第五十一章 アンバナン監獄

第729話 決行直前

「手助けしてくれなければ…悪いが無理矢理突破する事になる。だが、俺達は鱗人族の皆と争いたいわけじゃないんだ。」


「…………分かりました。我々も皆様と事を構えるのは避けたいところです。出来る限りの援助はしましょう。」


もっと渋られるかとも思っていたが、シャーガは意を決して頷いてくれる。


少し脅しのような形になってしまったのは申し訳ないと思うが…こればかりは仕方が無いと割り切るしかないだろう。


「ありがとう。それと、勿論だが鱗人族の問題解決にも協力するつもりだ。」


「我々の…?」


「ああ。俺達がギガス族の皆を助け出せたとして、その後鱗人族はどうなる?」


「……アンバナン監獄を管理出来なかったと判断されるでしょう。当然、我々はランパルドの手の者と認定されるかと。」


「そうなった時、どうするつもりだったんだ?」


「…魔界を抜け出し、魔界の外で隠れて暮らす。それしか道は無いと考えています。」


彼等からすると、俺達を手助けしたとしてもしなかっとしても、かなり危険な状態である事に変わりは無い。

俺達を手助けする事で、その危険が更なる危険を呼び込むだろう事は想像に難くないが、手助けしなかったとしても、近いうちに襲われる可能性は非常に高いと言える。

勿論、シャーガが手に入れたという襲撃の情報がただのデマだという可能性もゼロではないが…それはあまりにも楽観的過ぎるだろう。


イベントのクリア条件である、ギガス族と鱗人族を救うという内容的に、ギガス族のみを助け出しても意味が無いはず。恐らく、鱗人族の皆をどうにかして助ける必要が有る。寧ろ、本題はこっちだろう。シャーガの協力を取り付けた今、ギガス族の者達を逃がすのはそれ程難しい事ではないが、鱗人族の現状を打破するのはなかなかに難しい。

もし仮に、俺達が鱗人族の事を考えず、このままギガス族を助け出した場合、恐らく鱗人族の皆はかなりの窮地に立たされる事になるだろう。

シャーガは魔界を抜けて魔界外で生活すると言っているが、そもそも魔界の外へ抜け出す事さえ出来るか疑問である。

そんな状態で鱗人族を見捨てるという選択肢を俺達が選ぶはずもなく、当然どうにかする方法を考える。


「それはあまりにも楽観的過ぎる。」


シャーガ自身、自分の言っている事が楽観的過ぎるという事は理解している。敢えて指摘する必要は無かったかもしれないが…


「しかし、我々には抗うすべなど有りません…」


「それは分かっている。魔族全体を敵に回すなんて事は馬鹿のする事だ。」


自分で言っていて悲しくなるが、事実魔族全体を敵に回すというのは自殺行為に等しい。


「で、では私達に大人しくしていろと言うのですか?」


「いや。そんな事は言わない。それが最も愚策だということくらい俺達にも分かるからな。」


「では…どうしたら良いのですか?」


不安そうな顔で聞いてくるシャーガ。ここでの話し合いが彼等の運命を決めると言っても過言ではないのだから当たり前だ。


「俺が思い付く方法は二つ。

一つは単純に魔界の外まで俺達が護衛して逃げる。最も単純な解決策ではあるが、はっきり言って難易度はかなり高い。俺達も全力でフォローはするが、犠牲は必ず出ると思って良いだろう。最悪、外に到達する前に全滅も有り得る。」


「……二つ目は…?」


「俺達と共に行動し、魔界内を逃げ回りつつ、魔王達の問題解決にあたる…これだろうな。」


鱗人族は、俺達に協力しようとしなかろうと、魔族全体を敵に回してしまうだろう事は容易に想像出来る。であれば、いっその事俺達の仲間になって共に行動した方が寧ろ安全…とまでは言わないが、何も出来ずに殲滅されるなんて事にはならないだろう。勿論、負ければ俺達諸共殲滅されるのは間違いない。分の悪い賭けではあるが…魔界外に向かうより生きられる確率は高くなるはず。もし逃げられそうであれば、途中で逃げ出すのも良いだろう。


