第723話 底なし牢獄

クルードが外に出てから数時間後。太陽が真上に来る頃の事だ。


「ただいま帰りました。」


思っていたよりも早くクルードが帰ってきた。


「どうだった?」


「何人かに聞いて回りましたが、思っていたよりも簡単に情報が手に入りました。」


拍子抜けだとでも言いたそうなクルード。そこまでの顔をするのだから余程簡単に情報が手に入ったのだろう。勿論、それは良い事だ。


「取り敢えず、手に入れた情報を共有しますね。えっと…」


クルードはエフが居ない事に気が付いて部屋の中を見渡す。


「私ならここだ。」


「っ?!」


エフを探していたクルードの背中から声を掛けたのはエフ。

エフが足音を立てずに歩くのは癖のようなものだ。しかし、クルードとしては跳ね上がる程にビックリした事だろう。


「情報を仕入れて来たのだろう。早く共有してくれ。」


どこから現れたのかとかどこに居たのかとか、そういう質問をさせる前にエフがクルードを急かす。


「は、はい。まずは……」


クルードが話してくれた内容をまとめると…


まず、セレーナ姫は、このセゼルピークに居るというのは間違いないらしい。何人かがその姿を見ているという事だったので信憑性は高いだろう。

そのセレーナ姫を見たという者達は、セレーナ姫がこの街に連行のような形で入ったと言っていたらしい。連行されていた理由についてはよく分からないが、外に出たのを誰も見ていないとの話なので間違いなく居るらしい。


次に、セレーナ姫がこの街に来てからの鱗人族の反応だが、これについては何とも言えないとの事。

セレーナ姫がこの街に来たという事は知っていても、その後の動向を知らない事から何となく想像出来るとは思うが、街の人達は状況を把握出来ていないらしい。

ただ、ギガス族であるセレーナ姫がこの街を訪れた事はかなり広まっている為興味が無いというわけではないらしく、色々な憶測が飛び交っているとの事。因みに、それらの話の信憑性はかなり低い。


鱗人族がギガス族の事をどう思っているのかについては……どちらでもないという感じらしい。嫌ってもいないし好いてもいない…というよりあまり接点が無くよく分からないといった状況のようだ。

少なくともギガス族を嫌悪しているような関係性ではないという事は分かった。


セレーナ姫自身の事については誰も知らない為どのような状況なのか分からないが、どこにいるのかの検討はついたらしい。また、それ以外のギガス族の者達も何人か連行されてきたらしいが、彼等もまたその時以来見掛けられず同じ場所に居るはずだということだ。


「一先ず、鱗人族とギガス族の仲が悪いという話ではなくて良かったですね。」


「ああ。好んでギガス族の姫を監禁しているようなら、こちらが取る手段も変わってくるからな。」


「僕の言った通り、鱗人族はそのような事を好んでする種族ではありませんでした。」


追加されたイベントクリア条件に、鱗人族とギガス族を救うとあったし、俺としてはどちらも被害者というイメージがあったものの、皆としてはどういう状況なのか分かっていなかっただろうし上手く事を運べば戦闘を回避出来るかもしれないと分かって一安心といった表情である。

勿論、俺も憶測というだけで確実ではなかった為一安心している。


「それで、セレーナ姫の居場所は?」


「この街を北に抜けた先に在るアンバナン…という場所です。」


「アンバナン?!」


聞いた事の無い名前にいち早く反応したのはハイネ。


「…ハイネ。そんなに驚くような場所なのか?」


「い、いえ…驚くような場所と言うか……アンバナンというのは、魔界に存在する牢獄ろうごくの名前なの。」


「牢獄…?」


なかなか嫌な単語が出てきた。


「魔族は他の種族に比べると荒っぽい者が多いのは知っているわよね?」


「ああ。」


強さこそ正義!みたいな感覚が強い魔族。そんな感覚を皆が持っていると、当然荒っぽい連中も増える。一応、強い者は弱い者を守る!とか、強い者はその力に見合った振る舞いを求められる!なんて感覚が他の種族より強く、自制する事の出来る者達が多いと聞いているが…人数の分母が、文字通り他の種族とは桁違いなのだ。そうでない者も当然それなりの数が居るだろう。


