第743話 脱獄囚

俺の飛ぶ斬撃は、俺を始点にしている為、近付けばその分相手へ到達するまでの時間は短くなる。その上、リズムも変化し、これまでより数段速い連続突きともなれば、躱すのも受けるのも難しいというもの。

タンガに与えた傷は浅いものの、動きを鈍らせるには十分な傷であり、右肩の傷は武器を振るのを、左太腿の傷は機動力を妨げる。


「チッ!!」

タンッ!


やはりそこらの犯罪者とは違うらしく、傷を受けたというのに怯む事はなく、即座に無事な右足を使って俺との距離を取るタンガ。


ギンッ!キィン!


すかさず追撃を放つが、ウェンディゴ族はスピードに優れた種族。片足での移動とは思えない速さで俺との距離を取り飛んでくる斬撃も両手のダガーでいなしてしまった。

少し無理をすれば首を取れたかもしれないが、相手はそれでも五人居る。焦って追えば次に窮地に立たされるのは俺になる。時間は掛かるが無理せず確実に乗り切る。俺達の目的はセレーナ姫や他のギガス族の皆を連れての…脱獄。ここで傷を負って動きが鈍るのは一番避けたい展開だ。


「馬鹿ね。焦り過ぎなのよ。」


「チッ。うるせぇ。」


上手く誘い出せたが、決めきれなかったのは惜しい事をした。時雨の対策はまだ取られていないが、相手も警戒しているしここからは待つだけでは……と考えていると、俺の考えを知ってか知らずか、岩躯のヅンガが動く。


「効かん効かん!!」

ガッ!ガッ!


先程までしっかりと避けていた俺の攻撃を、ヅンガは体で受けながら真っ直ぐに走ってくる。

ガーゴイル族というのを見るのは初めてだが、多少の斬撃程度ではその硬い外殻を斬るのは無理なようだ。ただ…見た限り、とてつもなく硬いという事は無さそうである。特に、アースドラゴンという相手と戦った俺からすると、斬れない相手ではないように見える。


「ハッハッハッ!効かん!!」

ガッ!ガガッ!


相手を斬る事に重きを置いていない剣技である時雨では、ヅンガの外殻を少し削る程度。斬撃を殆ど無視して走って来る。


ガーゴイル族の外殻はかなり硬く、普通の攻撃では切り裂く事は不可能と言えるだろう。それでも、目や口、その他にも斬撃を通せそうな部分はいくつか有るのに、何故そこまで自信満々に突っ込んで来られるのか…

一瞬ヅンガにヘイトを集める事で、何か別の攻撃を狙っているのではと考えたが、他の五人の動きを見ていてもその素振りは無い。寧ろ、一応ヅンガの後から追撃要員として追随しているものの、連携という概念を知らないかのような立ち回りだ。


元々、この六人は他人を嬉々として殺めるような連中で、今現在この六人が一緒に居ると言っても、という認識が無いのだろう。あくまでもこの監獄から逃げる為の共謀者であり、一時的に行動を共にしているだけの存在。そう考えているに違いない。

そして、ヅンガやタンガを見て分かるように、この六人は異様なまでの自信に満ち溢れている。恐らく、これまで自分達に殺せなかった者が居ないのだろう。自分達が最強だと言わんばかりの肥大化した自信だ。

まあ…この六人は大量殺人犯の極悪人であり、この監獄内に収容されている囚人達の中でも一目置かれるような存在となれば、自信が肥大化するのも頷ける。しかし……


俺は突き出していた刀を止め、真っ直ぐ上へと持ち上げる。


「何をしても無駄だ!お前の攻撃など俺には」

ブンッ!ザシュッ!!!


