第五十章 魔界再び

第712話 シュルナの実力

シュルナが工房の奥へと消えてから数分後。


「お待たせ!」


元気良く戻って来たシュルナは、両手に何かを持っている。

と言ったのは、それが何なのか見ただけでは分からないからだ。

丸くて凸凹した……粘土のような物にも見える。


「それは?」


「これは、スラタンさんから教えてもらったスライムの新しい素材で作ったんだよ!シンヤさん達は正体を隠す事が多いと思ったから、これを作ってみたの。」


俺達が正体を隠す事が多いというのは、見ていれば直ぐに分かる事だっただろう。しかし、それを見ていて俺達の為に作ったという事は、俺達のパーティに同行したいと申し出るよりずっと前から作っていたはず。つまり、本当に俺達に何かを作りたいと感じてくれたという事だ。嬉しい限りである。


「それで?これはどうやって使うんだ?」


「これに魔力を通すと柔らかくなるの!それを顔に貼り付けて暫くすると人の肌の質感を真似て固まるから、顔を別人に変えたり出来るんだよ!

名付けて!人肌粘土!」


簡易的に特殊メイクを施せる…みたいな物だろうか。

人肌粘土というネーミングセンスは…どこか親近感を覚える気がするが…気の所為だろうか。


「それってなかなか凄い物じゃないか?」


「んー…どうだろう。何とも言えないかな。変装するだけなら他にも方法はいくらでも有るし、魔法を使えば見た目を変える事も難しくないからね。

ただ、そういう魔法を使えない一般市民にも簡単に使えてしまって、触った程度ではバレない事も考えると、悪用されないように製法の公開は出来ない…かな。」


俺達のように、人目に触れると良い意味で騒がれる為に変装が必要だというケースは極めて少ない。変装を必要とする普通のケースと言えば、まあ…悪い事に使う場合だろう。

シュルナの作り出した人肌粘土を使えば、変装系の魔法を使わずとも精巧な変装が出来てしまう。これが世に出てしまうと、悪用される事の方が多いというのは容易に想像出来る。

スラたんの見つけ出したスライムを使った素材を利用し、新しい物を作り出したシュルナは凄い。この時点で他の職人よりもずっと優れた職人である事を証明している。しかしながら、優れた職人であるからこそ、自分の作り出した物が世の中にどう影響するのかを正確に把握出来ていなければならない…と俺は思う。

俺やスラたんが、この世界にはオーバーテクノロジーだろうと考える物を世に出していないのもその考えから来ている。俺達は職人とは言えないが、世の中に及ぼす影響としてはどちらも同じだ。


シュルナはまだ若い。自分の作り出した物の影響力を正確に把握するのは難しいかもしれないと思っていたが…どうやら杞憂きゆうだったらしい。

直接的な危険性を含まないと思える人肌粘土ですら、世に出してはならないと把握している。これは本当に凄い事だ。自分がシュルナと同じ歳だった時、同じように考えられたかと聞かれたならば無理だと答えるだろう。これがシドルバとジナビルナという超級職人に教え込まれた職人なのだと改めて感心してしまった。


「シュルナはそこまで考えられるのか。本当に凄いな。シュルナが俺達の専属スミスになってくれて良かったよ。」


俺はそう言って笑うと、シュルナの顔が分かり易くほころぶ。


「専属…スミス……えへへー!」


素直な性格のドワーフ族の中でも、更に純粋なシュルナがこうして喜んでくれると俺達も嬉しくなる。


「それで、これを顔に塗れば良いのか?」


「うん!ただ、質感は似るけど固まる前に造形しないといけないから…私がやるね!はい!ここに座って!」


そう言って俺を椅子へ座らせるシュルナ。


シュルナの言った通りと言うのか、人肌粘土という名前の通りと言うのか、物としては粘土というだけで顔に貼り付けただけでは変装とは程遠い。つまり、塗り付けた人肌粘土を削り、整える作業を必要とするのだ。

