第750話 グランドメイズ (2)

「来ます!!」


俺とニルの真後ろに立っているピルテが叫ぶ。


「見付けたぞ!」


湾曲した壁の向こう側から、追手数人が顔を見せる。


「前に出ます!」


ニルは相手の装備を見た瞬間、接近する事を選び走り出す。

相手の武器は弓矢。遠くからバスバス撃たれて防戦一方という展開を恐れての判断だ。


「援護するわ!」


即座にハイネが援護として魔法陣を発動する。

痕跡を消す為に使おうとしていた魔法をそのまま援護に使ってくれるようだ。


ハイネの魔法陣が緑色に光る。


ゴウッ!


「ぐあっ!」

「砂埃がっ!」


グランドメイズに吹き荒れる風。

中級風魔法、ウィンドエクスプロージョン。圧縮された空気が爆発し、一方向に向かって勢い良く風が吹き出すというもの。痕跡を隠蔽する為の魔法であり、それ自体に殺傷力はほぼ無いが、荒地の砂埃を巻き上げるには最善の魔法だ。


相手には遠距離武器を持った者が数名見えているし、まずはその遠距離攻撃を阻害してくれたのだろう。

吹き上がった砂埃が、相手側に押し寄せ弓や魔法での攻撃を邪魔してくれる。


ビュビュッ!!


ガッ!

「ぐあっ!」

ガンッ!

「がはっ!」


俺とニルが相手側に到達する前に、後ろから物凄い速さで何かが飛んで来て弓矢を持った者に当たる。

どうやら飛んで来たのは石礫いしつぶて。この戦い方はアマゾネスの得意とするもの。


後ろへ軽く視線を向けると、イナヤとアタニが石礫を構えているのが見える。


プレイヤーである俺と同等レベルのパワーを持ったアマゾネスが本気で投げた石礫だ。痛いどころの騒ぎではない。石礫が貫通していないのが不思議とさえ思える。まあ、もし外した場合、崩れ易いグランドメイズの壁に当たり生き埋めになるかもしれないと考えると、全力投石は難しいのだろう。

それでも、魔法や弓矢とは違い、石礫は投げるだけ。スピーディな攻撃が可能でありながら、当たれば戦闘不能になる可能性すら有る威力。これが最強の遠距離攻撃と言われても納得出来てしまう……と感心ばかりもしていられない。俺は俺の役目を果たさなければ。


「クソッ!抜剣!抜剣!」


追手はニルの接近に対し、即座に剣を抜き放つ。

上から差し込む太陽の光が、抜き放たれた剣先に反射してギラリと輝く。


「うおおぉっ!!」


ギィン!ザシュッ!

「がぁっ!」


ニルは勢いのまま追手の陣営に突っ込むと、先頭の一人の攻撃を盾で弾き短刀を首筋に走らせる。


先頭と衝突した俺達にも、追手の正確な数を把握し切れない。今も尚、次々と後ろから現れているのだ。不殺ころさずなんて甘い事を考えていては数で押し潰されてしまう。


「はぁっ!」


ギィィン!!

「何っ?!」


ニルを側面から攻撃しようとした一人の剣を、俺の紫鳳刀が弾く。ニルはその攻撃に視線さえ向けていない。俺がその攻撃を防いでくれると信じていたのだろう。自分の攻撃に反応を示さないニルの首を取ったとでも思っていたのか、俺が援護に入った事に驚いている。ニルが正面切って飛び込んだ事で、俺への注意が疎かになっていたのだ。相手側の人数がこちらの人数を大きく上回っている事も油断の要因だろう。


ザシュッ!!

「ぐっ!!」


俺が振り下ろした紫鳳刀は、驚いた顔の黒翼族の男を斬り伏せる。


「馬鹿者!侮るな!人数差を利用しろ!」


そのタイミングで即座に入る指示。対応が早い。


「ニル!適当な所で引くぞ!」


「はい!」


相手の人数は正確に分からない。ただ、正確には分からない程の数が居る事は間違いない。素直にどちらかが潰れるまで剣を交えるなんて事をする必要は無い。皆がサイレントフォレストまで到達する時間を稼ぎ、俺達に注意を引き付けられればそれで良いのだから。


