第739話 救出

カラーンッ!


「行きます!」


シュルナの合図が来たと同時に、ニルが短く言って走り出し、俺も同じように走り出す。


俺達が居るのは最下層から三つ上の階層。セレーナ姫が居るとエフが言っていた階層だ。

一応、セレーナ姫の居場所は聞いたが、場所を聞かなくても行けば分かるだろうと言われた。その理由は橋を渡り、その先の通路へと入って直ぐに分かった。


この階層の構造は他の階層とは全くの別物となっており、実にシンプル。

脇道や行き止まり等はなく、ひたすら真っ直ぐ、円を描くように作られた通路が一本のみ。上から見るとドーナツのような形で通路が形成されているだけ。

そして、等間隔に独房が作られており、隠れられるような場所がほぼ無い。その上、この階層にいる守衛の数も多く、隠れて進むのは至難の業と言える。ただ、明らかに他の階層とは守衛の数が違う事、そして階層のある地点にその大半が集まっている事から、セレーナ姫の位置は直ぐに分かった。


「確かに見れば直ぐに分かりますね。」


「だな。障害は多そうだが…」


通路の至る所に配置されている守衛が、俺とニルの居る位置から見えている。その数は見えているだけでも十数人。つまり、見えていない部分の守衛の数も合わせると、恐らくこの階層だけで見ても数十人居るだろう。

その全てが俺とニルに向かって来ると考えると…かなりの障害となるのが容易に考えられる。


「セレーナ姫を助け出した後の事も考えるなら、ある程度守衛の相手をしながら進むのが良いだろうな。」


「セレーナ姫を守りながらとなると、私達の動きも制限されてしまいますからね。」


「ああ。だが、全ての者達を相手にしていたらキリが無い。なるべく無力化しつつ、急いでセレーナ姫の元に向かうぞ。」


「はい。」


隠れながらセレーナ姫に近付き救出。そのまま隠れながら脱出出来るのが理想ではあるが、それが出来ないならば戦闘は避けられない。避けられないのであれば、ある程度追い掛けて来る者達の数を減らしておきたい。

ゴリ押しとはまた違うと言いたいが…まあ力技である事に変わりは無い。もっとスマートに事を運びたいものだ…


などと考えていると…


「何者だ?!」


早速俺とニルに気が付いた者達が槍を構えつつ俺とニルに向けて叫ぶ。


「行きます!」


ニルが俺にだけ聞こえるように声を発すると、一直線に槍を構えた者達の方へと走り込む。


「このっ!」


ギィィン!!

「っ?!」


一人がニルへ向けて槍を突くが、その刃先はニルの盾に当たると導かれたかのように横へと逸れる。


相手の攻撃動作を見て、ニルは走りながらも半歩の半分だけ横へと移動した。相手から見れば殆ど変わらないように見えただろうが、その僅かな動きによって、相手の槍は芯を捉える事が出来ず、刃先が盾の表面を滑ったのだ。

何度見てもニルの防御技術は凄いとしか言えない。オウカ島で習った盾の使い方が基礎に有るからというのも有るが、毎日欠かすこと無く鍛錬を行っているのが大きいだろう。オウカ島を出た時よりも、確実にニルの防御技術は向上している。


ゴッ!!

「がっ!!」


ニルは槍の軌道をズラした後、そのまま盾の角で相手の顎を殴り付ける。女性の力と侮ってはならない。相手は槍を突き出そうとしていたのだから、ニルに向かって進行していた。それに対してカウンターで決まった一撃は、ただ殴り付ける何倍もの衝撃を与えたはず。しかも、その衝撃全てが顎にぶつかったのだ。顎が割れる程の衝撃となったはず。当然、相手はその一撃を受けて意識を保てるはずなどなく、その場に膝から崩れ落ちる。


「っ?!」


ガンッ!

