第740話 意地
アースドラゴンの盾の内部に埋め込まれたシャドウテンタクルを発動する魔石に魔力を通し、盾の前面にシャドウテンタクルを発現させる。
俺とニルは長く旅を共にして、かなり連携力も上がった。その中でも、シャドウテンタクルを使った二人でのアクロバット戦法は印象が強い。
これぞ連携という技である事はもちろんだが、広い場所、狭い場所に関係無く、縦横無尽に動き、攻撃出来るというのは他に無い強さだろう。
「何か仕掛けて来るぞ!」
「隊列を乱すな!」
ニルの発動した魔法を見て、守衛達が腕に力を込めて剣を構える。
タンタンッ!!
相手が警戒心を強めたのはニルにも見えているはず。しかし、ニルはそんな事関係無いと言わんばかりに地面を蹴る。
三角飛びの要領で地面を蹴った後、壁を蹴って空中に跳び上がると、そのままニルの体は敵陣の方へと向かって流れて行く。
タンッ!!
俺はニルの動きに合わせ地面を蹴り、遅れて空中に跳び出す。
「突っ込んで来るぞ!」
ニルが前衛に飛び込もうとするタイミングで、後ろに居る俺に向け盾を振る。
バシッ!
盾から生えているシャドウテンタクルを自分の腕に絡ませ、俺はそれを強く引く。
「はぁぁっ!……っ?!」
自分達の元へ突っ込んで来ると思った者達が、ニルに向けて剣を振るが、ニルが空中でピタリと動きを止め、剣はニルには当たらず空を斬る。
「なんだ?!」
ニルは、突っ込むと見せつつ、後ろ手に俺へシャドウテンタクルを伸ばした。正面の相手から見ると、シャドウテンタクルが見えていない為、唐突に空中でニルの体が静止したように見えただろう。
「馬鹿者!!来るぞ!」
ニルの体がピタリと止まった後、一気に後方へと移動し始める。俺がシャドウテンタクルを引っ張ったのだから当然の軌道変更だ。それに対し、俺の体はニルの方へと向かう勢いが増し、一気に正面の集団へと飛ばされる。
途中、ニルと入れ違いになるのだが、互いに体を捻る事で体を入れ替え、勢いそのままに敵陣へと突っ込む。
俺が跳び上がってからここまでは二、三秒。あっという間の出来事だ。相手も優秀な者達ではあるのだろうが、こういう連携を初めて見たらしく、俺が着地するまで俺への攻撃は無かった。
「気を抜くな!!」
俺の着地と同時に叫び声が聞こえると、周囲の兵士達がビクリと体を揺らす。
ガッ!ゴッ!
「「ぐっ!!」」
一瞬の事で対応が遅れてしまった彼等の内二人を刀の峰で打ち付ける。
「クソッ!」
俺が二人を無力化した時、周囲の者達がやっと動き出し、俺に向けて剣を振り上げる。
ドゴッ!!
「ぐはぁっ!!」
ガシャガシャッ!
その瞬間、俺の真後ろから物凄い勢いで飛んで来たニルが、正面の男に対して蹴りを入れる。
俺が二人を制圧したタイミングでシャドウテンタクルを強く引き付け、その先端に居たニルが反転し一気に加速。その勢いで正面の相手へ飛び蹴りを入れたのだ。かなりのスピードだった為、相手は、後ろの者達共々後方へと吹き飛ばされ、三、四人が床に倒れ込む。
「抑えろ!!」
「「「「「はぁぁっ!」」」」」
ニルがその場で着地すると、即座に周囲の五人が剣を振り下ろす。
ギィィンッ!!!
「「「「「っ?!!」」」」」
しかし、後ろから走り寄って来た俺がニルの前へ入り、その全てを横薙ぎに払う。
相手の数はかなり多く、横向きの攻撃を行うと仲間に当たってしまう。故に、攻撃は全て振り下ろしか振り上げ。更に言えば、より仲間に対して安全な攻撃は振り下ろしであり、それが分かっていれば対処は簡単だ。相手が全員振り下ろしの攻撃しかしないのであれば、それを薙ぎ払うように刀を振れば良い。
タンッ!!
