第727話 交換材料

翌日。


俺達は早速分かれて市場調査を行う事にした。

俺とニルとクルード。スラたんとピルテ。ハイネとエフとシュルナ。この三つに分かれての調査である。


調査内容は鱗人族の皆が欲しがる物。

特に目を付けられるような内容ではない為安心して情報収集を行える。

一つ問題が有るとするならば、やはり言語の壁だろう。話を聞ける人物ばかりではないのがどうしても情報収集を困難なものにしてしまう。

それでも、手間さえ掛ければどうにかなるのだし、街自体はかなり狭いので一日で全てを回る事も可能だ。


という事で、三方向に分かれて街の鱗人族から話を聞いてみる事にした。


「クルードさんは街に顔見知りの方がいらっしゃるのですよね?」


情報収集に動き出して直ぐにニルがクルードへ質問を投げ掛ける。


「はい。とは言ってもよく来る場所ではないので数人の方と顔見知りという程度のものですよ。

僕達の向かう先で話を聞けると思います。」


「いくら他種族に偏見が無いとしても、やはり顔見知りの方が話し易いと思いますので、まずはその方から話を聞いてみて、その話を元にして色々な方から話を聞いた方が効率が良いと思います。」


「それもそうだな。クルード。案内を頼めるか?」


「勿論です。」


俺達三人はニルの提案で、クルードの知り合いという鱗人族から話を聞く事に。

街が広くないと何処へ行くにしてもそれ程時間が掛からないのが良い。


程なくして目的の人物に会った俺達は、クルードの知り合いである鱗人族から話を聞いた。


片言ながら、クルードがどうにか話を聞き出してくれた内容は…


まず一つ、彼等が食料を確保する為の道具。


彼等にとって必要だと感じる物と言えば食料が主となる。欲しい物と言われると、それを楽にする道具という事になるのは当然の流れだろう。


因みに、彼等の主食は沼地で確保出来る物が全て。つまり、沼地に住むナマズ魚類やカエル両生類。まあ想像通りと言えば想像通りだろう。

今現在、彼等が食料確保に用いているのは、一般的なもりや網。数が少ない種族である為、量が必要無いので特別な食料などを仕入れたりはしていないらしい。

故に、その食料確保の便利道具が有れば嬉しいという話だ。


次に欲しいと言っていたのが、意外にも寝具だった。


鱗人族は、家を必要としないと聞いていた通り、布団や枕といった寝具は基本的に無いらしい。しかし、家となれば寝床くらいは作るもので、わらのような枯れた草を敷き詰めて寝床にしているとの事。