「うっ!!」


槍を構えていたもう一人が、そんなニルに槍を向けようとした所で、横から回り込んでいた俺の一撃が後頭部に直撃する。相手を殺さないよう、峰打ちだが…まあ痛いで済むようなものでもない。


ニルの倒した相手同様、もう一人も意識を失って膝から崩れ落ちる。


「襲撃だ!」


「武器を構えろ!!」


二人を制圧したと同時に、周囲の守衛達が一斉に集まって来る。


こうなる事は最初から予想していた。寧ろ、二人を直ぐに制圧出来たのはラッキーだったと言える。数十人もの守衛と聞くと途方もない数に思えるかもしれないが、上限の人数は決まっている。つまり、いつか終わりが来る。無力化してしまえば、その分俺とニルの負担は軽くなっていく。全体から見ればたったの二人かもしれないが、されど二人でもあるという事だ。


「やはり無力化となると少し難しくなりますね…」


ニルには、今まで相手を殺さずに制圧するという場面が無かった。相手は基本的に殺す事で止めるしかなく、そういう相手が多かったからだ。

しかし、今回は相手を極力殺害しない事という制約が付く。殺すよりも無力化の方が簡単そうに感じるかもしれないが、それは違う。

簡単に言うと、刀という武器を持っていて、それで相手を殺そうとした時、突く、薙ぎ払う、切り伏せる。色々な方法で相手の急所を狙う事で実行する。そして、攻撃を急所に当てれば、ほぼ一撃でそれは完遂される。

これに対し、相手を無力化するというと、気絶させるか動けないように拘束するか、もしくは動けないような怪我を負わせるかとなる。どの選択肢を取ったとしても、相手が死なず、しかし無力化出来るダメージで攻撃しなければならない。

殺すだけならばそれが大き過ぎるダメージでも関係無い。つまり思いっ切り攻撃してしまえば良いのだが、無力化する場合、相手が死なず、しかし無力化出来るだけのダメージに抑えなければならない。そしてこれが非常に難しい。

ダメージが小さ過ぎれば相手を無力化出来ないし、大き過ぎると死んでしまう。力の微妙な調節と的確な攻撃が必要になる。故に、相手を無力化するのは殺すよりも何倍も難しいのである。


しかし、俺はニルにそれが可能だと知っている。

相手を殺さずに無力化するのは、殺すよりも難易度が高く、相手との実力差がある程度以上に有る時に限られる。そして、ニルはここに居る者達よりも実力を持っており、無力化出来る程の差が有る。


「相手の意識を刈り取る急所を的確に狙うんだ。難しいかもしれないが、ニルになら出来る。

霹靂へきれきを使えるようになったんだ。それはつまり、自分の武器を手足のように扱えるようになっているという事に等しい。」


「…はい!!」


ニルには実戦で霹靂を使う事を許している。それ程、ニルは地道な鍛錬を繰り返してきたのだ。出来ないはずがない。


「来るぞ!」


ギィィン!


「やぁっ!!」


ガンッ!

「うぐっ!!」


俺がニルに言葉を伝えると、動きがよりスムーズになった。緊張や不安が消えたのだろう。


「続け!ここを通すな!」


「はぁっ!!」


ゴッ!!

「ぐぅっ!」


次々と襲い掛かって来る相手を、俺とニルは的確に無力化していく。


「ご主人様!」


戦闘の合間、ニルが手元から青色のカビ玉を投げるのが見えた。

それが煙玉だと認識した瞬間、俺は地面を蹴って相手の方向へと走り込む。


バンッ!!

「な、なんだ?!」


唐突に目の前が黒い煙のような物で塞がれてしまった者達は、何が起きたのか理解出来ずに驚いている。


ゴンッ!!

「っ!!」


ガンッ!!

「あ゛っ!!」


俺とニルは煙玉の黒い胞子によって視界を奪われた者達の背後に回り込み、一気に制圧していく。

相手を殺傷する可能性が有るアイテムや魔法は使えないが、どちらも使えないわけではない。使い方さえ考えれば、一気に状況を掌握出来る。

流石はニル。相手を無力化するという難易度の高い戦いの最中だというのに、アイテムの使い方まで考えていたとは。


「一気に突破するぞ!」


「はい!」


状況は掌握出来ており、このままいけば全員を制圧する事も可能ではあったが、他の皆の為にも急ぐ必要が有る。多少強引だとしても、俺達は可能な限り前へと進みつつ相手を無力化しなければならない。

となると、まだ騒動が起きて間も無い今、ある程度深くまで入り込んでおきたい。


バンッ!!

