第728話 鱗人族の現状
「まず…第一に、私を含め、この街にてある程度の地位に居る者の中の数人は、現魔王様に異変が生じている事を知っております。と言いましても、具体的に何が起きているのかは分かっていませんが…以前までの魔王様であれば、絶対に許さないような事も平気で命令なさるようになってしまいましたし、明らかに何者かの意思が介入していると思われる行動が目立っていますからね。」
いきなり核心に触れる話だ。
シャーガは俺達に対して警戒心を全く見せずに洗いざらい話してくれる様子。
これは流石に敵対する事は無いだろうと肩の力を抜いて話を続ける。
「魔王の現状を把握するのは簡単な事ではないはずだが…何故シャーガはそれを知っているんだ?」
「その理由こそが、まさに我々がギガス族の姫を軟禁している理由になります。」
「……………」
シャーガは一度言葉を区切り、もう一度口を開く。
「まず、我々鱗人族というのは、あまり数の多くない種族です。
特殊な鱗を持っていたり、沼地等の足場の悪い所で素早く動けたりと、他の種族には無い強味を持っているということから軽んじられる事は有りませんが、魔界での地位については高いものとは言えません。我々は地位を欲しているわけではありませんし、別に問題とはならないのですがね。」
「こんな魔界の隅に街を作るくらいだから、寧ろ政治には関わりたくないってところかしら?」
「その通りです。我々鱗人族は、他の種族の方々とは色々と違い過ぎますからね。」
魔族は多くの種族が集まったものであり、他の種族に対する偏見というのは少ない。しかしながら、やはり種族間での感覚の差は有る。魔族の中でも他の種族とは大きく感覚の違う種族も当然存在する。
全ての魔族を知っているわけではないが、やはり人型の者達が多く、鱗人族のように爬虫類を思わせる身体となると、色々と勝手が違うというのは何となく分かる。
他種族に拒絶されているわけではないが、深く政治に関わるのは難しいという話のようだ。
「それは理解出来るわ。でも、政治に絡むのを避けているのだし、関わらない形を取れているのならば問題は無いわよね?」
「はい。こうして魔界の端で暮らしている事に何の不満も有りません。ただ…そうして全く他の種族と関わらないとなると、魔界内でありながら隔絶された種族…と言っても良い状況になってしまいます。
魔族として生きて行くのであれば、やはり魔族の動向を常に知っておかねばなりませんし、何か大きな事が起きた時は、我々も魔族として動かねばなりません。」
魔界の隅で密かに暮らしているだけだとすると、それは魔族であるかは微妙と言える。そうして他と関わらずに生きていくだけならば、別に魔界内である必要性は無いだろう。
しかし、鱗人族の皆は魔界内で過ごす事を選んだ。まあ、何代か前の代表者が決めた事なのだろうが、それでも彼等は魔族の中の一種族なのだ。そして、自分達が魔族であるという事に対して誇りを持っているように見える。
彼等が自分達を魔族だと誇りを持って言うのならば、積極的ではなくとも、他の種族や魔王について等、最低限の情報を知っておく必要がある。
「シャーガさんが街へ出向くのは、仕入れ以外にもそういった情報を仕入れる為でもあるという事だね。」
「はい。それもありますね。
ただ、本当に必要な情報というのは、実は別の場所から仕入れているのです。」
「別の場所…?」
「はい。情報の仕入先は……魔王様です。」
「??」
シャーガの言っている事が分からないわけではなく、言っている内容が理解出来ない。
何故そこで急に魔王が出てくるのか理解出来ないのだ。
「順を追って説明しますと……」
シャーガの説明を簡単にまとめると、彼等が管理している監獄、アンバナン。これを管理する事を条件に、魔王が必要となる情報を鱗人族と共有する事を約束したとの事。
実際、鱗人族に情報を渡すのは魔王ではないのだが、その約束をしたのは魔王という事である。
「魔王様は、我々鱗人族が魔族の中で孤立してしまう可能性を考え、そうならぬようにと約束して下さったのです。勿論、情報と言っても機密情報等は知りませんよ。」
「機密情報が流れ出ていたら問題だからな。」
「はい。ただ、アンバナンに収容される者達や、それに関する情報等はある程度教えられています。危険な相手の場合、収容するにも注意しなければなりませんからね。」
「つまり、アンバナンに関する情報以外の機密情報は知らないという事か。」
「そういう事です。当然、今回アンバナンに入れられたギガス族の方々についても聞かされています。」
「詳しい話を聞かせてくれ。」
「はい。ただ……お話するのは良いのですが、これは機密情報にあたる話になります。もし、私が話した事が原因で何かが起きてしまうと、私だけでなく、鱗人族全体が危険です。」
みなまで言ってはいないが、要するにシャーガが言いたいのは、俺達が噂の者達である事の証明と、シャーガから聞いたと漏らさない事を約束して欲しいというところだろう。
