第714話 九師の作品

「そいつは丈夫で軽いだけじゃねぇぞ。魔力を通してみろ。」


「まさか……」


シドルバの言う通りにスラたんが魔力を通すと…


ブワッ!


「うわっ?!」


布から風が吹き出し、布が宙を舞う。それを慌てて掴むスラたん。


「ビックリしたー!これ魔具なの?!」


「おうよ!スラタンの履いている瞬風靴しゅんぷうかを手本に作ったんだ。こいつを着て魔力を通せば、どれだけ速く動いても空気を切り裂いて進めるはずだ。」


「あっ!おっかーの作った服!!」


「ふふふ。正解よ。」


シュルナに貸してもらった変装道具。その一つにジナビルナが作った試作品が有った。布の中に魔石陣を縫い込んだ物だ。あれを応用する事で布に風魔法の魔石陣を縫い込んだのだろう。


「おいおい…いきなりとんでもない物が飛び出してきたな…」


「こんなのこの世のどこにも売ってないよ…値段が大変な事になるんじゃない…?」


スラたんは自分の手の上に乗せられている服を見て青い顔をしている。


使われた素材がアラクネの糸。これは俺達にとって馴染み深い素材であり、こちらが素材を持ち込んでいる為素材の代金は掛からない。しかし、もう一つの秘伝の金属糸というのが何とも……俺の知る限り、金属が布のようになる技術など聞いた事は無い。勿論、それがミスリルであってもだ。

そもそも、ミスリルだって安い金属ではない。寧ろ高級品も高級品だ。それを他に真似出来ない方法で加工したとなればその価値はどれ程になるのか…想像するのも恐ろしい…俺とスラたんの所持金だけで足りるだろうか…?


「金の心配は要らねぇぞ。俺達が受け取るのはこちらで用意した材料と設備使用料。それと気持ちばかりの技術料だけだ。全部でこれだけ貰えれば十分だ。」


そう言ってシドルバが出した指は五本。


「五…五億くらいか…?」


「馬鹿言え!五百万だ!五百万!全部でな!」


「……はっ?!そんな安いわけないだろ?!しかも全部?!」


「おうよ!今日渡す物全部でそれだけ貰えれば構わねぇ!大体の材料は俺達が持っている物から使った!自分達で採取してきた物も結構有ったから安く出来たんだ!」


五百万という金額だけを見たならば、安い額とは言えないかもしれない。しかしながら、それは使っている素材や技術料を考えない時の話だ。


「いやいや…それにしても五百万は安過ぎるだろ?!ミスリルだって使ったんだよな?!俺達がそれ以上払えないと思っているのか?!」


「いいえ。違うわ。本当にこれが適正価格なのよ。ザザガンベルは地下資源が豊富だから、ミスリルくらいならそれ程高くないのよ。」


絶対に嘘だ。


確かにザザガンベルは地下資源が豊富だ。しかし、ミスリルのような希少金属はそれでも高い。事実街を回っていた時に見たミスリルの値段は数グラムで数十万ダイス。質の良い物だともっとする。そして、彼等が俺達の為に作ってくれた物に質の悪いミスリルを使ったとは思えない。その上で最先端の極小魔石陣を埋め込んだ魔具。

スラたんの為に用意してくれた服だけを原価で計算しても間違いなく足が出る。それなのに、


「良いんだよ!シンヤ達は黙って受け取れ!」


そう言ったシドルバは豪快に笑う。


「シドルバ達が損するのは嫌なんだが…」


「そこは本当に大丈夫だから気にすんなっての!」


「ほ、本当かよ…?」


俺が疑問をぶつけると、シドルバ含め九師の全員が大丈夫だと笑う。


「もし彼等が損をするようならばこちらで対応するからお主達は心配せずとも良い。素直に受け取るのだ。」


最後にドームズ王がそう言った事で金額の話が終わってしまった。


ドワーフ族というのは本当に…ドワーフ族だなと思ってしまう。


「金の話は終いだ!それより次だ!」


シドルバの声に応えるように、次の品が現れる。


「こいつは身を隠す為の道具だ。高い攻撃力も無く、防御力も無く、耐久性も無いが、身を隠す能力については他の何よりも高い。」


そう言って見せてくれたのは真っ黒なフード付きのローブ。かなり丈の長いタイプの物で、俺が着たとしても地面スレスレまで有るような長さだ。かなり長い。


「真っ黒なローブ…ですか?」


「おうよ!当然ただのローブとは一味違うぜ!こいつを着て魔力を通すと……透明になれる!!」


腕を組んで鼻息を荒くするシドルバ。


スラたんがカラースライムから作った変色液。あれで一応一時的に透明になる事が出来た。しかし、あれは一時的なものだったし、透明になれる時間も短く使い勝手はあまり良くない。