勿論、俺はそんな技術など持っていないし、俺がやったらそもそも顔と認識出来るものになるかどうか……そんなのは嫌なので、俺は大人しく座って目を閉じる。


「ここをこうして……それでこうして……よし!これで」


小さな声で呟くシュルナに任せていると、ものの数分で作業が完了する。


「もう出来たのか?」


自分の顔は見えないので出来ているのか分からないが、粘土が顔に貼り付いている事だけは分かる。


「うん!えっと…鏡…鏡……はい!」


シュルナが鏡を持ってくれて自分の顔を見ると、全くの別人!という程ではないが、自分の顔とは違う者の顔へと変わっていた。可もなく不可もなくと言うのか、これと言った特徴の無い平凡な顔だ。

この体の顔も元々そんな顔ではあったのだから変わっていないのではないかという意見は却下する。とにかく俺がシンヤという人間であると気が付ける者は少ないだろう。


「凄いな?!」


「えへへー!この人肌粘土使えるでしょ!?」


「人肌粘土も凄いが、本当に凄いのはシュルナの腕だろうな。たった数分でこんな事が出来るのはシュルナの腕ありきだからな。」


「えへへ…ありがと!」


いくら素材が粘土のような柔らかいものだとはいえ、顔を造形するのは人の手であり、技術を必要とする。シュルナは鍛冶師であり、特殊メイクのプロなどではない。こうして顔を作るというのも初めてだろうに、ここまでの事が出来るのは彼女の腕がすこぶる良いからだろう。


「ニルにも頼めるか?」


「うん!」


そして、次はニルの番。


「えっ?!何このスベスベな肌?!」


「そ、そうですか?」


「何か手入れでもしているの?」


「いえ。特には…」


「それでこんなに……」


「く、擽ったいですよ。それに、私よりシュルナの方がスベスベじゃないですか。」


「んー…私はニルさんの方がスベスベだと思うけどなー…」


ニルの頬を素手でサワサワと触るシュルナ。

それに対抗してシュルナの頬を触るニル。


これが華やかな光景というやつだろうか。

実にうらや……俺の時とは随分と反応が違うようだ。


そうこうして数分後、ニルの方も出来上がる。


「どうですか?」


「おー…確かにニルとは分からない………か?」


ニルの顔を変えてくれた為、一目でニルとは分からないかもしれないが、元の顔が整い過ぎているからか、どうにも美しさが隠し切れていない気がする。贔屓目が働いているからだろうか…?


「顔は良い感じだと思いますが、やはり髪と枷が目立ちますね。」


やはり銀髪はかなり珍しいというのと、この街には奴隷が居ないという事から枷が目立ってしまう。


「髪の色は魔法で変えられますが、枷をどうしましょうか…?」


「枷かー……そうだ!おっかーが作ったあれを持って来てあげる!」


そう言って俺達が返事をする前に奥へと走って行くシュルナ。


「俺達の返事を聞かずに走り出すのが基本なのか?」


「ふふふ。このパーティの専属スミスになれた事が嬉しいのでしょう。そのうち落ち着くはずですよ。」


そう言って微笑むニル。


俺達のパーティは、あれこれ有って集まったというパーティで、パーティに入るぞ!と考えて作られたパーティではない。

パーティプレイで色々とあった俺にとってはそれが有難い事だったし、未だに改めてパーティに参加するとなれば心のどこかで不快感を覚えると思う。

それ故に、シュルナの気持ちが分からない…とまでは言わないが、一緒にパーティを組みたいと思う人達とパーティを組めるという嬉しさは忘れて久しい。


俺達が困っていると、直ぐに動いて解決してくれるシュルナは最高の専属スミスではあるが、それだけに、俺なんかに…と申し訳ない気持ちが出てきてしまう。

今の今、シュルナに同行を許したので、それを反故ほごにするつもりは無いのだが…本当に良かったのだろうか。


「ご主人様。私達もあの子に負けないように最高の冒険者にならなければなりませんね。」


微笑んだまま言うニル。


根本的な部分でネガティブな俺を、ニルはいつもこうしてポジティブに変えてくれる。しかも、俺がネガティブな事を考えている事を察してだ。これ程素晴らしいパートナーは他に居ない。断言出来る。


