第724話 情報の収集
魔具ランタンを製作した翌日。
「よーし!早速売りに行こう!」
いつでも元気なシュルナが満面の笑みで言う。
「そうだな。クルード。どこか物を売るのに良さそうな場所は知っているか?」
「そうですね……街の構造的にここという場所は無いのですが…最も人が集まる場所という意味であれば、街の中央でしょうか。場所的に人通りは多いかと思います。」
クルードの推薦を聞いて俺達は移動を開始する。因みに、今回は馬車での移動だ。
理由は一つ。馬車の荷台を一時的な出店のように使う予定だからである。
「商店街のような場所なんかは無いのか?」
「こういう街ですからね。店自体はいくつかありますが、街の全体に散らばっていて店の集まる場所というのはありません。
そもそも、彼等は自分達で食料を沼地から確保出来てしまうので、それ以外で何か必要な物というのが無いのでしょう。」
「家も本来は必要無いと言っていたし、基本的に物を必要としない種族なんだな……そうなると、ランタンは要らないか?」
「いえ。恐らくそんな事はありませんよ。この街を初めて訪れた時からずっと、不便と共に生きている鱗人族の方々を見てきました。
しかし、彼等はあまり製作能力が高くなく、その不便と共に生きる事が当たり前になっているだけなのです。
勿論、ここは魔界なので様々な物が往来しています。手に入れようと思えば生活を便利にしてくれる品を手に入れられるのは間違いありませんが…」
魔族はかなりの技術力を持った者達だと把握している。それはまず間違いないし、田舎とはいえここまで原始的な生活をしている鱗人族を不思議に思っていた。
「それをしないのは何故なんだ?」
「簡単な話です。彼等はお金を持っていないのですよ。」
「…なるほど。そういう事なんだね。」
直ぐに理解したスラたんが頷いて納得する。俺も大体想像出来た。
「どういう事ですか?」
素直にそう聞いたのはピルテ。スラたんへの質問である為スラたんが口を開く。
「この街は、店というものが殆ど見当たらないし、僕達が宿に泊まろうとした時も驚かれたでしょ?あれは多分、そもそもこの街の人達がお金を使って物を買うという行為をしないからなんだよ。」
「お金を使わず…と言いますと、物々交換で生計を立てているという事ですか?」
「そういう事です。細かい事を言えば、お金を使った売買も行っているのですが、彼等が必要とする物は基本的に食料くらいなので、それを自身でどうにか出来るとなると、物々交換すら殆ど行いません。つまり、お金を必要とする程に欲しい物が無いんです。」
金銭という概念自体は有るらしいが、生きていくという事だけを考えるならば必要な物というのは案外少ないものである。自分達の生活をより便利にする為に色々と欲しがる事で金銭というシステムが発展しているのだから、その物欲が無い場合、金銭のシステム自体が必要無くなってしまうという事である。
「そ、それは無欲と言うのか何と言うのか…」
「正確に言うと無欲なわけではありません。便利な物を手に入れる手段が無く、諦めているというのが正しい表現でしょう。」
「貨幣が無くて街の外に流通している色々な物を買う事が出来ないという事だね。」
「はい。ただ、街を作った以上、家も無しに生活していた時よりは必要な物が出てきます。それを街に持ち込む為、街の代表者が金銭を集め、外から買い付けて来た後、物々交換で街の中へ流通させているらしいです。」
「なかなか面倒な話だな。」
「金銭を扱う事が当たり前の僕達にとっては面倒な事をしていると思えてしまうけど、物々交換が常識の彼等にとっては金銭でのやり取りの方が面倒なんじゃないかな。特に金銭っていうのは即物的じゃないから価値を理解し辛いところがあるしね。」
「言われてみると確かにそうかもしれないな…」
自分達の物差しで測ってしまうと原始的に感じるが、この街では俺達の方が常識外れなのだ。ここは鱗人族の常識に俺達が合わせなければならない。
