第742話 要注意人物

俺達の前に立ちはだかった囚人は全部で六人。


先程セレーナ姫が有無を言わさず殴り倒した連中よりも更に厄介そうな連中だ。一人一人が異様なオーラを持っている。

六人は、このアンバナン監獄の中でも自信に満ちた表情をしており、他人を品定めするような視線をぶつけてくる。六人が持っている武器は、どこから持ってきたのかしっかりした剣等を持っている。牢獄内で何とか作り出した物ではなく、間違いなく職人の手で作られている。恐らく、武器のランクもそれなりに高い。流石に俺の持つ紫鳳刀やニルの持つ蜂斬に比べれば劣る物だが、囚人が監獄内で持っていて良い物ではない。

それらを考えると、恐らくこの六人はアンバナン監獄内の囚人の頂点に居る者達だろう。最下層から上がって来たに違いない。


「ほらな。待っていた方が良かっただろう?」


そう言って俺達の方を一瞥したのは小柄で手足が異様に長く、極端な猫背。焦げ茶色の鹿のような角が生える男。


「……聞いていた六人…ですよね。」


「…だろうな。」


俺達がアンバナン監獄に向かう時、キャリブルからいくつかの注意点を聞いた。その中に、もしも、何かしらの要因で囚人が逃げ出した場合に気を付けるべき者達が居るという話が有った。

何人かの話を聞いたが、中でも、最下層に収容されている六人の囚人には特別な警戒が必要だと聞いた。


斬首のタンガ。ウェンディゴ族という種族で、小柄で素早く手足が長い。血の気が多く、極端な猫背に焦げ茶色鹿のような角を持っている。腰には二本のダガー。先程口を開いた男だ。

斬首のタンガと二つ名で呼ばれる所以ゆえんは、このタンガという男が無差別に殺した数十人の首が全て切り落とされていたかららしい。


タンガの横に立っているのはフレイムボーイ。ボーイと付いているが本人は子供ではなく大人だ。では何故フレイムボーイなのかというと、この男が殺した十数人の被害者が、全て男の子供だったかららしい。悲惨な事件で、被害者達は全員焼死を迎えている。

この男は、クトゥグア族という珍しい種族で、全身に火を纏わせる事が出来るという特殊な体質を持っている。全身に火を纏わせるからか、体毛は全く無く、赤褐色の肌が特徴的である。武器は持っていないが、その体躯がそのまま武器になる為必要無いのだろう。


更にその隣に立つのは血眼けつがんのロービル。

この女の見た目は長い黒い髪に赤い瞳。俺達もよく知っている吸血鬼族の特徴だ。薄血種の吸血鬼で、赤視せきし眼という熱を感知出来る魔眼を持っているらしい。

二つ名の由来は魔眼から来るものらしいが、この女も大量殺人犯である。吸血鬼族の習性からか、武器は持っていないが魔法は使えるだろう。


その後ろで壁際に立っているのは岩躯がんくのヅンガ。とにかくゴツイという見た目で、茶色の肌も相まって一つの大きな岩のようにも見える男だ。この男はガーゴイル族という種族で、全身の皮膚が岩のように硬いらしい。ガーゴイルというと羽を生やした悪魔的な見た目の生物をイメージしてしまうが、全くそんな事は無く普通の人型である。

言うまでもなく、こいつも大量殺人犯。武器は硬い体表を活かした拳との事。


悪魔的な見た目という意味で言うのならば、その隣に立っている女の方がそれに当てはまる。

ブラッドデビル。この女は悪魔族と呼ばれる種族で、波打った黒い角が特徴だ。一応翼を背中から出し入れする事も可能だとか。持っているのは肩に担ぐ程大きな鎌。鎌だけを見れば悪魔と言うより死神を連想させるが…今はそんな事どうでも良い。

この世界でも悪魔という存在が忌み嫌われている事は知っているが、その所以となった種族がこの悪魔族らしい。とにかく非人道的な者達が殆どの種族で、既に絶滅寸前でもある種族との事。この女も非人道的な行いを繰り返した事で、このアンバナン監獄に居るらしい。