俺達は自分達の変装を解き、素顔を見せる。加えて、冒険者証も見せ、噂の人物が俺達だという事を証明してしみせる。
「……やはり、皆様が噂の方々だったのですね。」
シャーガはどこか安心したように息を吐いている。
「そんなに簡単に信じて良いのか?」
俺が言うのも何だが、これだけの証拠を見せても信じられないと言われる可能性は考えていた。特徴の似ている者達なんてそこそこいるだろうし、嘘を吐いて騙そうとしているとは考えなかったのだろうか?と思ってしまう。
「私が聞いている特徴と皆様の外見的特徴が一致します。何よりも、今現在の魔界へ入ろうとするのは、魔界の内情を一切知らない人達くらいですからね。」
魔王の事でピリピリしている魔界へ足を踏み入れたいという者は少ない。
その事を知らないか、知っていても入らなければならない程切羽詰まった状況のどちからだろう。
しかし、俺達はそう装っていても本当に切羽詰まった状況には見えないし、魔界がピリピリしている事を知らないようにも見えない。つまり、そのどちらでもないとなれば、何か別の目的が有って魔界へ来たと考えられるという事だ。
「俺達が噂の者達だと気付いていたのか?」
「いえ。気付いていたわけではありません。ただ、このセゼルピークに来る他種族の方は珍しいですからね。そこにアンバナンに収容されているギガス族の方々について聞かせて欲しいと言われれば何となくそうではないかと。」
「何故そう思ったんだ?」
俺達はギガス族と特別仲が良いわけではない。ギガス族が囚われていると聞いて助けようとするとは限らない。寧ろ、敢えて危険な賭けに出るとは考えないはずだ。
「少し前に、魔界の外で皆様が盗賊団と大きな戦闘を行いましたよね?」
「ああ。」
「その時、奴隷として囚われていた鱗人族の数人が逃げ出して来たのです。その者達から色々と話を聞きまして。皆様ならば、魔界へ来て下さるかと思っていました。」
確かに盗賊の連中と戦った時、奴隷にされた鱗人族を何人か見た。
「盗賊団との戦闘を行った後、魔界へ入るとするのならば、恐らくは南西方向から。そして、その先に在る街の中で人の目が最も少ないのはこのセゼルピークです。もしかすると…と考えていました。」
「その推測が見事に当たったのか。」
「推測と言うよりはそう願っていたという希望ですが…」
シャーガの言い方に含みを感じる。
「希望ね…話を聞いていて何度か思ったけれど、もしかして鱗人族は、何かしらの問題に巻き込まれているのかしら?」
「…………はい。」
ハイネの質問に対し、ゆっくりと頷くシャーガ。
「ギガス族の方々とも関係している話なのですが……実は、我々鱗人族とギガス族は、少し前からこの沼地からの出入りを禁じられているのです。」
「ギガス族の者達は牢獄に入れられているのだから分かるが…鱗人族もか?」
「はい。特別見張りが居るという話ではないのですが、他のどの街への立ち入りも、当然ながら魔界の外へ出る事も禁じられています。」
「何故そんな事になっているんだ?」
「明確な理由は分かりません。命令の内容としては、現在危険な因子が魔界を目指して進行中である為…らしいですが、間違いなく後付けの理由でしょう。
それが理由ならば、我々鱗人族のみにその命令が来ている意味が分かりませんからね。
この命令が来た時、あまりにもおかしな内容だったので、魔王様に異変が有ったと確信したのです。」
「……それが嘘だという事は分かるが、本当の理由までは分からないか。」
「我々も色々と動いてはみたのですが、外に出る事を禁じられている以上、有力な情報を得るのは難しく…」
悔しそうな顔をするシャーガ。しかし、禁止命令が出ているのに、それを無視して動くわけにもいかない。
「どうする事も出来ない状況なのだから、無理をして皆を危険に晒す事も出来ないのは分かる。出来る範囲内で行動しているのならば、それが最善だ。」
エフの言う通り、鱗人族が派手に動くのは悪手だろう。
「ありがとうございます。」
「それで?」
「はい。そういう理由で、ギガス族の方々と我々鱗人族はこの沼地に軟禁されているという状況なのですが……実は、外から戻った者の中の一人が、我々鱗人族と監禁しているギガス族を同時に殲滅しようとしている者が居るという話を聞いたらしく…」
「殲滅…?」
「はい。その者も小耳に挟んだ程度の話で、真偽は分かりませんが、この街の外で密かに噂されているらしいのです。」
「どうしてそんな話になっているんだ?」
「噂では…ギガス族の者達と我々鱗人族は、反魔王組織であるランパルドと繋がっていると。勿論、そんな事は決してありません。私達は魔王様に感謝しているのです。こうして同じ魔族として過ごし辛くならぬようにと気を掛けて下さっているのですから。それをランパルドなどと…」
強くではないが、それでも確実な怒りを見せるシャーガ。彼等鱗人族が魔王に感謝しているのは事実らしい。
加えて、魔界の外で街を築き過ごしていたギガス族がランパルドと関わっているというのは明らかにおかしな話だ。
ただ…魔界は外と隔絶された世界であり、外の事をよく知らない者が聞けば、それが真実かどうかの判断は難しいかもしれない。
