第744話 脱獄囚 (2)
ゴウッ!!
フレイムボーイはただ近寄って来ているだけだ。そして、俺とフレイムボーイとの距離は五メートルは有る。しかし、その時点で既に熱波を肌に感じている。それ程にフレイムボーイの体表を覆い尽くす炎の温度が高いという事。
クトゥグア族という種族が居る事自体、今回初めて知ったが、クトゥグア族ならば全員がこのレベルの炎を纏えるとなるとかなり強力な能力を持つ種族と言える。
ただ、炎を使う相手というのはモンスターにもいるし、魔法にも火属性が有る為そこまで珍しい攻撃とは言えない。
「はっ!!」
ブンッ!!
俺は離れた位置からフレイムボーイに対し、神力を使用して攻撃する。単純な飛ぶ斬撃ではあるが、近付かずに攻撃するのならばこれで十分。
先程まで剣技時雨による飛ぶ斬撃を見ていたフレイムボーイは、近付いてくる足を止め、斬撃の延長上から横へとズレる。
俺の飛ばした斬撃は、フレイムボーイの纏う炎を切り裂いたが、フレイムボーイ自身に攻撃は当たらなかった。
ただ、フレイムボーイは俺の斬撃を避けた。それはつまり、炎を纏っていようと斬撃が有効だという証拠。炎を纏う相手と戦うというのはかなり特異な状況だが、言ってしまえば炎を纏っているだけ。それ以外は普通の相手と何も変わらない。であれば何も問題にはならない。
ボウッ!
俺の斬撃を避けたフレイムボーイは、全身から出ていた炎を引っ込める。やはり続けて長時間炎を纏い続けるのは難しいらしい。ただ、フレイムボーイの足跡や壁や床に飛び散った炎はチラチラと未だに燃えている。
服は何で出来ているのか分からないが、燃えても焦げてもいない。火に強い素材で作られた物だろうか。
「チッ…素早い奴め…」
全身から熱気を放ちながら言うフレイムボーイ。他の三人も一度立ち止まり、一時的な静寂が訪れる。
「あー…ほんと最悪。」
静寂を断ち切ったのはブラッドデビル。
大鎌を肩に乗せて大きな溜息を吐いている。
「おい。ブラッドデビル。集中しろ。」
「折角牢から出て殺しまくれると思ってたのにさー。こんな強い奴相手にグタグタやってるとか最悪以外の何でもないでしょ。」
戦闘中だというのに、緊張感など皆無な発言と態度のブラッドデビル。
「俺達が外へ出るには色々と必要だと話しただろう。」
「あんた達は船で出なきゃいけないかもしれないけど、私飛べるし。」
「そもそもそう簡単に外へは出られないと話しただろう。万が一出られたとしても、飛んで逃げる者は対空兵器で落とされる。」
「私そんなに雑魚じゃないしー。」
黒翼族、悪魔族等の空を飛べる種族にとって、この周辺の沼地は脅威にならない…と思うかもしれないが、当然それについては対策が取られている。底なし沼の周囲をぐるりと囲むように対空兵器が設置されており、監獄内で何か起きたと判断されると担当者が対空兵器に乗り込む。数台の対空兵器ならばいざ知らず、数十台にもなる対空兵器からの一斉射撃となると、いくらマシンガンのような近代兵器の連射力が無くとも逃げ遂せるのは不可能。寧ろ底なし沼をどう渡ろうかと考えた方が建設的だとさえ思える。
今回の場合、鱗人族の皆は既に逃げており、その対空兵器が機能しないのだが…黙っていればその脅威は有効に働いてくれる。
しかし、これらの事はブラッドデビルも把握しているはず。それなのに、敢えてこの話題を持ち出す意味が分からない。というか…そもそも敵前で悠長に会話している意味が分からない。
一応、フレイムボーイとスローターナイトが俺の事を警戒している為簡単には近付けないが、一体何がしたいのか…
「いい加減にしろ。さっさとあの女を手に入れて外に出るんだ。ちゃんと協力しろ。」
「はぁ……分かったわよ。でもさ……」
そう言ったブラッドデビルが少しだけ俯く。
そして、直ぐにブラッドデビルの口角がグイッと上がるのが見える。
ダンッ!!