「こいつら強いぞ!」


「一人で戦うな!」


追手の者達は、見た限り魔族の兵士。全員軽装で動き易さを重視しているように見える。相手側に盾を持った者が居ない理由もそれだろう。

ただ、軽装だからといって弱いという話では無い。

一人一人の強さで言えば、俺達には劣るかもしれないが、兵士として見れば強い部類に入る。加えて、連携力や指揮系統もしっかりしており、そう易々と斬らせてはくれない。最初こそ浮き足立って突出して来た者を斬ったが、それ以降はかすり傷程度しか与えられていない。

人数の差を活かし、互いを互いに守り合うような形で攻撃してくる上に、危なくなれば即座に引っ込む。無理矢理突っ込むくらいしなければ、相手の数を減らすのは難しいだろう。相手を殲滅したいわけでもないし、時間を掛けてくれるのは寧ろ有難い。

ただ、後ろからハイネ、ピルテ、イナヤ、アタニが援護をしてくれているが、それでも目立った被害もなくジリジリと詰め寄られるのは精神的に良くない。


「数をこなすよりタチが悪いですね…」


「これが本当に訓練された兵士ってやつだな…もう少し時間を稼ぎたいところだが…」


「話に聞いていた通り、なかなかやるじゃねぇか。」


時間を稼ぐ方法を考えていると、兵士の奥から男の声が聞こえて来る。


ザッザッ…


兵士を割るようにしてこちらへ歩いて来たのは狼人族の男。


人の姿をしており、灰色の耳、尻尾を持った男だ。

人狼族とは違い、見た目はあくまでも人型だが、身体能力は高い。まあ…種族的なステータスの高さを差し引いても、この男は強いだろう。

手に持っている双剣と、それを持っている姿が馴染み切っている。全身に見える切り傷の跡は、それだけ多くの戦闘をこなしてきたという証明であり、強者特有の威圧感も感じる。かなりの手練に違いない。


「これだけの人数が居るってのに怯みもしないとはな。」


「…………」


不敵に笑う狼人族の男。


「人族でその歳となれば、身体が衰えているはず。それなのにあの身のこなしとなれば…変装ってところか。」


「……………」


当然反応はしないが、まさかこの短時間で俺達の変装を見破るとは思わなかった。アンバナン監獄では一度もバレなかったのだが…流石に動き回り過ぎたらしい。


「まあ、そんな事はどうでも良い。

お前達は間違いなく強い。俺達魔王軍の中でもお前達の相手が出来る者は限られるだろう。それだけの強さを持っているってんなら、俺の相手に不足はねぇ。」


「セ、セスタ隊長?!」


ギョッとした隣の兵士がセスタ隊長と呼ばれた狼人族の事を見ている。反応から察するに、このセスタという男のこういった行動は一度や二度ではないらしい。


「俺は強い奴と戦うのが好きなんだ。そもそも魔族ってのは強い奴こそ正義。強い奴を見付けたならば戦ってみたいと思うのが当然だろう。」


詳しい事情は分からないが、人族の事に詳しかったり、魔族の習性を敢えて口にした事を考えるに、このセスタという男は魔界の外から来た者のようだ。


「セスタ隊長!ここは皆で取り押さえると決めたではないですか!」


「あー…そんな約束したか?まあ、良いじゃねぇか!」


「良くはないですよ?!」


「んな事言ってもよ。こいつら、このまま押してもジリジリ下がってそのまま逃げちまうだろうよ。」


「なっ?!そ、それは…」


敵が目の前に居るというのに、唐突に話を始める二人。もう一人は副隊長だろう。


「俺達と正面切って殺し合う気は無いようだし、逃げるのに徹しているって感じだ。それだったら逃げ出す前に戦ってみてぇじゃねぇか。」


そう言って俺の事を見た後ニヤリと笑うセスタ。


どことなくアマゾネスの皆に似た感性をした感じる。いや、そもそもそういう感性こそ魔族の特徴。俺達の通常で考えてはならない。

強さこそ全てという魔族は、自分の力を示す機会が有れば是が非にでもものにしたいと考えるのは道理。セスタという男の考え方は自然と言えるだろう。寧ろ、それを止める副隊長の方が不自然となる。まあ、一個人ではなく、魔王として動いているのだから、身勝手な戦闘をしてはならないと考えると、副隊長の方が道理ではあるのだが…とにかく、こういう展開になる事は予想していなかった。


「どうせ他の者達で追い詰めようとしても力の差が有り過ぎて取り逃しちまう。ここは通路が狭くて囲い込む事も出来ねぇからな。ならば!」


ダンッ!!