持ち上げた紫鳳刀が真っ直ぐに床へと向かって振り下ろされる。


剣技、霹靂。


俺の振り下ろした神力を纏う紫鳳刀は、走り込んで来るヅンガの頭頂部から入り、そのまま体の中を垂直に通過。そして股の間へと抜けた。


ヅンガは俺の攻撃が効かないと笑っていたが、笑顔をそのままに、そして俺へ向けて繰り出そうとして持ち上げた右腕もそのままに、身体を縦に割られる。


ヅンガの体内が断面から見えると同時に、内蔵がボトボトと床へ落ち、真っ赤に染める。


「なっ?!」


まさかヅンガを真っ二つにされるとは思っていなかったのか、追随していた五人が一斉に止まる。


ダンッ!!


驚いた五人に対し、俺は床を強く蹴り真っ直ぐに、そして一足で距離を詰める。


狙うは怪我を負って動きの鈍ったタンガ。

他の四人は怪我を負っておらず、即座に後方へ移動を開始したのに対し、タンガは左足の痛みによって動き出しが遅れた。そうなるのは分かっていた為、俺の動き出しは早く、タンガが後方へ移動するよりずっと早く接近する。


タンガが何とか距離を取ろうとしているのに対し、俺は真っ直ぐに飛び入りながら紫鳳刀を突き出す。


剣技、貫鉄尖かんてつせん


貫鉄尖は全身の伸びを使って放つ突き攻撃。単純な攻撃方法だが、スピードも威力も高い。


「ぐっ!」


俺の突きに対し、何とか反応を見せたタンガは、俺の突きを受ける為、自分の胸の前にダガーをクロスさせる。


バギィィン!ザシュッ!!!


クロスさせたダガーは、本来ならば突きを受けるに足る防御力だったのかもしれない。しかし、そこそこの質のダガーとはいえ、俺やニルの持っている刀のレベルには遠く及ばない。そんな武器で貫通力の高い貫鉄尖を受けるなど不可能だ。鉄をも貫くという名の通り、質の劣るダガーなど簡単に突き通し、タンガの胸部をも突き通す。


「……な…なんだおま」

ザシュッ!ブシュゥゥ!!!


何か言おうとしていたタンガだが、それを聞いてやる義理は無い。


刃を通したまま体内で刀を返し、上へと引き上げると、タンガの胸部から上を二つに切り裂き、血を噴出したタンガはそのまま後方へと倒れる。


「う…嘘でしょ…?」


時雨の威力から、俺の実力を見誤っていたのだろう。まあ、その意味合いを込めての剣技時雨だったのだから当然ではあるが、ここまで綺麗にハマってくれるとは。


「「「………………」」」


狼狽えるロービルに対し、残りの三人は無言で俺の事を見ている。


特にスローターナイトは冷静さを一切失っていない様子だ。腐っても元騎士というところだろうか。


相手が六人から四人に減った事で、俺の取れる行動も随分と増えた。残った四人はタンガやヅンガとは違い、慎重に俺の実力を見極めようとしていた。つまり、時雨で誘い出すという戦法はもう使えないだろう。そうなると、こちらも動かなければならない。


「フー……」


俺は細く息を吐き、集中力を高める。


相手は四人。火を体に纏わせるクトゥグア族に吸血鬼、鎌を持った悪魔族に直剣を持った元騎士。


吸血鬼であるロービルは先程のタンガとヅンガへの攻撃を見て腰が引けている。放置とは言わないが、無理に仕留めに行くよりも他の三人を優先して相手する方が良いだろう。勿論、吸血鬼魔法や鋭敏な感覚、高い身体能力等、注意する点は有る為ノーマークとはいかないが。


クトゥグア族であるフレイムボーイは、未だに大きな動きを見せてはおらず、火を纏ってもいない。様子見をしていたのだろうが、魔法陣も無しにいきなり体が発火すると考えると、下手に距離を詰められるのは危険だ。


悪魔族であるブラッドデビルの持っている鎌にも気を付けなければならない。武器としては大鎌といった部類に入るのだろうが、特殊な形状の武器で、プレイヤーの中でも使い手はほぼ見た事が無い。剣や刀とは違い、内側に刃が付いており、斬る、突く等の攻撃ではなく、鎌を振る円形の斬撃や引いて刈るという動作で相手にダメージを与える。戦い慣れていない武器なだけに注意したい。