そして最後の一人はスローターナイト。黒翼族の男で、長めの白髪を首の後ろ辺りで一つにまとめている。一言で言うと騎士崩れというやつらしい。元々は魔王に仕える騎士という立場だったらしいが、何かしらの理由で大量殺人を行い、今ではアンバナン監獄の最下層に囚われているとの事。使うのは元騎士らしく直剣のようだ。


この六人については特に気を付けてくれと聞かされていたが…まさか六人全員がまとまって現れるとは思っていなかった。

まあ、類は友を呼ぶと言うし、似た者同士が行動を共にするのはある意味自然な事なのかもしれない。ただ…一人でも厄介そうな相手が六人というのは…


「セレーナ姫。今回は前に出ないで下さい。」


「ああ。分かっている。私もあの者達に武器も持たずに突っ込むような馬鹿ではない。」


セレーナ姫は女性としても、ギガス族としても強い部類に入ると思う。しかし、それはあくまでも姫という存在の中では…という範疇に限られる。彼女がSランク冒険者やそれに匹敵するような強さを持つ者達と同等の強さを持っているか聞かれれば、そうではないと答える。

つまり、目の前の六人と比較してしまうと、セレーナ姫の強さはかすんでしまうという事。


「悪いが、そちらの女を渡してもらおう。」


スローターナイトが俺達に向けて言葉を放つ。


「…それは出来ない相談だな。」


俺とニルはセレーナ姫の前に立ち塞がるように少しだけ移動する。


「無駄な争いをする必要は無い。大人しく女をこちらへ渡すんだ。」


スローターナイトの使っている言葉は、どこか騎士を思わせるものだったりするが、語気は騎士のそれとは全く異なる。

優しい素振りを見せつつ、相手を威圧し、制御しようとする意図が透けて見える。

元は騎士だとしても、こんな場所に入れられる者なのだから当然と言えば当然なのだろう。


「もう良いわよ。さっさとそこの二人を殺して上へ行きましょ。こんな陰気臭いところからは一秒でも早く出たいわ。」


俺達に興味を示さず、自分の爪を気にしながら言うのはロービル。


「どうせ殺すのだから会話なんて意味が無い。」


ボソリと言ったのはヅンガ。


「それもそうね。」


それに応じて鎌を握り直すのはブラッドデビル。


どうやら戦闘は避けられないようだ。最初から分かっていたが。


「ニル。セレーナ姫を頼む。」


「ご主人様。お一人で…?」


ニルと連携して六人と戦う事も考えたが、この六人相手に武器も持たないセレーナ姫を放置するのは危険過ぎる。外に出る為にはセレーナ姫の身柄が必要だと分かっているはずだから殺す事は無いだろうが、セレーナ姫を人質に取られでもしたら手を出せなくなってしまう。それだけは防がねばならない。


「大丈夫だ。手を抜く気は無いからな。」

カチャ…


俺は手に持っている紫鳳刀を半回転させる。

相手がここの守衛だったから峰打ちを使っていたが、こいつらは罪人。しかも極悪な罪人だ。無理して生かす必要は無い。


「…分かりました。」


ニルは俺の言葉を聞いて、スっと後ろへ下がる。


「おいおいおい。一人でどうにかしようってのか?馬鹿だねー。」


「油断するな。こんな場所に入り込んで来るような奴だ。」


「何言ってやがる。こんなジジイに負けろってのが無理な話だろ。」


「あんたはそうやって油断しているからいつも負けるのよ。」


「なんだと?!」


タンガとロービルが言い争っているが、意識は俺に向いている。腐っても極悪人という事だろう。

まあ、こちらへ意識を向けられているかどうかなど関係無い。俺のやる事は何一つ変わらないのだから。


俺はゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐く。


鼻を通る空気からは、湿気とかび臭い牢獄の臭いが感じられる。


天幻流剣術は、その多くの技が少人数戦闘を想定して作られている。一度に多数を相手にするよりも、上手く状況をコントロールして少人数戦闘に持ち込むというのが理想的なシチュエーションと言える。

