第717話 クルードという男
「改めまして、僕の名前はクルードです。一応、Sランクの冒険者をしています。」
「Sランク?!」
思わず声を出してしまった。
見た目に反して…と言っては失礼なのは分かっているが、あまりにも予想外でビックリした。
「あ、はい…Sランクですみません…」
「い、いや、ビックリしただけだから謝る必要はない…というか何故謝る?」
「え?い、いえ…すみません…」
恐ろしく腰の低い男だ。
Sランクの冒険者ともなればそれなりに自信を持っていて態度がデカくなってもおかしくはない。寧ろ、ある程度の自信がなければ軽く見られてしまう可能性すらあるのだが……クルードは眉を寄せて眉尻を下げると何度もすみませんと謝る。
「いやいや…寧ろ俺の反応が失礼だったんだから謝るのは俺の方だ。すまなかった。」
「い、いえいえ…僕は気にしていませんので気にしないで下さい…」
「助かるよ。それで…他のメンバーは?」
「他のメンバー…と言うと…?」
「いや。パーティのメンバーだよ。」
クルードの異様に腰が低い性格はさておき、彼がSランクというのならば、冒険者として共に活動している仲間がいるはず。ならば、魔界へ向かう前に顔合わせくらいして挨拶はしておく必要が有る。そう考えての質問だったのだが…
「いえ…私は一人で冒険者をしていてパーティは組んでいませんよ。」
「えっ?!ソロなのか?!」
またしてもクルードから予想外の答えが返ってきて声を大きくしてしまう。
「す、すみません…ソロですみません…」
「あ…いやいや、怒ったわけじゃなくて驚いただけだからな。
ソロでSランクまでいったのか?」
「は、はい…時間は掛かりましたが…」
ソロプレイヤーとして知られていた俺が言うのもおかしいが……この男、頭のネジが何本か吹き飛んでいるのではないだろうか…?
この世界において、パーティを組むというのがいかに大切な事なのかは既に周知の事実だろう。たった一人でモンスターを討伐するというのはパーティを組んで討伐するのとは全くの別物。難易度は二段階も三段階も上がる。
これは俺が実際に体験している事だから分かるし、それが如何に常識外れで頭のネジが飛んだ行いなのかが分かる。それくらいこの世界は鬼畜なのだ。
それをたった一人でSランクにまで上り詰めたとなれば、クルードという男は間違いなく逸材。相当な腕の持ち主という事である。
Sランクになるのに時間が掛かったと言っているが、それは当然の事だ。俺だって最初にSランクへ到達するのにかなりの時間が必要だった。この世界に来てからはトントン拍子にランクが上がってしまったが、それは元々SSランクの冒険者であり、ステータス的にも知識的にもそれに相当するものだったのだから当然と言えば当然の事である。
重要なのはSランクになるまでの時間ではなく、Sランクに至ったか否かという一点のみ。そして彼はそれを成したのだ。
それにしては腰が低過ぎる気もするが…そこは性格として納得しておこう。
「クルードさん!」
俺達が座って直ぐの事。雑務を終えたシュルナが他の皆より一足先に俺達の元へやって来る。
俺達のパーティの中で唯一クルードを知っているのはシュルナ。そのシュルナが最初から声を掛ければ良かったのでは?と思うかもしれないが、シュルナは自分から雑務を買って出てくれた。今はシュルナである前に俺達のパーティの専属スミスであるからと。
流石に律義が過ぎる…とも思ったが、クルードが相手ならば自分がいなくても上手く話が進むから大丈夫だと言って作業に入ってしまったのだ。
「これはこれは。シュルナさん。お久しぶりですね。」
「うん!」
「連絡は来ていましたが、本当にシュルナさんも来たのですね。」
「うん!シンヤさん達と旅をする事にしたの!」
「シンヤさん…と言えば、今世間が騒いでいる例のシンヤさんですよね?」
「世間が騒いでいる…かは分からないが、恐らくそうだな。」
「……僕としては、シュルナさんを連れて行くなんて危険過ぎます…と言いたいところですけれど…シュルナさん自身が決めた事なら何も言えないですかね。」
「うん。私が自分で決めた事だよ。」
「…なら良いと思います。ただ、危険な旅になるでしょうから気を付けて下さい。くれぐれも怪我など無いようにして下さいね。」
「うん!そのつもりだよ!シンヤさん達にも約束したからね!」
自分の亡くなった娘の名前を与えたシュルナに対するクルードの目は、親のそれに類似している。きっと本当の娘のように思っているのだろう。
「心配するな…とは言えないが、全力でシュルナを守ると誓う。」
「……ありがとうございます。やはり、聞いていた通り良い人達のようですね。」
「良い人…かどうかは分からないが、俺なりに他人には敬意を払っているつもりだ。」
「この世の中にはそれすら出来ない人が大勢います。敬意を払ってくれるだけでその人に信頼を置けるかどうかが分かるというものですよ。」