「そういう荒っぽい者の中には、魔王様が絶対にやってはならないと定めた事をやってしまう者もいるのよ。そういう者達を投獄しておく場所として、魔界にはいくつかの牢獄が存在しているの。」


極悪人を投獄しておく監獄…という事らしい。話の雲行きが怪しくなってきた。


「その一つが、その北側に在る牢獄って事か。」


「ええ。アンバナンは、別名『底なし牢獄』と呼ばれていて、かなりの悪行を働かない限りは投獄されない場所よ。勿論、脱獄なんて不可能と言われているわ。

アンバナンは、名前こそ広く知られているけれど、その牢獄が何処に在るのかは限られた者にしか知られていないの。こんな田舎に在ったなんて…」


数の少ない鱗人族が守る施設となると、大多数の襲撃に弱いはず。それを考えてアンバナンの場所を秘匿してきたのだろう。


「鱗人族の方々は、アンバナンの事を隠しているわけでもなさそうでしたので、この街に何度か来た人なら知っていると思いますよ。と言っても…この街を訪れる人はほぼいませんが。」


そもそもが田舎という事と、言葉が上手く使えない鱗人族と仲良くならなければならないという事が有るからアンバナンの事は周りに知られていないのだろう。


「それにしても…底なし牢獄か…」


おどろおどろしい名前だが、どんな牢獄なのだろうか…?という疑問の答えはクルードがくれた。


「名前の由来は、この街の北側に広がっている広大な底なし沼。その中心に牢獄が有るからですね。」


「広大な底なし沼?」


「ええ。かなり広い上に深く、その底は誰も見た事が無いと言われている程の大きさです。」


「す、凄い場所だな…それくらいしないと牢獄にならないのかもしれないが……」


「ですが、そんな場所に牢獄を作ってしまうと、投獄するのも大変ではないですか?」


「そうですね。鱗人族の中でもアンバナンを管理している者達だけが行き来を許されている場所で、鱗人族以外の者がアンバナンに入るのはまず無理でしょう。」


「出来れば近寄りたくもない場所だよな…」


行かなければならないとなれば、何かしらの方法で底なし沼を渡る事も出来るとは思うが、一歩足を踏み外してしまえば泥沼の中に飲み込まれる…なんて怖い場所に行きたい者はいないだろう。


「ただ、鱗人族の方々だけは底なし沼でも沈まずに泳ぐ事が出来るので、牢獄への行き来は彼等さえいれば問題無く行えるそうです。」


「底なし沼を泳げる…?」


「話によると、鱗人族の方々が持つ特殊な鱗やひれ、強靭な肉体が関係しているそうなのですが…詳しい事は分かりません。それと、鱗人族ならば誰しもが底なし沼で泳げるわけではないらしいです。」


水泳の出来る者とそうでない者がいるのと同じようなものだろうか?


「つまり、鱗人族がいなければ出る事も入る事もできない…というわけか。脱出不可能な牢獄と言うだけの事はあるな…」


最悪無理矢理助け出す事も視野に入れているが、場所が場所なのでその手段は出来る限り取りたくないところだ。


「他種族の姫がそんな場所に監禁されているってのは…色々と大丈夫なのか?」


「当然、大丈夫ではないと思うわよ。恐らくセレーナ姫を含めたギガス族の者達を逃がさない為の措置だろうから、囚人と同じような扱いはしていないだろうけれど…普通なら、種族間の大問題に発展する程の事よ。

