第710話 九師集合
イベント失敗のペナルティは、俺個人に対するものではないが、このイベントを進めているのは恐らくだが俺一人。それはつまり俺個人へのペナルティと等しい。
ただ、個人に対する直接的なペナルティではない事を考えると、まだ優しい方…なのかもしれない。
クリア条件の追加に関しては、俺だけに適応されているかもしれないし、制限時間は四ヶ月。長いように見えるが、二つの種族を救い出し、尚且つ魔王を救うとなると……かなり短いと言えるだろう。
それに、ギガス族と鱗人族、二つの種族を救う…なんて簡単に書かれているが、二つの種族を救うなんてとてつもない…いや、途方も無い話だ。
特に、ギガス族については、既に神聖騎士団に制圧されている種族の一つなのだから、救うとなると一大事だ。まあ、恐らくはイベント『魔王の城』に関係しているギガス族を…という言葉が省略されているのだろう。そうでなければ行って帰って来るだけで残り時間の殆どを消費してしまう。
だとしても、ギガス族を救うなんて大それた事をやれというのはあまりにも鬼畜なクエストだ。ペナルティなのだから仕方無い事なのかもしれないが…
唯一、システムからの通知が来た事で良かった事と言えば、ギガス族を救うと書かれている事だろう。
ギガス族を救うというクエストが来ている以上、ギガス族は救われなければならないような状況に有るという事になる。つまり、ザザガンベルで捕らえた者達の言っている事が本当だという間接的な証拠…とまでは言わないが、恐らく真実だろうという推測は立てられる。
未だペップルが何故逃げ出したのか、何をしようとしているのかは分からないが、ギガス族のセレーナ姫の為に動いているのだと思う。ドームズ王の言っていたように、そのペップルが捕まるのも時間の問題だろうし、その辺の事も直ぐに分かるはず。
鱗人族に関しては全く情報が無いに等しい状況ではあるが、ギガス族を救えという条件の追加に関しては、ザザガンベルで捕まったギガス族の者達からの情報が重要となるのではないだろうか。
それに、ギガス族の後ろに居るのが魔族となると、イベント『魔王の城』の攻略を進める事によってギガス族と鱗人族についても分かってくる可能性が高いだろう。
要するに、俺達はこれまで通り魔王を救い出す為に動くが、その過程でギガス族と鱗人族を救わなければならないという事だ。
魔王を救い出す事でさえ出来るか分からないというのに、そこにクリアの必須条件が追加。しかも破棄出来ない。
「……イベントの破棄は出来ないし、全プレイヤーの難易度が上がったという事は破棄しても難易度が戻る事は無いはず。結局このままやり切るしかないって事か…」
難易度の上昇とクリア条件の追加は実に嫌な話ではある。もし、イベント『魔王の城』を受けていなければ、難易度が上がる事は無かったのだろうか…?という疑問は残るが、今更どうする事も出来ない。
「やるしかない…よな。」
「ウプッ…シンヤ君…」
俺が現れたウィンドウに悩まされていると、後ろから這いずりながら現れたスラたんに声を掛けられる。
「おいおい…動いて大丈夫なのか?」
「気持ち悪い…けど、今僕の所にシステムから通知が来たんだ。イベント『魔王の城』の難易度が上昇したって…」
「ああ。俺が受けていたイベントが失敗になってな。」
「……僕に通知が来たって事は、他のプレイヤーにも行ってるよね?」
「だろうな。」
「厄介だね…魔族に関わろうとしているのなんて僕達ぐらいだろうし、僕達の行動が筒抜けになっているようなものだよ?」
「確かに……だが、俺達にどうにか出来る事じゃないからな…」
「僕が言いたいのは、この先僕達の事を止めようと神聖騎士団の連中が動くかもしれないよって事さ…ウップ……」
