第716話 パピリ村

「シュルナ。何を見ているんだ?」


ザザガンベルを北へ向けて出発した俺達の目的地はパピリ村。その道を馬車に乗って進んでいる。そして、その荷台では、シュルナが難しい顔をして紙を睨んでいる。


「おっとー達が作った物の設計図だよ。メンテナンスするだけでも気を使うような物だからね。しっかり構造を理解して最高の状態を保たないと。」


いつも元気なシュルナ。勿論今も元気ではあるが、それよりも自分がこのパーティの専属スミスだという事に重きを置いた顔だ。

気張り過ぎるのも良くはないとも思うが、パーティに入りたてというのは誰しもがそんな感じなので何も言わないでおく。


「やはりシドルバ達の作った物は凄いんだな。」


「うん!娘の私が言うと家族贔屓みたいに聞こえるかもしれないけど、間違いなく世界最高だと思うよ!」


「贔屓なんかじゃなく、間違いなく世界一だろうね。こんなに凄い物を作れる人は見た事が無いよ。」


スラたんの言っている事はお世辞ではなく単なる事実だ。

シドルバ達の作った装備は、イベント等で手に入れる装備と性能的に変わらないような最高級品。当然そんな物を作れる者など他の種族にはいない。

唯一刀だけは鬼人族が最高峰と言えるだろうが…どちらも最高峰であり、それに否を唱える者など居ないだろう。


「えへへー!そうやって言って貰えると何か嬉しいなー!

私も頑張ってそういう物を作れるようになるね!」


作れるようになると言って出来るような物ではないと思うが…シュルナが言うといつか出来そうな気がする。いや、きっとシドルバとジナビルナさえ驚くような職人になれるだろう。


「パピリ村までは馬車で二日程だって言っていたが…」


「見える限りずっと洞窟ね。山脈の中を通っているのだから当然の事だけど。」


ザザガンベルを出て直ぐ、大き過ぎる程の金属扉を抜けると、そこはアバマス山脈内。ひたすら北へと向かうトンネルで、山脈を抜けるまではそこを進まなければならない。

幸い、このトンネルはドワーフの手によって整備されており、周囲を照らす魔具が一定の間隔で設置されている。要するに洞窟内は明るいし、モンスターも居ない為安全に進む事が出来るという事である。問題が有るとしたならば、ずっと同じ景色が続いており、それが約一日中続くので飽きるという事くらいだろうか。


「エフさん。義手の調子はどうですか?」


先程まで設計図と睨めっこしていたシュルナが、エフの横に移動して義手の様子を聞いている。


因みに、シュルナが俺達のパーティに入るとなった時に、エフがダークエルフ族である事や、俺とスラたんが渡人である事等、このパーティに関する事は一通り話してある。その為、エフも顔や肌を隠さずにシュルナへ義手を見せる。


「義手自体はすこぶる調子が良い。ただ、やはり接触部分が少しかゆくなるな。」


「擦れて痒くなるんだね。何か緩衝材のような物を作って挟めばマシになりそうかな…そうなると、スラタンさんが研究しているスライムの素材の中に良さそうな物が有りそう。」


「なるほど。そういう使い方って頭に無かったな…使えそうな物を出すから見てみて。」


「うん!」


シュルナとの旅は始まったばかりだというのに、早速パーティの中で少しでも改善出来る部分を見付けている。本当に有能過ぎるくらいに有能な専属スミスだ。


シュルナがスラタンとあれこれ話し、一段落したところで俺がシュルナに話し掛ける。


「シュルナ。少し話が有る。」


「うん!なに?」


「今から今後のパーティとしての動きを確認しておくぞ。これから俺達のパーティでやっていく上で重要な事だからちゃんと覚えてくれ。」


「うん!」


「と言っても、そんなに難しい話じゃないがな。」


普段の生活を送る上ではこれと言った注意点は無い。強いて言うなら『親しき仲にも礼儀あり』くらいだろうか。それも敢えて言わずともシュルナは分かっているから大丈夫だろう。

