだよ。」
「追ってきたか…」
「まだ遠いけどどうする?」
「こっちの歩みは遅いからな……ハイネ!ピルテ!手伝ってくれ!罠を仕掛ける!」
少し離れた位置で皆をサポートしてくれていたハイネとピルテが俺の声に応えてくれる。
「分かったわ!」
「はい!」
俺とニル、ハイネとピルテは追手に対する罠を仕掛けつつ、最後尾に追随。俺達の居る場所は谷底でかなり暗い。罠も発見され辛いだろうし、上手くいけば更に相手の足を遅らせる事が出来る。
と言っても、ここは谷底で崖が崩れるような罠は俺達も危険である為、あまり派手な物は作れないが、まあ嫌がらせくらいにはなるはずだ。
そうして進み続けて暫くすると…
「シンヤ!」
タンッ!
崖の上からナナヒが下りてくる。
「どうした?敵襲か?」
「ううん。敵襲じゃないよ。ただ…」
ナナヒが谷の先へ目を向ける。
「囲まれたか…」
「まだ人数は一桁だし、さっさと無力化しちゃう?」
「いや。ここを出る時までこちらの情報は極力晒したくない。こちらには戦えない者も居るから、出口を塞がれてしまうと厄介だ。」
「相手には出来るだけ散らばっていて欲しいって事だね。」
「ああ。戦える者達で道を切り開いて一気に突破するのが理想だが…」
敵の数が増せば、切り開くのも突破して走り抜けるのも難しくなる。動き出すならば早い方が良い。
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