第709話 ペナルティ

「おおぉぉ!帰ったかぁぁ!!」


俺達がシドルバの家に着いたと同時に、シドルバの鼓膜が破れそうな大声が響く。


「おかえりなさい!!」


ダダダッとシドルバの後ろから走って来たのはシュルナ。


「えへへー!」


シュルナはニルに向けて走り込むと、そのまま抱き着く。


「ふふふ。ただいまです。」


そんなシュルナの頭を撫でるニル。


何とも微笑ましい光景である。


「怪我はもう大丈夫なのか?」


「ああ。一通り治ったから大丈夫だ。」


「そいつは良かった!!それじゃ酒でも飲むか!」


「酒は」

「ダメだよ!」

「ダメです!」


俺が答えるより先にスラたんとニルに禁止された。


「…だそうだ。」


「なんでだ?酒を飲めば大抵の不調は治るぞ?」


「いやいや。治らないからね。」


「そうか?おかしいな…」


シドルバとスラたんの会話だが…元の世界でも同じような会話を聞いた事が有る。この考え方は世界共通を超えて異世界でさえ共通なのかもしれない。


「おかしいのはその考え方だからね!シンヤ君は勿論分かっているよね?!」


「あ、ああ。分かっているとも。飲んだりする気は無いから安心してくれたまへ。」


「あからさまに怪しい返答だね?飲もうとしていたのかい?」


スラたんは怪しんで俺にジト目を向ける。


「そ、そんなわけないじゃないか!」


「ご主人様…?」


ニルがうるうるした瞳で俺を見てくる。


「飲まない!飲まないからそんな目で見ないでくれ!」


正直なところ、体の調子は良いし酒の一杯くらい構わないだろうと思っていたのだが…この状況で飲むとは言えない。


「飲めねぇなら仕方ねぇな!シンヤの分まで俺が飲んでやるぜ!今日はシンヤの全快祝いだ!」


「俺の分までって意味は分からないが…まあ俺の事は気にせず楽しんでくれれば良いさ。」


本当は飲みたい。飲みたいが…俺の袖をキュッと握るニルを前に酒を飲むなんて俺には出来そうにない。


「よーし!飲むぞ!食うぞ!騒ぐぞ!」


そうシドルバが叫ぶと、ジナビルナとシュルナが食事を運んで来てくれる。


こういう席はシドルバ達とは二度目になるが、相変わらず料理が美味い。

美味い飯には酒が合うものだが、これだけ美味いと酒が無くても十分に満足出来る。


「いやー!シンヤ達はすげぇ!本当にすげぇ!」


「すげぇのは分かったっての。」


「いーや!分かってねぇ!こんな事普通は出来ねぇんだぞ?!」


「分かったってば…」


暫く飲み食いしていると、ガバガバと水のようにアルコールを摂取したシドルバが、完全に酔っ払いと化していた。まあ、嫌な酔い方はしないし、陽気なドワーフになるだけなのだが、こう褒め殺されると俺の眉尻も下がるというものだ。むず痒くて仕方がない。


「おっとー。そんなに褒めてばっかりだと皆困っちゃうよ。」


シュルナが俺達に助け舟を出してくれる。


「それだけすげぇって事が言いてぇんだ!街の全員が感謝してんだ!言葉だけじゃ伝え切れねぇってのは分かってるが、言葉で伝えねぇってのはもっと違ぇだろうよ!」


「もう。おっとーは………でも、街の皆が感謝しているっていうのは本当だよ。近所の人達で、ここにシンヤさん達が寝泊まりしている事を知っている人達が、シンヤさん達が帰って来たら渡してくれって色んな物を置いていこうとしたんだよ。受け取っておくと量が凄い事になりそうだったから受け取れなかったけど…」


「そうだったのか?」


「シンヤさん達が私達ドワーフ族の為に命を懸けてくれた。それでドワーフ族全員が救われたんだよ。皆、酒を酌み交わす相手が生きているって事に感謝しているんだよ。」


酒を酌み交わす相手が…という言い回しは、人間で言うところの笑い合う相手とか、愛する人達とかそういう類だろうか。実にドワーフ族らしい言い回しだ。


「何と言うか…正直、まさかここまで街の皆が感謝してくれるとは思っていなかったな。」


これまでも何度か同じような状況で感謝される事はあった。ただ、ここまで街の全員から感謝される事など初めてだ。少し街中で馬車から顔を出すだけで、老若男女全てのドワーフ達から、『ありがとう』『助かった』『感謝する』と声を掛けられる。