俺が相手の攻撃を薙ぎ払うと、後ろからニルの跳ぶ音が聞こえる。
何をしようとしているのかは、聞かずとも分かった。
直ぐに俺は膝を曲げ、足に力を入れる。それとほぼ同時に、俺の肩にニルの手が掛かる。いや、正確に言えば手が乗ったと表現するべきだろうか。
見えてはいないが、ニルは跳び上がり、体を上下反転させ、俺の肩に逆立ちしている状態となっているはず。そして、ニルの体重が俺の肩に掛かったタイミングで膝を伸ばす。当然、俺の上に居るニルは上へと押し上げられ、空中へと体を浮かす事になる。
「それ以上自由にさせるな!!」
指示が飛び、それを聞いてその場の全ての者達が動こうとする。しかし、指示を聞いてから動くのでは遅い。
タッタッタッ!
「っ?!」
俺が上へと跳び上がったニルに気を取られる者達に向けて走り出すと、それに反応しどちらへ対処すれば良いのか分からなくなっている。
下で俺の攻撃を警戒すれば、上からニルの攻撃が来る。逆にニルの攻撃に警戒すれば、俺の攻撃が来る。
咄嗟にその場で俺とニルどちらかの対処をすると決め、人数の差を利用すれば止められる攻撃かもしれないが、俺とニルの動きはその隙を与えない。
ガンッ!!
「ぐっ!!」
ガッ!ゴッ!!
「「ぐはぁっ!!」」
どちらへ対処すれば良いのかと迷っている間に、俺とニルの攻撃が到達し、一瞬にして三人を無力化する。
「下がれ!距離を取れ!」
タンッ!
無力化した三人が倒れ込むと同時に指示を受けた者達が俺とニルから距離を取る。
そのままの勢いで攻勢に出たかったが、無理矢理流れを切られてしまった。そのまま突撃も考えたが、この人数を無理に突破しようとすればこちらも危ない。
一度地面に足を付けて落ち着く時間を作る。
「おいおい……化物かよ……初老のジジイが出来る動きじゃねぇぞ……」
俺とニルが無傷で立っていることに対し、隊長らしき黒翼族の男が呟く。
変装している為、外見と中身は違うという事を差し引いても、ただの人族が出来る動きでは無いという事くらい誰にでも分かるだろう。
「ど、どうしますか…?」
「………………」
部下の言葉に対し、沈黙で返す隊長らしき男。引いてくれると言うのであれば有難い限りではあるが…
「ここを通すわけにはいかねぇ。全員隊列を組め!」
当然ながら、俺達を黙って通すはずがなく、戦闘態勢を維持している。
先程までより、更に一段階警戒心が高まっており、俺やニルが動く素振りを見せると全員がそれに反応する。
ここまで警戒され距離を取られてしまうと、正直かなりやり辛い。
どうしようか…と考えていると、ふと目の端にある物が映り込む。
「……ニル。」
他の者達には聞こえないように小さな声でニルを呼ぶ。相手側が距離を取った事で、俺の声はニル以外には全く聞こえない状況となっているはず。
俺の声に反応したニルが、少しだけ俺の方へと視線を向ける。
俺はそれを感じた所で、自分が気が付いた物へ視線を送る。
ニルもそれを見て、ゆっくり、そして微かに頷いてくれる。
俺の意図を汲み取ってくれたらしい。上手くいけば、ここの者達を一気に制圧出来るかもしれない。
「……………」
「………………」
「…………………」
数秒間、互いに動かず、喋らず、音を立てずという静寂が流れる。
ある程度無力化したが、それでもまだまだ相手の数は多い。隊長らしき男もなかなかに厄介。
特に、その指示が的確且つ迅速であるのが厄介だ。彼自身も強いだろうとは思うが、人を動かす能力にも長けている。
単純な正面突破をしようとしても、なかなか思う通りにはいかない。となれば、相手の予想を超える攻撃を繰り出す必要が有る。俺とニルの行ったアクロバット戦法もその一つではあるのだが、やる事がわかっていれば対処出来ない事は無い。そろそろ目も慣れてくる頃だ。この方法で相手を翻弄出来るのは……あと一、二回といったところだろう。そうなる前に決着をつける。
ジリッ…
俺がゆっくりと右足を動かすと、それに合わせて相手側が微かに後ろへと下がる。
ピクリとニルが肩を動かすと、呼応するように相手側が足をピクリと動かす。
俺達の動きを見て対処するというスタンスは変わらない。つまり、向こうから攻撃を仕掛けてくる事は無い。
ゆっくりとした動きで互いを牽制し合う。
タンッ!!