ただ、今の魔界の事とギガス族の事を考えると、そんな事言っていられる状況ではないのだと思うわ。」


「それもそうか…何とか助け出したいところだが…」


「場所が場所だ。助け出そうとしても簡単には助け出せない。つまり、鱗人族の中でもそれなりに権力を持っている者と話し合う必要が有るだろうな。」


「そうなるよな…」


俺達は期待を込めてクルードを見たが…


「す、すみません…僕もこの街の権力を持った方となると…」


クルードは鱗人族と仲を深める為に魔界を出入りしているのではない。権力者との繋がりなど無くて当然の事だ。


「謝る必要は無い。お前が悪いという話ではないのだからな。」


「は、はい…」


クルードはSランクの冒険者なのだが…浅黒い肌のお姉様に弱いようだ。肩を寄せて俯いている。


「ここまで事が上手く運んでいるのですから十分ですよ。今は今後どうするのかを決めましょう。」


「ニルの言う通りだな。

エフ。情報を集める事は出来るか?」


「出来なくはないと思うが……」


そこまで言ったエフが外へ目を向ける。


「…黒犬か?」


「近くにはいない。だが…確実に私達の事を監視しているな。詳細な位置までは掴めないが、遠くはないはずだ。」


外は明るく、暗殺には適さない環境である為、今直ぐにどうこうという話ではないだろうが…流石は黒犬というところだろう。俺達を常に監視しているらしい。


「エフに限らず単独行動は難しいか…」


「明るい内で人通りの多い場所ならば聞き込みくらい出来るとは思うが、権力者の情報となると私達は目立ち過ぎる。」


「……だよな………」


数の少ない鱗人族、他種族の少ない街。この条件の中で目立たずに行動するのはあまりにも難易度が高い。


「「「「「「………………」」」」」」


全員が頭を悩ませていると…


「……はい!」


突然元気な声と共に手を挙げるシュルナ。


「何か良い案でも有るのか?」


「こちらから聞きに行くのが難しいなら、人を集めたらどうかな?」


「人を集める?」


「うん!この街を見るとあまり日用品なんかは揃っていないし、私が何か作れば人が寄るんじゃないかなって!」


「なるほど!!」


完全に盲点だった。

聞き込みをして情報を収集するのが普通だった為、人を寄せるという発想が抜け落ちていた。

これは商売を生業としていた職人ならではの考え方だろう。


「シンヤさんとスラタンさんなら素材を持っているし、そこから私が何か作り出せば!」


「よし!それでいこう!」


成功するかどうかは分からないが、シュルナの腕は間違いない。エフの義手が擦れて痛痒いと言っていたのも既に対策してくれている程だ。

シュルナの作る何かを売って、それに興味を持って集まった人から話を聞く。それで情報は簡単に集まる。


「凄いわ!シュルナちゃん!」


「えへへー!」


俺達には無かった発想で助けてくれたシュルナ。何とかこの作戦を成功させて先に進みたいところだ。


思い立ったが吉日。

俺達は直ぐに宿を出て街に有る数少ない工房に向かった。


基本的に木造の建築物ばかりだが、工房のような場所は在る。建物自体はかなり小さいが、火が燃え移らないように土壁や少量の鉄板を使ってある。

この街の工房には、工房主という者がおらず、使いたい人が勝手に使うという形式のもの。ただ、使っている人は誰もいないが…全く使用されていないわけではないらしく、時折使う者がいるとの事。


「誰もいないのは作業し易くて良いな。」


「うん!集中出来るからね!

よし!早速始めるよ!」


そう言ったシュルナは、俺達からのプレゼントであるグローブをギュッと手に装着する。


因みに、ザザガンベルに居た時はグローブを常に身に付けていたシュルナだが、旅に出てからは基本的にグローブや道具は荷物の中。製作以外の事で汚したり壊したりするのが嫌だかららしい。それと、道具もシュルナが背負っている荷物入れに収納されている。インベントリに入れて必要な時だけ出せば良いと言ったのだが、職人たるもの自分の使う道具くらいは自分で管理すると言って断られた。


「まずは何を作るんだ?」


「うーん………そうだ!折角作るなら喜んで作ってもらいたいし、灯りの魔具を作ろうかな!」


「灯りの魔具…って言うとランタンみたいな物か?」


「うん!この街に入ってから街灯とかそういう灯りになる魔具の存在を一回も見てないから、多分無いんだと思うの!」


「そうだったのか。全然気が付かなかったな。」


やはり職人となると俺達とは目の付け所が違うようだ。昼間だと明るい為灯りの事など考えもしなかった。


「よーし!じゃあ作っちゃおう!」


「何が必要だ?」


「特別に必要なのは魔石陣を作る為の魔石だけだよ!外側を作る為に簡単な金属とかが必要だけど、特別な物は必要無いよ。ただ、素材はどれも貰っちゃう事になるけど…」


「それは気にしなくて良い。シュルナの作る物は何でも俺達のパーティに役立っているし、そもそも素材は俺達が提供するつもりでパーティに入れたんだ。思う存分使ってくれ。」


