第734話 翻弄

「そうなりますと、セレーナ姫を助け出そうとする時点で見付かる事は覚悟しなければなりませんね…」


エフでも見付からずに助け出すのは無理だという事は、俺達にひっそりとセレーナ姫を助け出す選択肢は無くなったという事に等しい。


「助け出す時は、逃げる準備が万端になった時って事だね。」


「だとすると、上の階層にいるギガス族の護衛部隊も同時に逃がすのが一番良さそうか?」


「それが理想的ではあるが…他の階層も簡単には進めないぞ。」


「そうだよな…」


ギガス族の者達が居た階層は、どちらの階層も警備が厳しかった。透明ローブを持つエフならば通れるとしても、他の者達には難しい。


「一階層は僕の足でどうにか翻弄ほんろう出来ると思うけど…」


「もう片方は私とピルテで行くわ。出来る限り見付からないように行くつもりだけれど……見付かる前提で動いた方が良いわね。」


「そうなると……全員が同時に動き出さないとだな。」


出来ることならば、全員で動きたいところだが、そういうわけにもいかないらしい。


「同時に全ての場所で行動を起こすとなると、合図が必要になりますね。」


「合図は…シュルナに頼むのが良さそうだな。」


「それならば、僕が護衛につきます。皆さんの足でまといになるより良いでしょう。」


シュルナの護衛を買って出てくれたのはクルード。シュルナは戦闘が起きた場合、それに巻き込まれないように、そして即座に逃げられるよう建物の中心。上まで続く螺旋階段に居てもらう予定だ。そこにクルードも居てくれるのであれば、安心な事この上ない。


「じゃあ、これを落とすから、その音が合図って事でどうかな?!」


シュルナが手に持っているのは金属製の棒。何かを加工した時に出た素材の端だろうか。


「よく響く音になりそうだな。」


「それなら上にも下にもよく聞こえるわね。」


合図としては上出来だろう。


「それじゃあ、動きの詳細を決めておくとしよう。俺とニルがセレーナ姫の所へ向かう。セレーナ姫を救い出せた後は、中央階段に向かいそのまま階段を駆け上がる。恐らく俺達がそのまま殿しんがりを務める事になるな。」


「僕はエフさんと一緒に一つ上を担当する感じだね。エフさんは隠れられるし、僕が掻き乱すよ。」


「分かった。スラタンが動いてくれている間に上手くやるとしよう。」


「私とピルテはその更に上ね。こっちは少し荒っぽくなるかもしれないけれど良いわよね?」


「仕方ない事だが、極力傷付けないようにな。」


「分かっているわ。悪人を相手にしているわけじゃないもの。彼等には全て終わった後も働いてもらわないといけないものね。」


全てが上手くいくかどうかは分からない段階で、ハイネは何の疑いも無く言う。俺達とならば全て上手くいくと信じてくれているのだろう。それならば、期待に応えなければ。


「よし。エフとスラたん、ハイネとピルテは、ギガス族の者達を逃がせたら、そのまま中央の螺旋階段に向かってくれ。その後、連中が螺旋階段に入れないように足止めを頼む。

シュルナとクルードは合図を出した後、直ぐに上へ向かって移動を開始してくれ。俺達を待つ必要は無い。

俺とニルはセレーナ姫を回収出来たら、シュルナとクルードを追ってそのまま螺旋階段を駆け上がるぞ。」


全員が俺の目を見て頷く。


簡単な作戦ではあるが、細かい部分の判断は個々人に任せる。


「ニル。一番危険な場所だ。気を引き締めて行くぞ。」


「はい。」


ニルとは幾度となく窮地を切り抜けてきた。

ニルは俺の背中を守れるよう、強くなりたいと願っていた…いや、今も願ってくれている。しかし、俺から言わせてもらうと、それは既に叶っている。ニルが隣に居るだけで、俺は背中など気にしていない。

ニルは本当に強くなった。最初に出会った時は、ろくに食べる事も出来ずやせ細って小さかったニルが、今ではこれ程頼もしいパートナーになってくれた。


「行こう。」


ニルだけではない。心強い味方に恵まれた事で、俺は今も何とか生きている。

オボロのような危険な相手もいるこの世界では、頼もしい仲間が居ても気は抜けない。それでも、今は負ける気がしない。


俺とニルはセレーナ姫の居る階層に向かう。

そして、それぞれのグループが位置に着いた。


腰の刀を抜き、刃を裏返す。


今回は斬る必要が無い。峰打ちで制圧する。


合図を待っていると、数秒後。


カラーンッ!