ブラッドデビルが唐突に床を蹴って移動する。
俺はブラッドデビルの行動にも気を付けていた為、反応が遅れる事は無かったが…そもそも反応するも何も無かった。何故ならば、ブラッドデビルが移動した先は、俺ではなくロービルの元だったのだ。
何をしようとしているのかという疑問がまず最初に頭の中へ浮かんで来る。
ロービルと一緒に攻撃するつもりだろうか?
それにしては色々と遅過ぎる。唐突に動き出したタイミングで二人同時に攻め来るのならば分かるが、既にこちらは迎撃準備が完了している。奇襲には程遠い。
その場の全員がブラッドデビルの不可解な行動に疑問を抱いていたが、直ぐにブラッドデビルが何をしようとしていたのか分かった。
「それならお前も戦えよ!」
「っ?!」
ゴッ!!
ブラッドデビルは、大鎌の柄を使って後ろに居るロービルを殴ると、ロービルが押されるように俺の方へと移動する。
「っっ!!」
ロービルの体はブラッドデビルからの一撃により、流れるように移動。俺の目の前まで迫って来る。既に戦意も失いつつあったロービルだが、咄嗟に俺に向けて攻撃を仕掛ける。
互いの攻撃が届く距離にまで迫ってしまったのだから、ロービルの選択肢としてはそれ以外には無かったのだろうが…
ロービルの攻撃は、攻撃と言うにはお粗末なもので、右手の爪先を俺の顔に向けて突き出すというもの。吸血鬼が得意とする上級闇魔法シャドウクロウさえ使えていない。吸血鬼は身体能力も高くまともに受ければ怪我では済まない威力ではあるかもしれないが、ロービルは腰が引けているしその攻撃には脅威を感じない。一応、赤視眼という魔眼を持っているらしいが、能力は熱感知。戦闘において直接的に作用するタイプの魔眼ではないから、ここで使っても何の意味も無い。つまり、どうあってもロービルがここから脅威になる事は無い。
ただ…ロービルには脅威を感じてはいなかったが、俺はロービルの一撃を避けるように後ろへと数歩分跳んだ。
ザシュッ!!
「がぁっ!!」
目の前にはロービル。そして、その胸部から長く鋭い刃が突き出して来ると、先程まで俺が居た位置にまで切っ先が到達する。
「こ…の……」
ロービルは自分の胸から突き出した刃を見た後、ゆっくりと振り返る。
「チッ…最後まで使えないわね。」
ズリュッ…
ロービルの後ろに居たのはブラッドデビル。
ロービルを突き飛ばした後、そのままロービルの影に隠れて接近して来て、ロービルごと俺を突き刺そうとしたのだ。
ロービルが接近、攻撃した事で、俺の意識をそちらに集中させ、攻撃を当てようとしたのだろう。俺達は大多数を相手にする事が多く、視界は広く取る癖を付けていたからブラッドデビルの接近に気が付けたが、その経験が無ければ危なかったかもしれない。
それに、致命傷を負わなかったとしても、ロービルは吸血鬼族。その血は俺達人族にとっては毒。少量でも体の自由を奪われる。ロービルの体を貫通し、その血が付着した大鎌によってかすり傷でも付けられていれば、その時点で俺の負けが確定していたはず。
ドサッ…
心臓を貫かれたロービルは、大鎌を引き抜かれ、その場に崩れ落ちる。
吸血鬼族は高い生命力も有しているが、不死身というわけではない。心臓を潰されてしまえば当然死に至る。
「おい!ブラッドデビル!」
「後ろでビクビクしているだけの奴に使い道なんてこのくらいしかないわ。」
ブラッドデビルを咎めようとしたスローターナイトに対し、ブラッドデビルは悪びれる様子もなく言い放つ。
「それに。死んでもこいつの血は使えるし。ははは!本人より血の方が使えるって笑えるわね!」
本気で思っているのか、ブラッドデビルは嬉しそうに、楽しそうに笑う。
悪魔族というのは他種族から忌み嫌われているらしいが、その理由が垣間見える言動だ。
「戦闘に参加しない奴を連れていても意味が無い。」
ブラッドデビルの言動に対し、フレイムボーイがボソリと呟く。
「……チッ。やってしまった事は仕方がない。」
ザシュッ!