そう言って微かに笑うクルード。
クルードの言う事は確かにその通りだとも思うが、そう考えられるクルードの事もまた信頼を置くに値する人物であると判断出来る。
「そう言ってもらえて良かったよ。それなら…」
「はい。案内する事に問題は有りません。ただ、正規のルートではないので、いくつかの注意事項が有ります。詳しい話は後ほど。今は取り敢えず腹拵えをしましょう。」
「ああ。そうだな。」
内容が内容な話なので、食堂では流石に話せない。既にクルードからの信頼を受けたのだから、一先ずその話は置いておいて食事を摂る。
「そうなのですか。シドルバさん達はそのまま王城で?」
「ううん。一時九師として仕事はするけどそれ以外はいつも通りだよ。」
シュルナとの積もる話が楽しいのか、クルードとシュルナはあれやこれやと話をしている。クルードはザザガンベルを頻繁に訪れているわけではないらしい為色々と話したい事も多いのだろう。
そんな二人の話を聞きながらの夕食を終え、荷物を部屋に下ろした後、クルードと本題について話す事に。俺達は大部屋を借りている為クルードを招いての話し合いである。
「それで、注意事項が有るって話だったよな。」
「はい。まずは、これが魔界へ入る正規のルートではないという事をもう一度伝えておきます。
当然、正規のルートではないので見付かれば処罰の対象になりますし、最悪そのまま処刑される可能性も有ります。」
「ああ。十分に理解しての事だ。しかし…そんな危険な役回りをしているってのは何故なんだ?」
シドルバ達の話では、クルードが金品を受け取って魔界への橋渡しをしているわけではないらしい。つまり、クルードにとって得が有るわけでもないのに、この危険な役をこなしている事になる。
「……亡き娘と妻の為…ですかね。」
「聞かない方が良かったか…?」
「いえ。大丈夫ですよ。
妻と娘は、僕が仕事に出ている時、強盗が家に押し入り……そのまま殺されてしまいました。」
「……………」
嫌な話だが…珍しい話ではない。悲しい事にだが。
「二人が亡くなる前、妻は子供を育てるのならば少しでも安全な魔界へ移り住む事を提案していました。」
「魔界に?」
「はい。実は、僕の妻は……魔族でした。
と言っても、ほとんど人族と変わらない容姿に身体能力、魔力だったので、人族と言っても差し支え無いような魔族の血が薄い魔族でしたが…」
「そうだったのか…」
クルードの出身がこの辺りだとしたならば、魔界に近いこの辺では、魔族の血が薄い者と他種族が結婚するというのは割と有る事なのかもしれない。
「僕と妻が出会った当時、妻は魔界に住んでいた訳ではなかったですし、魔界を離れて久しいと言っていたので、魔族なのか人族なのか微妙なところですが…魔界へ移り住む事自体は可能でした。
しかし、僕は大丈夫だと高を括って魔界の外で娘を育てようと妻の提案を拒絶してしまいました。」
当時の状況は分からないが、既に家を持っていたとか、今までやってきた仕事を辞めて別の仕事をする事とか…色々と考えるとそう簡単に魔界へ行こうとはならないだろう。
クルードとしては、その時妻の言う事を聞かなかった自分を責めているだろうが…他人からすると仕方の無い事だったと感じる。
「後悔先に立たず…というやつですね。
妻と娘を失い、自暴自棄になりかけた時期もありました。僕がザザガンベルを訪れたのはそんな時の事でした。
何の為に働き、何の為に生きているのか分からなくなり、生きている意味を見付けられずにいた僕に、シドルバさんとジナビルナさんが言ってくれたんです。
死ぬのはいつだって出来る。だが、僕のように辛い経験をする人を一人でも減らす事が出来るのは、その痛みを知る僕にしか出来ないんじゃないかって…」
「……………」
シドルバ達がクルードの話をしている時、そんな事は何も言わなかった。彼等が言葉にしたのはクルードに助けられたという事だけ。
本当に…最高の漢だ。
「それで僕は、二度とあんな事が起きないようにこの役割を果たす事に決めたんです。当然危険ですし、魔族の怒りを買えばどうなるか分かりません。しかし、僕と同じような後悔をする人が一人でも減ってくれるのであれば、命を賭けるには十分だと思っています。」
「……そんな過去があったのか…辛い事を思い出させたか?」
「いえ。僕は今でも毎日後悔し続けています。忘れる日など一日たりともありません。ですから思い出すも何もありません。いつも考えている事を口にしただけなので気にして頂かなくても大丈夫ですよ。」
俺の両親は事故で死んだ。誰を恨めるわけでもなく、辛い毎日を送ってきたし今でも胸が苦しくなる時がある。だから、クルードが大丈夫だと言う言葉の本当の意味…いや、強さと言えば良いだろうか、それがよく理解出来て尊敬に値する人物であると心底思った。
「そうか。辛い出来事だっただろうし、俺から言える事は無い…が、クルードがこうして魔界への橋渡しをしてくれる事で俺達は随分と助かるぞ。」