「そうなると、僕達がこれから行う売買も物々交換になるのかな?」
「そうなると思います。どの程度の価値だと判断されるかは分かりませんが、この街において外の物はかなり珍しいので、少し値が張る程度の価値に設定した方が良いかもしれません。」
「安過ぎると胡散臭いだろうしな。まあ、そもそもシュルナの作ったランタンは外で売ってもかなりの値がつくだろうから、安く売る必要は皆無だろう。」
ドワーフの作ったランタンというだけで他のランタンとは一線を画す値段がつく。それがこの世界の常識であり、実際にドワーフの作った品は丈夫で使い易い為その値がつくだけの価値がある。その中でも最高の腕を持っているシュルナの作品だ。普通ならば貴族にしか手の出ない額がつくだろう。
「今回はお金稼ぎが目的じゃないからな…シュルナには申し訳ないが、そこまで高い値段をつけるわけにはいかないな。」
「そんなの全然平気だよ!自分の作った物が満足して使われるなら必要最低限の値段で十分!」
「すまないな。」
「ううん!全っ然気にしてないよ!」
シュルナは本当に気にしていないらしく、笑って答えてくれる。
職人の作った上質な商品を安売りするような形になる為、俺としてはかなり申し訳なく思っているが、今回は目的が違うと自分を納得させた。
そうこうしているうちに俺達は街の中心地へと辿り着く。小さな街だし目的地には直ぐに到着した。
「人通りが……多いか?」
街の中央部に辿り着いたが、人通りはかなり
「この街では十分に多い方ですよ。まずは一人に興味を持ってもらうところからですから、寧ろ少ない方が目に入り易くて良いかもしれません。」
「それもそうだな。少しでも興味を持ってもらえるように売り込まないとな。」
「はい!」
俺達は、一先ずその土地の所有者に馬車を停める許可を貰い、そこでランタンの販売をする許可も貰った。土地の所有者はたどたどしいながらも言葉を話す事が出来た為助かった。
そうしてランタンを売り始めると、まずは土地を貸してくれた鱗人族が俺達の商品を見に来てくれた。
「コレガ……ラン…タン?」
「はい!こうして魔力を少しだけ送り込んであげると夜でも明るく周囲を照らしてくれるんですよ!」
シュルナは説明しながら実演する。
「オォ…アカルイ…」
馬車の荷台は布で覆われており、光が少ない分ランタンの光が際立って見える。
「ワレラ…ヨルデモミエル…シカシ………ヨイ…コレハ…」
何となく街灯が無いという事で察していたが、やはり鱗人族は夜でも見えるらしい。爬虫類と考えた場合、熱源を感知するような器官が存在しているのかもしれないが、明るいという事が分かるならば、少なくとも俺達と同じような視覚も持っているはず。そして、明るい事が良いと感じるのならば手応え有りだ。
「お一つどうですか?」
「……カネ…ナイ。」
「お金でなくて大丈夫ですよ。」
「ヨイノカ?」
「はい!」
「シカシ…」
金ではなく、その他の何かで良いとしても、彼等は物を持っていないのだから交換する何かを持っていないという事になる。
「でしたら、鱗なんてどうでしょうか?」
しょんぼりしている鱗人族にシュルナがランタンよりも明るい表情で笑い掛ける。
「ウロコ?」
「鱗人族の方々は、鱗が生え変わると聞きまして、その鱗を頂けると嬉しいのですが。」
「ソンナモノデヨイノカ?」
「はい。鱗人族の鱗は色々と重宝するんです。ですから、生え変わって捨てるだけの鱗で良いので分けて頂けませんか?その代わりにこのランタンを一つ差し上げます。」
「ワカッタ!」
そう言って地主の鱗人族は家の中へ駆け込んで行った。
「鱗人族の鱗が欲しいだなんて、なかなか考えたわね。」
「えへへー!はい!」
ハイネに頭を撫でられて嬉しそうに笑うシュルナ。
「シュルナは何で鱗人族の鱗が生え変わるって知っていたんだ?」
