第718話 魔界へ向けて

翌日、早朝。


「クルード。こっちの準備は整っているぞ。」


「ありがとうございます。馬車は二台で行きます。僕の馬車とそちらの馬車、直列で移動するので後ろについてきて下さい。」


「分かった。」


「し、指示ばかり出してすみません…」


「いやいや。俺達は連れて行ってもらう側なんだから指示を受けないと動けないぞ。どんどん指示を出してくれ。出来る限り対応するから。」


「は、はい!」


案内してもらう側で、寧ろ俺達が頭を下げなければならないのに、クルードはまるで自分が案内してもらう側かのような振る舞いだ。

そういう性分だと言われたならばそれで納得するしかないが…同じSランク冒険者としてはもう少し自信を持って喋ってもらいたいところだ。


「い、行きます!」


パシンッ!


クルードが一言声を掛けてくると、馬の手綱が鳴り魔界へ向けて馬が進み始める。


クルードの話では、この村から出ると、何かとモンスターに絡まれる事の多い場所となるらしく、警戒は常にしていて欲しいとの事。

モンスターが現れた場合、即時戦闘に入れるように俺とニル、スラたん、そしてエフは馬車の荷台。御者はピルテが行いシュルナにはハイネがついている。


「馬車の外で護衛する必要は無いの?」


シュルナの素朴な疑問。護衛が馬車と共に行動する時、馬車の周りを守るように配置されるのが基本だ。しかし、今回は全員馬車内。そこに疑問を感じたのだろう。


「それも身を守る為の一つの方法だが、それが絶対に正しいってわけじゃないんだ。今回の場合、護衛が馬車の横を歩いて進行速度が落ちる事で、モンスター達の徘徊する危険地帯をより長く歩かなければならなくなる。」


「モンスターの居る地域を早く抜ける為には皆で馬車に乗って移動する方が良いって事なんだね!」


「ああ。ただ、それはあくまでも突然モンスターが襲って来ても対処出来る実力が有る場合に限るがな。」


「なるほど…そのパーティの実力と見合った作戦を立てて進行する事で、より素早く確実に移動出来るんだ!」


「そういう事だ。幸い、俺達のパーティには索敵を得意とする三人が居るからな。奇襲を受けるって事はまずないだろう。そう考えて動くならこうしていた方が良いって事だな。」


「エフさんとハイネさんとピルテさんだ!」


「正解ね。よく出来ました。」


ハイネはそう言ってシュルナの頭を撫でた後、ニコリと笑う。


「えへへー!」


「かと言って気を抜いて良いというわけではないわよ。しっかり注意して突然の事にも対処出来るように準備しておくこと。」


「うん!」


ハイネにとってはまだまだ幼子のような歳であるシュルナ。ハイネから見ると可愛い娘がもう一人出来たような感覚なのだろうか。


「そろそろモンスターの生息区域の中だ。気を引き締めてくれ。」


「ええ。」


皆に一言伝えつつ、自分でももう一度気を引き締める。

イベント失敗によって生じた難易度の上昇がどの程度俺達に影響するのか分からないし、いきなり凄まじいモンスターが現れる可能性だってある。そんな事はないだろうと思うかもしれないが、この鬼畜な世界ではそれが有り得るのが恐ろしい。


「エフ。前方はどうだ?」


「クルードが警戒しているから基本的には大丈夫だろう。ただ、好戦的なモンスターも所々で見えている。急な戦闘が起きる可能性は高いぞ。」


エフは馬車の荷台から頭を出して周辺を探っている。俺にも何体かのモンスターは見えているが、今のところ襲われる心配は無さそうに見える。

周囲が広い草原地帯という事で馬車からの見晴らしは良い方だ。草は伸びきっていて手入れはされていない為馬車から降りると見晴らしは悪くなるだろうが、その辺は臨機応変に対処出来るパーティだから問題は無い。