金属が一番下の床に叩き付けられる音がする。


「行きます!」


ニルの合図で俺も飛び出す。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



カラーンッ!


エフさんと共に橋の手前で待機していると、中央部の空洞に金属音が鳴り響く。

作戦開始の合図だ。


「行くよ!」


僕が声をあげて走り出すと、エフさんもそれに続いてくれる。ただエフさんは透明ローブで隠密行動に徹する為、橋を渡り切った所で分かれる。


「軽布鎧のお披露目だね!」

タンッ!!


僕は足に力を込めて走り出す。


周囲の景色が飛ぶように後ろへと向かう。


ここは室内な上、かなり複雑な構造をしているから、全力で駆け回る事はなかなか出来ないけれど、その分三次元的な動きが可能となる。上手く出来るはず。


「なんだ?!」


物凄い勢いで通路の奥から走り込んで来る僕に気付いた見張りの一人が、手に持っていた槍をこちらに構える。


タンッタタンッ!


地面を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴る。


ここの守衛として選ばれている者達は優秀な人達だろうという推測は間違っておらず、僕の事を何とか目で追っているのが見える。

でも、目で追う事は出来ても反応は出来ていない。


槍を構えたままの姿勢で、僕が通り過ぎるのを見送る黒翼族の守衛。


「なっ?!速い!」


直ぐに後ろを振り向いたみたいだけれど、僕は既に数メートル後ろを走っている。


ピーーッ!!


背後から笛のような音が聞こえてくる。ここの職員は皆持っているのだろう。侵入者に対する備えと言うよりは、囚人に対する備えだとは思うけれど…どちらにしても、僕が追われる事になったのは間違いない。


「っ?!止まれ!!」


通路を更に先へと進んでいると、目の前に二人の守衛が槍を構えて立ち塞がる。


笛の音を聞いてからの対応がかなり早い。優秀な人達が揃っている。


「遅いよ!!」


タンッ!!


「「っ?!!」」


地面を強く蹴り、体を上へと飛ばす。

二人の守衛の頭上を軽々と飛び越えて見せた僕に対し、唖然とする守衛二人。


まさかそのスピードで頭上を跳躍して通り抜けられるとは思っていなかったのか、僕の真下で口を大きく開いているのが見える。


タンッ!


着地と同時に地面を蹴り、僕は更に先へと進む。


僕の役目は、こうして守衛の人達を引き付ける事。より多くの人の目を奪う事が出来れば、その分エフさんとギガス族の皆が簡単に抜け出せる。


「おいっ!こっちだ!」


「逃がすなっ!!」


「捕らえろ!」


僕が階層を走り回っていると、次々に人が現れる。


最初に聞いていたよりも守衛の数が多いのはエフさんから聞いていた。確かにかなりの数が揃っているみたいだけれど…僕の足を止めるにはまだ足りない。


目の前には三人。加えて通路の幅は狭く、先程のように飛び越えての通過は出来ない。


「観念しろ!」


三人が同時に僕に槍を向ける。それを見て、僕は腰の短剣二本を抜き放つ。


「はっ!」

タンッ!


ギィィン!


僕に向けられた槍を短剣で横へと弾く。

スピード極振りの僕に力は無いけれど、攻撃さえ見えていれば、それを事くらい出来る。

そして、それが出来てしまえば、後は簡単な話。


僕は地面を蹴り、体を上下反転させる。それと同時に、三人の守衛の内の一人の肩へ片手を当てる。守衛の肩を使った逆立ちをしている状態である。

槍はリーチが長くて強い武器だけれど、懐に入ってしまえば関係ない。寧ろその長さが僕にとっては有難い。どうやって槍を振っても、僕に攻撃を当てる事は出来ないから。


タンッ!