「それを理由にここを攻め落としに来る…という情報を掴んだのか。」
「はい。先程も言いましたが、真偽は分かりません。ですが、そう言われている時点で、数の少ない我々鱗人族にとっては致命的なのです。」
ただでさえ細々と生活している鱗人族が、魔界全体から睨まれる…と考えると、シャーガが致命的と言った言葉の意味が分かる。
恐らくは、この一件が鱗人族を救うというイベントミッションに関係しているのだろう。
「なるほど…鱗人族の現状については分かった。次はギガス族とセレーナ姫について教えてくれ。」
「…はい。まず、ギガス族の方々についてですが、先程も言ったようにランパルドとの関係を疑われた事で捕まり、結論が出るまでの間、アンバナンで軟禁するという結論に至ったのです。」
「一先ずで監禁するにしては、アンバナンは酷過ぎるのでは?」
「そうですね。私もそう思いますが、これも魔王様の決定故、我等はその指示に従う他無いのです。
当然ですが、我々がギガス族の方々を嫌っているのではありませんし、何の恨みもありません。寧ろ災難に巻き込まれてしまった彼等に申し訳ないと感じている者達が殆どです。
そして、セレーナ姫についてですが、アンバナンの中にてご存命です。怪我も無く元気なご様子です。監獄に囚われていて元気と言うのはおかしな話ではありますが…」
「取り敢えず怪我も無く生きているのならば良かった。」
既に息も絶え絶え…なんて状況も有り得なくはなかったのだ。一先ず超特急で行動を起こさねばならない状況ではないと分かっただけで有難い。
「…やはり、どう聞いてもギガス族と鱗人族を魔王様から離そうとしているように感じるな。」
「ああ。」
エフの言葉通り、かなり強引に彼等を魔王から離そうとしているように感じる。
「魔王様から…?どういう事でしょうか?」
「ギガス族の皆をここに縛り付けて動けないようにする理由についての話だ。
ここへ来たギガス族の数は少数、セレーナ姫という存在が居るにしても、魔王が敢えて遠ざける程の脅威にはならないはずだ。言い方は悪いかもしれないが、魔族が本気で彼等を潰そうと考えるならば、そんなに難しい事ではないだろうからな。
それなのに、アンバナンに収容するなんて方法を使ってまでギガス族を遠ざけている。それに、鱗人族もだ。
詳細な理由は分からないが、鱗人族とギガス族が、今の魔王…正確には、魔王が変わってしまった元凶に対して有効となる何かを持っているのではないかと考えていたんだ。」
「有効な……と言われましても、特に思い当たる事は有りませんが…?」
俺の話を聞いても、シャーガには心当たりが無いらしい。まあ、そんなにパッと思い浮かぶような結論であるはずはないか。
「そもそも、魔王の現状がどうなっているのかの詳細が分からないからな。何に対して有効な手段なのかも分からないし、思い当たらないのも無理はないさ。
まだ分からない事は多いが…一先ず、今後の行動方針は何とか決まりそうだな。」
「??」
シャーガは俺の言葉の意味を把握出来ず首を傾げる。
ここまで聞いた話の内容を考えるに、やはりギガス族とその姫であるセレーナ姫。そして鱗人族の問題解決には、このイベントのクリアに必須となる何かが隠されている。
しかし、鱗人族にとって、アンバナンにギガス族を捕らえておくことは王命。背く事は出来ない。
となれば、鱗人族の代わりに俺達がギガス族の皆をアンバナンから救い出す。これしかない。
幸いな事に、シャーガは既に魔王の背後に居るであろう何者かの影を疑っており、俺達に力を貸してくれようとしている。ならば、アンバナンからギガス族の皆を助け出すのは難しくないはずだ。
問題は、助け出した後にどうするのか…という事だろうか。
「ギガス族の皆を助け出した後の事を気にしているのなら、私に考えが有るわ。」
頭の中を整理していると、タイミング良くハイネがそう言ってくれる。
「任せて大丈夫なのか?」
「ええ。大丈夫よ。」
ハイネは自信を持って言い切ってくれる。
全てを聞いたわけではないが、ハイネが大丈夫だと言い切るのならば大丈夫なのだろう。俺はそれを信じるだけだ。
「…分かった。」
俺はハイネに頷いてからシャーガに向き直る。
「シャーガ。俺達をアンバナンの内部へ連れて行く事は可能か?」
「まさかあなた方だけでギガス族の方々を助け出すつもりですか?!」
「シャーガを含め、鱗人族が王命を破る事は出来ないだろう。ならば、俺達がやるしかない。」
「た、確かに皆様であれば王命に背く事にはなりませんが、そもそもその行動は脱獄の
「分かっている。だから力を貸してくれないかと聞いているんだ。
正直、俺達だけでアンバナンに入って彼等を連れ出し、その上で見付からない場所へ逃亡するのは難しい。」
「そ、それは…」
鈍い反応を見せるシャーガ。
重罪の片棒を担げと言われて、分かりましたと即答出来る者などそうはいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます