第746話 脱獄 (2)

「よし。仲間は既に沼の中で待ってくれている。船に乗り込んだら船の蓋をしてくれ。一隻ずつ沈めていく。」


「分かった。」


船に乗り込んだ後はキャリブル達に任せっきりになってしまうが、そこは信じて任せるとしよう。

ギガス族の姫の事も有る為、俺達の方はまた二手に分かれて最初と最後の船に乗る事にした。

無事に岸辺に辿り着いても、そこが安全かどうかは分からない為、最初にスラたん、エフ、ハイネが向こうへ渡り安全を確保。これはスラたん達が立候補してくれた為任せる。

その後順次渡って行き中盤にクルードとシュルナ、そしてセレーナ姫が渡る。その間、俺、ニル、ピルテがこちら側で追ってくるかもしれない看守陣営を止めるという感じだ。勿論、ギガス族の者達も戦える者達で半分に分かれて渡る。

監獄から上手く脱獄出来ても、俺達や鱗人族は追われる身になる。寧ろ脱獄後の方が大変になるとさえ言えるのだから、ここから先は一時も気は抜けないだろう。


「それじゃあ先に行くね。」


「ああ。気を付けてくれ。」


スラたん達三人が船に乗り込み蓋を閉じると、中で待っていた鱗人族の一人が船を沼の中へと引き込み、船が沼の中へと沈んで行く。


「よし。どんどんいくぞ。」


キャリブルが指示を出すと、船の中にギガス族の者達がすし詰め状態になって入る。船の数は少ない為、無理にでも詰め込んで先へ送り出さなければならないらしい。まあ、詰め込まれている時間は長くないのだから少しくらい我慢してもらうとしよう。


出入口に待っている俺達の他に、誰かひっそりと上がって来る者がいないかと身構えていたが、結局最後まで俺達以外に上がって来る者達はいなかった。その理由は簡単で…


「タイミングを見て橋を落としたからな。それに、螺旋階段の上部には最終防壁が有って、それを閉じてしまえば中から出る事は出来なくなる。それをさっき閉めたから、囚人が外に出て来る事は無いはずだ。」


という事。勿論、それでも尚どうにかして出て来る可能性を考えて俺達が待機していたのだが、流石は脱出不可能と言われた大監獄。それくらいの設備が整っているのは当然だ。もしも、俺達がキャリブルや他の鱗人族と手を結んでいなければ、俺達の存在がバレた時点で橋を落とされ、出入口を閉められ、どうにもならなかったかもしれない。下手に急いで鱗人族との関係を作らず突入なんてしなくて良かったと思う。


「中に居る看守陣は大丈夫なのか?」


「それは気にしなくて良い。もしもの為に職員しか入れない出入口が有る。それに、橋を落とした時には殆ど囚人連中の制圧は終わっていたからな。

制圧が出来ていなかった連中も、お前達が制圧してくれた。橋を落としたのはどちらかと言うとお前達を追わせない為のものだ。」


「そうだったのか…」


逃げ出した囚人もそこそこ居たように思えたが、あの短時間で殆どの囚人を制圧していたとなると…やはりここの看守は質が高いのだろう。


「俺達はここから逃げ出すが、それは監獄の囚人を逃がして良い理由にはならない。今の魔王様がおかしくなっちまったとしても、俺達鱗人族に監獄を任せて下さった時は違った。魔王様から預かった監獄の事を一時的にだとしても放置しちまうのは悔しいが…だとしても、いや、だからこそ、ここで雑に投げ出すような事はしない。事が終わったら、またここへ戻るつもりだからな。」


鱗人族の歴史とか、魔王との関係とか、そういう事を俺は知らない。だから、キャリブルが魔王に対して示す忠誠心の全てを理解する事は出来ない。しかし、仲間が少な過ぎる多勢に無勢という状況でありながら、自分達で魔王をどうにか正常に戻し、その後ここへ戻って来ると決心…いや、覚悟を決めている。それ程に鱗人族の皆は魔王に対し恩義を感じているという事くらい分かる。

