第708話 報酬

欲しい物…と言われても、正直パッとは浮かばない。


金は有るし、地位なんて興味すら無い。

武器や防具、魔具辺りは欲しいとは思うが、それは王に頼まずとも買えば良い。勿論、金では買えない類の武器や防具ならば欲しいが…それは少々欲張り過ぎな気もする。


「欲しい物と言われてもな…地位や金には興味が無いからな…」


「どはは!お主ならばそう言うと思っておったわ!シドルバから聞いていた通り、実力と態度のデカさが全く合っておらぬな!」


「いや。実力が有るからといって態度がデカくなるってわけでもないだろう?」


「どははは!そう言えるのが凄いのだ!

得てしてその二つは同じように大きくなるものだからな!」


「そんなもんか…?」


「そういうものだ。しかし、お主はそうではない。いや、お主と言った方が正確だろう。

それはなかなか出来る事ではない。同族にも見習って欲しい者達は山程居るからな。」


ドームズ王がそう言って横のジュガルを見ると、ジュガルは肩を寄せる。


「何にせよお主達に礼がしたい。ワシ個人としても感謝しておるのだ。」


感謝の意を示す為にここまで言ってくれる族王と会ったのは初めてではないだろうか。今まで会った族王も感謝の意を示してくれてはいたが、ドームズ王は意地でも何かしなければ落ち着かないといった様子だ。こういうのも種族的な特徴なのだろうか。本当に義理堅い種族だ。


「そこまで言ってくれているのに断ったりはしないさ。有難く受け取りたいとは思っているんだ。ただ…」


「欲しい物が見当たらぬか……ジュガルよ。何か良い案は有るか?」


「そうですね……やはり、我々ドワーフ族が他の種族よりも秀でているのは鍛冶。武器や防具、魔具等をお贈りするのが良いかと。

そうなりますと……九師きゅうしの作品が宜しいかと。」


「おう!それは良い考えだ!」


「九師?」


耳慣れない言葉が出てきて、俺達は首を横へ傾ける。


「九師と言うのは、我々ドワーフ族の中でも特に優れた技術力を有する九人の鍛冶師の事を言います。非常に秀逸な才能を持っており、その作品は族宝ぞくほうと呼ばれる事も稀ではありません。

有名な所で言いますと…巨人族の長に渡した巨大な戦鎚。それの基礎技術を作り出した者でしょうか。」


「あの金銀の戦鎚ってそんなに凄い物だったのか…」


族宝というのは、恐らく国宝とかそういう類の物の事だろう。そのレベルの物を作れるという事だ。


あれだけ大きな戦鎚を作る事自体もそうだが、アンティ、カンティの兄弟が振り回しても壊れない戦鎚ともなるとかなりの技術力だ。


戦鎚と言えば、柄が有ってその先に金属の塊を付けるだけ…なんてイメージを持っているだろうし、俺も実際そう思っている。

しかし、それはあくまでも人間サイズの武器において…という前提条件が有っての話である。

ちょっと考えてみれば分かるとは思うが、先端の金属の塊が大きくなれば、それに対して掛かる柄の部分への力は指数関数的に増える。単純な金属の棒に金属塊を付けただけの物をアンティとカンティが振り回した場合、恐らく戦鎚は柄の部分からポキリと折れるだろう。それだけあの金銀の戦鎚のサイズ感がおかしいからだ。

あの重さに耐える柄となると、それこそ両腕で支えねばならない程に太い物となるはず。それは最早戦鎚ではなく棍棒とか金属の柱と言った方が良い代物だ。


しかしながら、アンティとカンティの持っている戦鎚は、何トン有るのか分からない金属の塊をどう考えても不釣り合いな細い柄の部分で支えている。しかも、それを全力で振り下ろしてもビクともしない。

よくよく考えてみるととんでもない技術が詰まった戦鎚だったのだろう。


「戦鎚の事を知っておられるのですか?」


「巨人族とは縁が有ってな。もし、神聖騎士団との戦いが始まったならば助けに入ってくれると約束を交わした。まあ…大同盟への加入ではなく、あくまでも俺とニルを助ける為にという話だがな。」