「待てっ!」


「クソッ!そっちに行ったぞ!」


「剣を使え!」


槍が使い物にならないと判断したのか、守衛全員が携帯している細剣を使うよう叫んでいる。

剣を使われるとなると、ここからは先程までのように簡単に…とはいかない。気を入れ直さないと。


走りながらもそんな事を考えていると、早速目の前に細剣を抜いた二人が現れる。片方は翼と尻尾を持っているけれど、黒翼族とは少し違う。


耳の上に濃い紫色の太く巻かれた角、背中に濃い紫色の小さな翼。そして、濃い紫色の細長い尻尾。その先端はやじりのような形になっている。

そして何より、男ではなく女の人だ。


一度シンヤ君に聞いた事が有るサキュバスに外見が一致する。魔界に初めて入った時に見たらしいけれど…ってそんな事に頭を使っている余裕は無い。


「止まれ!捕縛する!」


「止まりなさい!!」


薄暗い通路。その壁から間接照明のように漏れ出している光が、刃に反射してギラリと輝く。


シンヤ君達と共に行動するようになって、僕も戦闘に前程の抵抗は感じなくなった。それでも、やはり怖いものは怖いし、命を奪う事など出来る限りしたくはない。それでも、僕がここで失敗すると、それはエフさんに、そして皆に負担が向かう。それだけは絶対に嫌だ。


「「はあっ!」」


二人が細剣を振り上げる。


剣術についてはあまり詳しくないけれど、二人が剣を振り上げた時の動きは、洗練されていて修練の跡を感じた。

真面目に修練するような人達が損をするような事になってほしくない。


タンッ!ザザッ!


「「っ?!」」


カキィィン!!


僕は軽く地面を蹴り、飛び上がるように見せ掛けた瞬間に地面の上を滑る。

二人の間。その足元をスライディングで通り抜ける僕に対し、二人は何とか反応して細剣を振り下ろすけれど、その刃が僕に触れることは無く、二人の剣が交差するだけに終わる。


「「っ!」」


二人は即座に後ろを振り返るけれど、追って来ようとはしない。僕の足に追い付けない事が分かっているからだと思う。


「そっちへ行ったぞ!」


「くそっ!逃がした!」


そこからも、僕は可能な限り守衛の人達に怪我を負わせないよう立ち回り、ひたすら階層内を走り回った。

この階層は特に複雑で、エフさんだけでなく、僕も地図を覚えた階層であったのが幸いだった。行き止まりや逃げ道の無い通路を避け、その上でエフさんとギガス族の皆が逃げられるようなルート取りを出来た。

その甲斐あってか、暫くすると僕を追い掛けていた人達の様子が変化した。


「なにっ?!この状況で厄介な!」


「どうしますか?!」


走り回っている最中、耳に入ってくる情報から、エフさんがギガス族の皆を助け出し、それが誰かにバレたのだろう。まあ、僕が随分守衛の人達を引き付けていたとは言え、ギガス族の人達が十人程連なって移動していれば見付かってしまうのも仕方がない事。エフさんならば上手くやっているとは思うけれど、僕もそろそろ合流した方が良さそうだ。

でも、その前にやらなければならない事がある。


守衛の人達は、僕が何者かを理解し切れていない為、脱獄した囚人である可能性を考えて中央の通路は数人で固めているはず。それを突破するにはエフさんだけでは少し辛いはず。橋を渡る時は一緒に行かなければならない。でも、僕を追いかけている人達を連れて行くのは危険過ぎる。


「待ちやがれ!」


「逃がすな!」


どこから湧いてきたのか、最終的には二十人近い守衛が僕の事を追い掛け回していた。それを連れて橋に向かうと、必然的に挟み撃ちされる事になるから、上手く別の場所に引き付けなければならない。


なるべく橋から離れた場所。加えて橋まで来るのに少しでも時間が掛かる場所となると……


頭の中の地図を見返しながら、最適な場所へ守衛を引っ張る。


「今度こそ逃がすな!」


僕達がこれ程の大立ち回りをしているというのに、囚人達は興味を持っていないかのように静かだ。もしかすると、脱獄騒ぎというのがそう珍しいものではないのかもしれない。こんな暗闇の中で、永遠とも思えるような時間を過ごさなければならないと考えると、逃げ出したくなる気持ちは分かる。けれど、皆諦めたような目をしている事からも、脱獄が上手くいった事例は皆無なのだと思う。あの底なし沼や、ここの守衛のレベルの高さを考えれば当然だと思う。