専属スミスがいるのに敢えて素材を自分で使うなんて馬鹿な事はしない。絶対にシュルナに使ってもらった方が良い事は分かっているのだから。


という事で、今は単独行動が出来ないので、シュルナが魔具を作るのを全員で見学する事に。


「まずは魔石陣から作っていくね!」


そう言ってシュルナが赤色の魔石を手に取ってから数分後。あっという間に魔石陣が完成する。ランタンに使う魔石陣くらいならば複雑なものではないし俺でも作れる。しかし、シュルナのそれは次元が違う。

作る魔石陣は全く同じはずなのだが、魔力損失が異様と言える程に低く、殆ど全ての魔力が魔法へと変換される。勿論、オンオフ機能もバッチリだ。


「凄いな…前に魔石陣を作るコツを聞いた事が有るが…ここまで洗練されたものは初めて見たな。」


「えへへー!」


シュルナは嬉しそうに笑っているが、本当に鍛冶師としては一級以上の腕を持っている事が俺にでも分かる。


「普通は魔具の中に隠れている物だからこうしてまじまじと見る機会は少ないと思うけど、魔具にとってはここが命だからね!死ぬ程おっとーに鍛えられたよ!」


「シドルバ直伝ともなれば世界最高峰だな。」


「えへへー!」


あっという間に出来上がった魔石陣の次は、その魔石陣を組み込む為のガワの製作である。


鉄を熱して柔らかくした後、それを自前のハンマーで叩きながら造形していく。

形はごく普通のランタンで、六角形の台座にガラスをはめ込めるように柱を立てて最後に蓋を作る。蓋は下の部分と蝶番ちょうつがいで接合するらしい。

見たところ、全体的にボテっとした太めの造形になっているみたいだが、恐らくここから造形して行く為に余白を作っているのだろう。


まじまじと製作工程を見るのは初めてだが、まるで鉄が生き物みたいに動き、シュルナが思い描く形に自ら変形しているように見える。


「大まかな形はこんな所かな!」


「凄いですね…これが一つの道を極めんとする人の技術なのですね。」


ニルはシュルナの作業を見て圧倒されている。


「ここからは冷やしてから細工を施せば完成だね!まずはここまでの作業を何度か繰り返して売る分の数を作っちゃうね!」


「俺達に手伝える事は?」


「うーん…それなら金属を溶かしたり魔石を溶かしたりするのを手伝ってもらおうかな!」


「よし!任せとけ!」


金属を溶かしたり魔石を溶かしたりは全く難しくはない作業だから俺達にも出来る。という事で作業を分担して行う事で一時間程で十数個の数を確保する。


「ここからは私が細工を作るから、出来たら組み立てて欲しいな!」


「おう!」


シュルナはそう言って親指程の小さなハンマーを使ってカンカンと細工を施していく。言うまでもないだろうが、これも他の職人とは次元の違うものだ。


「ふー!出来たー!」


結局、シュルナは全ての細工をその日のうちに作り上げてしまった。


細工は金属部分の柱にトカゲや蛇のような爬虫類が取り付いているような物。金属光沢が無ければ今にも動き出すのではないかと思う程の細工である。


「お疲れ様。後はこっちで組み立てておくよ。」


「ダメダメ!最後まで皆でやるの!」


疲れているだろうと思ってのスラたんの言葉だったが、シュルナは製作については妥協しない。スラたんの言葉を受け取らず、直ぐに組み立ての作業に合流する。


「ふふふ。立派な職人さんですね。」


ニルは嬉しそうに笑いながら作業に没頭するシュルナを見て言う。


そうして、俺達はその日のうちに全ての魔具ランタンを完成させた。

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