「…ああ。そうだな。シュルナは九師になる為にと言っていたが、試されるのは俺達の方かもしれないな。」


「はい!」


「持って来たよー!」


ニルが俺の心情を明るく変えてくれた後、シュルナが奥から布のような物を持ってくる。


「それは?」


「これは、こうして首に巻く物だよ!」


一言で言うならばスカーフとかストールとかそういう類の物のようだ。ただ、あのジナビルナが作った物なのだからの布ではないだろう。


「何か特殊な布なのか?」


「ううん。布自体は普通の布だよ。ただ、布の中に小さな魔石陣が縫い込まれているの。」


「魔石陣が?」


シュルナから布を受け取って触ってみるが、布のどこにもそれらしい感触は無い。


「触っても分からないくらい小さな物だから見付けるのは難しいと思うよ。」


「そんな小さな魔石陣が作れるのか?」


「ここまで小さい物となると普通は難しいよ。細工九師のリュキュさんと魔具九師のダダナダさんの合作だって。それを貰って布に仕込んだんだよ。」


「なるほど…」


要するに、三人の九師の合作という事らしい。


「使っても良いのか?」


「うん!それは試作品で、おっかー達が九師になる前に作った物らしいからね!」


「九師になる前にこんな物を作れたのかよ…」


「九師はただの称号で、それを得たから腕が上がるわけじゃないからね!」


シュルナの言う通りだ。腕があるからこそ九師になれたのだから、九師になる前から超級の職人であるのは当たり前だ。


「それもそうか……それで、魔石陣が縫い込まれているって事は、魔具として使えば良いのか?」


「うん!魔力を流し込むと、布の周囲がボヤけて見えるようになっているから、枷をしていても見えないと思う。隠せない手とか足の枷は…」


「ローブを羽織って行くので大丈夫ですよ。ありがとうございます。」


「えへへー!うん!」


魔石陣の効果は、恐らく光魔法だろう。光を屈折させる事で見え難くする的な効果だと思う。強力な陽炎かげろうみたいなものだと考えれば分かり易いだろうか。


シュルナのお陰で俺とニルは思ったよりもずっと早く準備を整え終わり、街へと出る事にした。


俺とニルで街へ出た理由は、情報収集と必要なアイテムの購入である。

病み上がりな事も考えて、どちらかと言うと後者がメインの目的となっているが、何か聞けそうならば情報収集も行うつもりである。


「……一先ず、大丈夫そうだな。」


「ですね。」


俺とニルは恐る恐る街の中へと繰り出したわけだが、どうやら俺達をシンヤとニルとして認識している者達は居ない様子だ。


「歩き回れるならばさっさと用事を済ませるとしようか。まずは消耗品の補充だな。」


「はい!」


数日後には魔界へと向けて出発する予定であり、難易度上昇の件もある。

ここから先、アイテムの補充が出来るタイミングなど来ないかもしれない為、かなり多めに消耗品を買い込む。


ついでに念願でもあったドワーフ職人達の作品もじっくりと観察する。


どれもこれも高品質で今直ぐにでも買いたくなるような物ばかり。じっくりと見るとよりそれが顕著に分かる。余程良い品々でなければこうはいかないだろう。


しかしながら、俺達は九師に必要な物を依頼している為我慢する。金は沢山有るとはいっても無駄遣いする必要は無い…と考えてしまうのは元の世界の貧乏性が抜けないからだろうか。まあ、使わない物を買っても意味が無いし、それならば九師の仕事に対して少し色を付ける方が良いだろう。


とは言っても、九師に頼んでいない物や便利そうな物等、いくつかの魔具やアイテムは入手しておいた。特に魔具の簡単な物についてはしっかりと購入。これで旅が随分と快適になる事間違いなしだ。購入物のお披露目は後日として…そうこうしていると、あっという間に時間が過ぎ夜に。