「俺達ドワーフは、ずっと閉鎖された街の中で生きてきたからな。街全体が一つの家族みたいなものなんだ。流石に全員の顔や名前を覚えているなんて事はないが、それでも皆繋がりを感じているはずだ。」


「種族全体が家族か……そう考えられるのは、あの王の影響か?」


「それが大きいだろうな。」


ドームズ王の性格を見れば分け隔てなく皆に接する姿が思い浮かぶ。ドームズ王が王である事の影響は大きい。


「そう言えば、ドームズ王が九師という職人達に何か作らせようって話をしてくれたんだ。凄い技術を持った職人達だということは聞いたんだが、どんな職人達なんだ?」


「おう。それなら聞いたぞ。

九師ってのは、簡単に言うとその分野で最も腕のたつ職人って事だ。

武器、防具は勿論だが、衣類や魔具という専門分野からもそれぞれ一人ずつ任命される。」


「それぞれの分野におけるトップ。それが九師か。ドームズ王が選ぶのか?」


「任命するのはドームズ王様だが、トップを決める時には別の催しがある。九師の一人を決める為の大会。技術大会が開かれるんだ。」


「私達や中央のドワーフ、それに外へ出ていたドワーフ達も集まっての大きな催しの一つね。ドワーフは全員がこの九師になりたくて研鑽を積んでいると言っても過言ではないわ。最高峰の名声なのだから当然よね。」


「二人も九師になろうとしているのか?」


ドワーフは全員…という事は、当然シドルバやジナビルナも同じように目指している、もしくは目指していたという事になる。シドルバはそういった者達のまとめ役だったのだし、九師に近い存在だった可能性は高いだろう。


「そう言えば言ってなかったな。俺も家内もその九師の一人なんだ。」


「「「「「えぇっ?!」」」」」


「シドルバはまとめ役って話だし何となく察しは付くが、二人とも?!」


「ふふ。実は私もそうなのよ。衣類関係の九師ね。」


「俺はカラクリの九師だな。」


「カラクリ?って事は、エフの義手を頼んだのは正解だったって事か。」


「あんな特殊な義手を他の奴が作れるとは思えねぇ。俺に頼まなくとも、最終的には俺の元に依頼が入る事になったかもしれないな。」


「そんな偶然有るんですね?!」


待てよ…?この二人が九師なのだとしたならば、シュルナは九師二人の子供。まさにサラブレッドだ。しかもシドルバから認められてもいる。という事は…


「ま、まさかシュルナも…?」


「残念ながらまだまだだって言われたよ。技術も経験もまるで足らないって。」


九師であるシドルバが認めた腕前というだけでかなりのものだと思うが、それでも九師になるには足らないらしい。それだけ九師という存在は、ドワーフ族にとって特別なものなのだろう。


「シュルナちゃんは九師を目指しているという事かしら?」


「うん!いつか必ず!」


「ふふ。シュルナちゃんならやり遂げる事が出来そうね。」


「うん!頑張る!」


シュルナならば、きっとやり遂げる事が出来るだろう。鍛冶仕事をしている時のシュルナは本当に楽しそうだから。好きこそ物の上手なれと言うが、本当にその通りだと思う。


「それにしても…ドワーフ族の最高峰である職人が、こんな外側に住んでいるってのはどうなんだ?」


「王城勤めは終わったからな。ハンマーを振るだけなら場所は関係ねぇ。」


中央に住むのは王に仕える為。職人としてならばどこでも好きな所に住めば良いという事らしい。


「二人が九師って事は、二人が俺達に何か作ってくれるのか?」


「正確に言えば俺達を含めた九師である九人で…だがな。

しかし…九人全員で仕事をするってのは初めてかもしれねぇな。」


「言われてみればそうね。」


「えっ?!そうなのか?!」


ドームズ王が普通に九師へ頼むと言っていたから、それが普通…とまでは言わずとも、珍しいことでは無いと思っていた。まさか初めての事だなんて夢にも思っていない。


「九師ってのは、それぞれの分野で最も優れた職人って意味だからな。基本的には一人、多くても二人で十分に対処出来る案件が多い。それに、九師の腕が必要となる案件自体が殆ど無いからな。」