俺達がここに来るまでに、鱗人族の話は色々と聞いたが、鱗が生え変わるなんて話は聞かなかった。少なくとも俺は初耳である。
「ハイネさんに聞いたの!たまに鱗人族の鱗が素材として流れてくる事が有ったから、どうやって採取しているのか聞いたんだ!」
「そうだったのか。」
鱗人族の鱗を使った品というのは見た事が無い。恐らく魔族と密接な関係にあるドワーフ族だからこそ知っていた素材なのだろう。
「因みに、鱗人族の鱗は丈夫で軽い上に綺麗だから結構人気なんだよ!魔界の外だとなかなか手に入らないから値段が高くなるのが残念なところだね。」
「なるほど。その鱗の調達も出来るってことか。」
「うーん…丈夫で軽くて綺麗だけど、シンヤさん達が身に付けて戦うには少し辛いかも。」
「そうなのか?」
「流石にその防具と比較しちゃうとね。」
そう言って俺達がザザガンベルで貰った防具に目を移すシュルナ。
確かに、ザザガンベルにおける国宝級の防具と比較するのは酷というものか…
「モッテキタ!」
そんな話をしていると、家の中から出てきた地主が両手一杯に鱗を抱えている。
「す、凄い量ですね?」
「オレタチ、ウロコ、ブキヤボウグニスル。ダカラタクサン。」
鱗人族も自分達の生え変わった鱗を加工して武器や防具を作るらしい。工房が有ったのはその為なのだろう。生え変わっても捨てずに取っておくのが普通のようだ。
「タリルカ?!」
「これだとこっちが貰い過ぎになっちゃうから、これだけで大丈夫ですよ!」
そう言ってシュルナは数枚の鱗を受け取る。
「ヨイノカ?」
「はい!鱗人族の鱗は質が良い素材となるので、これだけでも十分ですよ!」
ずる賢い者ならば全て受け取っていただろうが、シュルナはキッチリと必要な分のみを受け取る。
「アリガトウ!」
「こちらこそ!
あ、それと、いくつか聞きたい事が有るのですが…」
「ナンダ?」
シュルナはついでにという具合に地主の鱗人族から情報を聞き出してくれる。
残念ながら、この街の有力者とは繋がりが無かったが、これならば情報収集も出来そうだ。
シュルナも地主の鱗人族も、互いに良い取引が出来たようで、話が終わると地主は嬉しそうにランタンを手に持って家に入って行った。
「鱗に価値が有るという事を知らなかったのか?」
「一部の方々は知っていると思いますが、基本的に自分達で消費しているので、知らなかったのかもしれませんね。」
「魔界内でもあまり出てこない素材の一つって事か。想像以上に価値が有る物なのかもしれないな。」
「これなら売買も成立するのだからどんどん売り込んでいくわよ!」
「はい!」
元々の目的は情報収集であるが、皆でこういう事をしている時間も良いものだ。
それから、地主の鱗人族が話を広めてくれたらしく、何人かの客が訪れてくれた。
俺達の元を訪れてくれた客は、皆ランタンを見ると『ヨイ』と口を揃えて言ってくれた。中にはシュルナの細工が気に入ったと言ってくれる者もいて、シュルナの顔がホクホクになっていたのが印象的だった。
話を聞くに、ランタン自体の事は知っているという者が数人居たが、売買する事が出来ずに購入していなかったとの事。夜でも見えなくはない為必要性が薄かったというのも購入しなかった理由の一つのようだ。
ただ、シュルナの作ったランタンは、性能、デザイン共に最高の物である為、生え変わった鱗程度で手に入るのならば是非欲しいと言ってくれたのである。
客は少なかったものの、訪れてくれた数人は皆ランタンを購入してくれた。そして、その中で喋ることの出来る鱗人族の者から情報を収集。
得られた情報をざっとまとめると、俺達が接触しようとして最も簡単に会えそうな有力者はシャーガという蛇型の鱗人族。蛇型の鱗人族の中でも珍しい白蛇型との事で、見れば直ぐに分かるらしい。
シャーガはこの街の経営を任されている有力者で、街の外で物を購入して来たりしているのがこの男との事。