「透明って…どの程度透明になれるのかしら?」


「それは使ってみれば分かる事だ。」


透明ローブの持ち主となるのはエフ。この中で最も隠密行動が多く、見付からないように相手へ接近するという行動の多くをエフが行う。その為、隠密系統の武具はエフに渡す事となっている。


「……………」


エフは無言で透明ローブとやらを受け取ってそれを羽織ると、直ぐに魔力を通す。


「「おぉ!!」」


魔力を通すのと直ぐにローブがスーッと透明に変わっていく。

俺達から見るとエフの体が消えるように見えている。

発想としてはそれ程珍しいものではないと思うが、これを実現するのはかなり難しいはず。実際、こんな魔具は今までに一度も見た事がない。それはこのザザガンベルでもだ。つまり、それだけ作るのが難しい仕組みとなっているはず。


「おぉ?!凄いな!顔まで消えるのか?!」


スラたんの作った変色液は、布地等に塗り、その部分が透明になるという物。直接肌に塗れないという事もあって、どうしても顔や布地に隠れていない部分は透明になれない。しかしながら、シドルバ達の渡してくれた透明ローブは、それを可能にしている。どういう原理なのだろうか?


どういう原理だとしても、男の夢……もとい。素晴らしい武具だ。


「これは……インビジブルハンターの甲殻を使ったローブ…?」


俺達が驚いていると、後ろからシュルナがそう言ってエフのローブを凝視している。


インビジブルハンターは、自身を完全に透明に出来るAランクのモンスターで、何度か戦った時に素材を回収していたのだ。


「流石は俺達の娘だな。こいつはインビジブルハンターの甲殻を特殊な方法で加工し、ローブとして編んだ物だ。なかなか大変だったんだぞ。」


インビジブルハンターの素材を加工して透明になれる何かを作りたいとは俺も考えていたが、素材の加工が出来ないという事で諦めていた。もしかすると九師ならば…という期待を込めて依頼した品なのだが、まさかここまでの物を完成させるとは思っていなかった。


「どうやったのか全く分からないが…これはなかなか危険な物じゃないか?」


これ自体に危険性は無いが、量産されてしまうと色々な犯罪に使われる可能性が非常に高い。あくまでも視覚的に透明になれるというだけで匂いや音は消せないから対処法は有るが、それが出来る者達はかなり限定される。世に出てはまずい類の品だと思う。


「確かに危険かもしれんが、その点は心配無用だ。こいつを作るのに必要な素材の中にケルピーの素材が有るからな。ケルピーを討伐出来る奴なんざそうはいねぇ。

討伐されれば作れるかもしれないが、作る上でもかなり高い技術力が必要になる。自慢じゃないが俺達にしか作れねぇだろうよ。」


シドルバに代わり、バルディがそう答えてくれる。


「なるほど。それなら安心だな。誰かに盗まれたりしないように気を付けるとしよう。」


「そうしてくれ。」


「良い物を貰った。感謝する。」


エフも使えると思ったのか素直に感謝を述べている。


「気にすんな!よし!次はこいつだ!」


そう言ってシドルバが運ばせたのは二つの品。


これまで出てきた物とは違い、用途がパッと分からない物だ。見た目的には青みがかった浅黒い革を使った……筒状の何か。


「これは?」


「これもなかなか作るのに苦労した作品だ。

使い方は簡単で、足と腕に通して魔力を流すだけだ。」


つまり、革製のレッグウォーマーとかアームウォーマーとかそういう物らしい。


「効果は使ってみなきゃ分からんだろうが、筋力や防御力を底上げしてくれる物だ。微量ながら魔力を流し続ける必要が有るから魔力量の多い者にしか扱えねぇが……そっちの二人になら使えるはずだぜ。」