そう言ったスローターナイトは、自分の持っている直剣で既に息を引き取ったロービルの体を斬る。
刃に吸血鬼族の血を付着させる為なのだろうが…それを無感情に行っているのを見ると、やはり俺達とは感覚がズレているのだと感じる。
「はぁ。さっさとその女を渡してくれればこんなに面倒な事になんかならなかったのに。」
「…………」
ブラッドデビルは俺の事を睨み付けてくるが、俺はそれに対して何も感じる事は無い。
「そろそろ終わりにするわよ。あまり時間を掛けていると出るに出られなくなるからね。」
「言われずともそのつもりだ。」
残ったのはフレイムボーイ、スローターナイトとブラッドデビル。
ここまでは全員の動き方や戦い方を見る為に慎重に動いていたが、ロービルが死んだ事で相手は三人となった。それに、唯一動きを見せていなかったフレイムボーイの動きも見れた。
俺達に残された時間も少ないし、そろそろこちらからも動いて終わらせよう。
カチャッ……
俺は手に持った紫鳳刀を握り直す。
ボウッ!!
フレイムボーイもそろそろ決着が近いと考えているのか、攻める前から炎を纏う。
「…………」
「………………」
ジリジリと互いの距離が近付いていく。
これまでの戦闘から考えるに、恐らくスローターナイトとブラッドデビルが俺の注意を引きつつ一撃を狙い、後ろからフレイムボーイが炎で俺を焼き尽くさんと狙うといった形になるだろう。
スローターナイトとブラッドデビルは、武器の扱いに慣れており、スローターナイトは単純な自力が高く、ブラッドデビルは隙を狙う攻撃が得意らしい。この二人を相手に隙を突くのは不可能ではないにしても難しい。
となると、狙い目はフレイムボーイとなるわけだが、こちらも近付くだけで危険な能力を持っている。ただ、フレイムボーイは能力こそ厄介だが戦闘能力は高くない。また、フレイムボーイの能力的に敵味方関係無く影響を及ぼしてしまう。そこを狙うのが一番手っ取り早いだろう。
「「……死ねぇ!!」」
三人の動きを観察しつつ、ジリジリと距離を縮めていくと、スローターナイトとブラッドデビルが同時に動き出す。
スローターナイトは向かって左から、ブラッドデビルは向かって右から、それぞれ突き攻撃と斬り下ろしの攻撃を行う動作に入る。
スローターナイトの直剣はまだしも、大鎌の振り下ろしを受け止めるのは危険だ。そう考えた俺は左へと体を寄せ、ブラッドデビルの一撃から離れる。
ギャリッ!
ブラッドデビルの攻撃を避けた事で、スローターナイトの一撃が目の前に真っ直ぐ迫って来る形になるが、紫鳳刀を縦に構え、スローターナイトの突き攻撃をいなしつつ、体を左斜め前へと進め、体を右へ一回転させる。
剣技、
相手の攻撃を利用し、体を回転、そのまま相手を斬り付けるカウンターの剣技だ。
俺は回転しつつ、刀を体に寄せるよう引き付け、そのままスローターナイトの首を狙う。
ギィンッ!!
しかし、その刃は大鎌に弾かれる。
ブラッドデビルは、スローターナイトの奥から大鎌を迂回させるような形で滑り込ませ、俺の一撃を止めたのだ。大鎌という特殊な形状だからこそ出来る動きだ。大鎌という武器に慣れていない為、そういう使い方まで頭が回っていなかった。
「ハッ!」
ブンッ!
