第五十二章 シーザレン

第747話 四人組

「つ、強い…」


ニルが思わず言葉にしてしまう程、四人組の動きは洗練されている。


「はぁっ!」


ギィィン!


ドガッ!

「ぐあっ!!」


バキッ!

「がはぁっ!!」


確かに強い。これまで見てきた中でもトップクラスの実力を持っている。プレイヤーと比較しても引けを取らないレベルだ。


だが……この剣筋、どこかで……


「ご主人様!!」


「あ、ああ!」


何がどうなっているのか分からないが、現れた四人組は俺達に敵対しておらず、追手を足止めしてくれている状況。ならば、俺とニルはさっさと逃げさせてもらうべきだ。


俺はニルの声に反応し、即座に踵を返して走り出す。


「クソッ!追えっ!!」

ギィィン!!


「邪魔をするな!!」

ガギィン!!


俺達を追う為に走ろうとした追手を即座に止める四人組。実力差が有るのは見て分かるし、四人組が負ける事は無いだろう。


俺とニルはその場から離れ、一息に山岳地帯へと走り込む。


「シンヤ君!!」


俺とニルが山岳地帯へ入ると、スラたんが俺達の方へ向けて走って来る。


「良かった!無事で!」


他の皆も無事のようだ。


「ここはまだ危険だ。もっと奥まで向かおう。エフ。どこか良さそうな場所は無いか?」


スラたんの心配は嬉しいが、今は皆の身の安全を確保する事が最優先だ。


「少し先に入り組んだ地形の谷間が有る。草木は無いが身を隠すのならばその暗がりに入るのが良いだろう。谷間ならば夜も早く来る。」


「分かった。皆。疲れているかもしれないがもうひと踏ん張りだ。」


「なんのこれしき!」


「文字通り朝飯前だぜ!」


ギガス族の皆は元々監獄内に居て余裕の有る生活は送っていなかったはず。こういう時の為、兵士達には粗悪な食事を与えて弱らせたりするものだとエフから聞いた。故に、彼等の言う事は…言わばというやつだろう。それでも、種族的に体が強いのか、監獄内の環境よりずっとマシだからなのか、はたまたセレーナ姫の効果なのか…とにかく、彼等の足取りはしっかりしている。


程なくして、エフの言っていた山岳地帯の谷間へと入る。


その場所は、谷間と一言でまとめてしまう事が出来ないような特殊な地形で、蛇行して進む道の左右には微かに湾曲しながら上へと伸びる深い崖壁。崖口には、左右から崖の中央に向け伸びる獣の牙のような岩が見える。下から崖口を見ると、巨大なモンスターの口の中に居るような気分になる。

崖の底にも、壁面にも、そして崖の上にも草木は殆ど生えておらず、土の肌が剥き出しになっている。崖の壁面には何層にも重なった地層が見えており、どこか元の世界のグランドキャニオンをイメージさせる。行った事は無いし、映像でしか見た事は無いが……そして、この山岳地帯は、恐らくグランドキャニオンより複雑で入り組んだ構造になっているのではないだろうか。草木も殆ど無いというのに、谷底はかなり薄暗く、道が蛇行し、枝分かれしている為かなり視界が悪い。ここが魔界の中でなければモンスターとの遭遇を考えてあまり入りたくはない地形だ。それが、今回ばかりは俺達の味方をしてくれている。


ただ、それもそう長くは続かない。

俺達がここへ逃げ込んだ事は向こうにも伝わるはず。そうなれば、この山岳地帯を囲むように兵を配置し、俺達が出てきたところを叩けば良いだけの話。勿論、それには数多の兵士が必要にはなるが、それだけの戦力を魔族は余裕で持っている。俺達の敵対者が魔王を操っているとするのならば、自分達を脅かす存在を全力で叩きに来るはず。相変わらず時間は無い。