そう言って視線を向けたのはハイネとピルテ。

確かに彼女達の魔力量ならば難なく使えるだろう。


「なかなか落ち着いた色合いで良いわね。」


「着けてみてもよろしいですか?」


「おうよ!」


ハイネとピルテが腕にアームウォーマーらしき物を装着する。

革製品という事で少し固めの生地をイメージしていたのだが、予測よりずっと柔らかい生地だったらしく、腕に装着すると腕の形に変形してしっかりと包み込んでいるのが見て分かる。


「驚いたわ!まるで何年も使っているような着け心地の良さね!」


「本当です!しっくりきます!」


「流石にここで魔力を流して試すってのは良くねぇから、また後で使い心地を確かめてくれ。」


どの程度の効果が有るのかは後でのお楽しみらしいが、ここまでに見た物の事を考えるとかなり期待出来る。


「何の素材を使ったんだ?」


効果は後で試すとして、あまり見た事の無い色合いの素材だった為、俺はシドルバに聞いてみる。


「こいつはベヒモスの皮とケルピーの皮。その他いくつかの素材を組み合わせて作った革でな。かなり苦労させられたぜ。」


「ベヒモスの皮か!」


ダンジョンで出会ったモンスターというと色々いるが、その中でもベヒモスは俺的にかなり印象に残っている。

ランクSではあったがかなり強かった。聖魂魔法を使わなれば全滅も十分に有った相手だ。

そのベヒモスの皮と、ケルピーの皮を使っているとすると、防具としても十分期待出来る性能ではないだろうか。見た目はレッグウォーマーとかアームウォーマーだが、性能から見れば篭手や脛当てだろう。


「素材が最高級品だからな。防御力も高いし当然耐久性も良い。灰青かいせいの篭手。それがこいつの名前だ。」


「防具としても最高品質で、更に身体能力を底上げしてくれる防具とか…まさかここまでの物が出来るなんてな…」


俺達がシドルバ達九師に対して注文した内容は、隠密に使える魔具、もしくはそれに相当するような物が欲しい!とか、近接戦闘になった時、自分達の弱い部分を補う物が欲しい!とかその程度のものだった。

九師が作るのだから、既存の防具や魔具などよりずっと高品質な物になるだろうとは思っていたが、その想像を遥かに超えている。これは族宝どころか世界の宝と言っても過言では無いのでは…


「そ、そうやって聞くと物凄い素材を使った物凄い物よね…?本当に私達が貰っても良いのかしら?ベヒモスの皮なんて普通は手に入らないような素材だし、私とピルテなんてその素材回収の手伝いすらしていないわよ?」


ベヒモスの素材は、オウカ島に渡る時に通った海底トンネルダンジョンで手に入れた。つまり、ハイネとピルテに出会う前の話だ。だが、正直なところベヒモスの素材やケルピーの素材等、加工が出来ずにインベントリで肥やしになっていた物だから使ってくれた方が良い。


「俺は気にしないぞ。ハイネとピルテが使ってくれれば嬉しいくらいだしな。」


「そ、そこまで言ってくれるのなら…」


ハイネとピルテとしては、ここまでの品質の物を使えるのならば使いたかったのだろう。俺がそう言うと素直に受け取ってくれた。


ハイネとピルテが使ってくれる事で俺達の生存率は飛躍的に上がる。出し惜しみする気はない。それはエフやスラたんにも同じ事が言える。


「さてと……そんじゃ最後の品だ。持って来てくれ!!」


シドルバがこれまでになく大声で呼び、最後の品を持ち込ませる。


満を持して…と言えば良いだろうか。次に現れたのは見ただけで何の素材を使ったのか分かった。


キラキラとした光沢を放ち、美しいと感じるのが当たり前とさえ思える素材。

そう。アースドラゴンの素材である。


シドルバ達が作ってくれた物は全部で三点。


一つ目は、アースドラゴンの素材を使った小盾。

二つ目は、利き腕側の肩部分を守る為に使われる肩当て一つ。

三つ目は両足を守る為に装着する脛当てである。


因みに肩当てと脛当ては大と小の二対有る。


見ただけでアースドラゴンの素材を使ったと分かるような輝きを放つ装備ではあるが、想像していたゴツゴツ凸凹したような形状ではなく、表面をメッキのように覆うという加工を施している。