そして、恐らくこの中で最も戦闘力が高いのはスローターナイトだ。他の者達と違いこれといった特殊性は無いが、その分地力が高い。剣術や戦闘の知識も有るとすれば、他の三人より頭一つ抜けた存在であるはず。


相手が俺の事を観察していたのと同じように、俺も相手の事を観察している。俺の方が情報収集という意味では一歩不利だと思うが、それでも体捌きや反応を見ればある程度の予想は可能だ。


「……この監獄へ侵入するだけの事は有るな。」


スローターナイトが呟くと、横に立っているブラッドデビルがニヤリと笑う。


「最高ね。この緊張感。ヒリヒリして気持ち良いわ。」


薄暗い通路の中に怪しげな眼光がギラリと映る。


「…………」


「「「「………………」」」」


先程仕留めた二人の流した血の臭いが鼻に届く。

相手から動く気配は無い。となると、俺から行かなければ状況は変わらず、ただ時間が過ぎて行くだけ。


俺はその結論へ行き着き、ゆっくりと柄を握る手に力を込める。


狙うはブラッドデビル。余裕が有ればロービルも処理してしまいたい。特にロービルの使える吸血鬼魔法には状態異常系、要するにデバフ効果の高い魔法が多い。それを食らうと一気に状況が覆る。ロービルが狼狽えている間に仕留めてしまいたい。


そう考えると、まずはスローターナイトやフレイムボーイへの攻撃を行い、四人の配置をズラさなければ話にならない。

フレイムボーイの能力を考えるならば、スローターナイトへの攻撃が妥当だろう。


タンッ!!


「「「「っ!!」」」」


予備動作無しで動き出した俺に対し、四人が一斉に反応する。


俺が走り込むのはスローターナイトの元。


即座にブラッドデビルが側面から、ロービルがスローターナイトの後方から攻撃する体勢に入る。フレイムボーイはブラッドデビルと逆側となる左壁の方から攻撃のチャンスを伺っている。


「っ!!」

ギィンッ!!


俺が放った何でもない横薙ぎの一撃を、スローターナイトは直剣を使って弾く。


ブンッ!!


剣でも刀でもない風切り音。それが側面から俺に向けて走る。


タンッ!!


俺の足元を刈り取るような鎌の振り回し攻撃。範囲が広く跳ぶ事でしか避けられないのは厄介だ。その上、反撃しようにも柄が長く、振り回しているブラッドデビルとの距離はかなりのもの。刃が届くような距離ではない。内側に刃の付いている鎌と考えると、接近しなければ攻撃出来ないイメージが有ったが、長物と同じで戦闘距離は長い方だ。返しの付いた槍とでも考えた方が良い。


大鎌という武器の距離感を見誤ったものの、最初から一回で成功するとは思っておらず、相手との距離感は上手く保てている。


俺は難無く着地し、その足でそのまま床を蹴る。


「チッ!」

ブンッ!


俺の着地に合わせて攻撃を仕掛けようとしたのか、スローターナイトが舌打ち混じりに直剣を振る。ブラッドデビルの攻撃で俺に隙を作り、その隙に斬り掛かろうとしたが、俺が思ったより早く立て直した事、自分が最初に受けた一撃で体勢を崩していた事で着地にタイミングが合わなかったのだろう。

俺としては、それを見越しての動きである為前へ出た体をギリギリの所で止め、スローターナイトの攻撃を躱す。

当然、俺も反撃を行おうとするが…


ブンッ!