個人的に気を付けて欲しい事として、あまり作業に夢中になって体を壊さないようにとは伝えた。

シュルナはどこかスラたんと似通った部分が有るように感じており、何かに夢中になると寝ずに作業してしまいそうだから気を付けるようにと伝えたのだ。一応シドルバ達の店番もやっていたし気にする事はないのかもしれないが、生活環境が変わるから注意しておくようにと。


それよりも問題なのは戦闘時の動きについてだ。


シュルナ自身の戦闘能力はほぼ皆無。彼女もドワーフ族なのだから力は強い方だろうと思うが、一般人でも倒せるDランクのモンスターならば余裕。Cランクのモンスターになると弱い部類のモンスターしか倒せないといった戦闘能力だ。つまり、一般人より少しだけ力が強い女の子というイメージだろう。元々シュルナに戦って欲しいなどとは思っていないしそれで良いのだが、俺達の旅で戦うモンスターとなるとシュルナでは逆立ちしても勝てない相手となる。そういう相手と戦うとなった時のシュルナの動きを決めておく。

戦闘になった時は必ずニル、ピルテ、ハイネの三人のうちの誰かの近くに居る事。逃げるようにと言われた場合は何も考えずとにかく逃げる事。この二つを確実に守るようにと伝えた。


また、相手がモンスターではない場合も多々あるという事をしっかり伝えておく。シュルナも分かっている様子だったが、実際にその場に立ち会うと色々と有るもの。伝えておいてどうにかなるものでもないが、心構えをさせておけば多少は良い…はずだ。


「一先ずこんな感じだな。戦闘が始まった時にこの三人の中の誰かの元へ走るのは絶対に忘れるなよ。守りたくても守れない状況になるかもしれないからな。」


「うん!」


シュルナはいつものように元気な返事をしてくれるが、目はかなり真剣だ。これなら大丈夫だろう。


アバマス山脈を抜けるまでの間、俺達はこうして互いの動き方等を細かく調整し一日を終えた。


翌日の早朝。


「この洞窟に入る時も思ったけど、本当に大きな扉ねー…」


昨日、俺達は馬車を止める前に出口側の扉まで到達し、外へ出る前に休息を取る事にした。洞窟内はモンスターもいないのでゆっくり休めるし、その方が良いと考えての事である。


「この扉を抜けた先は草原地帯で、モンスターも生息している地帯なのよね?」


「ああ。ドームズ王からはそう聞いているぞ。その草原地帯を一日北へ進むとパピリ村が在るって話だ。」


「そうなると、シュルナちゃんにとってはここからが本当の出発ね。」


「うん!ここからが私の冒険!」


「準備は良いかしら?」


「…うん!」


シュルナは一度だけ後方へ目を向けたが、直ぐに前を向いて元気に頷く。


それを見たスラたんが、扉の横に設置されているレバーを下ろす。


ガゴンッ!

ズズズズズ…


重たい金属音が響くと、大きな金属製の扉が開いていく。何メートル有るのか目測では正確に分からないが、とにかくデカい扉が自動で開いていく。こういう仕掛けもドワーフ族の技術力が有ってこそだ。


「っ……」


洞窟内は綺麗に整備されており、かなり明るく感じていたが、それでもやはり暗いのは暗かったらしく、扉の奥から差し込んでくる陽の光が眩しい。


眉を少しだけ寄せたが、数秒で視界が光に慣れ、外の風景が目に入ってくる。


見渡す限り草原が続いているまさに草原地帯。木は生えておらず岩もない。平坦な道がずっと奥まで続いている。


山のふもとにいるからか、北側から絶え間なく流れてくる風が髪を揺らす。


「風が気持ち良いわね。」


「気持ち良いが…既に何体かモンスターが見えているな。」


クルードという男がザザガンベルへ来た時、護衛として来たと言っていた理由が分かる。俺達にとってはそれなりのモンスターでしかないが、行商人等からしてみれば十分に死活問題となるモンスターの数。護衛無しでは絶対に進みたくない道だろう。