鱗人族にとっては必要の無い物とも言えるのだが、有れば有ったで嬉しい製品。ちょっとした贅沢品というイメージのようだ。


「寝具か…作れなくはないだろうが、予想外だったな。」


「僕も驚きました。寝具にこだわる種族ではないかなと勝手に思い込んでいました。」


「街に住む事で、今までは必要の無い物だと切り捨てていた物が欲しくなったのかもしれないな。」


「その気持ち、よく分かります。私もご主人様と共に行動するようになってから随分と贅沢になってしまいましたから…」


ニルは奴隷という身分であり、本来であればもっと劣悪な環境で過ごさなければならない場合が多い。その事を言っているのだろうと理解出来るが…


「ニルのは贅沢とは言わない。奴隷の扱われ方が酷過ぎるってだけだ。」


「ふふ。ありがとうございます。」


ニルはそう言って笑ってくれる。

こういう事を言う人間は少ない。それはよく分かっているが、これが俺の本心だ。誰に何を言われようと、俺はこの考え方を曲げたりはしない。


「さて。色々と話を聞けたし、実際にそれらを作った場合どれだけ売れそうか聞いて回るとしようか。

クルード。一先ず話を聞けそうな者達が居る場所へ案内してくれないか?」


「はい。勿論ですよ。」


小さな街とは言っても街である事に変わりはない。迷ってしまいましたなんて笑い話にもならないだろう。


そうして一日話を聞いて回った後、宿に戻って情報をまとめる。


他の二グループと情報を合わせたところ、やはり一番需要が高かったのが食料調達の為の道具。


寝具のような物はその次に欲しい物として挙がり、寝具以外にも生活用品を中心として欲しがる者が多い事が分かった。


「やっぱり食料に関する需要が高かったね。」


「そうね。予想通りと言ったところかしら。」


「そうなりますと、やはり頑丈な銛とか網を作るって流れになりますかね?」


ピルテほ素直に考えた結果を伝えてくれる。


「うーん……それを作るのは簡単だけど、それだと交渉材料としては弱い気がするかな。贅沢品ではない以上高級品を作っても意味が無いからね。」


ピルテの言葉に対して、職人としての意見を伝えるシュルナ。やはりシュルナの意見は今までの俺達には無かった視点からのものが多くて助かる。


「食料調達の為の道具に莫大な費用が掛かるってなると、じゃあ要らない!ってなるよね。」


「そ、それもそうですね。しかし、そうなりますと、何を作るのですか?」


「多分、もっと根本的な問題を解決しないといけないと思う。私も具体的な解決策を思い付いたわけじゃないんだけど…」


「根本的な…と言うと?」


「そもそも、街を作っているのに食料を毎日自分達で調達しているという現状が問題だと思う。

問題と言っても、それでどうにかなっているのだからどうしても改善が必要という程ではないのかもしれないけど……普通、街が出来ると、食料は仕入れるよね?」


「そうですね。冒険者の方々が討伐したモンスターや、商人の方々が街に持ち込んで売る食べ物を買う事が多いですね。しかし、ここにはそのどちらも有りませんよ。」


「私も解決策は分かんないんだけど、それをどうにか出来る物が作れれば…と思ったんだけど…」


シュルナよ…この歳にして既にそんな事まで考えられるとは…

少なくとも、俺がシュルナくらいの歳の時はそんな考えに至るなんて有り得ない事だった。


俺も、恐らくはスラたんも、住人達の話を聞いていて、この問題の解決策を思い付いていた。


「シュルナちゃんは本当に凄いね。そこまで考えられる人ってそうは居ないと思うよ。」


「えへへー。」


「安定的な食料の供給って言うと難しく思えるけど、解決策はそんなに難しい事じゃないと思うよ。」


「え?」


スラたんの言葉に、シュルナがキョトンとしている。


「スラタン。その言い方だと解決策を思い付いたって聞こえるのだけれど?」


「思い付いたと言うよりは、その方法を知っているって言った方が正しいかな。と言うか、多分皆も知っている事だと思うよ。」


「私達もですか?」


「うん。

野菜や果実って、どうやって安定的に手に入れていると思う?」


「それは、畑を耕して栽培する事で……あっ!そっか!肉も同じだ!魚を育てれば良いんだ!」


「正解。」


この世界には、あらゆる場所にモンスターが湧いており、そのモンスターから肉を採取出来る。採取が難しい野菜や果実等は栽培しているのに対して、動物をという酪農の概念があまり根付いていない。

