第707話 参加

「さて。それでは改めて……まずは、我々ドワーフ族を代表して礼を言わせてくれ。」


「あ、ああ…」


先程までは豪快に笑っていたというのに、今は既に真剣な面持ち。切り替えが早くて追い付けない。


「今回の件。アースドラゴンとの事だけならず、神聖騎士団のオボロという男を止めてくれた事。誠に感謝する。

我々ドワーフ族だけでは止められる相手ではなかった。その事は、あの戦場を見た者ならば誰もが認めるだろう。

お主達は我々ドワーフ族にとって英雄であり、この事は幾百の世代を超えても語り継がれるであろう。」


幾百とは大きく出たな…とは思ったが、慣用句みたいなものだろう。それだけ感謝していると言いたいのだ。


「我々ドワーフ族は、お主達に対し、感謝と敬意を払う。

もし、我々ドワーフ族に出来る事が有るのならば何でも言ってくれ。何にも優先して事に当たらせる。

求める事が有るならば言ってくれ。可能な限りそれに応えると約束しよう。」


「ここでそれを言うという事は…」


ここは公の場。ここで吐いた言葉はドワーフ族王としての言葉であり、取り消すのは容易ではない。

そして、ドームズ王は俺達が何の為にここへ赴いているのかを知っている。その上でこの言葉を俺達に向けて言うという事は…そういう事だろう。


「……今、このザザガンベルの外では、神聖騎士団という連中が世界を手に入れようと動いている。そのせいで世界は大混乱だ。

それを阻止する為、いくつかの種族が手を取り合って大同盟を作り上げている。

戦闘を得意としないドワーフ族に、共に戦ってくれとは言わない。だが…援助をして欲しい。」


「ふむ。援助と言うと?」


「武器や防具、魔具を融通して欲しい。詳しい条件なんかは俺達ではなく大同盟を取りまとめている族王達と決める事になるが…」


「なるほど。我々の技術力を提供して欲しいという事だな。」


「…ああ。」


ドームズ王は、既に俺がこの目的の為に旅をしていると把握している。それでも敢えて聞いているのは、この場に居る他のドワーフ達にその事を伝えているのだろう。


「皆の者はどう思う?」


ドームズ王は、その場で兵士達に問う。


「ドームズ王!発言をお許し下さい!」


すると、一人のドワーフ兵士が大きな声をあげる。

王に対して臆することなく意見を申し上げるとなると、兵士の中でもかなり上位の者だろう。

兜の下に見えるのは黄色の髪に黄色の瞳。ホームベース顔に、整えられて三つ編みにされた立派な黄色の髭。ドワーフ族の中でもガタイが良く皆よりも一回り大きい。


「許す。」


「我々は、これまで世間のいざこざに触れぬよう中立を貫いてきました。それは我々ドワーフ族が技術を無闇に流出させないようにという意味も有りますが、それが我々ドワーフ族を守ってきたとも言えます。」


「そうだな。言えるという曖昧な表現ではなく、事実それで回避された戦いがいくつもあった。中立である事は、戦いを好まぬ我々にとって最重要事項と言える。」


「はっ。」


俺達…正確には大同盟に手を貸すという事になれば、それは中立という立場を放棄する事に他ならない。

当然、中立という立場を放棄する事になれば、今まで中立であるからこそ手を出さずにいた連中が手を出してくるだろう。魔族が後ろに付いているという効果が持続している限り、そう簡単には手を出したりしないだろうが、神聖騎士団やある程度力を持った連中はその限りではないはず。まず間違いなくドワーフ族を我が物にしようと動くだろう。