その俺に対し、またしても鎌の一撃が訪れる。狙いはまたも俺の足。敢えて四肢から狙うというのは戦い慣れている証拠。いや、この連中の場合殺し慣れていると言った方が正しいかもしれない。


「ハァッ!!」


先程と同様に、俺が跳んで避けると考えたスローターナイトが、跳躍出来ないように俺の胸元目掛けて直剣を突き出してくる。

大鎌を避けようと跳べば、地に足を付けていない状態でスローターナイトの一撃を受ける事になる。逆にスローターナイトの攻撃を受けようとすれば、大鎌が俺の両足を切断する。というのがこの二人の狙いだろう。

連携と言うよりは、スローターナイトがブラッドデビルの攻撃に合わせた形ではあるが、どういった形だとしても同時に攻撃が訪れる事に変わりはない。タイミングも完璧だ。普通ならばここで俺の負けが確定するところだろう。しかし…


ガッ!ギィン!!


「「っ?!!?!」」


二人が驚きの表情を見せる。


スローターナイトの一撃は紫鳳刀により弾かれ、そして、ブラッドデビルの大鎌の一撃は俺の足に到達するも、服を切り裂いたところで止まっている。


アースドラゴンの脛当て。それが大鎌の一撃を止めたのだ。


大鎌の一撃ともなると、その威力はかなりのものになる。長物に近い武器であるからか、その遠心力は強く、細腕の女性が使っても相手を殺められる程のものになる。それが悪魔族の極悪人であるブラッドデビルという人物の放った一撃となれば、人の両足など容易く両断出来るはず。実際に、俺の足にはかなり衝撃が有った。

しかしながら、アースドラゴンの素材を使った脛当ては、大鎌の一撃を受け止め、傷すら入っていない。最早補助としての防具の域を大きく超えている。流石は九師の作品である。

勿論、大鎌の刃が滑らないように足の角度を気にしたりと技術は必要になるが、それさえ可能であればこんなに頼れる防具は他に無いだろう。


ビュッ!

「クッ!」


俺は面倒そうなスローターナイトではなく、ブラッドデビルに刃を向ける。


俺が足で大鎌を止めた事に驚いていたものの、流石にそう簡単には攻撃に当たってはくれず、後方へと飛び退いて避けられてしまった。


ゴウッ!!


俺は直ぐにブラッドデビルを追う為に床を蹴ろうとしたが、そのタイミングで左手側から赤い光が放たれ、それを認識した瞬間に後方へと下がるしかなかった。

目の前を通り過ぎる火の粉と炎。それを避けなければならなかったからである。


このタイミングで、クトゥグア族のフレイムボーイが動き出したらしい。


全身を真っ赤な炎で包み込み、炎の向う側にフレイムボーイの瞳が見えている。


全身に火を纏わせる事が出来るという特殊な種族とは聞いていたが…予想以上の火力だ。


俺の目の前を通り過ぎた炎は、壁や床に当たると、その場でチラチラと燃え続けている。それを見て、クトゥグア族というのがどういう理屈で火を纏っているのかの予想が出来る。

恐らく、クトゥグア族は火を纏うと言うよりは、可燃性の液体を体表に生成する事が出来るのではないだろうか。

飛び散った炎が床や壁に付着しても燃えているという事は、気体や固体ではなく、液体のような物が燃えていると考えられる。そうなると、人が汗を流すようなイメージで、可燃性の液体を体内で生成し、体表に分泌する事が可能だと考えるべきだろう。また汗とは違い、任意で可燃性の液体を体表に分泌させられるはず。

そして、それが体内から分泌される物だと考えるならば…あまり長い時間火を纏ってはいられないはず。汗を流し過ぎてしまえば脱水症状を引き起こすのと同じような事が起こるはずだからだ。

それが理由で、ここぞという時に火を纏う為、慎重に状況を見ていたに違いない。地下深くの監獄で窒息の可能性が有るという事も有るだろうが…何にしても、フレイムボーイはここで決め切るつもりらしい。


ダンッ!!


フレイムボーイは、何も言わずに床を蹴り走り出す。


床にはフレイムボーイの足跡が炎となって残っている。


スローターナイトやブラッドデビルも俺に攻撃を仕掛けたいだろうが、フレイムボーイの纏う火の火力はかなりのもの。近付いて共に攻撃するという選択肢は取れないだろう。

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