ガチャッ…


スラたん達の二日酔いも良くなり、そろそろ夕飯の支度に取り掛かろうかという時の事。外へ出ていたエフが帰って来る。


「おかえりなさい。」


「ただいま戻りました。ニル様。」


「今から夕食の準備に取り掛かりますが…」


「ニル。悪いがエフと少し話がある。夕飯の事は頼んでも良いか?」


「はい。分かりました。」


ニルは俺の言葉に対して素直に応じてくれる。


「…すまないな。」


ニル達が部屋を出て行くと、直ぐにエフが俺に対して謝る。


「気にするな。」


エフが思っている程ニルは拷問に対して嫌悪を示したりしないと思うが、エフの気持ちも考えるならば、俺が多少泥を被るくらいどうという事はない。


「それよりも、情報は取れたか?」


「いや。まだ完全には聞き出せていない。」


ペップルは、あれだけエフの事を怖がっていたのに、今回は随分と頑張っているようだ。


「ただ、痛みに強いわけじゃないのは変わらないらしい。そう長くはもたないだろう。二日、三日で情報を引き出せるはずだ。」


「下手に口を閉じずに喋った方が傷は浅く済む事くらい分かると思うんだが…何を隠しているんだ?セレーナ姫とやらの話は聞き出したし…」


「恐らくだが、後ろに居る魔族に関する事だろうな。このタイミングで逃げ出すという事は、恐らく何かしらの情報を誰かに伝える為だろう。そう考えるならば、ペップルは自分の後ろに居る魔族の正体を知っている…とは思えないが、そこに通じる情報を持っている可能性が高いな。」


「ペップルは、元々その魔族の駒で俺達をあざむいていたと?」


「いや。それならばあそこまで痛みに弱いというのはおかしい。恐らくセレーナ姫を守る為というのは真実だろうな。」


「他の者達には出されていない指示がペップルに出されていて、それを伝えないとセレーナ姫が危ない…という話か…」


イベントの達成条件に追加されたギガス族を救うという項目。あれは恐らくセレーナ姫の事だろうと考えられる。とするならば、ペップルが情報を持ち出せないとセレーナ姫に危害が及び未達成になる可能性も有る。しかし、当然ながら情報を持ち出させてしまえば俺達が不利になる。面白くない展開だ。


「ペップルが情報を持ち出せないと判断し、セレーナ姫に危険が及ぶ可能性が有るとしたら…それまでに後どれくらいの猶予が有る?」


「セレーナ姫とやらも助けるつもりか?」


「……ああ。」


イベントのクリア条件だからという理由も有るが、ギガス族の現状を聞いてしまうと、出来ることならば…と考えてしまう。


「相変わらず損な性格だな。知り合いでもないのだから放置しておけば良いだろうに。」


「…まあ、それが俺の」

「性分か。」


俺が言葉を続けるより先に、エフが言葉を放つ。


「すまん。」


「謝る必要は無い。ニル様がお前を信じついて行くと決めている以上、私もそれに従うまでだからな。ただ、ニル様にあまり苦労を掛けるな。」


「ぐっ…」


そこを突かれると痛い。


「分かっているのならば善処する事だな。そんな事ばかりしているとニル様も愛想を尽かすかもしれんぞ。」


「ずはっ!」


言葉が痛過ぎる…


「まあ…そういう性分だからこそ、人が寄るのかもしれないがな。」


「??」


人が寄る?そんな事を思った事は一度も無いが…寄ると言うより、良い人達に恵まれているだけだし。


「まあ良い。話を戻すと……後ろの何者かがペップルに見切りを付けるのは、恐らく十日程度だろうな。ここから魔界へ情報を密かに届けるとなるとそれなりの時間が掛かるはずだからな。」


「十日か…」


俺達がこの街を出る頃にペップルが走り出せば、セレーナ姫に被害が及ぶのを防げるか…


「私の推測だから確実とは言えないぞ。それに、ペップルが握っている情報の事も推測でしかないからな。」


「ああ。分かっている。」


推測でしかないとエフは言うが、エフが口に出したという事は、ほぼ間違いなくその推測は正しいはず。そうなると、残り一週間程で出立の準備を済ませ、ペップルからも情報を聞き出して更に情報を持ち出させる必要が有るという事だ。なかなかにタイトなスケジュールである。

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