俺達だってそうなる事は望んでいない。故に、大同盟にしてくれと頼んだのではなく、してくれと頼んでいるのだ。

参加となれば言い訳など出来ないが、援助であれば無理矢理言い逃れくらいは出来る。確たる証拠が無いとしたならば、その者達への牽制にはなる…と思う。

しかしながら、あくまでも牽制であり、その者達が動かないという保証は無い。神聖騎士団に至ってはそんな事お構い無しにこうして手を出してきている。

中立を貫いて来たからこそ守らていた街なのだから、それを放棄するのは容易な事ではない。ドワーフ族が引き受けてくれないとしても仕方の無い事だ。


兵士の言葉と、それに対するドームズ王の反応を見て、俺は内心そう考えていた。しかし…


「……しかしながら!!」


ドームズ王が兵士の言葉を肯定した後、その兵士が一段と声を大きくして言葉を続ける。


「彼等は我々ドワーフ族を命懸けで救って下さいました!!」


「うむ。」


「命懸けで戦って下さった彼等に対し、自分達は安全で居たいからと断ってはドワーフ族の恥となりましょう!いえ……ここで断るという選択肢を取れば、ドワーフ族として以前に知性を持つ生き物としての恥となりましょう!」


「そうです!」


「我々は誇り高きドワーフ族です!」


「そのような生き恥を晒すくらないならば!」


黄髪ドワーフ兵士の言葉に対して、他の兵士達が同調し声をあげる。


「なるほど。確かにその通りだ。当然の帰結といえるだろう。

だがしかし、ワシとて族王。ワシにはドワーフ族を守らねばならぬという義務がある。

義を通すのも大切ではあるが、それで我々ドワーフ族が滅びてしまえば本末転倒と言えるのではなかろうか。」


「「「「……………」」」」


ドワーフ族の皆も、自分達が滅びても良いとは思っていない。しかし、ドワーフ族が大同盟に手を貸すとなれば、その可能性もゼロではなくなる。今回の話はそれだけ大きな問題なのだ。


ドームズ王の言葉を聞き、全ての兵士達が眉を寄せる。


俺の要望に応えたい。応えたいが、背負うリスクもまた大き過ぎる。


「ドームズ王よ。確かに王の仰られる通りかもしれません。私のような一兵士には、その先の事など分かりませんし、王がそう仰られるのであれば、我々は危険な場所に立つ事になるのでしょう。」


「……………」


「しかしながら……」


兵士は一度下を向き、再度顔を上げるとハッキリと言葉を放つ。


「私は、彼等の助けになりたい。そう考えております。」


本来であれば、この発言にあまり意味は無い。


発言したドワーフ兵士が上役の者だったとしても、というのはあくまでも個人の感情であり、ドワーフ族の行く末を左右する大事な局面で重要視される言葉ではない。

ここは、個人の感情で種族の行く末が左右されてしまうなんて危うい種族が生き残れる程甘い世界ではないのだから。


「それは、騎士団長ジュガルとしての言葉であるか?」


「…いえ。これは一人のドワーフ。私という一個人の感情にございます。」


「それが通らぬ事は分かっておろう。」


「…はっ。私はただ…そうしたいと思っているだけであります。言うなれば……一人の男として…でしょうか。」


「……どははは!」


ジュガルと呼ばれたドワーフ族の男が言うと、ドームズ王が大口を開いて豪快に笑う。


「一人の男としてときたか!相変わらず面白い男だ!どははははは!」


ドームズ王は一通り笑った後に顔を元へ戻す。


「ジュガルの言う、男の矜持というもので種族を動かすわけにはいかん。動かすわけにはいかんが…種族間の付き合いというのは、突き詰めてしまえば意外とそんなところに落ち着くのやもしれんな。」


「と…仰いますと?」


「大きな街や数多き種族とは言っても、それは結局人の集まりだ。どれだけ大きくなろうとも、どれだけ偉い人物であっても、人である事に変わりはない。それは族王とて同じ事。

善意を向けられれば善意を、悪意を向けられれば悪意を返したくなるのが人であろう。人の集まりである以上、種族全体であったとしてもその本質は変わらぬのかもしれぬという事だ。