完全に無いわけではないみたいだが、殆どの街や村ではモンスターを討伐し、その肉が食卓に並ぶ。

敢えて酪農をしないのではなく、この世界においては、それ程モンスターというのは一般的に遭遇する相手であり、肉に困る事が少ないのだ。

また、小動物の肉よりも、モンスターの肉の方が美味いというのも酪農が流行らない理由となっている。


俺やスラたんにとって、動物を育て、その肉を頂くというのは当たり前の事。だからこそ養殖という解決策がパッと頭に浮かんだのだ。


「そっか…ここは魔界の中でモンスターが居ないから、自分達の手で育てるって事が必要になるんだね。」


「なるほど…言われてみると当たり前の事ですが、ホーンラビットの肉なんかはかなり安価に取引されていたりするので、育てるという概念が抜けていましたね。」


ホーンラビットというのはDランクのモンスターで冒険者でなくても倒す事が出来るレベルのモンスター。肉は結構美味い。


「この沼地にはモンスターが居ないので…魚なんかを育てるって事ですね!」


「うん。これは養殖っていう概念でね。細かい事を言うと色々と難しいけど、要するに食料となる動物を育てるって事だね。」


「ですが…そうなりますと、大きな囲いを作って……かなり大きな品になりますよね?」


「物は大きいかもしれないけど、作るのは難しくないよ。」


サラッと難しくないと言い切るシュルナ…パネェ。


「作れるのは分かっているが、その必要はないぞ。」


「え?」


「その発想を売る…と言うか、交渉材料にするんだ。食料の安定供給を可能にする方法とか何とか言ってな。

勿論、それを作る為の設計図や材料をチラつかせる必要は有るから、手ぶらってわけにはいかないだろうがな。」


「そうなると…ここの魚は沼地に住んでいるし、囲いを上手く作らないと…街の形状から考えると、この街の土台と同じ形にして…」


職人モードがONになったシュルナが、早速設計図を書き始める。


魚の生簀いけすと聞くと、海に浮かぶ四角い囲いを思い浮かべるところだが、ここは沼地で海とは勝手が違う。その上元の世界には無い素材や魔具だって有るとなると、全く違う物になるのではないだろうか。一体どのような物になるのか楽しみだ。


俺とスラたんを主にして、生簀に必要となる機能や道具等の事も伝え、有ると便利な機能なんてのも皆で意見を出し合った。


その結果。その日の夜には大体の形が決まり、それに必要な素材の一部をシュルナが加工した。色々とやっていた事で夜遅くなってしまったものの、必要な物は寝る前に全て揃ってしまった。


出来上がりの図的には、おわん型の土台を造り、その中に沼地の土壌を入れる。それだけでは沈んでしまう為、土台の下面に風魔法で空気を送り出す。また、中の動物が外に出ないように、壁面は反り返る形になっており、梯子を設置して昇り降りする。

他にもいくつか便利機能となる物を作ったが、大まかな説明としてはこんな所だ。

実際に出来上がった物を見たわけではないが、恐らく沼地に浮かぶ土台の下からプクプクと空気が出ているというものになる。内側ではなく外側に気泡が上がってくるという形状を一言で表すならば……逆バスタブ?だろうか。