「っ!!」


ギィィン!!


一瞬にして間合いを詰めて来るセスタ。


ニルが反応して盾で防御するが、かなり速い。双剣の攻撃もかなり鋭い。ニルが慌てて防御に回る程の実力は有る。


「流石にそう簡単にはいかねぇか。おっと!」

ブンッ!


ニルが短刀で反撃するが、その一撃はセスタがバックステップする事で空を切る。


「ま、こうして相手が出来る者で釘付けにする方が可能性が有るってもんだ。」


「言うのは簡単ですけどね…相手は相当の使い手ですよ。」


「そうだな。気を抜けば一瞬で殺されるだろうな。」


「何故嬉しそうなんですか。」


「自分を一瞬で殺せる相手なんざ今となってはそうはいねぇ。そんな相手と打ち合えるのに嬉しくねぇはずがねぇだろ。」


「これだからセスタ隊長は…付き合わされるこっちの身にもなって下さいよ。」


「そう言うハールバーも笑みが隠し切れていねぇぞ。」


ハールバーというのが副隊長の名前らしい。黒翼族、黒い髪、黒い瞳。まだ若いみたいだが、副隊長になるだけの実力は有るはず。なかなかに強そうな直剣使いだ。


これは面倒な事になった。それが正直な感想。


セスタとハールバーが俺達との戦闘に注力する事で、その場に居る他の者達は俺達の逃亡を阻止する為に全力を注ぐ事が出来る。当然、そうなれば俺達の逃げられる確率は下がる。加えて、ハイネ達の援護を阻止する為にも動ける。勿論、それはセスタとハールバーが二人で俺とニルを抑え込める前提の話であり、そこが成り立たなければ簡単に瓦解するような作戦だ。考え無しに見える態度ではあるが、よく考えられている。役割を分ける事によって、俺達への対処を確実に行うつもりなのだろう。

実際、そうされると俺とニルは援護を貰えず、セスタとハールバーをどうにかしなければ逃げる事も出来ない。


「こうなると…やるしかないか。」


俺は紫鳳刀を二人に向けて構える。


この状況から抜け出して逃げるにはいくつかの方法が考えられるが、一番確実で追手も止められる方法となると、セスタとハールバーをどうにかする。これしかない。

相手側が取った作戦は博打に近い。セスタとハールバーが俺とニルを止められるかどうかによって作戦の成否が決まる。つまり、俺とニルでこの二人をどうにかしてしまえば良いだけの話だ。


「やる気になったか。」


俺が構えたのを見て、セスタはまたしても不敵に笑う。


俺達を捕らえる為の作戦である事に間違いはないだろうが、どうやら、セスタが戦いたいと言ったのも本音の一部のようだ。


「………行くぞ!!」


「はい!!」


先に動いたのはセスタとハールバー。


二人は刃を振ればぶつかり合うであろう距離を保ったまま、俺とニルへ突撃してくる。狙いはニル。


俺も即座にニルへ寄り添うように移動し、二人の突撃に応戦する。


「はぁっ!」


ギンギィィン!


「ここっ!」


ガキィン!


「オラァッ!」


ブンッ!


セスタとハールバーは、互いに刃を振っても邪魔にならないよう、動きを同調させ、交互に刃を繰り出す。お互いの信頼関係が出来上がっていないと不可能な攻撃方法。

連携力だけでいえば、俺とニルに匹敵する。


「やぁっ!」


ガンッ!


「はっ!!」


カキィン!