「正面から来ます!」


周囲を警戒しながら進むこと数分。クルードの声を聞き、俺達は早速モンスターの襲撃に対処する事となる。


「スティングフライです!数が多い!」


スティングフライは、Bランクのモンスターだ。見た目はトンボに見えるが、サソリの尾のような尻尾で攻撃してくる飛行型モンスターである。尾に刺されると強い痺れ毒を受けてしまい動けなくなるという割と面倒な相手。全長は約十センチと小さく、濃い紫色の体躯とアメジストのような透き通った紫色の羽を持っている。

そのスティングフライが俺達の馬車目掛けて一斉に飛んで来ている。正確な数は分からないが数十匹というのは間違いない。


「ピルテ!」


「こちらは任せて下さい!」


御者であるピルテに声を描けると、直ぐに反応してくれる。馬車とシュルナの事はピルテとハイネに任せても大丈夫そうだ。


「ニル!出るぞ!」


「はい!」


「僕達は横を取るね!」


俺とニルが馬車から飛び出すと、スラたんとエフが続いて飛び出して来る。こういう即座の連携が取れるのは良いパーティの証拠。数が多いとはいえ相手はBランクのモンスターだ。負ける気がしない。


「ニル!正面を頼む!抜けて来たやつは俺が仕留める!」


「はい!!」


俺の指示など無くてもこの程度の戦闘ならば大丈夫だと思うが、クルードに俺達の戦闘スタイルを知ってもらう為の機会でもある。故に、俺は皆にしっかりと指示を出す。


「はぁ!!」


ザッ!ザシュッ!


ニルは向かって来るスティングフライを見事に斬り落としていく。一振りで一匹どころか二、三匹を落としている。


「ご主人様!抜けます!」


それでも、数の暴力というのは恐ろしいもので、ニルに攻撃を仕掛けようとしている個体以外はこちらへと向かって来ている。馬車を襲うと良い事が有ると知っているらしい。


「抜けたのは任せろ!!」


ザシュッ!ザシュッ!


俺もニルに習って飛んでくるスティングフライを斬り落とす。


「側面は任せて!!」


ザシュッ!ザッ!


スティングフライの陣形が俺やニルを避けようと左右に膨らんだ所にスラたんとエフが攻撃を仕掛ける。


俺達四人に包囲されたスティングフライがどうこう出来るはずもなく、見る見る数が減り、ものの十分程度で全てのスティングフライが地面に落ちた。


「あ…圧巻としか言えない光景ですね…」


クルードは開いた口が塞がらないという言葉通りの表情をしている。


「クルードだってSランクなんだから仲間がいればこの程度簡単にこなせると思うが?」


「ど、どうでしょうか…僕の場合、時間を掛けてじっくりと…という戦い方なので、こう言った、言うなれば冒険者の花形とも言える戦闘は苦手でして…

Sランクというのもお情けで貰ったようなものですからね…」


クルードの言っているお情けというのは自分を卑下した言い方というだけで、実際にお情けでSランクを与える冒険者ギルドなど恐らく無い。

この世界で言うところのSランク冒険者というのは、英雄と呼ばれるような者達が貰う称号に近いものだ。

もし、お情けでSランクを貰ったとして、確かに周りからはチヤホヤされるだろうが、受けなければならない依頼は当然Sランクのものとなる。中には指名依頼やギルドから直接受ける依頼なんてのも存在する。

実力の伴わないSランク冒険者がSランクの依頼を受けてしまった場合、結果は火を見るより明らか。ソロならば尚更だ。

故に、ギルドの方もお情けでSランクを与えるなんて事はしない。信用問題になるし、その冒険者自身を守る事に繋がるのだから当然である。

つまり、クルードがSランク冒険者だと言うのならば、それはSランク相当の実力が有るとギルドに認定されたという事である。


「謙遜も度が過ぎると嫌味になるぞ。」


横からエフが近寄って来ると、クルードにそんな事を言う。一瞬俺の方を見たのは気のせい…ではないだろう。気を付けよう…


「す、すみません…」


「謝るのが癖なのか?冒険者にしては珍しい癖だな。」


「す、すみません…」


デジャブ?!かと思うようなクルードの流れるような謝罪。


「時には素直に謝るのも大事だとは思うが、それもやり過ぎは良くない。悪い事をしたわけでもないのだから必要の無い時は謝るな。Sランク冒険者の名が泣くぞ。」


「す……き、気を付けます…」


おー…エフがなかなか良い事を言っている。


「エフはもう少し素直に謝った方が」

「何だ?」


「何でもありませんすみません。」


マズイ事を口走りそうになった俺に対し、浅黒い肌のお姉様の睨み。そして、流れるような俺の謝罪。クルードには良い事を教わった……気がする。多分…恐らく?


とにかく、エフの人を射殺せるような視線を華麗に躱した後、俺達は馬車に戻り再度魔界へ向けて出発する。


「クルードの戦いぶりはどうだった?」


今回の戦闘では、俺達だけが戦っていたわけではない。当然クルードも戦闘に加わっていた。と言っても…俺達四人からすり抜けた個体を数匹倒した程度だが。ただ、それでもクルードがどういうスタイルの戦い方なのかくらいは分かる。


俺達四人は戦闘に入っていてそこまで見ていられなかったが、ピルテとハイネは馬車にいて観察出来たはず。


「そうですね…流石はSランク冒険者と言えば良いでしょうか。剣術はかなりしっかりしていました。」


「そうね。戦闘自体に不安要素は少なかったわ。」


という言い回しに引っ掛かりを感じる。


「問題点が有るとしたら?」


「そうね……戦闘能力は高いわ。Sランクと言われても頷けるわね。けれど、連携をとるのが苦手なのだと思うわ。シンヤさん達が動いている時に自分がどこに居るべきなのか分からなくてあたふたしていたわ。」


「なるほど…戦闘能力で言えばイーグルクロウと同程度……単身でその強さとなると、この世界では英雄と呼ばれる類の人間だな。

ただ、ソロでやってきた弊害が出ているってところか。」


俺の場合、基本的にはソロ活動をしていたが、それ以前はパーティを組んでいたし、時折レイドなんかには参加していた為、何となく全体の動き方を把握出来ていた。その経験が有ったからか大きな問題は無かった。

しかし、もしもパーティでの活動経験が一切無かったとしたならば、連携の取り方など全く分からなかっただろう。

同じようにソロ活動をしていた者としてクルードの状況はよく分かる。


「魔界までの道程みちのりを共に行くのですから、連携を取る練習でもした方が良いのでしょうか?」


ニルがクルードの乗っている馬車の方を見て聞いてくる。


「…いや。暫くは馬車で進み続けると言っていたし、モンスターが随時襲って来るような場所で連携の取り方を練習している暇は無い。

それよりも、クルードにはクルードで動いてもらった方が良いだろう。連携を取れないのに取ろうとして失敗するより、個々人の能力を最大限活かせるように別部隊として動くべきだ。」


「必要な時だけ互いに干渉する程度に抑えて、それ以外は個々に戦うという事ですね。」


「そういう事だ。ただ、別部隊として動くとは言ったが共に旅をする仲間である事に変わりは無いから何か起きた時に対処出来るよう注意はしておいてくれ。」


「分かりました。」


「また来ます!」


先程戦ったばかりだというのに、またしても別のモンスターが襲撃して来る。モンスターの楽園とでも言えるような草原地帯。この地帯を抜け切るまでに何度モンスターの相手をしなければならないのか…という考えが過ぎったが、そこは考えないようにした。不幸中の幸いなのは、ランクの高いモンスターは少ないという事だろう。面倒臭くはあるが、大きな怪我をする可能性は低い。だとしても、油断は出来ないし、注意しながら進み続けるしかないのだが…


そうして草原地帯を進むこと数時間。最初こそ好戦的に襲って来るモンスターが多く、続けての戦闘が多かったものの、三十分程進み続けるとモンスターの襲撃頻度が少し落ち着いてきた。


