第713話 目的地

「ペップルに偽の情報を伝えさせる事は出来ると思うか?」


「どうだろうな……死の契約のような魔法を使われていたならば、それは難しいだろう。」


上級闇魔法である死の契約は、設定した条件に違反した場合即座にその者の命を奪い取るという危険な魔法だ。

もし、ペップルが虚偽の情報を流すとその魔法が発動するとなれば、ペップルに偽の情報を流させる事は出来ないだろう。


「ペップルに死の契約が使われていると思うか?」


「……何とも言えないな。魔族側の情報を流した時点で発動しなかったとなると使われていないかもしれないが、何の対策も立てられていないとも考え辛い。

限定的な内容で契約させられているのか、それとも別の魔法で束縛されているのか…少なくとも野放しにされているという事は無いはずだ。」


「そうだよな…」


「それに、こちらが偽の情報を伝えさせたとしても、あちら側がペップル一人から聞いた情報で結論を出すとは思えない。こういうのは複数人に情報を集めさせて信憑性を確かめるものだからな。」


「速攻でバレて、逆にそれを利用される可能性すら有るか…」


「情報戦では人数の多い相手が有利だ。下手な事はしない方が良いだろうな。」


「だからと言って何もしなければ、セレーナ姫が危険だと思うが…?」


「それはまずない。ギガス族の者達を大人しくさせる為にセレーナ姫を人質としているならば、その効果が続く限り、少なくともセレーナ姫を殺す事はない。殺してしまえば残されたギガス族の者達は制御を失って暴れ回るだろうからな。」


「なるほど…」


「本当にセレーナ姫を助けるつもりならば、なるべくこちらの事を悟らせないようにして動き、一瞬で終わらせなければならない。チクチクと手を出してしまうのは寧ろ逆効果になる。これも私の推測…と言うか経験だから確実とは言えないがな。」


「……いや。それがエフの意見ならばそうするべきだろう。一先ずペップルから情報を聞き出し、その後はドワーフ族に身柄を引き渡す方向で動こう。」


「分かった。

今回はなかなか口を割らないところを見るに、核心に迫るような情報が手に入るかもしれない。あまり時間を掛けるつもりはないから出立の準備は急いだ方が良い。」


「ああ。一週間後には出立出来るように動いているところだ。エフもそのつもりでいてくれ。」


俺の言葉に無言で頷いたエフはニルの元へと向かう。


ペップルの事はエフに任せておいて良いだろう。問題はペップルから手に入れた情報をどう使うのかだ。最終的にはその情報を皆に共有し、どうするのか決めるつもりではいるが、結局俺達に出来ることはあまり変わらないだろう。

とにかく、今は準備を万端にして先へと進む事を考えるべきだ。


「シンヤさーん!」


「今行く!」


シュルナが俺を呼ぶ声が聞こえたところで考えを打ち切った。


そうして二日が経ち、エフの言っていたように、ペップルが口を割った。

結果的にペップルは死の契約を施されておらず、情報を喋っても死ぬ事はなかった。そんな契約を受け入れてしまえば、自分がどのような扱いを受けるのか、もしセレーナ姫を助けられたとしてもその後の未来が無いという事を把握出来ない馬鹿ではなかったらしい。