「なんだ?!これは蜘蛛の糸か?!」


「クソッ!剥がれねぇ!!」


アラクネの使う粘着力の強い糸を使ったアイテムでの無力化等も使いつつ、俺とニルは通路を進み続ける。


「クソッ!止まらねぇ!!」


「何でも良いから止めるんだ!」


「二人以上で攻撃しろ!一人で行くとやられるぞ!」


相手を無力化しながら進み続けると、次から次へと人が集まって来る。いくら実力差が有るとはいえ、相手の数が多過ぎて先へと進む速度が落ちてしまう。


「多いですね…」


「ああ。やり過ぎなくらい多いな。」


他のギガス族の者達が居る階層にもかなりの数が居た。それを考えると予想の遥か上をいく数が投入されている事になる。鱗人族しか橋渡しの出来ない場所へ、よくもまあこれだけの数を移動出来たものだ。

鱗人族の者達がここまでの数が投入されている事を知らなかったという事になると…鱗人族に裏切り者が居る可能性を疑いたくなるところだが、恐らくそれは無いだろう。もし、誰か裏切り者が居てその者が秘密裏に監獄内へ人を流していたとしても、誰もそれに気が付かないというのは有り得ない。これだけの数を少しずつでも移動させるとなれば、必ず誰かにその事がバレる。しかし、そうなっていない事を考えるに、誰一人として気が付いておらず、また、誰にも気付かれずにこの者達を中へ送り込む方法が有ると考えた方が良い。

特別な抜け道が有るのか、荷物や何やらに隠れて入って来たのか…どんな方法にしても、かなり前からセレーナ姫への監視の目は多かったはず。どれ程護衛部隊が優秀だとしても、これでは監獄から抜け出すのは難しいどころか不可能と言える。


だがしかし、それは逆にそこまでセレーナ姫やギガス族の者達を警戒しているとも言える。

未だ何がそんなに恐ろしいのか分からないが、魔王の後ろに居るであろう者達が、このセレーナ姫やギガス族、そして鱗人族の何かを恐れているのは間違いないだろう。これ自体がブラフという可能性も考えられるが、ブラフならばこんな分かり辛い場所にセレーナ姫を監禁しないだろう。俺達だってイベント通知が無ければ素通りしていただろう。

相手にとっては絶対に逃がしたくないであろうセレーナ姫を、このタイミングで助け出せるのは、かなり良い事なのではないだろうか。

当然、俺達がセレーナ姫を助け出して逃亡出来ればの話だが。


「何をやっている!」


俺とニルが相手の数の多さに足を止めたタイミングで、奥から大きな声が響いて来る。


「し、しかし…」


「黙れ!たった二人に良いようにやられやがって!」


人混みを掻き分けて現れたのは、黒翼族の男。


ニルと同じ種族である黒翼族は、人族の体格と殆ど変わらないはずだが、人を掻き分けて現れた男は、その他の者達より頭二つ分程大きく、体もかなりガッチリしている。

黒色の短髪に黒い瞳。短い顎髭を生やした男は、三十歳手前といったところだろうか。

歩く姿を見ると、その者が他の者達と比べてかなり強いと理解出来る。恐らく戦闘の経験も他の者達と比べられない程に多いはず。


「厄介そうなのが出て来たな。」


「はい…」


ニルも相手の力量を測っているのか、男の動きをじっくり観察している。


「これだけの人数が居てだらしねぇ。日頃の鍛錬が甘過ぎたか?」


男の言葉に周囲の者達が青い顔をする。修練させる側の立場という事は、ここに居る者達の隊長的存在なのだろう。

守衛の腕は確かなものだが、やり手の囚人を相手にすると押し切られる可能性が有るのではと思っていた。しかし、その男を見てその可能性が皆無だったと理解する。この男が居れば、大抵の囚人は戦う前から白旗を上げるだろう。恐らく、大した事の無い奴ならば、子供のように捻り潰されるはずだ。


