第711話 シュルナ
シュルナの真剣な表情を見て、俺はその場で居直る。
何やら大切な話のようだ。
「それで?どうしたんだ?」
「…………………」
シュルナは、俺の顔をじっと見詰めている。
言葉を口から出したいのに、上手く出せない。そんな感情が表情から見て取れる。
俺は何も言わず、シュルナの言葉を待つ。
「……私を、連れて行って下さい!」
「「……??」」
あまりにも言葉足らずと言えば良いのか、殆ど何を言いたいのか分からない。
「シュルナ。少し落ち着け。連れて行って欲しいというのはどこへだ?王城か?それともどこか店に行きたいのか?」
「あ…ごめんなさい…えっと……
私も、一緒に旅をしたいの。」
「旅って…俺達の旅についてくるって話か?!」
「うん。そういう事。
私の夢は九師になる事。その為に必要なのは経験だっておっとーに言われたの。」
「経験ならシドルバの元でも積めると思うが?」
「私もそう思っておっとーに言ったんだけど、職人の元で職人として成長するには限界があるって言われたの。
職人は職人の為に物を作るんじゃねぇ。誰の為に作るのかを考えろ。そして、誰の為に作りたいかを考えろ。その相手は俺やおっかーじゃねぇはずだ。世界は広い。外に出て学べる機会が有るならばそれを逃すな。そしてそれが叶ったならば、腹を決めて死ぬ気で取り組め。その根性は既に叩き込んである…って。」
最高の職人の元で教えを受ける事はとても重要な事。恐らくこれは間違った考えではないはず。技術や考え方は勿論、道具の使い方やメンテナンス、果ては金勘定でさえ教えて貰える。だから間違ってはいないだろう。ただ、それは職人としての基盤を作るという意味であり、それを習得した者には更なる成長が必要となる。
最初は師匠の教えを忠実に守る。
師匠の教えを身に付けたならば、更に別の者の技術や考え方等を取り入れ、今までに形成された自分の限界、つまり枠組みを破る。
そして、最後に師匠の元を離れ、自分一人で新たな道を作っていく。
これが守破離の意味である。
守破離は剣道でよく使われる言葉ではあるが、剣道だけに留まらず、職人や技術者は勿論の事、多くの場面で当てはまると思う。
そして、シュルナにもまた当てはまる。
シドルバは、シュルナが既に離の段階に来ていると判断したのだろう。いや、この閉鎖的な空間でしか過ごしていないドワーフ族の事を考えるならば、破の段階かもしれないが…どちらにしても、シドルバとしてはシュルナが自分一人で成長していく段階に有ると判断したのだろう。
たった一人の可愛い娘にそれを言うのは、ドワーフ族だからなのか、それともシドルバだからなのかは分からないが、豪胆過ぎる話だ。
それに、今まで閉鎖された中で生きてきたドワーフ族の言葉とは思えない程前衛的だ。元々考えていた事なのだろうか。
何しても、流石に前衛的過ぎる。
「シュルナ。俺達の旅は危険だ。常に死と隣り合わせで、今回だって死にかけた。
シドルバの言葉を聞いて、俺達に何かを作りたいと考えてくれたのは本当に嬉しい事だし、出来るならば一緒に連れて行ってやりたい。だが、流石に危険過ぎる。」
この世界における大抵の者達にとっては、Sランクのモンスターでさえ超絶脅威となる。なのに、更にその上のSSランクモンスターとさえ戦うような旅にシュルナを連れて行くのは……正直かなり厳しい。
相手が強ければ強い程、シュルナを守る余裕が無くなるし、そういう相手と戦う事が今後も有るだろう。それを知っていながらシュルナを連れて行くのは、俺達がシュルナを殺すのと殆ど同じである。
「うん。分かってる。でも、私は皆と一緒に旅をしたいの。仲良くなれたからとかじゃなくて、職人としてそう思う。
おっとーとおっかーの口癖なんだけど……職人は、物を作るから成長するんじゃない。最高の客によって成長するんだって。
超一流の冒険者で、SSランクのモンスターを狩る程の実力を持つパーティなら、そこに求められる職人の腕も超一流だと思う。生半可な物を作っても直ぐに壊れてしまうから。」