「何と!まさかあの巨人族とそのような約束をされておられるとは!王よ!我々の判断は間違ってはいませんでしたぞ!」


「どははは!」


そう言えば、ドワーフ族は巨人族の祖先と同じ祖先と言われているのだったか。

ドームズ王達にとってみれば、自分の兄弟が俺達と共に戦うと約束していた事を今知ったようなものだろう。


「巨人族の助力が有っても、必ず勝てるとは言えないところが神聖騎士団の恐ろしいところだがな…

特に、最近になって今までに無かった強力な魔法を会得し始めているはず。それがどの程度のものになるかだな…」


俺が言っているのは友魔の話だ。


元プレイヤーの者達がどれだけ居て、その中の何人が友魔と契約しているか分からないが、戦況を大きく左右する力が神聖騎士団に渡った。それは間違いない。

詳しい事を説明しろと言われても、システムの通知で知ったなどとは言えないし確証も無いが、まず間違いなく友魔の魔法が戦場に出てくるはずだ。


「ふむ…神聖騎士団とはそれ程の相手なのか。」


「少なくとも大同盟はそう考えている。何度か神聖騎士団の連中とは刃を交えたが、俺も同じ考えだ。」


「…なるほど。という事は来る戦いに備え最高の武器や防具が必要となるであろう。いや、その前に魔族を巻き込む必要が有るか。

魔族の現状における詳細は分からないが、ジュガルの言う通り九師の者達を招集して必要な物を作ってもらう必要が有るな。」


「良いのか?九師の者達は族宝級の武具を作れる者達なのだろう?」


「お主達が助けてくれなければ、そもそも族宝も何もなかったのだ。このくらいは当然の権利であろう。

よし。ジュガルよ。早速九師の連中に声を掛けてくれ。」


「はっ。仰せのままに。」


「お主達は後ほど九師達と話し合って、何が欲しいかの要望を言うと良い。」


「有難い。」


「どははは!礼を言っているのはワシの方だぞ!

さて…良い話はここまでだ。」


相変わらず話の変わり目が予想出来ない王だ。急に声のトーンが数段下がった。


「何があった?」


俺達を呼び寄せた主な目的は、恐らく感謝を伝える為だと思うが、この部屋へ通した時点で他に話が有るだろう事は予想出来た。

俺達に褒美を与えるだけならば王座の間で決めてしまえば良かったのだから。


「……実はな。お主達が捕らえてくれたギガス族の者達について話がある。」


「何か分かったのか?」


新たな情報…ではなさそうだ。

ドームズ王は良い話はここまでだと言った。つまり、ここから始まるのは少なくとも良い話ではない。


「いや。捕らえた連中から聞けた話は、お主達が聞いた話と同じ内容であった。

ギガス族の姫が捕まり、彼等は仕方無くアースドラゴンをここへ誘導したと言っている。情状酌量の余地は有るが、ドワーフ族全てを滅する可能性が有った事や、我々にも被害が出ておる事を考えると無罪で帰すというわけにもいかぬ。」


「そうだろうな。奴等の処分については俺達から言いたい事は無いさ。そちらの好きにしてくれて構わない。」


「ふむ………ただ…」


ドームズ王が、そこで言葉を詰まらせて眉を寄せる。


「お主達の捕らえた者の中に居たペップルという男だが…どうやら、混乱に乗じて一人だけ逃げ出したらしくてな。」


「逃げた?!どういう事だ?!」


「申し訳ございません…皆様が捕らえて下さった者達を連行し、牢屋に閉じ込めておいたのですが…ペップルという男だけがいつの間にか…」


「消えていたと……」


「…………」


ジュガルの事を責めているわけではない。ペップルが逃げるという選択肢を取った事が不思議なのだ。


ペップルは俺達に対して、かなり協力的な態度を取っていた。それに、ここで逃げた方が自分達にとって不利な状況になる事を理解していた。

アースドラゴンを引き寄せるという行為は、到底許される行為ではない。しかしながら、死刑となる可能性はそこまで高くはないと考えていたはずだ。実際、ドームズ王はそこまでの事を考えていないと思う。