こちらも負けてはいられない。


セスタとハールバーが繰り出す連携技に対し、こちらも同じような連携を取って攻撃をいなしつつ、こちらの攻撃も加えていく。


互いに武器を振れば誰にでも当たる距離感で武器を振り回し続ける。


俺が横薙ぎの攻撃をすれば、相手に加えてニルも姿勢を落としてそれを避け、ハールバーが斜めに斬り下ろせば、セスタを含め、他の三人がそれを避ける。


目の前で火花が散り、その次の瞬間にはニルの目の前で火花が散る。


これだけの至近距離で、俺とニルの攻撃を躱し、防ぎ、反撃までしてくる。間違いなく、これまで出会った追手の中で最も強い二人だ。


まだ魔王をどうやって助け出すのかも決まっていない段階で、こちらのカードを見せるわけにはいかない。

神力、聖魂魔法、ニルの魔眼。特にこの辺りは秘匿してこの場を何とかしたい。手の内を見せ過ぎれば、その分手札が減る。


そうなると、剣技だけでこの場を切り抜けるのがベスト。


ニルもそれが分かっているのか、盾と短刀の扱いに集中している。


ニルの使う柔剣術は円の動きを主体にした剣技。円の動きとなると、これ程までに超接近した状態で使うのはなかなかに難しい。不可能ではないだろうが、それは柔剣術を極めたランカレベルの話。ニルにはまだ少し難しいだろう。

そうなると、決め手は俺が引き受けるべきだ。


「っ!!」


ブンッ!


「はぁっ!」


ギィン!


次々と繰り出される攻撃の中、俺はそのタイミングをじっと待つ。


俺が決め手となる一撃を加えられたとして、その後逃げるまでの猶予は僅か。この二人を仕留め切れないにしても、少しの間動けないようにする必要が有る。


「はぁっ!」


ギンギィン!


「おぉっ!」


ブンッキィン!


右に左にと刃が行き交う中、僅かな空隙を縫うように、俺は剣技を放つ。


剣技、幻刀げんとう


この剣技は、歩法である幻足げんそくを使う。


幻足は、上半身と下半身の動きをチグハグにする事により、相手に動きの錯覚を生じさせるというもの。上手く使う事が出来れば、フェイントによって相手にすら見せる事が可能だ。

そして、そんな幻足を使って繰り出すのが幻刀。歩法によってフェイントを掛け、相手がそれに気を取られ瞬間に一撃を加える。幻足を用いた最も基本的な剣技である。


俺は下半身をハールバーへ、上半身をセスタへ向ける。


超接近戦での超高速のやり取り。その中に混ぜ込まれたフェイントは、コンマ一秒程。しかし、相手のレベルが高い程、俺のフェイントを認識してしまう。


「「っ!!」」


二人はこれまで同様に、俺の攻撃を受けようと防御の姿勢を取る。しかし、それはこれまでと違い、二人に行われた。


俺が人である以上、一本の刀で同時に二人を攻撃するのは不可能だ。しかし、二人は俺の動きを見て、俺のに反応してしまった。


「しまっ」

ガギッ!ザンッ!!


俺はタイミングを遅らせた一撃をセスタの横から叩き込む。超接近戦である事と、そもそも防御体勢を取った相手に叩き込んだ事で、俺の攻撃が完璧に入る事は無かったが、双剣の上から叩き込んだ刃は、そのままセスタとハールバーを押し退けるように進む。

タイミングを遅らせた事により、セスタの防御は俺の一撃を抑え込めず、身体が流れ、双剣の上を滑った紫鳳刀の刃がセスタの肩口を斬る。


ドンッ!ガシャッ!


「ぐあっ!!」


セスタとハールバーがもつれながら倒れ込み、肩口の傷から血が飛び散る。


「隊長!!」


バンバンッ!!


自分達の信じる隊長が一撃を受け、倒れた事で兵士達の意識が僅かに揺れる。


その隙を見逃さず、ニルが即座に自分の足元に煙玉を投げ付ける。


一瞬にして広がる煙が、俺達の視界を奪っていく。


ドンドンッ!!


続け様に、ニルは両側面に立っている壁に向けて爆発玉を投げ、それが壁に当たると同時に爆発。


「まずい!!隊長達を!!」


「急げ!!」


ガラガラガラガラッ!!


爆発の衝撃によって壁が破損し、その破片が頭上から降ってくるのが見える。


俺とニルはそのままハイネ達の方へと走る。


ガラガラガラガラッ!!

ガガガガガガガガガッ!


次々に降ってくる瓦礫が、通路を塞ぐように降り積もる。


あのタイミングだと、セスタとハールバーは助け出されただろう。だが、それが目的ではなく、あくまでも逃げるのが最優先。これで直ぐには追って来られないはず。


「イナヤ!アタニ!」


「こっちです!」


俺達はその足でイナヤとアタニの案内の元、一気にグランドメイズを進む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る