「それは分かるが…神聖騎士団の連中も、魔族相手ならばそう簡単には手を出せないはずだ。神聖騎士団に何かされる前に魔界へ入る必要は有るだろうが……その辺はまた考えるとしよう。取り敢えず、スラたんは休んでくれ。」
「うん…そうさせてもらうね……うっ…」
スラたんは、また這いずりながら部屋の中へと戻る。
スラたんの言っていた事に関しては、今直ぐにどうこう出来るものではないし、相手側も今直ぐにどうこう出来る話でもないだろうから、一先ずは後回しにして大丈夫だろう。ただ、魔族からの協力を得られなかった場合、かなりヤバい状況に陥る為、何としてでも魔族の協力を得なければならない。どちらにしてもイベント『魔王の城』はクリアしなければならないという事になる。
「気合いを入れ直さないとな…」
いくらステータスの高い体を持ち、剣技、神力、聖魂魔法を使えたとしても、オボロのようなNPCにさえ負ける事がある。いや、相手がオボロではなくとも敗北する可能性は常に有る。
今回のように運良く敗北するだけに終われるとは限らない。敗北はそのまま死に繋がるというのがこの世界の常識であり、今回の事は本当に運が良かっただけの話だ。
オボロとの戦闘においても、二度目の敗北で俺達が生きていられる可能性は極めて低い。
「もう二度と…敗北は許されないな…」
カチャッ…
俺は首から下げたネックレスに手を当てる。
「シンヤさーん!」
「今行く!」
下からシュルナの声が響き、俺は階段を下りる。
「おう!起きたか!」
階段を下りると、そこには元気なシドルバとジナビルナの姿。スラたん達はあの状態なのに、二人は二日酔いどころか寧ろ元気な程である。
「シドルバ達は元気だな。スラたん達は起き上がれそうになかったが。」
「まああれくらいならばな!」
「あれくらいって…」
俺が見ただけでもかなりの量を飲んでいたはずなのだが、どうやらシドルバ達にとってはあれくらいの量らしい。
「それより、今日は仕事の話だ。」
「例の話だな。」
「おうよ。ドームズ王様が九師を全員王城に呼び寄せている。恐らく一時間もしないうちに全員が王城に集まるだろう。」
「俺達も王城へ行って何を作ってもらうか決めようって話だな。」
「そういう事だ。」
俺がその答えに直ぐ辿り着いたのは、シドルバとジナビルナの服装がいつもと違っていたからである。
いつもの作業着ではなく、ピシッとした服装というやつだ。シドルバは黒色のスーツに似たものを着ていて、ジナビルナはベージュ色の落ち着いたドレス。
王城に入るというのに作業着では宜しくないという事なのだろう。
「そうなると、俺とニルももう少ししっかりした服装の方が良さそうだな。」
「はい。」
「ドームズ王様は気になさらないとは思うが、そうしてもらえると助かるぜ。」
「分かった。直ぐに着替えてくる。」
俺とニルは下りて来て早々に上へと戻り、服装を変える。
シドルバとジナビルナに習って、俺は紺色スーツ。ニルは淡い水色のシャンパンドレスだ。
俺達の旅の目的上、族王に会う機会はどうしても多くなる為、ヒュリナさんが気を利かせて何着か持たせてくれていた物の一つである。流石はやり手の商人だ。
「ご主人様。素敵です。」
「ありがとう。ニルも綺麗だな。」
「は、はい…」
顔を赤くするニル。うん。とても可愛い。
あまりピシッとした服装は好きではないのだが、こんなニルを見られるのならばたまには良いかと思えてくる。
「おーい!そろそろ出るぞー!」
着替えを済ませた俺達は、そのまま馬車に乗り王城へと向かう。
今回は普通の馬車で王城へ向かう為、流石に皆が寄ってくる事は無かったが、少しでも俺達の顔が見えると大騒ぎになりそうだったので大人しく隠れて王城へ。
王城の門前に辿り着き、俺達が来たと分かると顔パスで王城の中へと入る事が出来た。そして、直ぐに客間のような場所へ通される。
それから数分後、客間の扉が開かれると、七人のドワーフが入って来る。入って来たドワーフ達は、自信に満ち溢れた顔付きであり、それが九師の面々だということは直ぐに分かった。