「「「「「っ!!」」」」」
そんな中、ニルが地面を蹴って右手側の壁へと走る。
「「「「「うおおおぉぉっ!!」」」」」
ニルの動きに反応した守衛達が、剣を振り上げて声を張る。
「もう一人からも目を離すな!来るぞ!」
タンッ!
ニルの動き出しから一秒後、俺は左の壁へ向かって走り出す。俺とニルが左右に分かれて走っている状態だ。
「「「「「はあああぁぁっ!!」」」」」
俺が走り込もうとしている場所に居る者達が、一斉に剣を振り上げる。
その瞬間、俺の腕に絡み付いているシャドウテンタクルが、俺の体を後ろへと引く力を伝えてくる。
当然、俺の体はピタリとその場で止まる。
目の前の者達からすると、俺の体が突然静止した事になる。ただ、先程同じようにニルの体が止まった為、二度も同じ手は食わないと言わんばかりに、守衛達は剣を振り下ろさずに立っている。
先程見た攻撃から、次に取るであろう攻撃を即座に導き出し、俺のフェイントに騙されなかったのは流石と言うべきだろう。
ただ、俺とニルの狙いはそこではない。
左右に分かれて走り出した俺とニルは、シャドウテンタクルを活かしてニルを上へと飛ばす。正確に表現するなら、ニルが跳び上がるタイミングでシャドウテンタクルを引き、ニルは俺の方へと近付きつつ弧を描いて天井部へと向かって移動する。
ガギィン!!
そして、ニルが攻撃したのはその場に居る誰でもなく、天井に走る配管。
ジャバババッ!!
ニルが配管に衝撃を与えた事で、配管から大量の水が溢れ出して来る。
俺がニルに伝えたかったのはまさにこの事で、天井を走る配管の内の一つから、ジワジワと水が漏れ出ているのを見付けたのだ。
このまま漏れ出る水を放置していれば、下層から水が埋まっていく……という事は恐らく無い。その前に誰かが対処すると思うし、そもそも、そこまでの水が全て抜け出して来る仕組みにはなっていないはず。
つまり、ここで配管を狙ったのは、水そのもので相手を制圧する事ではない。
相手側は俺達の行動に対して疑問を隠せないみたいだが、それもそのはず。今からしようとしている事は、通常では起こり得ない事だから。
俺はニルが跳び上がったタイミングで描き出していた魔法陣を完成させる。使おうとしているのは初級魔法。威力など無いに等しいが、その分描き始めてから完成するまでの時間は極端に速い。守衛の者達も俺が魔法陣を描いている事は認識していたみたいだが、邪魔をする暇も無かったらしい。
「おい!魔法が来るぞ!」
「初級魔法など斬り落とせ!」
魔法陣の完成スピードから考えて、俺が放とうとしているのが初級魔法である事は分かっているらしい。しかし、そんなに簡単な話ではない。
ジャバババッ!
次々と溢れ出して来る水が、周囲に程良く広がったところで、俺の腕が上へと引っ張られる。
配管を破壊したニルが、そのまま天井へ張り付き、俺を上へと持ち上げたのだ。
バシャッ!
ニルに引き上げられた事で、俺の足が地面を這う水から離れる。
「……っ!!水から離れろ!!」
流石は有能な隊長だ。恐らく、俺がしようとしている事の全ては理解していないだろうが、何かしようとしている事に気が付いた。だが、もう既に遅い。
俺が描き上げた魔法陣が黄色に光る。
初級雷魔法、パラライズ。
本来は一人を対象に電撃を走らせ痺れさせるという魔法だが、その性質は電気である。そして、水は電気をよく通す。
雷魔法は、他の者には使えない属性の魔法で、俺達がこんな攻撃を仕掛けて来るとは思い至らないだろう。
俺は配管から流れ出る水に向けてパラライズを発動させる。
バチバチバチッ!!