例えば、先程守衛の者達と大立ち回りした時も、大きく見れば多数対二人というシチュエーションだが、その実瞬間的な戦闘は多くて三対一程度。つまり、俺やニルからすると三対一を何度も繰り返しているのと同じという事になる。

アクロバットな戦闘等は、そんな状況を作り出す為、俺やニルがその場の流れを制御するのに必要な技という事。相手に流れを掴ませず、常に翻弄し続ける事が出来るならば、極論、相手が百人だとしても、一対一を百回繰り返すだけの繰り返し作業になるという事だ。

当然、相手も生きているし俺達に流れを掴ませまいとするから、口で言う程簡単ではない。事実三対一程度で戦闘を繰り返すしかなかったのが良い証拠だろう。


つまり、状況をコントロールし、一対一に持ち込んでから、天幻流剣術で仕留める。これが理想的なシチュエーションだが、相手や状況、環境によってはそう出来ない時も有る。

そして、今回はそのシチュエーションに当てはまる。


通路は階層内をドーナツ型に通っている為そこそこ広い。しかし、通路の広さに対して相手の六人それぞれが受け持てる範囲が大きい。要するに、俺が近づいて行った時、俺に有効打を与えられる距離がそこそこ長い為、攻撃やら何やらを制御しようにもそうはいかない。一人に対して攻撃していると、即座に他の五人が寄ってきて一瞬で六対一の構図が出来てしまうからだ。


ではどうするのか。その答えは簡単だ。


全員が動けないよう範囲攻撃を行う事。


これが最も簡単で確実。但し、魔法を使う余裕は無いし、ニルが魔法を使おうとすればヘイトがニルへ向かってしまう。つまり、俺もニルも魔法を使う事は出来ない。そうなると、俺の持っているアイテムか剣技で対応する必要が有る。

アイテムの場合、全員に攻撃出来る物となると、俺やニル、セレーナ姫にも効果が及ぶ可能性が高くなるし、非殺傷系のアイテムでは六人を止める事が出来ない。

これらをまとめて考えると、剣技による全体攻撃が最善の答えという事になる。


そこで、天幻流剣術には少数対一の剣技が多いという話に戻る。

霹靂等の一人に対する攻撃が主な剣技は使えず、範囲攻撃となると剣技が限定されてくる。その中で、神力を使う事で広範囲への攻撃が可能となる剣技となると…


俺は構える紫鳳刀に神力を集めていく。


「……っ!!」

ビュッ!


警戒はしているみたいだが、そんな事は関係無い。ここは先手を取る事が重要だ。


俺は思い切って刀を突き出す。


紫鳳刀の先端が真っ直ぐタンガへ向けて突き出されるが、俺とタンガの距離は数メートル離れている。刀自体の刃先は全く届かない。つまり、攻撃は神力によるものだけ。神力の使い方は飛ばすイメージだが、攻撃力は重視しない。


「っ?!」

ビシッ!


何かが見えたのか、勘が良いのか、タンガは俺の突き出した刀の延長線上から飛び退き、神力の斬撃は壁に当たる。

攻撃力を重視していない為、飛んだ斬撃は壁を僅かに傷付けただけ。それでも斬撃は斬撃であり、当たれば斬れるし、当たり所が悪ければ死ぬ。


ビュッ!ビシッ!

「魔法か?!」


俺の攻撃が始まったと即座に認識した残りの五人が動き出すが、それに対して突きを繰り出しこちらへの寄りを防ぐ。


「先に仕込んでいたみたいね!」

ビュビュッ!ビシビシッ!


流石にそう簡単には当たってくれないが、それでも問題は無い。


ビュッ!ビュビュッ!ビュッ!