「ですが…奴等は強いです!」


「老人と娘一人に何を言ってやがる。と言いたいところだが…」


俺達は未だに変装を解いていない。見た目としては初老の男と奴隷の娘だ。こんな二人に何人も無力化されたとなれば、何をしてやがると言いたくなる気持ちも分からなくはない。


「確かにお前達には荷が重い相手かもしれねぇな。」


男は俺とニルの事を見て眉を寄せる。

変装していたとしても、俺やニルの戦闘力が変わるわけではない。見た目に騙されず、俺やニルの力を測れるとなると……やはり厄介な相手と言えるだろう。


「全員槍を置いて剣を抜け。そこの二人に長物は通じねぇ。寧ろ互いを邪魔して相手に入り込ませる隙を与えるだけだ。」


男の言葉を聞き、その場の全員が槍を捨てて剣を構える。


男の言っている事は正しい。

俺もニルも、相手が槍を使っているからこそ、無理にでも突っ込む事が出来た。上手く懐に入り込めば、槍は長すぎて使えない上、振り回すと仲間に当たる危険性が有る為、邪魔にならないよう無理をしてそこに隙が生じていた。

その事を的確に見抜き、即座に指示を出せる知恵も有る。尚更やり辛い相手だ。


「魔法は使うなよ。こんな場所で放てば相手も俺達もタダでは済まないからな。」


「「………………」」


俺もニルも、男が来た事で一気にやり辛くなった事を認識し、標的を男に定める。

これ以上好きにさせておくと本当に前へ進めなくなってしまう。そうなる前に処理しておきたい。


タンッ!!


俺がそう考えていると、それを読み取ったかのようにニルが走り出す。


「っ!!このっ!」


「止まれ!前に出るな!」

「っ?!」


ニルが狙ったのは、標的の男ではなく、別の男。敢えて別の者を狙う事で気を逸らす狙いと、相手の隊列を乱す目的が有ったのだろうが、男の一声で隊列の乱れが消えていく。


「…………」


ニルは落ち着いて前へ出ていた足を止める。


相手もこちらの事をよく見ており、状況をよく分かっている。

俺達はさっさとセレーナ姫を連れ出して逃げたいのだが、相手は時間をかけてじっくりと戦えば良い。その利点を活かし、突破されない事に重きを置いた戦略を取っている。つまり、相手側からは動かないつもりだ。


「落ち着いて対処しろ!突破されなけれぼ良い!三人一組になるんだ!」


次々と飛び出してくる指示。それを聞いた者達が行動する事で状況が一気に悪くなる。最初の印象通り、いや、それ以上に厄介な存在が現れたらしい。


「……どうしますか?」


無理に突破しようと思えば出来なくはない。しかし、それをすると少なからず死傷者が出る。出来る事ならば、それは避けたい。


「……ニル。久しぶりにあれをやるか。」


「久しぶりに……っ!あれですね。」


ニルは俺の言葉の意味に気が付いて、小盾に魔力を流し込む。

そうしてニルが発動させたのは、闇魔法のシャドウテンタクル。たこの足のような影が一本現れるという魔法で、本来はその影で相手を攻撃するもの。ただ、俺とニルが二人で居る場合、別の使い方が出来る。

ニルが以前使っていた黒花の盾ならば、盾から闇魔法を発動させて盾とシャドウテンタクルが一体化していたが、今ニルが持っているのはアースドラゴンの小盾。つまり、前のようには使えない……と思うかもしれないが、そこはドワーフトップの九人が作った作品。抜かりは無い。


アースドラゴンの小盾には、いくつかの魔石が内部に埋め込まれており、対応した魔法を発動する事が出来る。あらゆる闇魔法を使えた時より汎用性は落ちるが、それでも十分必要な魔法を使う事が出来る。

一応言っておくと、これはアースドラゴンの素材という超丈夫な素材が有って再現出来たらしく、普通は盾の方が直ぐに壊れてしまうらしい。

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