「あまりランクの高いモンスターは見えないけど、油断していると危険かもしれないね。

村が在るならモンスターの数も北へ行くにつれて減るとは思うけどね。」


「全員、一応直ぐに戦闘へ入れるように準備だけはしておいてくれ。」


俺の言葉に皆が頷く。シュルナは少し緊張しているみたいだったが、不安や恐怖心のようなものは見えない。俺達の事を信用してくれているようだ。


「私が先行して周囲の状況を見てくる。」


「あ、おい!」


俺の言葉を待たず、エフが馬車を飛び出してしまう。


「まったく…やはり犬は犬ね。」


「お母様。またそんな事を言って…」


「どうせ最近はろくに体を動かせなかった事で落ち着けなかったから飛び出したに違いないわ。ほんと、落ち着きがないわね。」


「新しい装備も試したいのかもしれないな。まあ、エフなら大丈夫だろう。それより、ハイネもソワソワしているみたいだが、行かなくて良いのか?」


「わ、私は落ち着きの有る女だから犬のように走り出したりしないわよ!」


ソワソワしていることを否定はしないハイネ。似た者同士…という言葉が出そうになったが黙っておいた。


エフが先行してくれているので、俺達は安心して馬車を先へと進める。


草原地帯とはいえ、ザザガンベルとの交易は盛んに行われているのか、草木の生えていない道がしっかりと有り、道に迷うという事はなく先へと進める。


途中、何度が近くにモンスターが寄って来たものの、エフが即座に対応して処理。俺達のする事は何も残っていなかった。

その時、ハイネが少しだけ不機嫌そうな顔をしたのは内緒だ。


そうこうしていると、特に問題も無く目的地周辺に辿り着く。


「あれがパピリ村ですかね?」


俺達の進む先に小さな村が見えている。


少し前から、周囲のモンスター数が減っており、そろそろかもと思っていた時の事だ。


「他に村や街のようなものは見当たらないしパピリ村で間違いないだろうな。

日が暮れる前に辿り着けて良かった。」


草原地帯のモンスターは強くてBランク程度だが、数が多い為出来るだけ野営はしたくなかった。その願いが通じたのか、俺達は空が赤い間に村へと到着。


「ん?珍しいの。新顔か?」


村の前まで来ると、人族の白髭を生やした、髪の無いお爺さんが俺達を見て一言。


モンスターの多い地帯に在る村だからもっと警戒心の強い人達をイメージしていたのだが、門番のような人もおらず、俺達が村へ近付いても物珍しそうにこちらを見るだけ。更にはこうして気安く話し掛けてくる。


「随分と長閑のどかな村だな?」


「ん?そうかの?まあここは人通りが多いからの。いちいち気にしておれんのだろう。場所が場所なだけに盗賊のような連中も近寄りたがらないしの。」


これだけ周囲にモンスターが生息する場所ともなると、盗賊の方が言葉通り食い物にされる可能性が高い。流石にそんな危険な場所へ向かおうという者は居ないようだ。

それに、小さな村であると言ったように、あまり発展した場所ではなく、金を持っている村には見えない。盗賊にとっては旨味の無い村だ。


「なるほどな。門番も居ないみたいだが、モンスターは大丈夫なのか?」


「ここらのモンスターはこの村に近付こうとはせんよ。ザザガンベルとの中継地点じゃから腕に自信の有る者達がモンスターを狩るからの。近付けば殺されると知っておる。」


「なるほど…」


パピリ村からザザガンベルまでは一日の距離。休んでザザガンベルへ向かうとなると間違いなくこの村で一泊するだろう。

そうなると、当然行商人等の護衛として同行している者達も泊まる。自分達が寝泊まりする場所にモンスターが現れたならば、依頼など関係無く討伐する。それを何度も繰り返す事でモンスターの方がこの村に近寄らなくなったのだ。