「私達もですか…?正直なところ、戦闘に長けた種族ではありますが、お話に聞いた皆様の実力を考えますと、お役に立てるかどうか…」


「そんな事は考えなくて良い。とにかく生き残る事を考えるんだ。」


「………分かりました。私達鱗人族が、魔王様の助けになるという皆様の推測が正しいとするならば、ここで私達だけが逃げ出すわけにはいきません。それに、私達のような少数の種族は、きっと魔界の外に出ても生きていけません。ここは腹を括って、やれる事をやらねば。」


シャーガは、それまでの不安そうな顔ではなく、意を決した顔をしている。


「俺達も出来る限りの事はするつもりだ。無理だと判断したならば、その時に魔界の外へ出れば良いし、その手伝いもする。それまでは俺達に力を貸してくれると有難い。」


「いえ。やると決めたならば最後までやります。私達鱗人族の誇りの為にも。そうなりますと、まずはその事を皆に伝え、動く準備を始めねばなりませんね。」


簡単な事のように言っているが、人数は少ないと言えど一つの種族だ。まとめるのも容易な事ではないはず。それを言い切るという事は、それだけの覚悟が有ると考えて良いだろう。


結局、鱗人族の皆を巻き込む事になってしまったが、嘘を言ったわけでも騙したわけでもない。本当にこれが最善だろうと考えているし、魔界をどうにかしなければ鱗人族の皆が助かる未来も来ないだろう。


「俺達がどうこうする事は出来ないだろうし、鱗人族の皆の事は任せても大丈夫か?」


「はい。それはこちらにお任せ下さい。」


「頼む。後は具体的にどうやって動くかの打ち合わせがしたい。その為にも、アンバナン監獄の事を詳しく教えて欲しい。」


「分かりました。信頼出来るアンバナン監獄に詳しい者を紹介します。まだ情報が漏れるのは困りますので、話をする時はここを使って下さい。」


「助かる。」


「それでは、その者を連れて来ますので、昼頃もう一度私の所へお越し頂けませんか?」


「分かった。」


俺達は変装を元に戻し、一旦シャーガの家を離れた後、昼頃再度彼の家を訪れる。


俺達が来ると直ぐに奥へと通され、シャーガの言うアンバナン監獄に詳しい者と話す事が出来た。そして、俺達はそこでアンバナン監獄について詳しく聞いた。


まず、鱗人族の皆が協力してくれるという事になったとしても、アンバナン監獄の中からギガス族を連れ出すのは難しい事らしい。その理由は、鱗人族が結託して…つまり、今回のように鱗人族の皆が同一の意見となり魔王の思惑とは違う行動をする事になってしまうと、アンバナン監獄の中に収容されている者を逃がしてしまう可能性が有る。その可能性を危惧した者達が、アンバナン監獄に在中する者を何人か選び、看守として配置しているらしい。

いつもならば問題になりはしないのだが、今回のような場合、その者は即座に魔王へ報告するらしい。

それ故に、俺達は少なくともその者達に気付かれないように、もしくは報告されるよりも早くその者達を制圧しなければならないのだ。


次に聞いたのはアンバナン監獄の詳細な構造。

アンバナン監獄は、底なし沼の真ん中に作られた監獄で、円柱状の構造物が地面の下に埋まっているらしい。

底なし沼の真ん中にどうやってそんな建造物を作ったのかは謎だが、魔族の事だから魔法やら何やらでどうにかしたのだろう。

アンバナン監獄の内部は、直径百メートルにもなる円形の層が何層にも重なっており、その一層一層にいくつもの独房が作られているとの事。中央に大きな螺旋階段が有り、各階層に繋がるよう橋が掛けられているらしい。実に独特な構造ではあるが、もし内部で何か起きた時、その橋と螺旋階段を外し上へ登る事が不可能になるよう作られているとの事。