「「「「「うぐぐぐぐぐぐぐっ!!」」」」」
パラライズを発動させると、水に触れている者達全てに電撃が走り、体をビクビクと震わせる。
バシャバシャバシャバシャッ!!
電撃は一瞬にして通り過ぎてしまうが、水に触れていた者達が全てその場に倒れ込む。パラライズ自体には殺傷力がほぼ無い為、死傷者は居ないだろう。
倒れ込んだのはその場に居る者達の三分の二。いや、もう少し多いだろうか。残りは両手で数えられる程度。一気に状況が動いた。
バシャッ!バシャッ!
俺とニルは、周囲の者達が倒れたのを見て水に濡れた床へ着地する。
「くっ……」
隊長はパラライズの範囲外であった為倒れていないが、自分達が一気に押された事は理解しているらしく、かなり苦い顔をしている。
「引く気は無いか?」
隊長の男が感じているように、ここまで人数の差が縮まれば、俺とニルが彼等を制圧する可能性はかなり高くなる。
彼等に恨みなど無いし、引いてくれるのが一番良い選択だと思う。そして、それを聞くのならば今しかないと思った為、俺は隊長に向かって聞いてみたのだ。しかし…
「俺達はここの看守を任されている。例え勝ち目が全く無かったとしても、引くという選択肢はねぇ。こちらにも意地ってもんが有るからな。」
「……そうか。」
分かってはいた。彼等は優秀であり、何もせず引くなど有り得ないだろうということは。しかし、だからこそ引いて欲しいという気持ちが強かった。
今の彼等から見れば、俺やニルは大悪党そのものだろう。しかし、俺達の事情や魔界の事情を知れば、きっと分かり合えるだろうと感じたから。とは言え、これは奇襲を仕掛けている俺達の言える事ではない。それが分かっているからこそ、それ以上の言葉は続けなかった。
「はは…」
隊長は俺の言葉を聞いた後、乾いた笑いをこぼす。
「これだけの立場になって、たった二人相手にここまで脅威を感じる事が有るとは思わなかったな。しかも、一人はジジイで一人は小娘。俺も平和ボケしていたのか。」
口角を上げたままそんな事を言う隊長。
「………………」
何と返せば良いのか分からず、俺とニルは黙ったままその言葉を聞く。
「……最初から全力でいかせてもらう。」
隊長は剣を構えると、ギュッと音が聞こえる程強く柄を握る。
「お供します!!」
残った者達も、隊長に続いて剣を構える。
「……はああああぁぁぁっ!!!!」
隊長の大声を合図にして、全員が一斉に突っ込んで来る。
「はぁっ!!」
それに対し、真正面からぶつかりに行くニル。
ギィィン!ガギッ!
「っ!!」
隊長の重い一撃は、ニルの盾によって綺麗に流され、床面へと到達。そのまま床を抉り取るが、ニルへのダメージはゼロ。
隊長の攻撃を下へと流した後、ニルはそのまま前へと進み、隊長の後ろから追随する者達の方へと踏み出す。
「させるか…っ?!」
ギィィン!!
ニルの動きを止めようとした隊長だが、そんな隊長を俺の刀が止める。
ギャリッ!!
「ぐっ!!」
間違いなく力自慢であろう隊長に対し、俺は鍔迫り合いを仕掛ける。パワー特化のステータスではないが、俺だってそこそこのパワーを持っている。
「クソがぁっ!」
ガキィン!
隊長が全力で剣を押し返すと、触れ合っていた刃の部分から火花が散り、俺と隊長の間に数歩分の間が出来る。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
ギィン!ガキィン!ガキッ!ギィィン!
隊長が腹から出す声と共に、剣が雨のように攻撃を降らしてくる。
「オラァァァァァ!!」
バキィン!ガギッ!ギィィン!!
何度も何度も繰り出される剣戟。しかし、その全てが俺の刀に触れ、火花を散らすに終わる。
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