「久しぶりだな。シドルバ。ジナビルナ。」
「おう!久しぶりだな!」
七人が入って来ると、直ぐにシドルバとジナビルナに近寄り、拳をぶつけあったり抱き合ったりと再会を喜んでいる。
「皆を紹介しよう。」
再会の喜びもつかの間。
シドルバが直ぐに俺達へ皆を紹介してくれる。
一人目は、ダダナダ。魔具の九師で、青色の髪、青色の髭、青色の瞳の女性ドワーフだ。第一印象は賢い人といったイメージ。喋り方に高い知性を感じさせるような落ち着いた女性である。
二人目はバルディ。武器の九師で、赤色の髪、赤色の髭、赤い瞳の男性ドワーフ。シドルバに似て豪快な印象のドワーフで、最初に声を張り上げていたのはこのバルディである。
三人目はビュルボ。防具の九師で、茶色の髪、茶色の髭、茶色の瞳の男性ドワーフ。物静かなタイプの男性で、口数が最も少ない。
四人目はガーガー。建築の九師だ。黒色の髪、黒色の髭、黒色の瞳を持つ男性ドワーフ。この男は声が大きい。それが第一印象だ。とにかく声がデカい。
五人目はリュキュ。細工の九師で、白色の髪、白色の髭、茶色の瞳の女性ドワーフ。少し強めの性格みたいだが、誰に対しても同じような態度であるところを見るに、俺達が嫌いとかそういうのではなく、ただのツン。酷い事を言ったりはしないし、感謝されている事は伝わって来る為悪い気は一切しない。
六人目はユデュマ。素材の九師で、茶色の髪、茶色の髭、黒色の瞳を持つ男性ドワーフ。あくまでも第一印象ではあるが、彼はいじられキャラだ。どちらかと言うとお調子者な感じで人当たりが最も良い。
最後の七人目がウェルダ。機能性の九師で、緑色の髪、緑色の髭、緑色の瞳の女性ドワーフである。割とマイペースな人で、掴み所が無い性格のようだ。
「ここに俺と家内が入って九師だ。」
シドルバとジナビルナも十分に個性の強い二人だと思っていたのだが、九師全員がそれ以上の個性揃い。一度見たら忘れられないような職人達である。
「仕事の話をする前に……感謝を!!」
ズガンッ!!
そう言って俺達へ頭を下げたのは武器の九師バルディ。豪快な性格の男性ドワーフだとは思っていたが、下げた頭が机にめり込んでいるのを見て予想以上の豪快さだと気付かされる。
そして、バルディに続くように九師全員が頭を下げた。
それぞれがそれぞれに職人の頂点に立つような人物達であり、自分の仕事場では社長と同じような存在であるはずなのに、彼等は何の躊躇いも無く頭を下げた。
「そ、そういうのは良いから頭を上げてくれ!」
九師全員という
「いや!俺達は命を救われたんだ!九師だとか職人だとかは関係ねぇ!まずは感謝を伝えるところから始めねぇと道理が通らねぇ!」
ガンッ!バキッ!
俺の言葉に反応したバルディは、再度頭を机に打ち付ける。
木製の机が割れてめくれ上がっている。
「分かった!感謝は受け取ったから!」
そもそも、その感謝という意味で九師に製作を頼んでいるのに、そこでまた感謝されるとよく分からない状況になってしまうというものだ。
「ドワーフ族を救ってくれて本当にありがとう!何でも言ってくれ!俺達に作れる物ならば何だって作る!いや、作れねぇ物でも必ず作ってみせる!」
この場はドームズ王が設けた場であり、それは、九師の言葉がそのままドームズ王への評価となる。つまり、九師が作ると言った以上作らねばドームズ王の顔に泥を塗る行為となる。
それが分からない彼等ではないはずだ。それでも尚、作れない物でも必ず作ると言えるのは、それだけ職人としての自信が有るという証だろう。
「ああ。頼らせてもらう。」
「おう!!」
世界最高峰の職人が居る街の頂点に立つ九師達に製作を頼める機会など普通は無い。出来る限り要望を叶えてもらうとしよう。
「よし!そんじゃ早速仕事の話だ!