囚人達としては、またか…くらいの感覚なのだろう。

僕の持っている短剣や服装が外の物だとは考えないのは…色々と麻痺してしまっているのだろうか?守衛の人達の内何人かは、僕が逃げようとしているのではなく、侵入して来た者だと分かっている様子だった。僕が侵入して来た事によって、何者かを脱獄させる可能性を恐れている様子だったし…って、これはまさに正解なのだけれど、ギガス族の皆はここに収容されるべき極悪人ではない。ここはそう割り切ってしまうしかない。


そんな事を考えながら、僕が辿り着いた先は、少し広めの通路。そして、目の前にはが見えている。


「追い詰めたぞ!」


「広がれ!次こそ逃がすなよ!」


壁を背にして立つ僕に対して、二十人程の守衛が道を塞いでいる。

普通ならば絶望的な状況かもしれないけれど…僕は敢えてこの道に入った。


「……………」


僕が逃げないように隙間無く取り囲む守衛達。


僕は、ゆっくりと魔力を肩の辺り、その次に足先へと集める。


瞬風靴は、僕のスピードを強化してくれる魔具であり、更に僕の羽織る軽布鎧もそれを補う魔具。普通、魔具は一人につき一つで、二つ以上を同時に使う事は出来ない。正確に言うと同時に使うのは非常に難しい。しかし、この軽布鎧は、魔力を一度通すと暫くの間効果を発揮し続けてくれる為、一度軽布鎧に魔力を通した後、瞬風靴に魔力を通す事で、一時的に二つの魔具を使う事が出来るのである。

僕が既に魔具を装着している事を知って、持続型の魔具を作ってくれたらしい。僕にとっては最高のアイテムだ。


ブワッ!


魔力を流した事で軽布鎧と瞬風靴の効果が発動し、僕自身が風に守られているような気分になる。


これなら、誰よりも速く走れる。


「「「「っ?!」」」」


僕がグッと膝を曲げ、足に力を込めると、守衛全員が同じように重心を落として細剣を構える。


僕がどこに逃げようとしても捕まえるつもりなのだろう。でも……


ダンッ!!


「「「「「…………………」」」」」


僕は全力で地面を蹴り、壁、そして天井を駆け抜ける。


世界が逆さまな状態で、そのまま天井を走り抜け、守衛の人達全てを置き去りにする。


きっと、守衛の人達は、僕が目の前で突然消え去ったように見えただろう。誰一人として僕が自分達の背後まで走り抜けたとは思っていない。その証拠に、守衛の人達二十人全てが、今も尚壁の方を見詰めている。


今の今まで全力で走らなかったのは、複雑な構造の建築物であるからという理由と、こうしてここぞという時に全力を出す事で反応させない為という二つの理由からである。

守衛を置き去りにした通路は程よく長く、僕が全力で走っても大丈夫な距離が有った。そして、あの場所から中央に戻ろうとすると、狭い通路を何度も通らなくてはならず、どうしても時間が掛かる。これで二十人の守衛は僕達を追えなくなった。


タッタッタッ!


彼等が唖然としている間に、僕はなるべく速く中央へと向かう。そろそろエフさん達が螺旋階段の辺りまで辿り着く頃のはず。


急がないと。


「っ?!」


ギィンッ!!


曲がり角を曲がろうとした時。突然目の前に鈍く光る何かが見え、咄嗟に短剣を抜いた。すると、目の前に火花が激しく散り、それが金属製の凶器だと数秒後に理解した。


タンッ!


僕は数歩分後ろへと跳び、鈍く光る物を見詰める。


それが何かを説明するのは難しい。金属である事は間違いないけれど、武器と呼ぶにはあまりにも不格好。金属の棒を無理やり叩いて尖らせた物…というのが一番正解に近いだろうか。

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