「言われてみれば…そうだよな。」


一つの分野に特化した者達が全員で集まって作業するというのは、製作という場面においてはなかなか無い事だ。九人もの達人が集合して何かを作るなんて事は普通有り得ない事なのだろう。


「でも、それって……逆を言うととてつもなく凄い事なのではないかしら?普通では絶対に手に入らない物を作るって事よね?」


「まあ…そうなる事は確実だな。寧ろ、そう思ってもらえなければ俺達の腕不足って話になる。それだけは職人として許せねぇからな。」


「どんな物が出来るのか楽しみではあるが、その分怖くもあるな。」


淡々と言うエフ。しかし、そんな軽い感じではなく、正直超怖い。


俺達の想像を絶する物が出来上がってしまった場合、族宝どころか世界遺産レベルの物になるという話だ。それを一個人が管理って……歩く世界遺産とか気が気じゃない。


「そこは気にするな。俺達は職人だ。

自分達の腕を見せたいが為に、客が喜ばねぇ物を作るんじゃ意味がねぇ。あくまでも客が喜び、その上で俺達職人の腕を認めてくれる。そういう物を作るつもりだからな。」


「それは…本当に助かる。」


どうやら歩く世界遺産にはならずに済みそうだ。


それにしても…シドルバは結構酔っ払っていると思っていたのだが、まだこれ程の受け答えが出来るなんて酒に強過ぎじゃないだろうか…?


「まあ仕事の話は明日だ!今はとにかく食って飲んで騒いでりゃ良い!バダンジーグ!」


バダンジーグは乾杯の意味。この言葉を今日だけで何度聞いただろうか。俺は酒を飲んでいないのだが、それでもこれだけ陽気だと場の空気に酔ってしまいそうだ。


こうして、笑い声の絶えない宴会は夜遅くまで続き、シドルバ達が酔い潰れて終了した。


因みに、今回はニルもアルコールを遠慮していた。俺が飲めない事に遠慮したのだろうが、気にせず飲めば良いと言ったのだが…ニルは絶対に首を縦に振らなかった。

その分と言って良いのかは分からないが、他の皆は全員飲んでいた為、シドルバ達が潰れる時には全員潰れていた。唯一エフだけはいつの間にかアルコールの入っていない飲み物に変えており、意識をしっかり保っていた。


そうして翌朝。


「うぐぐ…頭痛い…」


「僕…もうアルコールなんて二度と摂取しない…」


スラたん、ハイネ、ピルテは完全な二日酔い。

飲み過ぎた翌朝によく聞くフレーズを言いながら辛そうにしている。


「あれだけ飲めばそうなるわな。」


「昨日の僕にそれ以上飲むなって言いたいよ…」


「ははは。後悔先に立たずだな。」


「ぬぐぐ…気持ち悪い…」


三人に冷たい水やら何やらを渡したが、気休め程度にしかならないだろう。

効きそうではあるが、二日酔いに万能薬を使うなど勿体無い限りなので我慢してもらう事に。


「おはよー!」


「うぐっ…」


そんなやり取りをしていると、今日も今日とて元気なシュルナが登場。残念ながら、その元気が三人には辛かったようだ。


「あっ…ごめんなさい…」


「き、気にする事ないわ…私達の自業自得だから…ただ…音量はもう少し下げて貰えると助かるわ…」


青い顔で何とか笑顔を作るハイネだが、限界ギリギリにしか見えない。


「はは。シュルナ。三人は休むから俺達と一緒に下へ行こうか。」


「う、うん…」


申し訳なさそうにするシュルナだったが、これに関しては本当に自業自得なのだから気にする事はない。


そして、シュルナと共に部屋を出た時の事だった。


ピコンッ!!


