第704話 最強種と最強 (2)

妖刀と聞いて、それがどんな刀かは大体想像出来るかもしれないが、人の心に悪い影響を与える刀の事を指す。


元の世界でも実際に有った…と言われている物で、その本体を見た事のある人は少ないだろうが、俺は一度だけ見た事がある。


父親が剣術を会得していた事から、稀にそういった物に出会う事があったのだ。

とは言っても、漫画やアニメの世界によくあるような、手に持った瞬間に豹変する!みたいな魔法的な妖刀とは少し違う。


刃に魅入られる…と言えば良いのだろうか。

妖刀と呼ばれるような刀は総じて美しく、技術的にとても完成された逸品である事が多い。完成された逸品であるからこそ、その刀をどうしても使ってみたくなってしまうのである。

刀の事を知っていればいる程にその感情は強くなるし、知っていなくても多少はその刃に魅入られてしまう。名刀と呼ばれる刀が、一つ間違えると妖刀にもなるという事だ。どちらになるかは、その刀を見た人の心次第なのだが…どちらに傾くかは不思議とそれぞれの刀によって明確に分かれるとか。

そして、人に良くない影響を及ぼしてしまうという方に天秤が傾いた業物の事を、人は妖刀と名付けていたのである。


妖刀と呼ばれる類の刀には、もう一つ、技術的に完成された逸品でなくてもそう呼ばれる物が有る。

こちらは俺も見た事が無く、父親から聞いただけのものだが……


戦国時代やそれに近い時代、実際に使われていた刀等には多くの人を斬り、その血を吸った刀というのが有った。そして、それが少数ながら現代日本にも存在した。

多くの人を斬り、その刃に数多の命が散った刀というのは、普通には無い独特の妖艶な魅力というものが生まれるらしい。

魔法的な話に聞こえるかもしれないが、これは現代日本に現存する刀にも実際に有った現象だ。何故そうなるのか、何がそうさせるのか、その理由は全く分かっていないらしいが事実である。


俺の知る限り、この二つが妖刀と呼ばれる刀の成り立ちである。


そして、恐らく……オボロの持つ黒い刀は、後者…人を斬り続けた事で妖刀となった刀だと思う。

黒い刃に光が反射すると、その鈍い光の中に強烈な怨恨を感じる。非現実的な事に思えるが確かに感じるのだ。

ムソウが言っていた事を考えるならば…天幻流剣術を学んでいた門下生達を殺戮した時のものではないだろうか。ほぼ皆殺しにしたという話だったし、それに対する恨みというのは尋常ではないだろう。

それに、同じ釜の飯を食った門下生を皆殺しにするような奴となれば、その後も数多くの命を奪ったに違いない。それらの恨み全てが刃に宿ったとしたならば…こうして刃を見るだけで背筋が凍り付く理由にもなるだろう。


オボロと出会ったのならば、直ぐに逃げろ。俺が勝てる見込みはゼロ。何一つ勝てる部分が無い。そう言われた時は少しムッとしたが、今ならばムソウの忠告の意味が分かる。この男に勝てるビジョンが全く浮かばない。

しかし…逃げろと言われても、逃げ出す事さえ出来ない。そもそも、この男に背中を見せている状況が耐えられない。そんなものは殺してくれと言っているようなものだ。相手はこちらに背を向けているが、俺達が攻撃しようとした瞬間、俺とニルは真っ二つにされる。それは推測とか想像ではなく確信だ。だからこそ、ニルも怯えているのだ。


鬼人族の男の一挙手一投足を見ているが、男はこちらへ視線を送る事無く、アースドラゴンの目を見ている。


アースドラゴンの方は…この男を恐れているように見える。


「出来れば弱っていない奴と戦いたかったんだが…まあ良い。どの程度なのか見てやるとしよう。」


そう言って、オボロらしき男がアースドラゴンへと刃を向ける。


「グ……ググ……」


既に死を間近にしたアースドラゴンが、それでも尚恐れる相手というのがこの世に居るのが驚きだが、それ以上に驚いたのは…その後の事だった。


「なんだ?来ないのか?最強種ともあろうものが、この程度とはな。残念極まりない。」


そう言ってオボロがゆっくりと刃を持ち上げる。


黒い刀を持ち上げた時の姿勢は、俺のよく知っているものだ。


剣技、霹靂。


何度も見てきたし、ニルにだって教えた。


しかしながら、自分の霹靂とは圧倒的な差が有る。それを攻撃を繰り出す前に認識した。


「ググッ……ガァッ!!」


アースドラゴンは、残った体力を使い、その牙で鬼人族の男へと襲い掛かる。


ブンッ!