シュルナが、俺達には普段見せない真剣な表情を見せる。職人としての表情である。
シュルナの言っている事は間違っていない。
いくら冒険者の腕が良くとも、使う武器や防具が粗悪品ではまともな戦いすら出来ないだろう。
極端な話、耐久値が一桁の武器や防具を身に纏ってSSランクのモンスターと戦うなんて事が起きたならば、まず間違いなく死ぬだろう。
故に、腕の良い職人との提携は俺達だって望んでいるし、最高の申し出ではある。しかし、それはシュルナを連れて行くのとはまた別の話だ。
「俺達が超一流かはさておき、敢えて俺達についてくる必要は無いんじゃないのか?要望さえ分かれば、ここで作り、送る事だって出来るだろう。」
「出来なくはないけど、私がこのパーティの全ての事を請け負うなら、一緒について行かないと。」
「全て?」
「うん。言葉通り、武器や防具のメンテナンス。アイテムや魔具の作製。衣類の製作。ものづくりに関する事全てだよ。超一流のパーティと一緒に旅をして、その中のあらゆる仕事を完璧にこなせば、私はきっと誰よりも九師に近付けるはずなの。」
なるほど。シュルナの言い分は分かった。
確かに、俺達のパーティに居てあらゆる仕事をこなすとなれば、元の世界の知識から来る高難度の品も作る事になる。武器や防具のメンテナンスも最高の状態を保つのは生半可な腕では無理だ。そして、その適任者としてドワーフ族の誰かが名前として挙がるのも頷ける。しかし…シドルバと鉱物の採取に行くのも危険だったが、あれとも比較にならない程危険だ。
「シュルナの言いたい事は分かった。シュルナの腕が良い事も知っているし、来てくれるのは嬉しい。」
「ほんと?!」
シュルナが目を丸くする。しかし…
「だが……だとしても、シュルナを守り切る自信が無い以上、連れて行くのは難しい。シュルナにもしもの事が有ったらと考えると、シドルバ達に合わせる顔が無くなってしまう。」
「もし……死んだとしても、私に悔いは無いよ。おっとーもおっかーも、もし私が死んだとしても、絶対にシンヤさん達を責めたりはしないよ。」
シュルナがそう言い切るのは、恐らく既にシドルバとジナビルナを説得しているからだろう。いや、ここまでの話を聞くに、俺達に追従する事をあの二人が勧めた可能性すら有る。
俺からすると、危険な旅に一人娘を送り出すというのは違和感しか無いが…その辺は人族とドワーフ族の違いだろうか。嬉々としてという事はないだろうが、職人として成長する事が彼等にとっての最高なのだろう。
「だとしてもな……」
いくら彼等にとってそれが最高な事だとしても、やはり俺達がシュルナの命を背負うのは難しいと考えてしまう。シュルナ程の腕を持つドワーフが専属で俺達のパーティについてくれるというのは俺達にとってもメリットの大きい話ではある。しかし、メリットとかデメリットとかそういう問題ではない。人の命はそんなに軽いものではないということを俺はよく知っている。
「やはり一緒に旅をするのは…」
「もし、シンヤさん達に断られたとしても、私は別の誰かのパーティに同行させてもらうと思う。それって、結局危険度としてはあまり変わらないはずだよ、どうせ命を賭けるなら、私はシンヤさん達に賭けたいの。」
シュルナの目は完全に覚悟を決めた者のそれだ。何度か見た事が有る強い目。戦闘とは違うが、命を賭けるという言葉に嘘偽りは無いらしい。
「ご主人様。」
ニルが俺を呼んで微かに笑う。
これは受けるのが最善だろうと言いたい事は直ぐに分かった。
ここで俺が尚も断れば、シュルナは別のパーティについて外へ出るだろう。
冒険者のパーティが相手をするのは、自分達に見合ったランクの相手。つまり、どのパーティについて行っても、そのパーティが生存する確率はほぼ同じと言える。そう考えると、シュルナが受ける危険度もまた同じとなる。
であるならば…少なくとも彼女をよく知り、彼女が信頼出来るパーティと行動を共にする方が良い。そして、それをシドルバやジナビルナ、シュルナ自身も望んでいる。