相手の魔族も、ギガス族の男達を上手く操る為には、死の契約を使うよりセレーナ姫の命を盾にした方が効果的だと考えたのだろう。


「それで?得られた情報は?」


俺は、情報を得られたというエフの話を聞き、取り敢えずエフと二人で話をする事にした。


「結論から言うと、相手の魔族が誰なのかまでは分からなかった。」


「流石にそこまで上手く事が運ぶとは思っていないさ。だが、手掛かりくらいは掴めたんだよな?」


エフの感情は読み取り辛い。だが、最近は少しだけ分かるようになってきた。今のエフは少しだけ上機嫌。恐らく手掛かりを掴めたのだろう。


「勿論だ。どうやらペップルへ指示を出している者は魔族の中でもそれなりに高位に位置する者らしい。」


「高位に……反魔王組織とかいうランパルドとの関係は?」


「それは分からない。ただ、関係が有ると考えるのが妥当だろうな。そもそも、それ以外の者達が魔王様をどうにかしようとは思わないだろうからな。」


「つまり、ランパルドの一員が高位の存在だということか。」


「魔王様や魔王妃様をどうこう出来る時点でそれは分かっていた事だ。その者が魔王様のように操られ、良いように使われている可能性は否定出来ないが…」


「なるほど…そっちの線も考えないといけないのか…」


これまでのように、敵だ!と分かる相手がそこに居て、ただそれをどうにかする為だけに走るというのは出来そうにない。その方が頭を使わなくて良いのだが…


「今現在、どこからどこまでが魔王様に仇なす存在に支配されているのか分からない。そうである以上慎重な行動が要求されるのは仕方の無い事だろうな。」


「魔界へ入るだけでも苦労しているのに、その上でとなると地獄のような話だな。」


「魔王様や魔王妃様は更なる地獄に居られる事を考えれば、この程度で音を上げるわけにはいかない。」


エフは俺達と行動を共にするようになり、かなり大きく変わってくれたが、それでも魔王や魔王妃に対する忠誠心に変化は無いようだ。それだけ魔王や魔王妃が素晴らしい統治をしていたという事だろう。


「分かっているさ。俺達だって今更引く気は無い。

それで、他には?」


「これは魔王様とは関係無いかもしれないが……どうやらペップルは自分が得た情報を渡さなければセレーナ姫を殺すと脅されていたらしい。

吟遊詩人という特異な職業上、情報の重要性はよく知っているし、それを渡さない事がどれだけの事なのかを正確に理解出来る。その上、戦闘力が無く警戒され辛い。それでペップルを使ったのだろうな。特別に選ばれた事で、特別な脅しを個人的に受けたというところだ。」


「結局俺達にバレて捕まったが…相手も使う者を見定めているのか……流石に何も考えずに手を出して来るような相手ではないよな…」


盗賊との戦闘では、規模こそ大きかったがとにかく相手を倒して自分達が先へと進めさえすればどうにかなった。それは、盗賊達がそこまで厄介で複雑な事をしてこなかったからだ。

戦術も何も無い数の暴力に頼り切った連中にそんな事など出来なかったのだろうが、魔族は盗賊と比較すら出来ない。ゴリ押しでどうにかなる相手ではない。

魔族は古くからこの世界に居る種族であり、当然戦闘に関する知識も他とは段違いだろう。

ここから先は、戦闘に勝利するという事だけに頭を使っていては駄目だ。もっと深く考えて慎重に、しかし迅速に事を運ばなければならない。時には、戦闘自体を回避、逃走する事も考えなければ目的は達成出来ないだろう。


「少なくとも、それくらいの事を考えて実行出来る立場と規模を持った相手という事だ。

それともう一つ。セレーナ姫の居場所が分かった。」


「それは悪くない情報だな。」


「ああ。上手くいけばセレーナ姫から後ろで隠れている者へ辿り着けるかもしれない。これが今回の収穫だな。」


「場所は?」


「魔界の中。セゼルピークに居るらしい。」


「セゼルピーク?」


魔界の事は殆ど分からない為セゼルピークと聞いても全く分からない。


「鱗人族が住む水上都市だ。」


なるほど……ここでギガス族と鱗人族が繋がるのか。


「鱗人族は魔族なのか?」


「大抵はな。魔界の外に住んでいる鱗人族も居るから全てではない。

元々数の多い種族ではないが、魔界外に住む鱗人族は更に少ないと聞いた事が有る。」


「なるほど…俺達が一先ず目指さなければならない場所は決まったみたいだな。」


「魔界へ入る事もそうだが、中へ入れば今よりずっと危険な環境に立つ事となる。目的地が決まったからと言ってそこへ素直に辿り着けるかどうかは別の話だぞ。」


「ああ。だが行くあてもないよりずっとマシだ。」


「…それはそうだが……いや。今はまだあれこれ考える時期ではないか。

兎にも角にも、私の手に入れた情報はこれで全部だ。」


「分かった。後で皆にも情報を共有しておく。

後……ペップルはどうした?」


「ドワーフ兵士の元へ連れて行ったら、泣きながら捕まえてくれとドワーフ兵士の足に縋り付いていたぞ。」


「お、おう……」


ご愁傷さまと言えば良いのか……セレーナ姫を助ける為だという理由が有る事は何となく分かっていたが、逃げずに話していれば浅黒い肌のお姉様に恐怖を植え付けられる事も無かったろうに…