一瞬、男の腕が消えたように見えた後、刀を振り下ろした体勢で動きが止まる。


「グッ……ガッ……?」


ズリュッ…ドガッ!


何が起きたのか…


それを理解したのは、アースドラゴンの首から先が地面に落ちた後だった。


あれだけ苦労したアースドラゴンの体表を覆い尽くす結晶が、いとも簡単に斬れてしまった。


言っておくと、アースドラゴンの首元に有る結晶には、ヘイタイトの影響が及んでいなかった。つまり……この男は、万全な状態のアースドラゴンの鎧をのだ。


武器の性能も有るかもしれないが…それだけではない。いや、寧ろそれは些細な違いでしかない。圧倒的な実力差。それがこの結果の違いである。


俺の霹靂とは全くの別物と言ってい良い。

美し過ぎて怖いと感じる程の洗練された一撃。あまりにも違い過ぎる。


「硬いと聞いていたが、大した事は無かったな。」


カチャッ…


男は詰まらないとでも言いたげに手に持った刀を眺める。


剣速が速過ぎたせいで、刀には血液が一切付着していない。


「な……何が起きたんだ…?」


「助かった……のか…?」


ドワーフ達も、予想外な結末に驚き、どう受け止めたら良いのか分からずにいる。


しかし、次第にアースドラゴンが倒され、ザザガンベルの街が助かった事に気付き始め、所々から歓喜の声が上がる。


俺達とドームズ王を除いては…


「助かったぞ!」


「おう!!」


生存を喜ぶドワーフ達。確かに、危機一髪というタイミングで鬼人族の男が現れて俺達を救ってくれたようにも見える。だが、未だに容赦無く放たれている殺気を前にして、助けてくれたとはとても思えない。


「助かったぜ兄ちゃん!」


「近付くな!」


ドワーフ兵士の一人が、男に近付こうとしたのを出来る限りの大声で止める。


歓喜したドワーフ兵士が動こうとした所で止めた。それは間違いない。しかし…


ドサッ…


気が付けば、その兵士の頭が切断され地面に落ちる音がしていた。


首が無くなり、地面に倒れた体から大量の血液が流れ出し、それが鬼人族の男の足元を濡らす。


「ひっ?!」


当然、助かったと思っていたドワーフ達はその状況に息を飲む。


「何か勘違いしているみたいだが、俺はただ最強種を倒す為に来ただけで、お前達を助けたわけではない。寧ろ、ドワーフ族をねじ伏せるように言われている。」


淡々と、詰まらない事をやらされているような態度で喋る男。その言葉には引っ掛かる言葉が混じっていた。


ドワーフ族をねじ伏せるように。男はそう言った。


つまり、この男は何者かに言われて来ている。その相手は既に分かっているが…アースドラゴンを倒す為に来たとも言っていた。詳しい事は分からないが……未だ危機が去ったとは言えない状況…いや、寧ろアースドラゴンの方がマシだったと言える。