「…ありがとうございます。僕のやっている事に意味が有るのだと思えます。」
俺の言葉に価値が有るのかは分からないが、この一言でクルードの人生が少しだけでも明るくなってくれればと切に願った。
「しかし……そういう話ならば、シドルバ達がなかなか教えてくれなかったのも頷けるな。」
「そうね。あれだけ慎重に見極めなければならなかった理由がこれなのね。」
俺達は随分前からシドルバ達ともドームズ王とも仲良くなっていたが、それでも教えてくれなかった理由が今分かった。
「僕は魔族に仇なす存在になりたいわけでもないし、事件に関わるなんて嫌です。ですから、本当に信頼のおける人達にのみこの事を伝え、それでも尚魔界へ行きたいのならば…という条件にしているのです。」
「賢明な判断ですね。魔界に入れるとなればそれを悪用しようという者が必ず出てきますから。」
「はい。」
「それで、肝心の注意事項は?」
「そうでしたね。まず、正規のルートではないので、道中はそこそこ危険な道を通る事になります。と言っても…例のシンヤさんには注意事項と言えるかは分かりませんが。」
「いや。十分注意しておく。」
「はい。それと、魔界へ到着した後の事ですが、我々は吸血鬼族として振る舞う事になります。理由は簡単で、最も人族に近い容姿をしている事と、吸血鬼族の血が薄い人達は人と殆ど変わらないからです。それと…」
クルードの話をまとめると、吸血鬼族として魔界へ入り振る舞う事。
魔族は力が強い者程尊敬されるという特殊な種族である為あまり力を見せないようにする事。
魔界内での魔族とのやり取りは、基本的にクルードが行い俺達は黙っている事。
細かい事を言えば他にも注意事項かはいくつか有ったが大きいのはこの辺だろう。
魔界内の事については、ハイネ達から聞いているから直ぐに納得出来た。
「最後にもう一つだけ。今現在、魔界を統治している魔王様についてです。」
「…………」
「僕もあまりよくは知りませんが、現在、魔王様がおかしな状況に巻き込まれているらしいという事で、魔界内が少しピリついています。
こちらが何もしていなくても騒動に巻き込まれてしまう可能性が有りますので、極力魔界内での他人との接触は控えて下さい。
僕が案内出来るのは魔界へ入り一時的に落ち着ける場所までです。その後騒動に巻き込まれても僕は何も出来ません。」
「ピリついているって……危険な状況なのか?」
「何とも言えませんが…あまり良くはない状況なのは間違いありません。僕も基本的には魔界内で他人に接触する際は細心の注意を払っています。
魔界内が滅茶苦茶になっているという事はありませんが、酷く緊張した空気が常に流れている…という状態なので、何が切っ掛けとなって爆発するか分かりません。」
「……分かった。十分に注意しておく。」
「お願いします。」
「これで注意事項は全部か?」
「はい。またその場その場で指示を出すつもりですが、必ず気を付けなければならない事は以上になります。」
「分かった。」
随分と長く話し込んでいたのか、チラリと目線を移した外は既に真っ暗闇。人の少ない村であるからか、外はしんと静まり返っている。
「出発は明日の早朝、日の出と共にこの村を発ちます。この村周辺は比較的安全ですが、少し離れればモンスターとの戦闘は避けられません。戦闘に入れる状態で出発します。」
「了解した。それじゃあ、明日に備えて今日は寝るとするか。」
「はい。それではまた明日。」
クルードはおやすみと一言残した後部屋を出て行く。
「やはり魔界は良くない状態なのか……いや、まだ何も起きていないだけ良かったと考えるべきか。」
エフが少しだけ眉を寄せて呟く。
魔王の事を知ってからそれなりに時間が経っているのだが、まだ大きな動きが無いというのは奇跡のようなもの。エフの焦る気持ちが伝わって来る。
「魔界に到着してからは急いで状況を調べないといけないわね。」
「我々だけでどこまで出来るのか……」
「エフさん。弱気な事を言ってはダメですよ。私達はそれをどうにかする為に魔界を目指しているのですから。」
「は、はい。申し訳ございません。気持ちが焦ってしまい…」
「ふふふ。大丈夫です。ご主人様が動くのですから大船に乗ったつもりでいて下さい。」
「お、おう!まま任せとけ!」
唐突なニルさんのキラーパス。
ニルとしては全く真面目に言ったのだろうが、俺だって一人の人間なのだから、何でも上手く出来るわけではない。とはいえ、ここで無理だなどと言えるはずもなく、声が裏返りどもってしまった。
「締りのない返事だな。」
「う、うるさいな。」
俺の返事に少しだけ笑いを混ぜた声で応えるエフ。まあ、これで少しは緊張が解けたならば良しとするか。
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