何にしても、やはり魔界へと入り魔王付近の事を詳しく探らねば大きな進展は無さそうだ。まあ、目的地が決まっただけでも良しとするべきだろう。


その後、俺は皆にエフからの情報を伝えたわけだが、なるべくペップルへの行為については触れずにおいた……が、まあどこからの情報かとか、どうやって手に入れたのかというのは聞かずとも想像出来てしまうだろう。それでも、皆は特に何も聞かずにいてくれた。俺が敢えて触れない事が、逆に皆に色々と伝えてしまった気はするが……とにかく、俺達の次なる目的地は鱗人族の住む水上都市、セゼルピークとなった。


水上都市となると必要な物も増えるだろうと考えて、そこから更に買い溜めしつつ出立の準備を整えていき、俺が目を覚ましてからきっちり一週間後の朝。


「おはよー!」


すっかり目覚まし代わりとなったシュルナの元気な声で起床する。


「今日はいつになく元気だな。」


「うん!もちろんだよ!今日から私の旅が始まるんだもん!」


「あまりはしゃぎ過ぎるなよ。」


「えへへー!」


嬉しそうに笑うシュルナ。親元を離れるという部分に寂しさを感じてはいるだろうが、それよりも好奇心が勝っているという感じだろうか。


因みに、シュルナが俺達へ同行する事はシドルバとジナビルナに伝えてある。と言っても、九師は忙し過ぎて帰宅出来ていない為手紙でのやり取りだけだったが、二人も喜んでくれている事だけは手紙から伝わって来た。


今日は、俺達と共にシュルナも旅立つ日。という事で九師やドームズ王の元へ向かい、色々と区切りを付ける為に早起きしたのだ。


俺達はきっちりした服を着て、気持ちを入れ替えてシュルナと共に工房を出る。


シュルナが工房の扉に鍵を掛け、その鍵を大事そうに握り締めるのを見て何か言ってやりたくなったが、結局何も言えなかった。


「この街ともお別れですね。」


「ああ。良い街だったな。」


「はい。とても。」


これまで、色々な街を見て回ったが、奴隷の枷をしている事で蔑まれる事は多々有っても逆は無かった。

しかしながら、この街は違った。

枷をしているニルを連れている事で俺の方が責められてしまった。俺は、それが本当に嬉しかった。

この世界にも、俺と同じように考えてくれる人がこんなにも…街…いや、種族単位で居るとは思っていなかったからだ。

この街ザザガンベルは、それだけでなく技術的にも発展しており、ドワーフ族の皆も分かり合う事が出来れば良い人達ばかり。非常に住み易い場所だ。またいつか必ず来たい。


そんな事を考えながら、馬車に揺られて王城へ向かうと、今日は兵士達がズラリと並び馬車の通る道を作っている。


馬をゆっくりと歩かせてその間を通るが、兵士達は何も言わずただ敬礼を続けている。しかし、その瞳、その立ち姿からは感謝の念が感じられる。いや、感じられるなんて曖昧なものではない。間違いなく感謝してくれている。