何せ、そのアースドラゴンをたったの一撃で殺した男だ。状況が悪化と言って良い。


「取り敢えず、この街に居るドワーフ族の族王を殺す。

抵抗するなら抵抗してみせろ。少しは楽しめるかもしれないからな。」


狙いはドームズ王…と言うよりは、ドワーフ族全体だろう。

ムソウから聞いたオボロという男の特徴は、とにかく強い者を求めていると聞いていた。アースドラゴンを狙ったのはそれで説明出来るが、ドワーフ族を狙う理由にはならない。

ドワーフ族の兵士達は、強者…とは言い難い者達だ。要するに、ドワーフ族を狙っているのはオボロの思惑ではないと考えられる。


「……ドワーフ族を襲うように言ったのは…神聖騎士団か。」


「ほう。先程唯一動けた事と言い、なかなか見所の有る奴だ。」


オウカ島で、ガラクの妹であったツユクサ…後のコハルに接触した神聖騎士団の男がオボロだった。その時から既にオボロが神聖騎士団に属している事は分かっている。


オボロに興味を持たれるのは非常に困るが、ドームズ王を殺されるよりマシだと考えるしかない。


ただ…聖魂魔法も無く、オボロをどうにか出来る策は無い。そもそも、聖魂魔法が使えたとしても、この男に当てられるかどうかは微妙なところだ。


「神聖騎士団の言いなりになる男には見えないが…?」


「言いなりになっているわけではない。俺はただ強者を求めている。その願いを叶えてくれるのが神聖騎士団というだけの事。俺の願いが叶わぬならば、奴等も俺の獲物となる。」


強者を探すというのもなかなか難しいものだ。ただ強者を探して旅をしていてもそう簡単には見付からない。そうなると、強者と出会う可能性が高い方法を取る必要が有る。冒険者になるか、騎士になるか、それとも世界侵攻している神聖騎士団に入るか…その辺りだろう。


「お前はオボロ…だな?」


「……俺の名を知っている者は少ないはずなのだが、どこでその名を聞いた?」


「ムソウのジジイからな。」


「…ふっ……ははは!!まさかこんな場所であのジジイの名を聞くとはな!お前も天幻流剣術の使い手か。」


「ああ。」


「くくく……素晴らしい!これはなかなか素晴らしい!また天幻流剣術の使い手と戦えるとはな!門下生を全員殺してしまった事を後悔していたのだ!ははは!」


「後悔…」


嬉々としてそう話すオボロ。

どう見ても、門下生達を殺した事を後悔している…という意味で言っているのではなく、門下生を皆殺しにした事で、オボロを満足させられる腕の持ち主がいなくなってしまった事への後悔という意味でその言葉を使っている。要するに、本当の意味で後悔しているわけではないという事だ。


「あのジジイの事を知っているという事は、お前も剣術を教わったのか?」


「ああ。と言っても、剣術自体は父から学んだもので、全てというわけじゃないがな。」


「父…?天幻流剣術の使い手はムソウを除いて全員殺したはずだが。」


自分の父親から習った剣術が、この世界に反映されている事に関しては俺もよく分かっていない。

実際の剣術を入れ込む事でリアリティを出したかったのか、他の理由からなのか……詳しい事は分からないが、オボロという存在に天幻流剣術を組み合わせたのは最悪と言えるだろう。


「全てを話してやる義理は無い。」


「くく…まあそれもそうだな。」


半笑いのまま俺を見るオボロ。


「ニル。下がっていてくれ。」


背中に庇っていたニルに対して小さな声で言う。


「い、いえ…私も戦います。」


直ぐに反対してくれたニルだったが、小刻みに震える手からは恐怖心が伝わって来る。


「ニル。」


そんな状態で戦えるかどうかはニル自身がよく分かっているはず。俺は再度ニルの名前を呼ぶ。


「ですが!」


「大丈夫だ。無理はしない。いつでも逃げられるよう皆に伝えておいてくれ。」


言葉には出さないが、俺がオボロに勝てる可能性が絶望的なまでに低いという事をニルも分かっているのだろう。かなり焦った声で引き止めてくれる。

しかし、そうは言っていられない状況だ。この男の相手をするのは、ドワーフ族には無理…だろう。いや、俺にも無理だという事は自分でも分かっている。それでも、ドワーフ達に任せるより生還出来る可能性は高い。


「っ……分かりました……」


きっとニルは悔しそうな顔をしている事だろう。見なくても分かる。それでも、俺から離れて後ろへと下がるニル。


それをオボロは特に何も言うこと無く見ている。

今、オボロは俺以外への興味を持っていない状態だ。

嫌な話だが、俺と刃を交える事が出来るのならば、それ以外の事はどうでも良いという事。ニルが下がろうが、共に戦おうがどちらでも構わないのだろう。


「くくく…良い目だ。そういう目を俺に向けられる者は少ないぞ。」


オボロを睨み付けている俺を見て嬉しそうに笑っている。


「好きな武器を拾え。」


そう言って、オボロは周囲の地面に視線を走らせる。


アースドラゴンとの戦闘で、周囲の地面には色々な武器が落ちていたり刺さっていたりする。どれもドワーフ兵士達が落とした物で、武器の性能は高い。

インベントリを開いて刀を取り出したいところだが…刃での戦闘を望んでいるであろうオボロの目の前で魔法陣を描くのは無理だろう。魔法を使おうとした瞬間に殺されるに違いない。