何にしても、準備を万端に整えた俺達は、翌日…


設計図といくつかの持ち運べる小さな部品を持ってシャーガの元へと向かった。


「おはようございまーす!」


「これはこれは。おはようございます。」


朝の早過ぎない時間にシャーガの家を訪ねると、シャーガは直ぐに家を出て対応してくれた。


「朝からすみません。少しご相談と言うのか…見て頂きたいものが有りまして。」


スラたんがそう言うと、シャーガはピクリと頬を動かしてから俺達を招き入れた。


「突然伺ってすみません。」


家の中に入り、腰を落ち着かせたところでスラたんが喋り始める。


「いえいえ。皆様には色々とお世話になりましたからいつでも歓迎ですよ。」


「そう言って頂けると有難いですね。

シャーガさんもお忙しいでしょうから、早速本題に入りたいと思います。」


「…………」


スラたんがテーブルの上にシュルナの描いた設計図を広げると、シャーガはその設計図に目を走らせる。


「……これは?」


「一言で言うのであれば、セゼルピークの食糧事情を解決する為の物…ですかね。」


「っ?!」


スラたんの言葉に対し、明らかに強い反応を示すシャーガ。それだけ衝撃的な言葉だったのだろう。掴みは上々といったところだろうか。


「実際に使う部品の一部を持って来ています。一応、その設計図に描かれている物を一つ作るだけの材料も確保済みです。」


スラたんは、この提案が今直ぐに実行出来るものであり、断るのが愚かな事だと言うかのように畳み掛ける。


「そ、それが本当であるならば、是非ともこの話を詳しく聞きたいところですが……」


シャーガの赤い瞳がキョロキョロと左右に往復する。


当然、それだけの物を提供しようというのだから、見返りの事を考える。そして、シャーガには俺達に支払えるような金は持ち合わせていないはず。

勿論、俺達がその事を知っている上でこの提案を持って来たという事は理解している為、何を要求されるのかと固唾を飲んで待っているわけだ。


「勿論、タダでとはいきません。しかし、お金が欲しいというわけでもありません。」


「…はい。」


「……僕達が欲しているのは……」


スラたんが一度深い呼吸をしてから口を開く。


「ギガス族の者達と、ギガス族の姫、セレーナ姫についての情報です。」


「っ!?」


最悪の展開としては、ここで俺達を即座に敵とみなして攻撃を仕掛けて来る…というものだったのだが、どうやらその心配は無さそうだ。

シャーガは俺達の要求が予想外だったらしく、かなり驚いて目を見開いたまま固まっている。


「………………」


「………一つ……よろしいでしょうか?」


硬直から解かれたシャーガは、見開いた目を元に戻した後、慎重に言葉を選びながら話を続ける。


「はい。」


「それを聞いて、皆様はどうするおつもりなのですか?」


「……僕達は、セレーナ姫とギガス族の皆を助けたいと考えています。」


余分な言葉を飾り付けず、単刀直入に言い切るスラたん。


「…………………」


シャーガはその言葉を聞いて、少しの間思案する。


「……私の推測が正しいとするならばですが……もしかして皆様は、最近魔界で騒がれている者達のお仲間…でしょうか?」


「騒がれている…と言うと?」


「極最近、魔界内ではある者達の話で持ち切りになっています。

何でも、我々魔族に仇なす存在であるとか…

噂では、そのパーティのリーダーは人族の者で、数人の仲間と、奴隷を一人連れていると…」


そう言って後ろに立っていたニルの方へ目を向ける。


「………その噂の者達が…僕達だと言ったらどうしますか?」


確定的な言い方ではないが、ほぼ確定と言って良い言い方をするスラたん。


ここが俺達のこの先を決める分岐点だ。


シャーガを含め、その場の全員から緊張した空気が放たれる。


「……………………」


「………………」


数秒の沈黙。


シャーガがどのように出てくるのか分からない。


全員がいつでも戦闘に入れるよう、足に力を入れている。


「……………ここでは不用心過ぎます。少し場所を移しましょう。」


そう言って立ち上がったシャーガは、家の奥に見えていた大きな布地を捲り上げ、その先に見える扉へと俺達を誘う。


罠かもしれないが…ここで引くという選択肢は無い。既に俺達はシャーガが敵ではないと信じる事に決めたのだ。今更怖気付いてどうすると言うのだ。


俺達はその場に立ち上がると、シャーガに案内されて家の奥へと向かう。


ガチャッ…


「これは…」


家の奥の扉を開いた先は……全く別の家と繋がっていた。


外から見ると分かり辛いが、シャーガの家と、その裏手に立っていた家が繋がっていたらしい。


シャーガに連れらてその家の一室に入る。


先程まで居た家とは違い、音が外に漏れ出ないような建築素材を使って作られた一室で、明らかにこの街のとは違う造りだ。


「この部屋は、他人に聞かせられない話をする時に使います。」


バタンッ!


その言葉と同時に重そうな扉が閉まる。


俺達が緊張した面持ちでシャーガの言葉を待っていると、彼は部屋の中の椅子に腰を下ろしてから口を開く。


「そう緊張する必要は有りませんよ。少なくとも、私はあなた方の事を支持していますので。」


「支持…?」


「皆様が魔界の者達と争っている理由は、現魔王様の異変が原因……ですよね?」


シャーガのこの発言は、正直に言うとかなり意外だった。

こんな辺境の地と言えるような街の商人が、普通の人は知らないであろう魔王の状況を正確に把握していると誰が思うだろうか。


「安心して下さい。私は敵ではありません。

そして、今からいくつかの話をしますが…他言無用でお願い致します。」


「……分かった。」


神妙な面持ちで言ったシャーガに対して、俺達は大きく頷いた。

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