そうして王城へ辿り着き、中へと向かったが、兵士達は俺達の姿が見えなくなるその瞬間にも敬礼を解くことは無かった。


「よく来てくれた。」


王城へ着いて直ぐに通されたのは玉座の間。

勿論玉座にはドームズ王。その傍には騎士団長のジュガル。他の兵士達は一人も居ない。

俺達とシュルナ。ドームズ王とジュガルのみだ。


「今日はやけに人が少ないな?」


「あの者達が自らそうしたいと言ってきたのだ。

これまで街で随分と騒がれていたから、これ以上騒がしくしたならばザザガンベルを、ドワーフ族を嫌ってしまうかもしれない…とな。」


それであの無言の敬礼だったわけか。

どことなくだが、気の利かせ方に日本人のそれを感じる気がするのは俺だけだろうか。


「それで…もう旅立つのか?」


「……ああ。俺達も急いでいるからな。」


「そうであったな。」


少しだけ寂しそうな顔をするドームズ王であったが、ほんの一瞬で表情が戻る。


「改めて礼を言う。」


「もう良いって。散々聞いたぞ。」


「だとしてもだ。何度礼を言っても足りぬくらいなのだからな。」


これだけ言っても礼を言うドームズ王は…やはりドワーフ族で頑固なところも持ち合わせているのだろう。


「さて……既に何度も顔を合わせ話し合っているが故、今更改まって話す事など無いのだが、旅立つ英雄が手ぶらでとはいかん。」


ドームズ王がそう言うと、後ろの扉から九師の面々が現れる。


先頭にはシドルバとジナビルナが立っているのだが……酷い顔だ。


目の下には大きなくま。一応服装は整えられているが今の今まで作業していたのか、皮膚の所々が汚れているように見える。


「おう!シンヤ!」


そんな疲れた様子でも、シドルバはニカッと笑う。

シュルナの方を少し見たが、話は後でと視線を交わした後俺に向き直る。


「シドルバ。ジナビルナ。何だか久しぶりだな。」


「一週間ぶりだな。俺達にとっちゃ昨日みたいに感じるが…いや、今はそんな話をしている場合じゃねぇ。」


そう言うとシドルバとジナビルナ、それに続いて九師全員が跪いてドームズ王へ頭を下げる。


「ドームズ王様。同じ王城内に居ながら顔をお見せ出来なかった事、ご容赦下さい。」


「何を言うか。お主達は英雄の欲する物を作っておったのだ。王へ顔を見せる事よりずっと重要な仕事だ。して……出来たのか?」


「はっ。」


王の言葉に対して、自信を持った返答をするシドルバ。


「おう!そうかそうか!流石はシドルバ達だ!早速見せてくれ!」


「はっ。」


シドルバが返事をすると同時に後ろの扉が開く。


「まずはこいつだ。」


ドワーフ兵士が持ち込んだ物を受け取ったシドルバが、俺達にそれを見せる。


「これは?」


「スラタンの為にと注文してくれた防具だ。」


「これが防具…?」


俺達の目の前に出てきたのは、何の変哲もない上下の服。色はシャンパンホワイトで特に変わった構造をしているということも無い。僅かな光沢が見られることから、シルクのような生地で着心地は良さそうだが…防具と言うには貧弱に見える。


「これはただの布地じゃねぇ。シンヤ達から預かったアラクネの糸。それにミスリルを使った秘伝の金属糸で編み込んだ軽くて丈夫な布地だ。」


「秘伝の…?」


「流石にそれは教えられねぇが、丈夫さと軽さは保証する。ただの金属鎧よかずっと頼れるぜ。」


「金属鎧より?!」


金属鎧よりも硬い布って…いきなりヤバいのが出てきた…


「スラタン。持ってみてくれ。」


「う、うん。」


そう言ってシドルバがスラたんの手に布を乗せると…


「うぇ?!か、軽っ?!」


布を受け取った瞬間、スラたんの声が裏返る。


「まるで羽を持っているみたいだよ!」


「俺も持ってみて良いか?」


「私も持ってみたいわ!」


王の御前だというのに、俺達はフリマに来た客のようにワイワイする。因みに、一番目をキラキラさせているのはシュルナである。


「ワ、ワシにも見せてくれ!」


俺達のワイワイに負けたらしいドームズ王が玉座から飛び降り、輪の中へ入ってくる。どうやらドームズ王もかなり気になっていたらしい。


「凄いな…どれくらいの攻撃に耐えられるんだ?」


「布自体はかなりの強度だ。刃物で斬られたぐらいじゃどうにもならねぇ。ただ、衝撃は伝わっちまう。」


斬撃には強いが、衝撃は中身である体がダメージを受けてしまうという事らしい。それでも十二分に凄い性能だが…


「凄い物をありがとう!」


「いやいや。まだだ。」


シドルバはチッチッと人差し指を横に振る。


「まだ?」

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