「本来ならばこのまま山岳地帯を抜けたいところだが…流石にそれは厳しそうだな。」


身を隠せた状態で相手の包囲網が完成するよりも早く抜け出せたならば、後は見付からないよう注意して行動すれば良い。その為にも、なるべく早く移動を開始したいところだが…セレーナ姫含め、ギガス族の者達はかなり疲れている様子だ。いきなり助け出されて歩き辛い沼地を抜け、山岳地帯へ走り込んだのだ。疲れていて当然だろう。

鱗人族の者達は、沼地の移動にも慣れているし、逃げ出す準備を行えていた為、まだ余裕は有るみたいだ。ただ、子供や老人のような体力の無い者達も居るし、馬車は俺達の持って来た一台のみ。そこに乗れる人数も限られる。無理をさせていざと言う時に動けないなんて事にならないよう休息が必要だろう。


「休息を取るにしても、そう長くは留まれない。休むなら休むでさっさと指示を出した方が良い。」


「そうだな。」


エフの言うように、どうしようと悩んでいる時間さえ勿体ない。

多少危険度は増すかもしれないが、ここは一度休息を取る事にしよう。


「皆。暫くここで休息を取る。各自休んでくれ。長くは留まれないが、少しでも体を休めるんだ。」


皆にそう言うと、疲れたとその場に腰を下ろしていく。


「セレーナ姫。すまないが…」


「構う事は無い。我は牢で座っていただけだからな。体力ならば有り余っておる。」


セレーナ姫とは一度しっかり話をしておきたい。ギガス族が捕まった経緯や、今後の事について、何よりも魔王を助ける事について話をしなければならない。

セレーナ姫もそれを理解しているからか、俺の言葉が終わる前に頷いてくれる。


「サーヒュ隊長。」


「はっ。」


特に何も言っていないが、サーヒュ隊長も話に参加しろという事だ。


「それと……」


「我々もその話に参加させて頂きたく。」


そう言って俺達に近付いて来たのはシャーガとキャリブル。他にも鱗人族内の有力者は居るだろうが、この二人に任せるのが良いという考えなのだろう。


「ああ。勿論だ。」


こうして、ギガス族の代表と鱗人族の代表、そして俺とニルの六人が集まって話し合いを行う事になった。


俺達は集団から少しだけ離れ六人で輪になって座る。


「まずは、我々を救い出してくれた事。改めて感謝申し上げる。」


話し合いが始まると直ぐに、セレーナ姫は深々と頭を下げる。

王族のような高位の者が頭を下げるのはよろしくないように感じるが、サーヒュ隊長は止めようとしていないし良いのだろう。


「頭を上げてくれ。こちらにも色々と事情が有ってした事だ。」


「事情…と言うと?」


セレーナ姫は頭を上げると、直ぐにこちらの言葉に反応する。


「俺達が動く理由そのものに繋がってくる話なんだが……」


俺は魔王の様子がおかしい事。それが何者かに操られている事で起きている可能性が有るという事。そして、その敵対者がギガス族を理解不能な理由で投獄した事について説明した。


「……なるほど。それで、お主達は我々ギガス族が、そのとやらに対し何かしらのになると考えたのだな。」


「ああ。単純に邪魔だからという理由で少人数のセレーナ姫達を理不尽な理由で投獄までするとは思えない。そのとやらが何なのかまでは掴めていないが…」


「…魔族からしてみれば、我々の数など塵芥ちりあくたにもならぬはず。サーヒュ隊長率いる親衛隊は強い。強いが…数で押し潰されてしまえば何も出来ぬであろう。とはいえ、だとするのならば、我々を殺さずに捕らえた理由が分からぬ。」


「そもそも、ギガス族の皆は何故捕まったんだ?俺から見ても親衛隊の皆はかなり強い。そう簡単に捕まるとは思えないが。」


「うむ…それは、簡単に言うと騙されたのだ。」


「騙された…か。」


監獄内に居たギガス族の者達には、戦闘による怪我というものが見当たらなかった。つまり、投獄される前に戦闘は行われなかったという事。戦闘が起きていないとなれば、彼等が捕まった理由は何となく察しがつく。