ここまで多くの者達に慕われる魔王というのは…賢王と呼ばれる類の王だったに違いない。


「さあ。グズグズしている暇は無いぞ。俺達で最後だ。行くぞ。」


俺とニル、ピルテが船に乗り込み蓋をすると、その船をキャリブルが運んでくれる。


少しの衝撃の後、ズプズプと沼の中へ入る音がして、船の中は完全な暗闇となる。魔法のお陰で船の中に泥が入ってきたりはしないし、息苦しい感じもしない。


浮いている船を引くのと、沼の中に沈む船を引くのとでは勝手が違うらしく、船の動きはゆっくりに感じられるが、岸辺に向かって進んでいる。


そして、暫く後。


ガコッ!!


船の動きが止まったと思ったところで船の蓋が外される。


「…どうやら全員無事みたいだな。」


船から出て周りを見ると、先に出ていた者達が見える。


「周囲に敵の気配は無い。」


俺が船から降りると、エフが直ぐに近寄って来て状況を説明してくれる。


「それは何よりだ。」


「しかし、そろそろ夜が明ける。出来る限り急いでこの周辺から離れた方が良い。恐らく、私達とギガス族が逃げ出した事は既に伝わっているはず。いつ追手が現れてもおかしくはない。」


「ああ。分かっている。今敵に囲まれると厄介だ。色々と話を聞きたいところだが、まずは先に避難している鱗人族の皆と合流しよう。」


何とか脱獄に成功はしたものの、まだまだ油断は許されない状況。それを皆分かっているからか、全員が即座に動き出してくれる。セレーナ姫の親衛隊もよく訓練されているらしく、即座に姫を護る陣形を組んで動き出してくれた。


一刻も早く追手の来ない場所に逃げ去りたいところだが、まずは全員の合流を果たさなければ話にならない。という事で、アンバナン監獄から更に北西へと向かって移動を開始する。


沼地の北西へ向かうと、周囲は木々に囲まれた浅い沼地が続いている。細長くグネグネと曲がった幹の木々は、暗闇の中で見るとどこか不気味に感じる。印象的には地球にも在ったマングローブが近いだろうか。足元は足先が埋まる程度の沼地でかなり歩き辛い。鱗人族は別だが、ギガス族の皆も歩き辛そうにしている。


エフの索敵には未だ何者も捕まっていないものの、状況は刻一刻と変わる。そして、時間が経ては経つ程に、俺達には不利な状況となる。特に、太陽が昇れば、あまり開けた場所は通られなくなる。鱗人族が少数の種族とはいえ、その全てが同時に移動していれば流石に目立つ。

少なくとも沼地は抜けたい俺達にとって、自由に動ける残りの時間は非常に少ない。


焦りを感じながらも、どうにか沼地を進んで行くと、沼地の中に小さな丘のような地形が現れる。丘と言うよりは、そこだけ土が盛り上がっているだけの場所だ。


「おお!ご無事でしたか!!」


その場所へ近付いて行くと、白蛇型の鱗人族、シャーガが一番に近寄って来る。どうやら合流は出来たらしい。


「待たせたな。こっちは全員無事だ。」


「こちらも全員無事です。移動も直ぐに可能です。」


「よし。出来る限り急いで沼地から出るぞ。一先ずこのまま北へ向かう。確か荒れた山岳地帯だったな?」


「はい。一時的に身を隠すだけならば問題は無いかと。しかし、長期的に身を隠すとなると不都合な場所かと。」


「分かった。取り敢えず今日はそこを目指すぞ。少なくともここよりは安全なはずだ。」


「はい。」


追われる身となった鱗人族とギガス族の皆にとって、魔界内に安全な場所など存在しないが、比較的安全な場所ならば存在するはず。そういう場所を上手く渡り歩いて、どこかある程度長期的に滞在出来そうな場所を探すしかない。