アンバナン監獄は、普通の監獄とは違い極悪人と言われる連中が収容されている為、万が一にも脱獄されないように特殊な構造になっているという事だ。万が一、いや、億が一アンバナン監獄を登り切ったとしても、外は三百六十度底なし沼となっている。これだけの監獄だ。脱獄するのは不可能と言われているのも頷ける。


そして、最後に聞いたのはギガス族の者達とセレーナ姫の居場所だが…これについては分からないらしい。

セレーナ姫達が監獄に軟禁された時、鱗人族の者達には収容場所を明かさず、日頃の食事等は何人か居る魔王側から派遣された者達が運搬しているらしい。

それでもアンバナン監獄を管理しているのだから分かるだろうと思えるが、監獄の全長は正確な数字が分からない程らしく、独房の数も数えるのが面倒な程の超巨大建築物。特に、階層が下へ向かう程罪の重い者達が収容されており、看守達も食事の配膳や点呼以外では殆ど足を踏み入れないらしい。

人族とは違い、寿命の長い種族も多々居る魔族だからか、収容年数が百年を超えるような者達も珍しくなく、下層と呼ばれる階層では、よく収容人数が減るのだとか…何故人数が減るのかは…想像したくない。

そんな場所だからか、収容場所を教えずに管理する事は可能らしく、鱗人族の者達は報告で上がってくる内容しか知らないらしい。ただ、セレーナ姫が無事に生きているのは間違いないとの事。誰かがその姿を確認したのか、内容の詳細までは聞かなかったが、間違いないとの事。

それと、少なくともセレーナ姫は、中層以下に閉じ込められているという話。


ここまで聞くとかなり無理な事をしようとしていると感じるが、監獄内に入るまでは鱗人族の協力が得られる事と、監獄を管理している…つまり監獄内で最も数の多い看守である鱗人族が見て見ぬふりをしてくれるのであれば、中層以下へ向かうのは簡単らしい。


要するに、俺達はアンバナン監獄に入り、中層以下で見付からずに、もしくは階層を素早く制圧しなければならないという事である。


「どうでしたか?」


話を終えた俺達に、シャーガが様子を聞いてくる。


「なかなか骨が折れそうな話だが、無理という話でもなさそうだ。」


「そう言えてしまうのは本当に凄いです。」


「鱗人族の事を巻き込んでしまったんだから、これくらいは余裕でこなせないとな。」


「巻き込まれたなどとは思っていませんよ。どちらにしろ、私達鱗人族が狙われていたのですから。寧ろ逃げ道を作って下さった皆様には感謝しかありませんよ。」


「そう言ってもらえると救われるな。」


「いえいえ。それで、具体的にどう動くのでしょうか?」


「そうだな。詳細について詰めていくとしようか。」


監獄内、中層までの道程は、鱗人族の協力者が助けてくれる為、そこまでの道程について詳細な動き方を打ち合わせる。打ち合わせると言っても、俺達は案内人の鱗人族について行き、帰りは待ってくれている鱗人族に声を掛けるだけだ。ただ、監獄内の構造は話に聞いていたよりもずっと複雑らしく、迷ったり変な場所に入り込んだりしないよう、その辺を中心に打ち合わせを行った。


「なかなか複雑な構造だね…簡単な構造だとそれだけ脱獄が簡単になってしまうから監獄としては優秀なんだろうけど…」


スラたんは教わったアンバナン監獄の構造を書き記した紙を眺めながら眉を寄せている。


「そうね…全部覚える必要は無いと言っても、最低限必要な情報量が多いわね。」


「この辺は排水関係…この辺は熱を起こす魔具だから、この辺を通るのはダメだよね…」


ブツブツ言いながら地図を頭に入れていくスラたん。

構造を描いた紙も持っては行くが、監獄内で地図を広げ、あっちかこっちかとやっている時間は無いかもしれない。出来る限り頭に入れておくのは重要な作業だ。勿論、俺を含め、他の皆も同じように頭の中に叩き込んではいるが……あまり自信はない。こういうのは頭の良いスラたんや、そういうのに慣れているであろうエフなんかが得意だと思うし、頼らせてもらう。いや、諦めたわけじゃないから頑張って覚える気は有るのだ。決して諦めたわけではない。うん。