一言で言うのならば、この街の大商人である。
まあ、この街には商人と言える者など数人らしいが…
とにかく、その男ならば言葉も喋る事が出来るし、他人と会うのが仕事みたいなものだから、俺達が会うのもそこまで難しくはないだろうという事だ。
また、俺達がこうして小さいながらも商売をしているとなれば、当然それはシャーガの耳に入っているだろうとの事。
そして、そのシャーガに会う為には、シャーガが普段過ごしている家に行けば良いらしい。街の東側に行けばその家とやらが在るとの事。ただ、会いに来たといって会ってくれるかは分からないとの事。街の売買の殆どをシャーガ一人で取り仕切っているのだから忙しい事は想像に難くない。
「色々と話を聞けたが、やはりそう簡単に会える相手ではない…か。」
本日のお店は昼までにして馬車を東へと向かわせる。会えるかどうかは別にして、取り敢えずシャーガという男の元へ向かってみようという事である。
いきなり会いに行くなんて……俺達の行動はかなり急いでいる事はよく分かっている。だが、じっと何もせずに居るのは愚策。少し目立つとしても、こちらから動かねばならない。
魔界へ入った事で緊張感は増しているものの、ある程度派手に動いても魔界へ入れなくなるという懸念は無くなった。俺達の正体がバレない限りは少し派手に動いても良い…と思う。
「んー……多分、シャーガって人は私達と会ってくれると思うよ。」
「??」
シュルナは少しだけ視線を上に向けた後そんな事を言う。
「このランタン。鱗人族の人達に喜んでもらえていたし、シャーガって人がちゃんとした商人なら、まとめた数を手に入れようとするはず。」
「なるほど。それくらい魅力的な商品ってことか。」
「魅力的と言うより、街の皆が必要としている物を集めようとしているだけだと思うけどね。」
「どういう事だ?」
「この街は物が少ないよね?」
「ああ。」
「それはこの街の中に入る金銭が少ないからだと思う。金銭が少ないと当然外で買える物は少なくなる。だから、シャーガって人は本当に必要な物だけを抜粋して買ってきているのだと思うの。だからランタンとか生活を良くする類の道具が少ないんだと思う。
そう考えると、鱗で取引してくれる相手は嬉しいと思うの。」
「…そう言えば、普通に魔界内で鱗を取引材料にしないのは、鱗人族が自分達の鱗の価値を知らないからってだけじゃない気がするんだが…?」
自分達の鱗の価値を知らないとしても、鱗の価値が変わるわけではない。つまり、商業的な価値は有るから外の物を買う為に使えるはず。しかし、シャーガとやらはそれをしない。その理由は何故なのだろうか。
「それは簡単な話よ。」
俺の疑問に答えてくれたのはハイネ。
「鱗人族の鱗は確かに綺麗である程度丈夫だけれど、他の魔族が身に付ける武器や防具としては少し頼りないからよ。」
「あー…そういう事か。」
魔族というとかなり幅広い種族になるが、その中でも戦闘種族ともなるとアマゾネスや吸血鬼などとかなり強い種族となる。俺が身に付けるには役不足という事は、それらの種族が身に付けるにも役不足という事になる。強さこそ正義の彼等にとって、役不足な武器や防具の素材など取引材料とはなり得ないわけだ。
「しかし、だとすると鱗人族の武器や防具は役不足って事にならないか?」
「それについては大丈夫なんだ。鱗人族の鱗は、鱗の持ち主本人の魔力を与える事でより硬く強くなるんだ。」
今回の疑問に答えてくれたのはクルード。
「へぇ。つまり、鱗人族の鱗はその人専用のアイテムって事だね。」
「なるほど。自分の身体の一部なんだし当然と言えば当然だな。」
「疑問は解けたかな。そろそろ着くよ。」
俺の疑問に答えてくれている間に目的地に辿り着いたようだ。
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