「ふー…最初はこの頻度で戦闘なんてしんどいなって思ったけど、少し落ち着いてきたね。」


「モンスターが襲って来る頻度の高い地帯とそうでない地帯が有るのかもな。」


「縄張りの問題かもしれないわね。とにかく、あの頻度で襲われると相手が弱いとしても疲れるから助かるわ。」


「そうなの?皆余裕そうに見えたけど…」


別に焦っているわけではないが、余裕という程でもないのだが、シュルナにはそう見えるらしい。


「ふふふ。シュルナちゃんにはそう見えるという事は、私達も少しは強くなれているのかもしれないわね。」


「そういうものなの?」


「ええ。実際焦って戦闘していた場面は無かったもの。余裕というわけではないけど、周りを確認しつつ落ち着いて対処出来るという事は、それだけの実力が備わっているという事なのよ。

勿論、それは私だけの力ではないし、他の皆の力が大きいわ。それでも、その戦闘についていけているというだけで私やピルテにとっては嬉しい事なのよ。

シュルナちゃんの言葉で元気が出てきたわ。ありがとう。」


「えへへー!」


何かにつけてシュルナの頭を撫でるハイネ。

お母さんと言うよりはおばあちゃ……やめておこう。エフに続きハイネまで怒らせたら俺はこの平原に墓を作らねばならなくなる。


「シンヤ君。今日中に目的地へ辿り着けるとは聞いているけど、実際問題大丈夫かな?結構戦闘続きで進みは遅いけど…」


スラたんは心配そうに外を見ながら俺に話し掛けてくる。


「そうだな…クルードの話では余裕を持たせる為に朝早く出ると言っていたし、ヤバそうなら何か言ってくれるはずだ。それが無いって事は大丈夫なんだと思うぞ。」


「今日の目的地は焼けた草原地帯だったよね?」


「聞いた話ではそうだな。少し前に火を使うモンスター同士が争って広範囲を焼け野原にしたって言っていたな。」


「モンスター同士の争いで火事とか…この世界では当たり前だって話だから驚いたよ…」


元の世界ではそんな事起きるはずがなく、火事と言えば大騒ぎでニュースになるものだったが、こちらでは割とよくある話らしい。


考えてみれば、火を使うモンスターなど何種もいるのだから、周囲の事などお構い無しに火を吐き火事にするモンスターがいてもおかしくはない。


「俺も驚いたよ。恐ろしい世界だよな。」


「うん…でも、さ………」


「??」


ハッキリしない反応のスラたん。俺は何が言いたいのか分からず首を傾げる。


「僕は、こっちに来て良かったと思ってる。確かに怖い事も有るし辛い世界だし…悪い事を言い出したらキリがないと思う。それでも、僕の肌にはこっちが合っている気がするんだ。なんて…シンヤ君があの森から連れ出してくれたからこそ言える事だから偉そうにって思うかもしれないけどさ。」


「そんな事は思わない。それに俺も…そう感じているからな。」


「……祖父母のお墓参りが出来ないって事だけは残念だけど…」


「こっちでお墓を作れば良いさ。大切なのは弔う気持ちが有るかどうかだと俺は思うぞ。」


「うん。そうだよね。そう思うと少し気が楽になるよ。ありがとう。

って…全然違う話になっちゃったね。ははは。」


スラたんはスラたんの性格だからか、あまりこういうシリアスな話はしない。たまにはする事も有るが、気恥しいのか大抵は誤魔化されて終わりだ。しかし、今回は違った。気恥しさは有るみたいだが、しっかりと自分の気持ちを言葉にした。それが嬉しかったのか、横で聞いていたハイネとピルテは目をうるうるさせている。


「詳しい話は分からないけれど、スラタンがそんな事を言ってくれるなんて…私感激したわ!」


「て、照れくさいけど、皆と居られる今は本当に楽しいよ!」


「私も楽しい!まだ同行して間もないけど…」


「ふふふ。こういうのは時間じゃないわ。スラタンもシュルナちゃんもありがとうね。」


スラたんとシュルナの言葉に母性を刺激されたのか、ハイネは母親の顔で笑っている。


まだまだモンスターの脅威は身近だし、あまりこうしている時間は無いが…今くらいは良いだろう。

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