それなのに、敢えて逃げるという選択肢を取るとなると、当然その罪は大きくなる。死罪も覚悟しなければならないはずだ。


「何故逃げた…?」


「死ぬかもしれないというのが怖くなったのでしょうか?」


ピルテが推測を述べてくれるが…


「それはどうかしら。私達を騙して逃げ出したと考えるのが普通なのだし、そう考えるのが良いと思うわよ。」


「我々の管理が甘く逃がしてしまった。すまない。」


ジュガルが深く頭を下げる。彼もまたかなりの地位にいる者だと思うが、それでも素直に頭を下げてくれる。


「俺達に謝る必要は無いさ。被害を受けたのはドワーフ族だからな。問題は何故逃げ出したかだ。」


本当に謝られる必要は無いと考えているし、俺は即座に話を別の方向へと持っていく。


「指示を出していた者に今回の結果を報告する為に逃げ出した…なんて優しい話ではないだろうな。」


「ドワーフに対しても、俺達に対しても敵対行為を取る事になるんだ。その程度の事で逃げ出したりはしないだろうな。

逃げ出さなければ死ぬ…くらいの事がなければこれ程無謀な事はしないはずだ。」


これが他の街ならばいざ知らず、ここはザザガンベルである。


山々にぐるりと囲まれており、その中にはランクの高いモンスター。加えてドワーフ族の者達に顔が割れているのだから、どう足掻いても山脈より外に出る事は出来ないだろう。あの巨体では変装すら難しいだろうし。

勿論、魔法による変装やその他諸々の事を考えると、完全に取り逃がしてしまう可能性もゼロではないが…ドワーフ族は魔具も作る。その辺は考えているだろう。

ただ、ペップル単身で逃げ出し、山脈を越えるのはまず無理だろうし、それを手助けする何者かが居ると考えられる。その手助けする者、もしくは者達が非常に優秀であれば、山脈を越える事も出来なくはないかもしれないが…当然ドワーフの追手が来る。その追手から逃れつつ外に出るのは…恐らく俺達でも難しい。


「こちらで既に捜索は始めていますので、直ぐに見付かるとは思いますが…」


「俺達も手伝った方が良いか?」


「いや。お主達は既に十二分に助けてくれた。これ以上甘えるわけにはいかぬ。そのペップルというギガス族の男についてはこちらに任せてくれ。

我々ドワーフは戦闘を嫌う種族ではあるが、それは弱い種族という事ではない。お主達のようにとはいかないものの、これくらいの事は出来る。」


ドワーフ族も一つの種族だ。全ての部分で俺達の手を借りてしまうと、ドワーフ族の面目が丸潰れになってしまう。

ドームズ王としても、ここは俺達の手を借りずに処理したいところなのだろう。


「そうだな。それじゃあペップルの事は頼む。」


「うむ。それと、アースドラゴンとオボロなる男についてだが。」


「ああ。」


俺にとってはこれが一番の本題だ。色々と聞きたい事も有る。


「まず、アースドラゴンについてだが、何とか撃退した後、死骸はこちらで預かり解体しておいた。当然、それらの素材は全てお主達のものだ。」


「全部か?!それはいくら何でも太っ腹過ぎないか?!」


俺達だけで戦ったわけではないけれど、それなりに活躍は出来ていたと思うし多少は素材を貰えるだろうとは思っていたが……まさか全て俺達に譲ると言われるとは思っていなかった。


「いや、そんな事はない。我々の攻撃で有効だったものなど皆無と言える。唯一シドルバの作り出したアイテムが有効だった程度だ。それでも、あれはただの援護程度。それで素材を寄越せなどとは口が裂けても言えん。

勿論、これはシドルバも含めて全ての者達が納得した上での結果だ。」


「お、おぅ…」


貰える物ならば貰いたい貴重な素材だし、貰えるというならば嬉しい限りではあるが…少し申し訳なく感じてしまう。


「それにだ。アースドラゴンの素材を使って何かを作るとなれば、そこらの鍛冶師ではどうにもならん。つまり、加工はこの街で行う事になるだろう。

そうなれば、互いに儲けの出る話だ。」


ニカッと笑うドームズ王。


良い素材が手に入ったのならば世界の最先端技術が集まるこのザザガンベルで加工を頼む。それは間違いないのだが、素材を全て俺達に渡す時点で俺達の取り分がかなり大きくなる。ウィン・ウィンの関係とは言い難い。


「良い…のか?」


「良いと言っておる。素直に受け取っておけ。」


「……感謝するよ。」


「どははは!それで良い!」


アースドラゴンに限らず、SSランクモンスターの素材というのは、本当に余す所なく全て使える。血の一滴にさえ価値が付く。それを全てとなれば、それだけで一生遊んで暮らせる金が手に入る。それをポンと渡せる豪胆さには驚かされた。