「こんな危険地帯に在る村だからどれだけ凄い人達が住んでいるのかと思っていたが、そんな事はなかったみたいだな。」


「ほっほ。最初にここを訪れた者達は皆同じ事を言うの。分からんでもないがの。モンスターの被害は一年に数度は出るからの。まあ、それも滞在しておる者達が何とかしてくれるで大した被害は出ないがの。

それより、盗賊に襲われない場所で暮らせる事の方が重要なのだ。」


「皆盗賊には苦労しているって事か。」


嫌な話だが、俺達がどうこう出来る問題ではない。


「それより、この村にクルードという男が居るはずなんだが…」


「ん?クルードさんの連れ添いかの。それなら奥に見える宿に行くと良い。」


どうやらクルードはこの村の常連らしい。名前を出しただけで俺達へある程度の信頼を直ぐ置いてくれたのが分かる。更に、クルードの居場所も教えてくれた。


「助かるよ。」


「ほっほ。良い良い。」


目尻に皺を寄せて笑ったお爺さんは、そのまま別の方向へと向かって歩き出す。


「ず、随分と不用心というか…こんな村も有るのですね…?」


ニルとしてはかなり意外だったらしく、驚いた様子で村の中を見ている。


この世界は色々な部分で殺伐としており、こういう長閑な村というのは本当に少ない。少ないというか無い。それくらいモンスターと盗賊の問題はこの世界にとって当たり前の事なのだ。


この村の成り立ちなどは分からないが、かなり特殊な状況、環境が揃う事で出来た村なのだろう。


「色々な偶然が重なって奇跡的に出来た村なのかもしれない。こういう村が有るって知れただけでも旅をしていて良かったと思えるな。」


「ふふ。はい!」


ニルの嬉しそうな笑顔を見た後、クルードが居るであろう宿屋に馬車を止める。


宿屋は豪勢ではないものの、木製でしっかりした二階建の造り。ザザガンベルの近くに在る村だからなのか、それともモンスターの多い地域だからなのか、建物は割としっかりしているものが多い。


ガチャッ…


「いらっしゃいませー!」


木製の扉を開いて中へ入ると、明るい店内にガヤガヤと聞こえてくる人の声。


店番をしているのは若くはないが老けてもいない人族の男性。今まで見た限りだと、この村は人族の村のようだ。


「一日泊まりたい。」


「はい!何人ですか?」


俺は店番の男性と何度か定型的なやり取りをして宿を確保する。

因みに俺とニル以外の皆は馬車をとめたり何だりと雑務をやってくれている。


「それと、クルードという男性がこの宿に居ると聞いて来たんだが。」


「クルードさんですか。知り合いですか?」


「ああ…と言っても初めて会うんだ。この後同行する予定でな。」


「そうでしたか。でしたらそちらの食堂に行かれると良いですよ。」


宿屋の男性もクルードという名を聞いただけで…とはいかなかったが、どうして探しているのかを話しただけで信用してくれた。クルードという名前は、そこまで村の人達にとって信頼出来るものなのだろう。これだけでどんな人物か分かる。加えてシドルバ達の話を聞いているから会う前からかなり良い印象を持っている。


「えーっと…僕を探しているのはあなた達です…か?」


食堂に向かおうとした俺達の元に、少し猫背でひょろ長い…いや、背が高く線の細い男性が声を掛けてくる。

赤髪、長い髪、青い瞳の男性で、少し暗い感じがする。


「あなたがクルード…さん?」


「あ、はい。僕がクルードです。さん付けは必要有りませんよ。」


シドルバ達から容姿は聞いていたが、予想よりずっと…言葉を選ばなければ弱そうな男性に見える。


「なら遠慮無く。俺はシドルバ達から紹介されたシンヤだ。聞いているか?」


「あ、はい。聞いています。取り敢えず…座って話しませんか?」


「それもそうだな。」


やけに腰の低いクルードに連れられて、俺とニルは食堂の隅の席へ座る。

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