「我々ギガス族の街は、神聖騎士団の連中に襲われ、最悪の結末を迎えてしまったのだ……そして、その神聖騎士団の手から逃れる為、我々だけが街を出て来た。いや……皆が我を生かさんと逃がしてくれたのだ。」


悔しそうに眉を寄せて喋るセレーナ姫。その斜め後ろに控えているサーヒュ隊長は、血が出る程に歯を食いしばり、両手を強く握り締めている。

悔しい、憎い。そんな言葉が聞こえてくる程の強い感情だ。ギガス族の者達が全員殺されたという事はないだろうが…それでも、凄惨な状況を見てきたのだろうと想像出来てしまう。


「しかし……我々がどこへ逃げても大差は無く、神聖騎士団の連中に追われ続けていた。

こちらは少人数で兵士ばかりとはいえ、この体のデカさ故に人目から逃げる事も難しくてな。逃げ隠れする日々などそう長くは続かぬ。

そこで、どうにかならないかと魔族に助けを求めたのだ。」


「……………」


「魔界は大きな壁に隔たれており、その壁の長くまでは流石に神聖騎士団も追っては来られない。魔族の事については殆ど何も知らなかったが、それに縋るしかなく、我々は魔族に助けを求めた。そして、魔族側は我々の魔界入りを承諾したのだ。

これでやっと落ち着ける。そう安堵したのが間違いだった。」


「……………」


「我々が魔界へと入ると、数人の兵士が安全な場所まで案内すると現れ、我々はそれに従って近くの街へと向かった。

魔界の外では見ない建築技術。魔法技術。どれもこれも新しい物ばかりで、我を含め、全員が高揚していた。案内人と言う兵士達も気の良い奴らで、その上、我々を歓迎すると宴会まで開いてくれた。

追われる事から逃げ切った安堵感。魔界という新しい世界に新しい技術。気の良い現地の者達の歓迎。それらが重なり、我々は酒を飲み、飯を食い……そして眠りについた。眠りに。」


「睡眠薬…といったところか。」


サーヒュ隊長を見るに、いくら相手が強大だろうと、セレーナ姫を護る為ならば命を惜しむ事はないはず。そんなサーヒュ隊長が監獄に連れて行かれるのに反抗しなかったのには何か理由が有るとは思っていた。その理由が眠らされてしまっていたとなれば理解出来る。

眠らされたとなれば、後はギガス族の連中を引き離して投獄し、セレーナ姫を一人にする。そして、扱い易そうな連中…例えばドワーフの街に来たペップルのような奴にセレーナ姫の監禁された姿を見せ、言う事を聞かなければ殺す…とでも言えば…


「くっ……不甲斐無い!私がもっとしっかりしていれば!!」


サーヒュ隊長が、拳を握り、歯を鳴らす。


「サーヒュ隊長のせいではない。我とてあの場の空気に飲まれておった。皆同じだ。何より、長く続いた追われる生活に疲れていたのだ。」


「…それで捕まっていたと。だが、やはりそうなると、敢えて殺さなかった理由が分からないな。手足として使いたいというだけならば、敢えて騙して捕らえたようなギガス族を使わずとも、使える者は大勢居るはずだ。」


「うむ……しかし、我々ギガス族が、その敵対者とやらに有効な何かを持っているとは思えない。逃亡生活の中で、ある程度の物は無くなったからな。」


「……一先ず、それについては置いておこう。」


敵対者に対して有効な何かというのは重要な事柄になるが、それもこれも今の状況を脱した時に有用な情報だ。そもそも、追手から上手く逃れられなければ知っていても使えない情報だ。直ぐに答えが見付からないのであれば、まずはここを上手く切り抜ける事について話し合うべきだろう。


「次に聞いておきたいのは、ギガス族の今後の身の振り方についてだ。」


「うむ。それについては……お主達が許してくれるのであれば、共に行動したいと考えておる。」


多少の迷いが見えたものの、セレーナ姫はしっかりとした口調でそう言う。


「それで良いのか?」


「我等が魔界から出たとて、神聖騎士団に追われる生活が待っておる。監獄内での生活で兵士達も疲れてしまった。我々のみで行動し、戦闘となれば、いつか神聖騎士団の連中に捕まり殺されるか奴隷として使われるかの二択。そんな事では我々ギガス族の再興は夢のまた夢。