「……シュルナ。本当に危険な旅になる。戦闘では守れない時だって多々有るはずだ。」
「自分が戦えるなんて過信はしないよ。ううん。しません。逃げ隠れするだけならおっとーに教え込まれました。自分の身は自分で守ってみせます。」
「…………分かった。シュルナの同行を許すとしよう。」
「本当ですか?!」
「ああ。だが、本当に危険な旅だ。自分の命を最優先に考える事。俺達の心配よりもまずは逃げる事を考えろ。
俺達が守ってやれる保証は出来ないからな。それを守れる事が同行の条件だ。」
「ありがとうございます!!頑張ります!」
ペコペコと頭を下げるシュルナ。
どうやら、頑固さというのか、職人として引けない場面で引かない性格は、しっかりと両親から受け継いでいるらしい。
連れて行かないという選択肢も俺には有ったが、それをさせない程の決意を見せられて、俺も根負けした。
「まだ喜ぶのは早いぞ。俺は同行を許したが、他の皆が許すかどうかは別の話だ。パーティリーダーのような事はしているが、俺達は皆対等な立場。一人でも説得出来なければこの話は無しだ。」
「っ?!」
ぬか喜びだという表情をするシュルナ。
正直なところ、俺とニルがシュルナの同行を許したと知れば、恐らく他の皆は反対しないだろう。俺達のパーティは気の合う者達が集まったというもので、考え方や価値観も似た部分が多い。つまり、俺が根負けしたという事は、他の皆も同じように根負けする可能性が高く、それを皆は自覚している。だから反対される事はほぼ無いと言える。
唯一、パーティ参加の経緯が異なるエフは反対するかもしれないが、ニルの許可を得ていると言ったならば……一発で黙るはずだ。
とは言っても、やはり皆の許可を得る事は当然必要な事だ。シュルナにはもう少しだけ頑張ってもらうとする。
「は、はい!」
そろそろスラたん達も二日酔いが落ち着いてきた頃だろうし、話をするくらいならば問題無いはず。
俺は、気合いを入れつつも緊張するシュルナの背中を見送った。
「ふふふ。ご主人様は覚悟を決めた人の目に弱いですね。」
「言うなよな……自覚は有るんだがな……」
「ふふ。私はそういうご主人様の事が大好きですよ。」
「お、おぅ…」
いきなり照れる事を言われると反応に困ってしまうぜ…
それはそうと、結局シュルナは全員から承諾を得る事に成功。快諾…とまではいかなかったみたいだが、やはり皆根負けしてシュルナの同行を許したようだ。
少し笑ってしまったのは、シュルナが同行する為の条件として提示した、自分の命を最優先に考える事というのを、他の皆も同行の条件として提示したらしい。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。
シドルバとジナビルナは、暫くの間九師の皆と王城に寝泊まりして製作を行うとの事で、報告はシュルナが自分ですると言われた。
「少し話を良いか?」
シュルナが俺達に同行出来ると喜んでいるのを見ていると、奥から出てきたエフが俺を呼ぶ。
「どうした?シュルナの件か?」
俺はシュルナと、それを相手しているニルから離れてエフと話を始める。
「いや。ニル様が決めた事に口を挟むつもりなど無い。そもそも、彼女が自分で決めた事だ。私が口を挟む事でもない。優れた人材になりたいと願い、行動するのならば、その覚悟を踏みにじるような真似はしない。」
子供を連れて行くなど正気の沙汰とは思えない!とでも言われるかと思っていたのだが、全く別の答えが返ってきた。ただ、エフとしての意見…と言うよりは、強さが全てである魔族という種族の考え方であるような気がする。
「そうか。だとしたら、魔界へ向かう方法についてか?」
「その通りだ。病み上がりだという事は分かっているが、あまりゆっくりもしていられん。魔王様は今も尚危険な状況下に居るのだ。」