本来であれば、ここから必要となりそうな物を買い足しに行くところだが、残念な事にセゼルピークには店という店が無い上に、便利グッズ的な物を売る店は皆無。インベントリに入っている物でどうにか出来る事を祈るしかない。


という事で、俺達は地図と睨めっこをして時間を消費し、丸一日後の夕方の事。


俺達の泊まる宿に一人の鱗人族が来た。

トカゲ型の鱗人族で男性。俺達の部屋を訪れた彼は、直ぐにシャーガが呼んでいる旨を伝えて去ってしまった。


俺達は直ぐに宿を出てシャーガの家へ向かうと、またしても例の防音部屋へと通される。

防音部屋の中には、シャーガとは別の鱗人族が待っており、俺達を見ると軽く頭を下げる。


「まずは簡単に紹介します。彼はキャリブル。アンバナン監獄を任されている者達の取締役を担っている男です。」


「キャリブルだ。よろしく頼む。」


どうやらキャリブルという男も流暢に言葉を喋る事が出来るらしい。


「こちらこそよろしく頼む。」


まだ話の本題には入っていないが、俺達への協力を約束してくれたシャーガが、アンバナン監獄の責任者を連れて来たという事は…そういう事だろうと推測出来る。


「時間が有りませんので、いきなりですが本題に入ります。

まず、私達鱗人族は、皆様について行く事を全員が納得しました。一人残らずです。」


「早いな?!」


まさかたったの一日で話をまとめてくれるとは思っておらず、流石にビックリして声量が大きくなってしまった。


「元々私達は人数が少ないですからね。それに、私の知っている事を聞いた皆は、自分達も魔王様の助けになりたいと直ぐに納得してくれました。話をまとめるのはそれ程難しくなかったですよ。」


シャーガの言う難しくないというのは控えめ過ぎる言い方だと思う。俺達は宿から出ていないが、大集会のような事が行われている気配も無かったし、恐らくは地道に話を広めたはず。そうなると、いくら何でもそこまで簡単に意見をまとめられたとは思えない。シャーガ含め、何人かの者達が死に物狂いで駆け回ってくれたのだろう。その証拠にいつもはピシッと決めていたシャーガの服装が随分と汚れている。


「……助かったよ。ありがとう。」


「いえ。それよりも、この者を連れて来たのは、本日夜にアンバナン監獄への侵入を行っていただきたく思っているからなのです。」


「本日夜って…数時間後って事か?」


「はい…突然の事で申し訳ありませんが…」


シャーガは少しだけ暗い顔になるが…


「いや。俺達はそれで構わない。いつでも行けるように準備してあるからな。」


「あ、ありがとうございます!」


シャーガ達が駆け回って作り出してくれた時間を無駄にするわけにはいかない。素早く事を運べるのであれば、迷う必要など無い。


「俺がアンバナンまでお前達を運ぶ。日が暮れてから一時間後。街の最北端に来てくれ。細かい事はその時に話す。」


キャリブルは端的にそう言うと、俺達の目を真っ直ぐに見てくる。


「分かった。日が暮れてから一時間後だな。」


俺の言葉に頷いたキャリブルは、その後直ぐに部屋を出て街の中へと消える。

淡白な男に感じられるかもしれないが、それは恐らく違う。あまり一所ひとところに停滞すると怪しまれる立場なのだろう。


「いきなりの事ですみません。」


「気にするな。折角作ってくれた時間なんだ。有効に使わないとな。」


「ありがとうございます。皆様が出立した後、街に残っている皆も密かに出立する予定です。」


「分かった。気を付けてくれ。」


「ここは沼地のど真ん中。私達鱗人族の住処です。誰にも遅れは取りませんよ。」


「そうだったな。それじゃあ、ギガス族の皆を助け出した後に会おう。」


「…はい。」


シャーガの覚悟を決めた目を見た後、俺達は一度宿屋へと戻る。

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