これまで手に入れてきた素材を含め、この街で色々と作ってもらって少しでも還元しなければならないだろう。


「アースドラゴンの素材についてはこれで良いとして…アースドラゴンが通って来たトンネルについてだが、一先ず我々の方で管理する事になった。」


「管理と言うと?」


「あれだけ大きなトンネルとなると、埋めるだけでもかなりの人手と時間が必要となる。それならば、寧ろ一つの通路として使用出来ないかと考えてな。

大同盟に参加するとなると、今後はこの街へ外からの出入りが多くなるだろう。その時に物の運搬等で使えないか模索してみようかとな。

勿論、整備やら何やら必要な作業は有るがな。」


「俺達に話しても良かったのか?」


正面の出入口が有るのだし、本来必要の無い通路を敢えて作るという話だ。となると、地中トンネルは隠し通路的な扱いになるはず。大同盟の中でも一部の者達にしか伝えず、秘密の抜け道として使うつもりだろう。

それを俺達に伝えても良かったのだろうか。


「構わん。お主達に伝えて悪い事が起きるなど微塵も思わんからな。」


「物凄い信頼度だな…有難い事だが…」


「気にする事は無い。もしお主達に教えた事がきっかけで悪い事が起きたとしても、我々ドワーフ族がお主達を恨む事など絶対に有り得ぬからな。皆仕方無いと笑って終わりだ。」


「ご、豪胆だな…」


「どははは!それがドワーフ族である!」


ドワーフ族という言葉で全て納得出来てしまうのが恐ろしい…


「最後に、あのオボロという男についてだ。」


「…ああ…」


「と言っても、分かった事は少ないが……

オボロというのは、神聖騎士団における聖騎士の一人であり、殺聖さっせい騎士と呼ばれておるらしい。」


殺聖騎士。字面的に相反するものが組み合わさっているような気が…


「神聖騎士団の中でも最強と言われており、世界最強とまで言われておるらしい。」


「世界最強…か。」


ムソウのジジイから聞いた話の中でも、赤鬼せっきと呼ばれる最強であり、最凶の男であった。


「あの男は何故かこの場を去り、アバマス山脈の方へと向かって行くと、そのまま山脈を越えて行ったようだ。

単身であの山脈を越えるなど狂気の沙汰だが…あの男にとっては大した事ではないらしい。化け物の中の化け物と言えるだろう。」


「……………」


あの男を前にして、俺は手も足も出なかった。適当に遊ばれていただけ。

悔しい…という気持ちも有るが、それ以前に、あの男と再度出会った時、対処不可能だという事が恐ろしい。

最悪、目の前で皆が殺されるのを見ているしか出来ない可能性すら有る。


「その後の足取りは分かっていないが、再度この街へ来る気配は今のところ無いようだ。また来るかもしれないという恐怖は残るが、一先ずは安全だろうと結論付けている。」


「……刃を合わせた感じから察するに、あの男がもう一度この場所へ赴く可能性は低いはずだ。

あの男は、とにかく強い者を殺す事にしか頭を使っていない。神聖騎士団からの命令とは言っていたが、アースドラゴンが出現すると知って来ただけに違いない。あのレベルのモンスターが現れない限り、あの男がもう一度ここへ足を運ぶ事は無いだろうな。」


「…そうだと嬉しいのだがな。どちらにしろ、街の防衛を強化しなければならない。これから忙しくなりそうだ。」


「王も大変だな?」


「どはは!そうだな!確かに大変ではあるが、それが王というものだ!

さて、他にも色々と話したい事は互いに有るだろうが、今はここまでにしておこう。怪我が治って直ぐに呼び寄せてすまなかった。」


「いや、色々と聞けて良かったよ。」


「うむ。九師の事やアースドラゴンの素材については、このジュガルに聞いてくれ。」


「分かった。」


「今日は話せて良かった。」


「ああ。」


ドームズ王との会談はそれで終わり、俺達はジュガルの案内で王城を出る事にした。


ジュガルが是非王城に泊まってくれと言ってきたが、王城に寝泊まりするなんて気が引けるし、何よりシドルバ達に顔を見せたかった為、丁重にお断りした。

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