「それは分かっているんだが…手掛かりと言えば、ギガス族が魔族に操られていたという情報と、鳩飼という者の存在くらいだ。しかも、どちらも決定的な情報とは言えない。動こうにも動けないぞ。」
魔界へ向かうにしても正面突破は無謀も良いところ。しかし、このまま何も情報が手に入らなかったとすると、最悪正面突破で侵入するしかなくなるかもしれない。
三大勢力の一つと数えられる魔族に喧嘩を売るような真似は極力控えたいのだが…
「分かっている。魔王様が危険であるからこそ、我々も慎重に動く必要が有るという事もな。無理に侵入しようなどとは考えていない。」
「ならどうするつもりなんだ?」
「…ドームズ王には悪いが…私がペップルというギガス族の男を尋問する。」
「ペップルを尋問…?」
エフの言葉を聞いて疑問に思う事が一つ。
ドームズ王より先にペップルを見付け出して…という言葉が無い事だ。
ドワーフ達よりも先に見付け出す自信が有るから…という理由ではないだろう。ドワーフ達がペップルを探し始めてから既にかなりの時間が経っている。先に見付けて尋問したいのならば、いくらエフだとしても、既に動き出していなければ先に見付けるのは難しい。
「まさか…」
「……既にあの男は私が拘束し監禁している。」
「おいおい……」
察しは付いていたが、まさか既に監禁状態とは…ドームズ王にどんな顔で会えば良いのやら…優秀過ぎるというのも問題なのかもしれないな…
「だから先にドームズ王には悪いがと言った。
しかし、ドワーフ族は優し過ぎる。あれでは聞き出せる情報も聞き出せない。」
エフの言いたい事は何となく分かる。
ドワーフ族は基本的に優しい性格の者達が多く、争いを好まない。故に、拷問の類はどうしても苦手分野となってしまう。極悪非道とまでは言わないが、相手が喋ってしまうような拷問など到底出来ないだろう。
ペップルが逃げ出したのは事実らしいし、そうなるとあの男が何か隠しているというのは明白。ドワーフ族の尋問では口を割らなかったとなると…エフが動きたくなるのも仕方が無いとも言える。
「はぁ……いや、やってしまったのならば今更だな。一先ず俺達で情報を得られないか試してみるとしよう。」
「ああ。私が勝手にやった事だ。尋問も私一人で行う。特に…ニル様には知らせないで欲しい。」
エフにしては珍しく、少し弱気な顔をする。
そんな顔をするくらいならば、先に相談して欲しかったが…俺は意識を失っていたし強くは言えない。
「…分かった。だが、絶対に殺すなよ。最終的にはドワーフ族に引き渡すからな。」
「ああ。そんなヘマはしない。」
「…それじゃあ、そっちの事は任せる。」
「ああ。」
ペップルの事を任せ、それに頷いたエフが背中をこちらへ向ける。
そのまま出て行くのかと思っていると…
「その……」
「??」
後ろ姿のまま、エフは軽く俯いて小さな声を出す。
「感謝する。」
エフは、聞き取れるか取れないかの小さな声でそれだけ言うと即座に飛び出して行った。
「…随分と変わったな。」
俺を殺そうとしていたエフの姿は、もう思い出せない程に変わった。
それを嬉しく思いつつ、俺は未だにはしゃいでいるシュルナと、それを笑顔で見ているニルの元へと戻る。
「シュルナ。俺とニルで少し外に出たいんだが、スラたん達の事を頼んでも良いか?」
「えへへー。うん!大丈夫だよ!でも……二人が外に出ると大変な事になると思うよ?」
「そう言えばそうだったな……エフに頼んでおけば良かった…」
「そんな時は私に任せて!」
そんな事を言うと、シュルナは工房の奥へと走って行く。
「任せてって…何をするつもりだ?」
「ふふふ。もう私達の専属スミスになったのですから、信じて待ってみましょう。」
ニルは嬉しそうにそう言ってシュルナの入った工房の奥を見ている。
ニルの言う通りだ。これからシュルナには色々な面で助けてもらうはず。これが彼女の初仕事だ。今は彼女を信じて待つとしよう。
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