つまり、こうして命を懸けてくれた彼等に対し、我々が二の足を踏むのは気分が悪い!という事だな!どははは!」


ドームズ王がそう言って笑うと、ジュガルや他の兵士達の顔が少しだけほころぶ。


「王よ。して…いかが致しましょうか?」


「うむ。決めたぞ。」


ドームズ王はそう言って立ち上がると、こちらへ向き直る。


「これまで中立を保ってきたが、神聖騎士団とやらは我々を攻撃した。その時点で中立である意味は無くなっておる。

であるならば、我々もここらでどちらに付くかを決めねばならぬ。そして、どちらへ付くのが我々ドワーフ族の為になるのか。それは火を見るより明らかであろう。」


ドームズ王はそこで一度言葉を切り、大きく息を吸い込む。


「我々ドワーフ族は、彼等の属する大同盟へ加入する事をここに宣言する!」


「「「「はっ!!」」」」

ガシャッ!


ドームズ王が宣言すると同時に、兵士達が胸に強く拳を打ち付ける。


援助を求めただけだったのだが…加入するということは、本格的に大同盟への参加を表明したという事だ。援助という遠巻きなものではなく、戦争に参加すると言ってくれたのだ。


「良、良いのか?援助だけならば言い訳が出来るかもしれないぞ?」


「あの神聖騎士団が、そのような言い訳を聞いてくれるとはとてもではないが思えん。それに、こういう時は中途半端な立ち位置ではなく、どちらかに付くのが懸命だろう。どっち付かずの態度は後々の遺恨となる。やるならば思い切り良くだ。」


そう言うとドームズ王がニカッと笑う。


そこまで話を聞いて何となく分かったが…恐らく、ドームズ王とジュガルという騎士団長はこの結論とする事を事前に決めていたのではないだろうか。

この場で即決するにはあまりにも大きな内容だし。

どちらかと言うと、他の皆を説得する為のパフォーマンス…だったのかもしれない。


その後、ドームズ王が何やら指示を出したりして皆が動き出し、兵士諸君が退室すると、俺達はドームズ王と最初に会った王の部屋へと通される。

部屋の中に居るのは俺達とドームズ王。それと先程発言していたジュガルという男だけだ。


「すまなかったな。」


俺達が部屋へ入った後、ドームズ王の第一声がそれだった。


「何がだ?」


「お主達を利用したような形になってしまった。」


ドームズ王が言っているのは、先程の王座の間での事だろう。やはり、他のドワーフ族の皆を説得する為の演説だったらしい。


「構わないさ。それでドワーフ族が大同盟に参加してくれるのであれば安いものだ。」


「そう言ってもらえると助かる。」


「しかし…本当に良かったのか?」


「大同盟への参加についてならば良いのだ。お主達を利用するような形となってしまったのは申し訳なかったが、ワシが言った事は嘘では無い。我々ドワーフ族も中立でいられる状況ではなくなった。それだけの話だ。いつかこういう時が来るだろうとは思っていたからな。」


「そうか…」


「何故お主がそんな顔をするのだ。」


今回の件については、俺達にも原因があった。つまり、ドワーフ族が、中立を貫く事で安全を確保するという姿勢を崩さねばならなくなったのは俺達のせいでもあると言える。

まあ…大同盟への援助を求めるという事もその要因となるのだから、どちらにしても結果は大きく変わらなかったのではないだろうかとも思うが、色々と起きた後では俺達に残る責の重さも違うというものだ。表情も暗くなるという話である。


「我々はお主達に感謝しているのだ。

魔族の状況が今のままで続くならば、後ろ盾としては危険過ぎる。そうなっている以上、遅かれ早かれワシらドワーフ族は選択の時を迎えていたはずだ。」


「魔族の状況?」


「ここ暫くの間、魔族が…と言うよりは魔王の態度がおかしくてな。いや、実際に見たのではないから報告を受けている限りではという話だが、人が変わったかのようになってしまったらしい。悪い方にな。」