また、キラキラと輝く素材となるとかなり目立つように感じるだろうが、それぞれの装備に他のモンスターの素材や金属で緻密な細工を施す事によって違和感無く、そして目立ち過ぎない出来栄えとなっている。

まあ…こんなにも素材的にも造形的にも美しい装備となると目立ってしまうのは間違いないのだが、悪目立ちや下品に目立つ事はないだろう。


「アースドラゴンの素材だな!」


「おうよ!あのまま使うんじゃあまりにも輝きが強いからな!少し加工して主張を抑えさせてもらったぞ!」


「あんなに硬いアースドラゴンの外殻をよく加工出来たな?」


「戦闘の時にヘイタイトを使うと柔らかくなる事が分かっていたからな。一度柔らかくして加工した後にヘイタイトの成分を抜いたんだ。ただ、ヘイタイトの成分を抜く為の工程に耐えられる素材ってのがなかなか無くて苦労したぜ。」


「そうなのか?」


「アースドラゴンの外殻はとにかく硬く、高温にも耐えられるし、氷点下でも何のその。とにかく変質させるのが難しい。あの手この手を使ってみたがどれも失敗だったぜ。結局、シンヤから受け取っていたオリハルコンを使う事で上手くヘイタイトの成分を抜ける事が分かってな。それで何とか仕上げたんだ。」


「オ…オリハルコンも使っているのね…」


オリハルコンは、とにかく耐久性が高く、そして魔法耐性も高いという超希少金属だ。まさかモンスターの素材の中でも超硬いアースドラゴンの外殻と、金属で最も耐久性の高いオリハルコンが合体するとは…とんでもない防具だぞ…


「硬度は当然の事、耐久性も十二分に高い。今後、防具としてこれ以上の物を作れと言われてもおそらく無理だろうな。今の今まで作業してようやく完成したんだ。

間違いなく、俺達九師が作る生涯で最高の力作だ。」


シドルバ達九師の面々が疲れた顔をしている原因はこの防具達らしい。


「受け取り辛い程の最高級品だな…」


「受け取ってもらわねぇとこっちが困る。こいつは特注品で二人の体格に合わせて作ってあるからな。他の誰にもピッタリくることはねぇ。しかも、アースドラゴンの素材は加工しちまうともう一度加工するのが困難になる。つまり、こいつは壊れるまで専用の装備って事だな。」


「おぉ…分かった。有難く使わせてもらうよ。」


専用装備とまで言われて断るのは無理だろう。

ここは有難く受け取っておく。


因みにだが、後に鑑定魔法を使って装備を調べて耐久値を見たところ、俺が全力で攻撃し続けたとして、一生で一つ壊せるかどうかという数値だった。


「他にも色々と便利なアイテムを作っておいたが、その辺はシュルナに聞いてくれ。詳しい事は紙に書いてシュルナに渡しておく。」


「いや、待て待て!ここまで見せてくれた物とは別に作ったって事か?!」


「おうよ!必要になるかもしれねぇと思う物は一通りな!ただ、アースドラゴンの装備はこれで全部だ。申し訳ねぇ。残った素材はきちんと返すぜ。」


「いやいや!これだけ作って更に作ったって……」


俺は九師の事を甘く見ていたらしい。とんでもない職人達だ。九師の手に掛かれば、これだけの作品にプラスアルファでアイテムを作れるらしい。一体どれだけのスピードで作ればそんな事になるのか……とにかく、九師の実力は確かに世界一だという事は分かった。


「これだけの作品を俺達に渡してもらえるなんて…助かる。大切に使わせてもらう。」


「何言ってやがる!装備ってのはガンガン使うもんだ!大切になんてすんじゃねぇ!一番大切なのは装備なんかじゃねぇだろうよ!」


「その通りね。ガンガン使ってもへこたれないように作ったのよ。まさか私達の腕が信用出来ないと?」


九師の皆が口々にそんな事を言う。


装備よりも大切なもの。装備はあくまでもそれを守る為のものであり、使ってナンボだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る