最近全く聞いていなかったシステム音が耳元で響く。


そして、俺の目の前にウィンドウが現れる。


【イベント『魔王の城』!…制限時間内にイベントのクリアが確認されませんでした。】


「っ?!」


「どうかされましたか?」


現れたウィンドウに映る文字を見て、俺は息を飲んだ。


「ニル。悪いが二人で先に下りてくれ。」


「……分かりました。行きましょうか。」


「うん!」


俺の言葉に疑問を持っただろうが、ニルは直ぐに頷き、シュルナを連れて先に下へと向かってくれる。


「これは…まずいよな…?」


完全な独り言だが、声に出したくなる程嫌な雰囲気を感じ取れる文字から目が離せない。


失敗。


これまでに一度も見ていない表記だ。


俺は、これまで何度もイベントをクリアしてきた。

ゲームだった時もそうだったが、こういうイベントというのは報酬が良かったし、受けられる時は出来るだけ受けていた。

当然、イベントクリアは何にも優先して行ってきたし、その報酬は何度も受け取った。


しかし、ゲーム時から通して失敗した事は今まで一度も無かった。


理由は簡単だ。これだけ簡単に人の命が散る常時鬼畜モードのゲーム。その中で起きるイベントに失敗した場合、どんな事が起きるのか…想像するだけで怖いからだ。

故に、無理そうなイベントは受けないようにしていたし、受けた時は必ず成功させるようにしていた。それは他のプレイヤーも同じで、イベントに失敗してしまったという話は殆ど聞かなかった。


ただ、失敗した者が全くいなかったという話でもない。


イベントが失敗したとなると、当然その情報はネット上に出回る。その内容を何度か見た事が有る為、どうなるのかは何となく分かっている。


イベントに失敗するとどうなるのか。


俺の知る限りでは、イベント失敗に対しては何かしらのペナルティが発生するという事だ。


ペナルティには何かしらの基準で決められた重いペナルティ、軽いペナルティが有り、多額の金銭が消失するというのは軽い方。中には唯一無二のアイテムが消失したとか、能力値が下がっただとか…とにかくマイナスの何かが起きる。

俺はこのペナルティについて、ファンデルジュの世界においてそのイベントがどの程度影響を及ぼすのか。それを基準にして重要度が決められており、重要度の高いイベントの失敗に対しては重いペナルティを課しているのではないかと推測していた。


そして、今回俺が受けていたイベント『魔王の城』は……どう考えても最重要イベントだろう。


そうなると、俺へのペナルティは超重いものになる可能性が高い。


実際にそういう者は居なかったが……ペナルティで死んだとしても、この鬼畜ゲームでは不思議には思わない。


「……ふー……」


かと言って、ウィンドウを出し続けたまま生活など出来ない。


悩んでも悔やんでも、目の前の文字列に変化など起きるはずはなく…俺はゆっくりとウィンドウに手を伸ばす。


ピコンッ!


【イベント『魔王の城』を失敗した事により、プレイヤー『シンヤ』に対してペナルティが課されます。】


意を決して伸ばした指先がウィンドウに触れると、文字列が変更される。


「っ……はぁー……」


直ぐにペナルティが適用される事を身構えていたのだが、どうやら気合いを入れなければならないのは次のウィンドウらしい。


一度腹から力を抜く。


「………よし。」


俺はもう一度腹に力を入れ直した後、指先をウィンドウに向けて移動させる。


ピコンッ!


【全プレイヤーに対する、イベント【魔王の城】の難易度が上昇しました。

加えて、クリア条件が追加されました。


追加されたクリア条件…ギガス族、鱗人族を救う。


制限時間…四ヶ月


以後、イベントの破棄は不可。】


「なるほどなるほど……俺に死ねと…?」


俺のステータスがダウンしたり、必要なアイテムが消えたりしないのは有難い。クリア条件が追加されたのもまだ良い。



これが絶対にヤバい。


今現在でさえ難易度ナイトメアだというのに、これより上となると…それはもう死以外無いのではないだろうか。

しかも破棄は不可って……


全プレイヤーに対する難易度が上昇したという事から、恐らくイベントの失敗を繰り返す度に難易度が上昇するという鬼畜仕様のイベント。

このイベントを考えた奴は絶対にドSだ。

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