それに、魔王とやらが誰かに操られていて、我々がそれをどうにか出来るかもしれんと言うのならば放置は出来ぬ。誰かに虐げられるのは辛いものだからな。

それに何より、お主達には監獄から救ってくれた恩義が有る。ここで協力しなければ、我等が王である父に我が殺されてしまうだろう。」


「そうか…正直、共に戦ってくれる方が俺達としても有難い。」


「寧ろ共に戦えと我々に言うと思っておったがな。その為に助け出したのだろう?まさか今後の身の振り方を我々に聞くとは……お主がどんな男なのか分かったというものだ。」


そう言って微笑むセレーナ。

彼女は強いし体格も良い。しかし、所作も含め、流石は姫だと思わされる事が有る。


「そうと決まれば話は早いですね。我々が協力しつつ魔王様を助け出すとなると、拠点が必要になります。」


「拠点か…何にしても、この山岳地帯にずっと居るのは無理だ。そうなると、連中からどうやって上手く逃げ、そしてその後、どこへ向かうべきなのか。それを話し合っておかないとな。」


「それについては、あたい達も混ぜて欲しいな!」


タタタタンッ!


「姫!!」


唐突に現れたの人影。上から降ってきたように見えたが…まさか崖の上から飛び降りて…?普通の人間ならば怪我どころか簡単に死ねる高さだ。魔法を使ったようには見えなかったが……並の身体能力で出来る事ではない。


「何者だ?!」


現れた四人に対し、即座に戦闘態勢を取り、セレーナ姫を背に庇うように立つサーヒュ隊長。


「待ってくれ!この四人はさっき俺達の事を助けてくれたんだ!」


「なに…?確かに二人の戻りが早すぎるとは思っていたが…」


「それに…あの剣筋にその声。まさかここで会えるとは思わなかった。」


「知った者なのか?」


俺の穏やかな反応を見て、サーヒュ隊長が剣を下ろす。


「あはは!やっぱり気付いちゃったかー!」


「ああ。久しぶりだな。。」


俺がその名を口にすると、四人がフードで隠していた顔を見せてくれる。


「久しぶりーー!!」


明るい笑顔で言うナナヒは、肩まである赤色の髪に瞳。小さめの背丈ながら身体能力の高さを感じさせる引き締まった体付きの族。


青色の髪を頭の上で纏めボンボンを作り、無口なアタニ。


金髪ポニーテールで生真面目なチクル。


そして、腰まで有る黒髪のストレートでクールな性格のイナヤ。


俺達が初めてアマゾネス族と会った時、暫く戦い方を教えたりと色々有った四人だ。

初めて会った時よりも少し大人びた顔付きに変わっており、美少女から美女に変化を遂げている。


本当に久しぶりだ。実際に過ぎた月日よりもずっと長く会っていないように感じる。


「それにしても、よく俺が俺だと分かったな?」


俺は現在も変装中。ニルはそこまで変わらないとは言え、俺の方はかなり精度の高い変装だ。


「私達が二人の剣筋を間違えるわけないでしょ!」


「剣筋だけで分かったのか?!凄いな…」


「あはは!まーねー!」


「あ、あのー…その橙色の瞳は…アマゾネス族の方々ですか?」


ナナヒ達に話し掛けたのはシャーガ。


「うん!そうだよ!」


「まさか…アマゾネス族の皆さんとお知り合いとは…」


シャーガはかなり驚いている様子だ。


「そんなに驚くような相手なのか?」


質問を投げ掛けるのはセレーナ姫。


「ええ。魔界では有名な種族の方々です。近接戦闘において右に出る者は居ないとまで言われており、昔は魔王様の再側近を務めていました。」


「ほう。それは興味深いな。」


ギガス族も近接戦闘には自信のある種族。力比べでもしたいのだろうか…?こんな場所では止めて欲しい。切にそう思う。

いや、マジで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る