どんな物を作って欲しい?」
「色々と考えてはいるんだが、形に出来るか分からない物もあってな…」
「構わねぇ!俺達が必ず形にしてやる!」
「はは。流石は九師だな。それじゃあ……」
俺はそこから欲しい物について出来る限りの要望を伝えた。中にはイメージしか伝えられないような物も有ったが、九師達は真剣に話を聞いてくれた。
「なるほどなるほど…これはなかなか面白い仕事になりそうだね。」
「ここはユデュマの力が必要ね。」
「ここの構造はどうすんだ?」
「この部分を分割してしまえば上手くいくか?」
「いや。それじゃあここの動きが…」
一通り要望を伝え終えると、九師達は早速話し合いを始める。こういう部分は他の職人と変わらず、本当にものづくりが好きなのだなと感じる。
「俺達はこの街に長く滞在出来ないから、出来る限りの範囲で作ってくれれば構わない。」
「どれくらい滞在出来るんだ?」
「一週間…も待てないかもしれないな。」
「一週間か…そんじゃ今直ぐに始めねぇとな!」
『出来ない』とは言わない九師達。時間的に無理が有るのは分かっているし、伝えた要望の半分でも形になれば良い方だろう。
「それと、素材についてだが、俺が持っている素材を提供する。勿論、アースドラゴンの素材も全て託すつもりだ。」
簡単な製作物であれば、俺でも趣味程度で作れるかもしれないが、アースドラゴンの素材や、その他最高級と言われている素材の数々は彼等に渡すのが良いだろう。
オウカ島で頑張っているセナの為にも、全てを渡すというのは無理だが、必要な物は惜しみなく渡すつもりだ。
「アースドラゴンの素材か…なかなか手応えの有る素材に違いない!」
「ユデュマって本当にそういうの好きよね。」
「何を作るにしても、素材は全ての根本だからね。つまり僕は皆の根源って事だね!」
「調子に乗って良い事なんて無いわよ?」
「うっ…」
「ユデュマはいつもダダナダに注意されているよね。」
「そ、そんな事ないし!」
「はいはい!そこまで!そんな話をしている暇は無いわよ!」
「シンヤ。この後の事は俺達に任せてくれ。必ず納得のいく物を作り上げてみせるからよ。」
シドルバがそう言ってニカッと笑う。
「ああ。期待して待っている。」
「おう!任せろ!
っと…一つ伝えておかないといけねぇ事が有った。」
シドルバは作業に入ろうとした体を戻して俺に向き直る。
「何だ?」
「帰ったらシュルナの話を聞いてやってくれねぇか?」
「話を?構わないが…」
「ありがとよ!頼むぜ!」
敢えてシドルバが口添えするまでもなく、シュルナの話を聞くくらいはするのだが…何か特別な要件でも有るのだろうか。
最後の頼み事はよく分からなかったが、俺達はあーでもないこーでもないと言い合う九師達を横目に王城を後にした。
帰りにスラたん達に何かお土産でも…と思ったが、馬車から降りると大変な事になるので我慢する。外へ出たい時はエフに変装を手伝ってもらうべきだろうか…
まさか、こんな理由で変装する時が来るなんて思わなかったぜ…
そんなこんなで、馬車に揺られて俺とニルは直帰。シドルバ達の家の扉を開くと、そこには机に顎を乗せて暇そうにしているシュルナが居た。
シドルバとジナビルナが王城に詰める事になった為、シュルナのやる事が減ってしまったらしい。
俺とニルが扉を開いてから二秒後、シュルナは俺達を認識して表情を明るくする。
「おかえり!!」
「ただいま戻りました。」
シュルナはニルによく懐いているらしく、事ある毎に抱き着いている。年齢の離れた姉妹のようでホッコリする。
「シュルナ。帰りがけにシドルバから話を聞いてやってくれと言われたんだが…」
「…うん。」
俺の言葉に返事をしたシュルナの表情は、今までになく真剣だった。
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