そうして俺達は沼地を歩き、ひたすら北を目指す。


歩き始めてから数十分。やっとの思いで沼地を抜けた時、空は白み始めており、少し先に広がる荒れた山岳地帯の奥から太陽が顔を出すか出さないかというタイミング。

山岳地帯には少量の木々が生えているものの、山の殆どが土や岩を剥き出しにしている。木々に紛れる事は出来ないが、山岳地帯と言うだけあって、地形はかなり入り組んでおり、所々に隠れられそうな場所も見える。


「周囲に人影は無いが、急いで山岳地帯に入らなければ見付かる可能性が一気に跳ね上がるぞ。」


エフの言う通り、山岳地帯まではかなり開けた地形で、かなり先まで視界が通る。空が白み始めた今、俺達の視界でもある程度の距離を確認出来てしまう。しかし、このまま沼地に残れば、日中に探し当てられて捕まる未来しか見えない。ここは無理をしてでも山岳地帯へ逃げ込む必要が有る。


「歩けない者は馬車に乗せるんだ!一気に山岳地帯まで駆け抜けるぞ!」


幸い、俺達の馬車を連れて来ている為、子供や老人等の足の遅い者を乗せて走る事が出来る。


「乗れない子供は俺達が抱えて走る!急げ!」


こういう時、ギガス族のような力の強い種族が居てくれると助かる。馬車から溢れてしまった者達は、ギガス族の体力自慢達が抱いて走ってくれるらしい。


「行け行け!一気に駆け抜けろ!」


「走れ!走るんだ!」


明るくなって姿を見られてしまえば隠れる隠れないではなくなってしまう。今は多少派手に動いてでも山岳地帯を目指す。


ダダダダダダ!


その場に居る全員が一斉に走り出し、山岳地帯へと向かう。


集団の先頭にはスラたんとエフ。二人で周囲を警戒しながら走ってくれている。


ただ…恐らく問題は前よりもだろう。


俺達が監獄を襲ったという情報が入ってから動いたとして、逃げ道を塞ぐように先回りされている可能性は低い。それより、俺達を追って来る連中が居る可能性の方が圧倒的に高いだろう。


「ニル!俺とニルで後ろを守るぞ!」


「はい!」


山岳地帯に逃げ込む事が出来れば、エフの隠密術を使って痕跡を消し、追われないように立ち回るのは難しくないはず。このまま見付かる事無く入り込めてしまえば良いが…


「居たぞ!!」


そう上手くはいかない。


こちらは数十人から百人を超える規模の大所帯。沼地を抜けるのにもかなりの時間が掛かってしまった。身軽で足の速い追手ならば当然追い付いて来る。


しかし…俺達がアンバナン監獄に突入してから報告が行ったとして、この段階で追い付かれるとなると、かなり迅速に動いて追って来た事になる。

ギガス族や鱗人族に魔王を救う何かが有るとして、それが流出する事を警戒していたと考えるべきか…

それとも、魔王が作り出した連絡網が素晴らしかったと考えるべきか…

いや、その両方か。


ザザッ!


追手に気が付いた俺とニルは、その場に止まり振り返る。


追手の人数は九。


足の速い者達だけがギリギリ追い付き、この場に来たと考えるべきだろう。


「止まれ!脱獄は死罪だぞ!!」


先頭の男が言い放つ。


しかし、元々ギガス族の者達は罰せられるような事をして捕まったわけではないはず。それを脱獄だ死罪だなどとよく言えたものだ。と言っても…彼等は何も知らない末端の者達だろう。何も知らない彼等を説得しようとしても無駄な事。足止めをしてさっさと引くのが正解だ。


「ニル。山岳地帯へ引きながら戦うぞ。」


「分かりました。」


俺とニルは武器を構え、迫り来る追手に向ける。


相手は九人。こちらは二人。それに、俺達の後を追い、このタイミングで追い付くという事は手練の連中だろう。下手に手加減などすれば俺達を追い越して皆に刃が届いてしまう。そうなってはここまでの事が全て水泡に帰す。それだけは避けなければならない。