俺は素直にオボロの言う通り、近くに落ちていた直剣を拾い上げ、オボロへ向けて構える。


拾い上げた直剣もかなり質が良い。初めて持ったはずなのに手に馴染むような感覚。刀だとしてもこれだけ馴染む武器は珍しい。惜しむらくは刀でない事だが…贅沢を言っていられる状況でもない。


「こちらはいつでも良いぞ。」


未だ吊り上げた口角を戻さないオボロに対し、俺の表情は強ばっている。


剣を向けて再度認識する。


この男は正真正銘のだ。


どう斬り込んだとしても、こちらが殺されるイメージしか湧かない。

どう考えてもこの男と戦って生きて帰れる見込みは無いように感じる。それ程の差をこれまで誰かに抱いた事は無い。SSランクのモンスターくらいのものだ。


これが、神聖騎士団に所属するオボロという男…


「スー……ハー……」


深く…深く呼吸する。


ギュッ…


直剣の柄を強く握ると、柄に巻かれた革紐が音を立てる。


「はっ!」


俺は地面を蹴る。


黙って待っていてもオボロを苛立たせてしまうだけだ。

俺は思い切って足を踏み出し、直剣を斬り上げる。


ギィィン!!


俺の一撃は、決して軽くはなかったはずだ。それなのに、オボロはまるで何も起きていないかのようにその斬撃を弾く。

受け流したり避けたわけではない。弾いたのだ。それも軽くだ。受け流す場合と違い、攻撃を弾くのはパワーが要る。それに、下手に弾こうとして角度やスピードを間違えてしまうと自分が押し負けてしまう可能性が有る。しかし、事も無げにオボロはそれをやっている。

それはつまり、パワー、スピードは勿論、技術的にも、俺はオボロに敵わないという事である。


「ほう。これはなかなか悪くない。」


「クソッ!」


ギィィン!ギィィン!


俺の斬撃は尽く弾かれる。


ギィィン!ギィィン!ガギィン!


斬り上げようが、横に振ろうが、斬り下ろそうが、突こうが…どう攻撃しても全て同じように弾かれる。


ギィィン!ギィィン!


「スピード。パワー。急所を確実に狙う技術。どれも一級品だな。」


まるで子供扱いだ。


「今度はこちらからいくぞ。」


「っ?!」


ヒュッ!


ガギィィン!!


オボロが攻撃する事を予告したにも関わらず、その斬撃は俺の首スレスレの所まで迫った。

辛うじて見えた斬撃に対して、一瞬でも防ぐのが遅れていたならば……今頃俺は死んでいただろう。


アースドラゴンとの戦闘で体力を消耗しているというのもあるが…それとは関係無く、オボロの攻撃はスピードとパワーが段違いだ。


ズザザッ…


攻撃を何とか防いだが、体は横へと流されてしまい、地面の上を滑る。


「くくく。良いぞ。もっと俺を楽しませろ!」


タンッ!!


「っ?!」


天幻流剣術、歩法疾足。

鋭く直線的に突っ込む歩法であり、当然俺も使えるし、警戒もしていた。それなのに…気付いた時にはオボロが目の前に居た。

鋭さとスピードが異様だ。俺の疾足とは別物と言える。


それでも、俺は何とかオボロの突きに直剣を滑り込ませる。


ギャリギャリ!ザシュッ!


「くっ!」


何とか軌道をズラす事は出来たが、刃先が俺の右腕を掠める。


痛みを感じるが、それに気を回している暇は無い。


「はぁっ!」


ギィィン!ギィィン!


受けに回ってしまうと一気に押し込まれてしまう。

とにかく攻めるしかない。


「はああぁぁっ!」


ギィィン!ギィィン!

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