俺は刀を次々と突き出し、目の前の六人全員に対して攻撃を仕掛ける。


時雨しぐれ。それがこの剣技の名だ。


まるで時雨が降るように、不規則に突きを繰り出す剣技で、一撃の強さよりも手数で押す剣技の一つである。


この剣技の特徴は、相手に当てる攻撃は表皮を切り裂く程度のもので構わないというのが一つだ。

元々、剣技時雨は相手を倒す為の剣技ではなく、相手の機動力を奪ったり、防御の硬い相手を徐々に削っていくという剣技で、いつも使うような剣技とは考え方の根本部分が違う。

防御される事も考慮しているし、防御されても相手の動きを止められればそれで良い。因みに、神力を使わなくても、自分から刀の届く範囲ならば前方百八十度に対して圧を掛けられる。今回は神力を使って剣戟を飛ばす事で、距離の制限が無くなったというイメージである。


ギンッ!

「チッ!」


ギンギンッ!

「大した事の無い威力だけれど、かなり鬱陶しいわね。」


タンガとブラッドデビルが、俺の飛ばした剣戟をそれぞれダガーと鎌で打ち落とし、なかなか近付けない状況に苛立ちを見せる。


ギンギンッ!

「面倒臭ぇ!!」

タンッ!!


俺の繰り出す攻撃に苛立ったタンガが、攻撃を打ち落としたタイミングで走り出す。


「待て!っ?!」

ギンッ!


そんなタンガを止めようとしたのはスローターナイトだが、その言葉を止めるように俺の攻撃がスローターナイトへ向かう。


この状況になると、相手の取れる行動は二つに絞られる。


一つは同じく遠距離攻撃を行って俺の攻撃の手を止める。これは武器での攻撃でも魔法での攻撃でも、またはその他の何かでも構わないが、相手に弓等の遠距離攻撃が可能な武器を使う者が居ないのは見て確認済み。

魔法についてはそれらしい素振りを見せれば攻撃を集中させれば良い。

俺やニルのように投擲アイテムを持ち合わせているのならば、それによる攻撃も考えられるが、相手は一応囚人だ。そこそこ良い武器を入手出来る状況にあったのだとしても、十分に武器を揃えられるわけではないはずだと考えてこの剣技を使った。結果は俺の予想通り、遠距離での攻撃手段を持ち合わせていなかった。


そうなると、相手の取れる行動は更に絞られる。


鬱陶しいと感じる攻撃を止める為に起こせる行動は、近付いて攻撃する。これしかない。

まあ、厳密に言えばもっと取れる行動は有るのだが、今の状況で気の短い相手ならば、最も簡単で効果の高い行動を選ぶ。


そして、この近付いて攻撃するという行動に対し、俺の使う時雨という剣技は相性が良い。

単純に軽い攻撃を連続して繰り出すという剣技ならば、寧ろ相性は悪いと言えるだろうが、この時雨は、攻撃を繰り出す。このというのが肝である。


戦闘において、攻撃をする、防御をする等の行動には、それぞれの者の中に存在するリズムが有る。音楽のように明確なリズムではないが、抜き足は素早くなるとか、攻撃の際半テンポ遅くするなんていうのもリズムの一つだ。癖と言い換えても良いかもしれない。これは人に限らず、モンスターにも言える事で、リズムは誰にでも有る。これを上手く隠したりズラしたりしながら、相手のリズムを把握するのが駆け引きとなるのだ。

そして、この時雨という剣技は、自分のリズムを不規則にする事で、相手のリズムを狂わせるという剣技である。


例えば、相手が俺のリズムを読んで走り出した時、突然それまでと全く違うリズムの攻撃が来ると、相手はその足を止めなければならなくなる。一種のフェイントなのだが、普通に皆が行うフェイントよりももっと細かく、相手に気付かれ難い。

当然、相手がリズムの事について知っている、もしくは本能的に感じ取っている場合、何かおかしいと感じて注意する可能性は有るが、それはそれで足を止める為こちらの思う壷となる。


逆に、そんな事関係無いと無理に突っ込んで来ると……


「死ねやぁっ!!」


ザシュッ!ザシュッ!


「ぐっ!?あっ!」


俺の目の前で斬撃を受け、右肩と左太腿に傷を負ったタンガのようになる。

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