「ニル。極力殺さないようにするが手加減をしている時間は無い。無理だと判断したら斬れ。」


「……分かりました。」


彼等は命令を受けて追ってきただけ。彼等に罪は無い。しかし、ここで捕まるわけにはいかない。相手が善人だとしても、魔王を救う為の邪魔をするのならば………


俺は自分の刃が鈍らないよう、考えていた事を頭を振って追い出す。


俺達はただでさえ少数なのだ。善悪を守りながら乗り越えられるような壁ではない。覚悟を決めなければ…


「ご主人様。私が出来る限り引き付けます。」


ニルが盾役として敵を引き付けてくれるのはいつもの事だし、敢えて俺に伝えなくとも互いに認識している事だ。しかし、ニルは敢えてそれを言葉にした。


「ニル……ああ。」


ニルが敢えてそんな事を言った理由は、自分が敵を引き付けるから、俺に攻撃を任せるという事。自分でも攻撃が可能なニルだが、それでも防御に専念するという事は、つまり、自分が全ての攻撃を引き受け、相手の注意を一身に集めるから、俺は攻撃に専念し、可能な限り相手を殺すのではなく無力化してくれという事だ。

俺が相手を殺す事を気にしていると気が付いたのだろう。ニルの事だから…それだけではなく、もしも相手を殺さなければならなくなった時、自分と俺が役割を分担する事で、俺が抱える罪悪感を少しでも減らそうと考えてくれているのではないだろうか。


いつもいつも、ニルにはこうして助けられてばかりだ。俺も…いつまでも情けない主人で居続けるわけにはいかない。

勿論、出来る限りそうならないように全力は尽くすが……例え相手が善人だったとしても、向かって来るというのならば……斬る。


魔王が操られてしまっている時点で、斬り辛い相手と戦闘する事は分かっていた事だ。勿論、頭では分かっていた。でも、分かっていただけだった。

そういう相手と戦闘して、そういう相手を斬らなければならない状況などいくらでも起こり得る。そうなった時、躊躇う事無く刃を振り下ろす覚悟をしなければならない。いや、もう遅いくらいだ。だが、幸い俺達の方に被害は出ていない。今覚悟を決める覚悟が出来た事は幸運だった。


「すまない。ニル。気を使わせたな。だがもう大丈夫だ。」


ニルは盾を構えたまま、俺の顔をチラッと見ると、直ぐに前を向く。


「流石はご主人様です。」


殺し殺されの状況など無かった世界から来た俺よりも、もっと過酷な状況で育ったニルは、とうの昔にその覚悟が出来ていた。

これ以上情けない姿をニルに見せるわけにはいかない。


俺は大きく息を吸って吐く。


カチャッ!


強く握った手が刀を鳴らす。


「押し潰せ!!」


相手は、人数の有利を活かし一気に攻め切るつもりだ。一人も先へ通せないとなれば、相手の生死を気遣ってやれる余裕など無い。


「行くぞ!」


「はい!!」


俺とニルは意を決して走り出そうとする。


ダンッ!!


「なんだっ?!」


ギィィン!!


しかし、俺とニルの決意とは裏腹に、俺達と追手の間に四つの人影が現れると、追手の行く手を阻む。


「何者だ?!」


突如現れた人影は、全身を隠すローブを着込んでおり、それが男か女かは勿論、種族すら分からない。


ただ、その四つの人影は、俺とニルに背を向けて立っている事から、俺達に敵対しようとしている者ではないだろう。


「我々は魔王様から指令を受けている!邪魔をするのならば斬るぞ!」


「「「「………………」」」」


追手の言葉は聞こえているはずだが、四つの人影はピクリとも動かない。


「チッ!敵と見なす!斬れ!!」


追手の連中は目の前の四人を敵と決め、斬り掛かる。


「はぁっ!」

ギィィン!


「おぉっ!!」

ガキィン!!


追手の連中が斬り掛かるが、その攻撃を軽々と弾く四人組。


相手は九人。対する謎の人影は四人。ほぼ二倍という数なのだが…数の差を感じさせない程圧倒的な実力差。

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