「そうなのか…?」


一応、俺達はその事をアーテン婆さんからこっちのあれこれで把握しているが、ここは知らない態度を取る。ドームズ王に嘘を吐くようで気が引けるが、魔族との事にドワーフ族を巻き込まない為にも、ここは知らぬ存ぜぬを通す。


「詳しい事は分からないが、ワシの知る魔王とは全く違う者の話を聞いているようにさえ思えた。それだけ魔族がおかしな状況に陥っているという事に違いない。かと言って、ワシがどうこう出来る類の話ではない。故に、どこかで決断しなければならない時が来るだろうとは考えていたのだ。」


「………………」


ドワーフ族が中立を保てていたのは魔族の力が大きい。それが全てと言っても過言ではなかった。それなのに、魔族が危うい状況となってしまうと…自ずとドワーフ族も腹を決めなければならなくなるのは当然の事。

守られている側には守られている側なりの苦労が有るようだ。


「要するに、お主達が気に病む必要は無いという事だ。寧ろ、ドワーフ族を救ってくれて感謝している。」


「感謝はもう十分だ。兵士達からも散々言われたからな。」


「どはは!あの者達もそれだけ感謝しているという事だ!」


「ああ。分かっているさ。」


ドワーフ族が義理堅い種族だということは知っていたつもりだったが、予想以上の感謝されっぷりに申し訳なくなりそうだった。


「して……本題だが、我々ドワーフ族が大同盟に参加するにあたって詳しい話を聞きたい。」


「ああ。」


神聖騎士団に対抗する大同盟への加入について、どのようなものなのかとか、どういう状況なのかとか、とにかく分かる事を全て伝えた。ただ、俺は使者なので詳細な話は出来ない。という事で、後の事は既に大同盟へ加入している族王達に丸投げする事にした。


「とまあこんな感じなんだが…さらに詳細な話となると俺も分からないんだ。細かい事は大同盟の方とやり取りしてくれ。」


「なるほど…概要は十分掴めた。後の事は自分達で何とかするとしよう。

しかし…それだけの種族が集まり、ワシ達の街も守ってくれるという事ならば、街は一先ず安全が保証される。間違った選択ではなかったようだな。」


当然の事だが、ドワーフ族が戦闘を好まない種族だという事は他の族王達もよく知っている。

つまり、ドワーフ族の者達自身が戦力となると言うよりは、ドワーフ族の持っている技術力を貸してもらうのが主な目的となる。そうなれば、ドワーフ族の事は大同盟が庇護するのは当たり前だ。加入の知らせが行けば、何よりも優先してザザガンベルの街を守る為の人員が多数送られる。

これは、ドワーフ族に話を持ち掛けると決めた時から確約を得ていた事なので間違いなく実行される。


「その選択が間違っていなかったと言って貰えるように頑張らないとな。」


「お主達も大変であるな。あっちにこっちにと行き来するだけでも一苦労だろうに。」


「大変じゃないと言えば嘘になるが、神聖騎士団に世界を蹂躙される事を考えれば、これくらいどうということはないさ。」


「それもそうだな…まったく…神聖騎士団め…」


ドームズ王が眉を寄せると、隣に立っているジュガルも同じように眉を寄せる。


「取り敢えず、大同盟の件については承知した。

次にだが…大同盟への参加は、お主達への感謝とは言えぬ。故に、別途何か感謝の品でも贈りたいと考えておるのだが…」


「いやいや。大同盟への加入だけで十分だぞ。」


「先も言ったが、それはお主達自身への感謝とは言えぬ。何も贈らず王城を出たなどと話が広がれば民が黙ってはおらん。暴動など起こされてはたまったものではないから何か貰ってくれ。」


こういう言い回しは狡い。

俺達が何も受け取らないという選択肢を選べなくなる。別に受け取るのが嫌なわけではないが…やはりドームズ王はかなりのやり手らしい。


「……分かった。」


「何か欲しい物は有るか?地位や金、何でも良いぞ。」

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