スローターナイトがすかさず横薙ぎの一撃を放ったが、俺は自分の体をくの字に折る事でその攻撃を避ける。
ガンッ!ギンッ!
「「なっ?!」」
そして、そのまま左足を持ち上げ、ブラッドデビルの持っている大鎌を下から蹴り上げる。
かなりトリッキーな動きを見せた二人だったが、スローターナイトを抱き込むような形で大鎌が配置しており、その状態のまま大鎌の上を通すようにスローターナイトが直剣を振った為、二人の武器は複雑に入り組むような形になっていた。それに対し、大鎌を蹴り上げる事により、大鎌と直剣が絡み合いながら上へと跳ね上がる。
俺から見るとスローターナイトとブラッドデビルが同時に手を上に挙げるような姿勢になっており、尚且つ、スローターナイトとブラッドデビルが直線上に重なっている。
当然、俺は体を起こしつつ、スローターナイトの鳩尾を狙って刀を突き出す。上手くいけば、スローターナイトだけでなくブラッドデビルをも貫く一撃になる。
スローターナイトとブラッドデビルも、瞬時にその事を悟ったのか、表情が変わる。死を目前にした時の表情だ。
ゴウッ!!
しかし、俺が放とうとした一撃はフレイムボーイの炎によって止められる。フレイムボーイが俺と二人の間に炎を飛ばしたのだ。
瞬間的に俺と二人の間に炎の壁が出来た事により、スローターナイトとブラッドデビルは体勢を立て直す。
スローターナイトとブラッドデビルの二人を同時に落とせる大きなチャンスであった事は間違いない。しかし、こうなる事はある程度予想していた。俺の狙いは最初からこの二人ではなくフレイムボーイである。
タンッ!!
炎の壁が俺と二人を分けたタイミングで、俺は即座にフレイムボーイに向けて床を蹴る。
神力を刀に乗せ、切っ先を延長。そのまま真っ直ぐにフレイムボーイへと腕を伸ばす。
剣技、貫鉄尖。
この三人が見るのは二度目だが、一度見ただけで対処出来るほど天幻流剣術は甘くない。
床を蹴った勢いと、体を伸ばす勢いが同時に乗る事で、刀の突き出しは想像を絶する程の勢いとなる。
フレイムボーイは、スローターナイトとブラッドデビルを助けたという安堵から、僅かな気の緩みを見せていた。自身が炎に包まれているという事もその安堵を生み出した要因の一つに違いない。
フレイムボーイから見れば、俺は今の今までスローターナイトとブラッドデビルの相手をしていたのに、突然自分に刀の切っ先が迫って来たと感じた事だろう。実際、フレイムボーイは俺の突き出した切っ先がその胸部に到達した時、まだそれに反応出来ていなかった。
ザシュッ!ザンッ!!
俺は反応出来ていないフレイムボーイの胸部に紫鳳刀を突き刺し、直ぐに横へと斬り払う。
確かにフレイムボーイの纏う炎は凄い熱量だが、炎は炎だ。瞬間的に近付く程度ならば問題にはならない。
「ガハッ!!」
ジュジュジュジュッ!
フレイムボーイは、切り裂かれた胸部から右腹部と口から血液を吹き出すが、その血液は全て炎に焼かれて蒸発する。
「クソがっ!!」
俺の動きを目で追う事しか出来なかったスローターナイトとブラッドデビルが、そのタイミングで俺に向かって来る。
しかし、フレイムボーイが予想外の早さで倒されたからか、足並みが揃っていない。もう少し互いに信頼し合い、協力出来ていれば、俺一人では危なかったかもしれない。
ギィンッ!ザシュッ!!
足並みが揃っていないのならば、一対一で戦うのと同じ事。目の前の一人に集中すれば良いのであれば、スローターナイトにもブラッドデビルにも遅れは取らない。
何とか状況を打破しようとしたスローターナイトの甘えた一撃を弾き、首を刈り取る。
ゴトッ!ブシュゥゥゥゥ!!
頭部の無くなったスローターナイトの体は二、三歩そのまま走り続けた後、血液を噴射しながら床に倒れる。
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